File5.鎌鼬(かまいたち)の銃刀法違反と、無限需要(インフィニット・デマンド)のマッチングについて
「ひぃぃぃッ! やめて! そこは備品の棚です! 切らないでぇ!」
事務所に咲耶の悲鳴と、風を切る鋭い音が響き渡っていた。 シュパッ、カァン! 目にも止まらぬ速さで飛び交う何かが、書類の束を紙吹雪に変え、スチール棚に深い爪痕を刻んでいく。
「おいおい、女神様よぉ。動きがトロいんじゃないか?」
「俺たちの刃からは逃げられねぇぜ?」
暴れ回っているのは三匹の獣、いや、小柄な少年のような姿をしたあやかしだった。 両手両足に鋭利な鎌を生やし、旋風を纏って宙を駆ける。 今回のクライアント、『鎌鼬』の三兄弟だ。
俺は舞い散る書類の雪の中で、静かに紅茶を飲んだ。
「オサキ。そろそろ制圧しなさい。業務妨害です」
「御意」
オサキが指をパチンと鳴らす。 瞬間、不可視の重圧が室内を満たし、飛び回っていた三兄弟を床に縫い付けた。
「ぐえっ!?」
「な、なんだこの妖気は……!」
床にへばりついた三兄弟を見下ろし、俺は冷ややかに告げた。
「ようこそ、異世界転生課へ。 暴れる元気があるなら、まずはそのエネルギーを持て余している『原因』から聞かせてもらいましょうか」
「やってらんねぇんだよ! この国は!」
ソファに座らされた長男が悔しそうに叫んだ。 彼らの悩みは現代社会の『法』と『監視』そのものだった。 かつて彼らは風に乗って人を転ばせ、浅い傷を負わせることを生業としていた。 だが、現代は違う。
「ちょっと刃物を出せばすぐ『銃刀法違反』だ! 人を切れば『傷害罪』! 監視カメラはそこら中にあるし、ドラレコにも映っちまう! 俺たちの本能は『切ること』だ。だが今の日本じゃ、爪の手入れも堂々とできねぇ!」
次男が続く。
「ストレスで爪が錆びそうだぜ。かといって、犯罪者になって刑務所に入るのは御免だ」
三男が泣きつく。
「だから異世界に行きたいんだよぉ! 法律なんて関係ねぇ、野蛮な世界でいい! 俺たちが思う存分何かを切り刻んでも文句を言われない場所へ!」
咲耶がボロボロになった制服を直しながら涙目で提案する。
「わ、わかりました。でしたら『百年戦争が続く戦乱の世界』なんてどうですか? そこなら敵兵を好きなだけ……」
「却下です」
俺は即座に否定した。
「咲耶さん。戦争には必ず『終戦』があります。平和になった瞬間、彼らはまた『危険分子』として追われる身になる。それは根本的な解決ではありません」
俺は三兄弟に向き直った。
「あなた方が求めているのは殺戮ではない。 ただひたすらに己の刃を振るい続けられる『環境』と、それが社会に受容される『正当性』ですね?」
「あ、あぁ。まあ、感謝されるならそれに越したことはねぇが……」
「ならば最適な案件があります」
俺はオサキに合図を送る。オサキが空中に投影したのは、緑一色に覆われたある惑星のデータだった。
「惑星『グラミネア』。 この世界は今、未曾有のバイオハザードに見舞われています」
画面に映ったのは、異常進化した植物『魔草』だった。 鋼鉄のように硬く、切っても切っても数分で再生する蔦が都市を飲み込み、人々を圧迫している。 人々は開拓することもできず、狭い結界の中で怯えて暮らしていた。
「この植物は並の刃物では傷一つ付きません。魔法も吸収してしまう。 唯一の対処法は、『超高速の物理攻撃で再生速度を上回る速さで根元まで切り刻み続ける』ことだけ」
俺は三兄弟を見た。彼らの目が獲物を見つけた猛獣のように輝き始めていた。
「切っても……いいのか?」
「ええ。いくらでも。むしろ切れば切るほど土地が広がり、人々はあなた方を『救世主』と崇めるでしょう。逮捕されるどころか国から報奨金が出ます」
「再生するってことは、永遠に切れるってことか!?」
「その通り。枯渇することのない無限の需要がそこにあります」
三兄弟は顔を見合わせ、凶悪な、しかし歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
「最高だ! すぐに送ってくれ! その草刈り、俺たちが引き受けた!」
転生ゲートの前。 三兄弟はこれ以上ないほど晴れやかな顔をしていた。
「あばよ、窮屈なニッポン! 俺たちは新天地で『開拓王』になるぜ!」
「ありがとな、コンサルタント! あんた最高だ!」
彼らは一陣の風となり、ゲートの向こうへ飛び込んでいった。 直後、モニターに現地の映像が映し出される。
『ヒャッハーーー! 切り放題だぜぇぇぇ!』
『硬ぇ! だがそれがイイ!』
『見ろよ兄貴! 人間たちが俺たちに手を合わせてるぞ!』
鋼鉄の魔草をバターのように切り裂き、爆走する三兄弟。 その後ろには開拓された農地が広がり、現地の人々が涙を流して彼らを拝んでいる。 需要と供給が完璧に噛み合った瞬間だった。
「ふふっ。あんなに楽しそうな顔、初めて見ました」
咲耶がモニターを見て微笑む。
「『破壊衝動』も使い所を変えれば『生産活動』になるんですね」
「ええ。適材適所。それがマネジメントの基本です」
事務所に戻ると、オサキが小さな砥石を持ってきた。 彼らが去り際に置いていったものだ。
「九十九さん、今回の報酬です。 クライアントより『風神の砥石』を頂戴しました」
「効果は?」
「この砥石で刃物を研ぐと、一度だけ『実体のないもの』すら切り裂くことができるようになります。 例えば幽霊、結界、あるいは相手との『悪縁』や『因果』さえも」
「ほう。概念すら断ち切る刃か。厄介な契約トラブルの解決に使えそうだ」
俺はその古びた砥石を受け取った。
彼らは今頃、あの世界で英雄として思う存分暴れ回っていることだろう。 誰にも咎められることなく自分らしく生きる。それもまた一つの幸福の形だ。
「さて、平和な時間は終わりですよ」
俺は手帳を開く。
「咲耶さん。次のスケジュールは?」
咲耶がパッと明るい顔で答えるはずだったが、彼女は手帳を見てまた眉をハの字に下げた。
「あ、あのぅ。次はクライアント様ではないんです」
「?」
「天界の本部から『業務監査』の通達が来ていまして……。 私、サボってないか上司にチェックされるみたいで。 あぁぁ、どうしよう、また怒られますぅ……!」
どうやら次は、このポンコツ女神のプライベートな事情に付き合うことになりそうだ。 俺は苦笑し、オサキに目配せをした。 たまには身内の『教育』も悪くない。
登場人物紹介
◆九十九
九十九経営コンサルティング所長。『異世界転生課』の最高責任者であり、監査役。クライアント(魂)の深層心理と本当の願望を見抜き、最適な転生先を提示する。緑茶が好き。
◆オサキ
九十九の有能な秘書兼調査役。九十九の指示で膨大な異世界のデータベースを検索・管理し、主人(九十九)に絶対の忠誠を誓う。稲荷寿司が好き
◆咲耶
天界から出向してきた『異世界転生課』の新人担当官(女神)。非常に真面目でクライアント想いだが、致命的にポンコツで泣き虫。とにかく甘いものが好き
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