風のように軽やかで、旅のように自由に― 楽しくなれるかも、勇気が湧いてくるかも、 今週もそんな予感を、風とともにお届けします。 「カオル21歳~風と旅する頃~」第4章を公開いたします。
風のように軽やかで、旅のように自由に――
楽しくなれるかも、勇気が湧いてくるかも、
今週もそんな予感を、風とともにお届けします。
カオルと一緒に風を感じていただけますように。
「カオル21歳~風と旅する頃~」第4章を公開いたします。
第4章
~18歳ー心地よい共犯者~
高校3年の時に付き合ったのは尚樹君。両親を筆頭に、一族全員がT大卒。だから、自分もT大に行くのは当然と言っていた。
世間で言う挫折知らずの家族の中で、同じように挫折を知らない道に進む男の子だった。
予備校の誰もいない自習室で、あたしたちはキスした。一番奥の席に並んで座って、パーティションをよけてキスした。
始めは唇を少し重ねただけ。一瞬離れた後、ギュッと抱き合って思いきり唇を重ね合わせた。お互いの心臓の鼓動が伝わってきた。窒息しそうで、心臓が激しく波打った。
自習時間は、いつも二人並んで座って、足を絡めて遊んでいた。予備校通いは最高に楽しかった。
帰りは横浜駅からいつも一緒に歩いた。寄り道は、みなとみらいの海辺。ワールドポーターズ前のベンチがお気に入り。観覧車が暗い運河にユラユラと映り込む。
「T大に行って何をするの?」
海を眺めながら聞いた。
「何ってどういうこと?」
「つまり、何をしたいのかってこと」
「うちはみんなT大だから。当たり前のこと」
「ふーん、じゃあ、理由はないのね」
「理由?考えたことないよ」
尚樹君は笑った。
「行くことが目的なのね。その後は?」
「どういう意味?」
「4年間もあるんだから、何かできるでしょ」
「そんなこと考えたことないよ。変なこと聞くね」
横目で尚樹君を見ながら、ぬるいウーロン茶を一口飲み込んだ。
「カオルは考えてるの?」
「もちろん」
残りのウーロン茶を一気に飲み干した。
「とりあえず、親の言うとおり国立大学に行くの。『いい子』『真面目』『可愛い』って言われていれば、なにも問題ない。でもね、あたしの目的は4年間を自堕落に生きること」
尚樹君は黙って聞いていた。
「退廃的に、そして本能の赴くままに。危ないことも、いけないことも、全部やってみたい」
「例えば?」
「タバコを吸う。お酒を浴びるほど飲む。酔って暴れてサラリーマンとケンカして捕まる。お金がなくなったらカラダで稼ぐ。大金持ちの愛人になって修羅場になるーーそんなのも面白そう」
夜の運河に映る観覧車は、静かにゆっくりと回り続けていた、時が止まったように。
「世界放浪の一人旅にも行ってみたい。まずは南米。ラテンの男と燃え上がる。キューバでゲバラのお墓を訪ねたい。ベトナムからカンボジアへ国境を超える旅もいい。モンゴルの大草原で昼寝をして、真っ青な空と黄金色の陽を浴びたい。それからーー」
「もういいよ」
コーヒー牛乳のストローを加えながら、尚樹君が遮った。
「まだ続きがあるんだけど」
「それが大学に行く目的なの?」
「そうよ、悪い?」
「……」
「あたしのことを好きなら話を聞いてよ」
My story goes on. ―
大学に入ったらまずお金を稼ぐ。世界放浪の資金だ。ほとんど家出のようなもの。どうやって大金を稼ぐか、それが最大の課題。時給800円や900円でコツコツ働くのは性に合わない。だからお金持ちの男に投資してもらう。危うい方法でも構わない、愛人とか。つまり肉体労働。
18年間「カワイイ」と言われ続けてきた。それは神様からのギフト。コストのかからない最強のツール、アドバンテージ。だから、使わない手はない。
そもそも富は分配されるべきだと思う。独り占めはよくない。富める者が分け与えることで、さらに豊かになるはずだ。セレブが豪邸や高級外車やジェット機を買い集めても、結局詐欺に合って一文無しになるーーそんな話はいくらでもある。卑しい使い方をすると、お金は必ずしっぺ返しをする。
だから、あたしに投資した方がいい。返す方法は決まっている。「ハッピー」にしてあげること。
「そろそろ帰ろうか」
尚樹君はベンチから立ち上がり、ブルーのリュックを肩にかけた。
「カオルは妄想癖があるね」
「そうよ、妄想の世界で生きてるの。楽しくてやめられない」
桜木町駅へ向かう尚樹君の後を追い、横に並んだ。
「カオルにとって生きるって、そういうことなの?」
「うん。快楽を追求するのよ」
「そんなんでいいの?」
「目的もなくT大に行こうとするよりマシだと思うけど」
少しカチンときた。
「じゃあ、聞くけど、尚樹君はなんであたしとキスしたの?」
「なんでって……」
尚樹君の顔が真っ赤になった。
「T大に行くのが理由がないのと同じで、あたしとキスしたことにも理由がないの?」
顔を覗き込むと、耳まで真っ赤になっていた。
桜木町駅前広場に風が吹き抜け、あたしの髪が揺れた。
「あたしは理由がある。キスってどんな感じか、抱き合うってどんな感じか、知りたかったの」
尚樹君は、あたしをじっと見つめていた。
「尚樹君の唇に触れてみたかった。だからキスしたの。そしてもっと知りたくなった」
「なにを?」
「全部知りたい。一緒にやろうってこと」
青いリュックに手をかけ、背伸びをして耳元で囁いた。
「来週の日曜日、うちに来て。朝から夜まで誰もいないから。準備してきてね」
こうして、あたしたちは共犯者になったー。
あたしは自分の発情を抑えられなかった。本能的な欲情を幼稚な恋愛感情にすり替えることもできなかった。18歳のあたしは、そんな自分が心地よかった。
—第5章へ続く―
毎週土曜日の風にのせて、カオルの物語をお届けします。
旅の続きをどうぞお楽しみください。
小説家になろう&noteにて同日公開
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