旅の終わりは始まりー物語はもう風に乗っている。風に乗れば、きっと心が軽くなるはず、きっと小さな勇気が芽生えるはず。風が心に届くはず。「カオル21歳~風と旅する頃~」第6章を公開いたします。
旅の終わりは始まり ー そのことにカオルはまだ気づいていなかった。
物語はもう風に乗っている。そして広がってゆく。
風に乗れば、きっと心が軽くなるはず、きっと小さな勇気が芽生えるはず。
今週もまた、カオルの物語が風のように心の奥に届きますように。
「カオル21歳~風と旅する頃~」第6章を公開いたします。
第6章
~階段の上のヒロシ
浪人生活が終わり、国立大学に合格した。見栄を張るのが好きな両親は喜んでいた。
オサムにハガキを出した。
「無事に合格しました」
数日後、返事が届いた。
「合格おめでとう。これからまだまだ先は長いです。
浪人生活の一年間なんて一瞬にすぎません。でも決して無駄ではないと思います。
貴女らしく前進してください。
カオル女史の未来を楽しみにしています。」
素敵だ。やっぱりオサムは最高。言葉が風のように吹き抜けていく。
そう、あたしはあたしの人生を生きる。
自由奔放に。
勝手気ままに。
ハッピーに。
風のように。
2年生になり、まんまと両親を騙して一人暮らしを始めた。
全てがうまくいっていた。
やっぱり、あたしはハッピー。
嫌なことも、ツライこともない。
自由気ままってサイコー。
悩まない、心配しない。それが、あたしのアドバンテージ。
誰にも何も言われないから、やりたい放題。しかも割のいいバイトまで見つかった。週1で5万円。月20万円。こんな楽な仕事は他にない。
ラッキーとハッピーは、いつも連動している。
風と波のように。
始まりは、階段だった。
元町商店街のウチキパン近くに山手へ続く細い木の階段がある。あたしは毎週その階段を上り、イギリス人のおばさんに英語を習っていた。
その日も汗をにじませながら上っていると、脇で絵を描く人がいた。淡い色調の花の絵を、背の高い、癖ッ毛の男の人が描いていた。
みっちり2時間のレッスンを終えて降りると、その人はまだ描いていた。横目で覗きながら通り過ぎると、背後から声がした。
「あの!」
振り返る。
「もしよかったら、俺の絵を見てもらえない?」
「え?」
「君みたいな素敵な人に見てもらえたら嬉しくて」
フフン。悪い気はしない。
「えぇ、いいですよ」
バッグから取り出された水彩画は、椿、紫陽花、向日葵。淡い色彩に力強さが宿っていた。
黒髪の癖ッ毛は尚樹君と似ていたけれど、もっと長くてボサボサ。瞳の色は、少し茶色がかっていた。
「この向日葵、いいですね。淡いのに力強い。この紫陽花も、雨の中で存在感があって素敵」
「なるほど。もしかして、絵を描いていた?」
「昔、ほんの少し」
「やっぱりね」
それがヒロシとの出会いだった。
ヒロシは、汚い格好をしていた。生成り色の変な帽子、汚れたジーンズ、ヨレヨレのTシャツ。絵の具まみれのバッグに、軍靴みたいな靴。
不審者そのもの。でも、向日葵の絵が気に入った。それがきっかけで、あたしはヒロシのモデルになった。かなり高額のバイトだった。
外人墓地を抜け、みなとのみえる丘公園の横を抜けると交差点がある。インターナショナルスクールを過ぎ、大きな洋館が並ぶ道を進む。韓国領事館の向かいにある白い洋館、それがヒロシの家。汚い恰好をしているけれど、金持ちだった。
階段で出会ってから、英会話のあとに毎週ヒロシの家へ通うようになった。
ヒロシは29歳。自称画家。2年前に両親を事故で亡くし、莫大な遺産を受け継いだ。大学卒業後は世界中を旅しながら、風のように、流れるように生きていた。
そんな放浪者の匂いに、あたしは強く惹かれた。癖毛と褐色の肌、茶色がかった瞳に吸いこまれそうになる。
「一人で生きるのは気楽だよ。遺産はそのうちなくなるけどね。なくなったらその時はその時。野たれ死にもありだね。モンゴルの草原でもチョモランマの麓でもいい」
そんなことを言いながら、キャンバスに向う。
あたしは言われるままに座り、立ち上がり、腕を上げ、壁に寄りかかる。服を替え、布をまとい、一日に何度も着替える。裸で着替えても、ヒロシは何も感じない。そこが魅力。仙人のように雲の上に立っている感じ。
毎週5万円は、ちょっぴり申し訳ない感じがする。ヒロシを喜ばせてあげたくて、色々聞いた。
「好きな食べ物は?」
「うまいもの」
「誰だってそうでしょ」
ヒロシは笑う。
「好きな色は?」
「白とオレンジ」
「理由は?」
「白は紙の色、ゼロの色。オレンジはオレンジが好きだから」
「好みの女性は?」
「特にない」
「男が好き?」
「そうじゃない。恋愛に興味がない」
お礼に腕をふるって料理を作った。ルッコラとひき肉をガーリック風味で炒めて、茹でたじゃがいもにのせる。シェルマカロニにバジルとオリーブオイル、人参とドライガーリックを絡める。鶏ガラスープに春雨とシメジを入れ、オイスターソースでととのえる。
「どう?」
「うまい」
「バイト料のお礼」
「俺の金じゃないから気にするな」
「不景気なのに羨ましいな」
「学生のくせに。親に金もらってるだろ」
「自分だって遺産もらったじゃない」
「それもそうだな」
おかしな会話。
だけど、かなりハッピー。
—第7章へ続く―
毎週土曜日の風にのせて、カオルの物語をお届けします。
旅の続きをどうぞお楽しみください。
小説家になろう&noteにて同日公開
https://ncode.syosetu.com/n8738lk/
—第7章へ続く―
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noteにて同日公開
https://note.com/ayanochiyu/n/na8f8c8036e2a
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