「自分の人生をもっと楽しんでいいんだよ」 そんなメッセージが込められています。 誰かの背中をそっと押せたら、 誰かの心にそっと風を吹き込めたら嬉しいです。
はじめに
この物語は、15年前に子供たちが寝静まった夜、ダイニングテーブルで書き始めました。
1人での子育てと仕事に追われ、自由な時間がほとんどなかった頃、
言葉を綴ることが私の「心の旅」でした。
それは孤独な子供の頃からずっと続けてきた「自由な旅」でもありました。
ようやく自由に生きられるようになった頃、
「自由に生きたい、世界を知りたい、誰かに愛されることより愛したい」
そんな声が物語の中から聴こえてきたのです。
あらためて始めた編集作業は、15年の時を経て「旅の終わりと始まり」になりました。
「カオル21歳 ~風と旅する頃~」には、
「自分の人生をもっと楽しんでいいんだよ」
そんなメッセージが込められています。
誰かの背中をそっと押せたら、
誰かの心にそっと風を吹き込めたら嬉しいです。
~カオルとともに、風の旅へ~
読み終えたとき、心の中に新しい風が吹いているはず。
第1章
〈プロローグ〉“嘘と自由”
あたしの名前はカオル。21歳。
去年、成人式を迎えたらしい。でも、そんなのどうでもいい。出席したって意味ないし、あんな儀式に何の価値があるのか、さっぱり分からない。意味不明。理解不能。
あたしは、すっごくハッピー。自由に、楽しく、生きている。
「人生っていいな」「生きるって楽しいな」って毎日思っている。ツライことなんて、ほとんどない。
ちょっぴり悲しくなったり、寂しくなったりすることもあるけれど、それは仕方がない。人間だから。
一応、大学生。だけど、ほとんど行っていない。時々は行く。単位だけは落とさない程度に。大学なんて、そのくらいでちょうどいい。友達も、そこそこいる。
お茶の水の大学に通う2年生。浪人は1年だけ。
予備校時代は、意外と楽しかった。やるべきことが決まっていたし、ぼんやりする暇もなかった。見かけによらず勉強も好きだった。
興味さえあれば、何だって楽しい。対象なんて何でもいい。
「おもしろいな」って思えることに、ちゃんと関心を持つ。それだけで、人生はハッピーになる。
実家は横浜。通学できる距離だけど、家族と暮らすのは不便だし、うっとうしい。だから、適当な嘘を並べて、一人暮らしをしている。
自由が大好きだから。親を騙すのなんて、簡単。
あたしのことを「しっかりしていいて真面目な子」って勝手に思い込んでいるから、そういうフリをしていれば、全部うまくいく。
ラクチンすぎて、笑っちゃいそうになる。でも、そのおかげで自由に生きられているから、ラッキーってこと。
あたしは、嘘が好き。小さい頃から、自然と覚えた。
「可愛いね」「しっかりしてるね」「賢そうだね」って、よく言われていた。睫毛が長いから、マッチ棒が乗るとか、ツマ楊枝が二本乗るとか、そんなことも言われた。そういう言葉を浴びているうちに、「フリをする」ってことを覚えた。
可愛い子のフリ。しっかりした子のフリ。睫毛をパチパチさせて、鏡の前で笑顔を練習して。それが、あたしの生きる術になった。
演技すると、大人たちは喜んだ。褒めてくれて、おこづかいもくれた。
やめられないよね、そういうの。
いやな子供だったかもしれないけど、自然に身についたものは仕方がない。それって、学校では絶対に学べないこと。
演技して、嘘をついて、大人たちを喜ばせた。アホみたいに、みんな喜んでいた。
両親は、そんなあたしを自慢していた。あたしは「自慢の娘」だった。
大人って、おもしろい。
先生たちも、親と同じ。勝手に「いい子」って決めつけてくる。だから、同じようにフリをしていた。簡単だった。
学級委員や代表挨拶、絵画コンクール、新聞に載る作文。特別な努力なんてしていないのに、いつも褒められていた。
鏡の前で、ニッコリ笑う。顔の筋肉に、最高の笑顔を記憶させる。「カワイイ」ってつぶやいて、みんなの前でも同じように笑う。それだけで、全部うまくいく。
「大人っておもしろいな」
そんなことは、誰にも言わない。余計なことは言わない。それも、早いうちに学んだ鉄則。 本音を言うと、大人は怒る。だから、面倒くさくて、ずっと「いい子のフリ」をする。大人が喜ぶことだけを言う。それが「キレイゴト」。キレイゴトだけ言っていれば、褒められる。 作文も入賞する。とっても簡単。
「明るくて元気でしっかりしていて、ハキハキしていて積極的」
よく言われた。間違っていないけど、勝手に決めつけるなって思う。大人って、ほんと面倒くさい。
あたしは、スクスクと順調に育った。挫折もなく、恵まれた環境で、ラッキーにハッピーに生きてきた。
父は不動産業。土地を買って、売って、マンション建てて、家賃をもらう。祖父の八百屋をスーパーにして、そこから事業を広げた。今は賃貸経営。日経新聞を読み、土地を見て回り、議員とゴルフをして、情報を集めている。ほとんど家にいない。
母はボランティアとカルチャーセンター。議員の奥さんたちとの付き合いに夢中。中華街の高級店で食事した話を、大学の同級生に自慢していた。
くだらない。呆れちゃう。
この人、本当にあたしの母親?
あたしと母親の間には、深い溝がある。それは永遠に埋め尽くせない溝。理由は分からないけど、たぶん人間の種類が異なる。同じ家に住んでいるけど、生きている世界が違う。
姉は母にそっくり。流行に流される、平凡でフツーの軽薄な女。疑うことを知らない。ブランドが欲しくて勉強して、一流企業に就職して、一流の夫を手に入れたいだけ。
「整形したら?人生変わるよ。その方が早いし超簡単」って言いたいけど、言わない。
姉が意地悪だって、あたしは知っているから。
小さい頃、誰もいないところで、お尻の肉をつねられてた。
姉はこう言う。
「たまには映画くらい見たら?趣味ぐらいもちなさいよ」
くだらない流行映画ばっかり見ているくせに、何言ってんの。でも、言わない。
「あ、うん」ってだけ。
姉は知らないけど、あたしは映画が好き。特に古いヨーロッパ映画。ミニシアター系。
一番好きなのはジェイムズ・アイボリーの作品。「日の名残り」は最高だった。「熱砂の日」と「眺めのいい部屋」はあたしのバイブル映画。
でも、姉には話さない。知らないだろうし、興味ないだろうし。流行ってるものしか見ない人だから。
あたしのことも、映画のことも、何も知らないくせに、偉そうに語る。イラッとするけど、何も言わない。
「へぇ、そうなんだぁ」
それだけ。
どうでもいい。
あたしはハッピーに生きているから。姉のことなんて、関係ない。
うちには、特別な悩みも困ったこともない。何もない家。なだらかで、平らな道に座っているだけ。風も吹かない。雨も降らない。でも花も咲かない。
そんな家であたしはテキトーに要領よく生きている。
だけど、待っている。
誰にも言わないけれど、あたしは心の底から待っている、素敵なことが起きることを。ドキドキ、ワクワクするドラマティックなことを—。
—第2章へ続く―
毎週土曜日、風がまた旅を運んでくるように、
カオルの物語がひとつずつ進みます。
小説家になろう&noteにて同日公開
旅の続きをどうぞお楽しみください。




