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九十九経営コンサルティング、今度は『異世界転生課』を承ります  作者: 神楽坂 湊


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File26.ポンコツ女神の存在意義と、終わらない日常の損益分岐点について

セントラル・タワーの最上階。 そこには豪華な玉座も、神々しい祭壇もなかった。 あるのは壁一面を埋め尽くす巨大なサーバー群と、部屋の中央にぽつんと置かれたシンプルすぎる白いデスクだけ。


「ようこそ、九十九君。そして、不具合バグを抱えた女神よ」


デスクの向こうに座っていたのは、光の集合体でも老人でもなく、疲れ切った顔をした少年のような姿の「意志」だった。 彼こそが、この天界と全宇宙のシステムを管理する最高責任者――創造主(CEO)だ。


「イスルギが手間取ったようだね。 君たちの主張は聞いている。『感情エラー』こそがエネルギーになると。 だが、それは非効率だ。 計算できない要素はシステムにとってリスクでしかない。 咲耶。君の初期化は決定事項だ」


少年の言葉は絶対的だった。 反論の余地などない、完璧な計算式のように冷たい。


だが、私は一歩前に出た。 懐からこれまでの報酬の数々を取り出し、デスクの上に並べていく。 雪華の宝石、真実の反響鈴、未完の地図……。 それらはサーバーの無機質な光の中で、温かな輝きを放っている。


「CEO。あなたの経営判断には重大な欠陥があります」


私はあえて挑発的に言った。


「あなたは『効率』を追求し、全ての魂を均一に管理しようとした。 だが、見てください。 ここにあるのは、あなたが『不良品』として切り捨てた魂たちが生み出した、『感謝』の結晶です」


私は咲耶を指差した。


「彼女は確かに計算ができません。すぐに泣くし、サボるし、経費を無駄遣いする。 システムの観点から見れば明らかなバグです。 しかし。 そのバグがあったからこそあやかし達は救われ、その結果、各世界から天界へ送られるエネルギー(GDH)は過去最高値を記録している」


少年が少しだけ眉を動かした。


「データ上は確かにそうだ。 だが、それは偶然の産物だ。再現性がない」


「いいえ、再現性はあります」


私は咲耶の肩に手を置いた。


「彼女の機能は『共感エンパシー』です。 相手の痛みを自分の痛みとして感じ、共に迷い、遠回りをする。 その『無駄な時間』こそが、傷ついた魂を癒やすための必須プロセス(リードタイム)なのです」


私は少年を真っ直ぐに見据えた。


「効率化とは無駄を省くことではない。 『必要な無駄』と『不要な無駄』を見極めることです。 彼女の存在は、天界というシステムが長期的に存続するための必要経費コストだ。 それを切り捨てるなら、あなたの経営は遠からず破綻するでしょう」


少年は沈黙した。 部屋にサーバーの駆動音だけが響く。 やがて彼はゆっくりと顔を上げ、咲耶を見た。


「君はどう思う? 咲耶。 自分がコストに見合う存在だと証明できるか?」


咲耶は震えていた。 だが、彼女は私の手をそっと離し、一歩前へ出た。


「わかりません」


彼女の声は透き通っていた。


「私は九十九さんのような難しい計算はできません。 自分がどれだけ役に立っているのかもわかりません。 でも……」


彼女は胸に手を当てた。


「誰かが泣いていたら放っておけないんです。 誰かが笑ってくれたら私も嬉しいんです。 それが『バグ』だと言うなら……私はバグのままでいたいです。 神様としての機能なんていらない。 私は九十九さんの隣で、あやかしさん達の話を聞いて、一緒にお茶を飲んで……。 そうやって、『お疲れ様』って言いたいだけなんです!」


彼女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。 その涙が床に落ちた瞬間、部屋中のサーバーが一斉に明滅した。 エラー警告ではない。 柔らかな虹色の光だ。


「ふっ」


少年が小さく笑った。


論理ロジックで攻めてくるかと思えば、最後は感情論か。 これだから人間かぶれは扱いにくい」


彼は端末のキーを一つ叩いた。 部屋中に響いていた警告音が消え、静寂が戻る。


「承認しよう。 特別プロジェクト『異世界転生課』の存続を認める。 ただし条件がある」


少年は私に向かって指を立てた。


「今後もその『非効率な利益』を出し続けること。 もし一度でも赤字(エネルギー不足)になれば、即刻解体だ。 ……いいな?」


「承知しました」


私は深く頭を下げた。


「我々にお任せを。必ずやご期待以上の成果を提供してみせましょう」


少年は興味なさそうに手を振った。


「さっさと行け。 それと、その騒がしい連中も連れて帰れ。私の庭が汚れる」


窓の外を見ると、帰る準備をするあやかし達がこちらに手を振っているのが見えた。


「ありがとうございます! CEO様!」


咲耶が満面の笑みで叫ぶと、少年は少しだけバツが悪そうに顔を背けた。


帰り道。 光の階段を降りながら、咲耶がスキップ交じりに言った。


「やりましたね、九十九さん! 完全勝利です! これでまた、あのお店でマカロンが食べられます!」


「君ね、さっきの感動的な演説はどこへ行ったんですか。 それに条件を聞いていたでしょう。 これからも利益を出し続けなければならない。つまり仕事は山積みだということです」


「ええーっ!? 休みはないんですかぁ!?」


「あるわけないでしょう」


私は彼女の背中を押した。


「さあ、走りますよ。 神保町の家賃も、君の給料も稼がなきゃならないんですから」


九十九経営コンサルティング・異世界転生課。 神保町の路地裏にある、古びた雑居ビル。 そこには今日も、雨宿りをするように迷える人外たちが訪れる。


ガラガラガラ。 引き戸が開く音。


「あの、ここは異世界に行けるって聞いたんですけど……」


入り口に立っていたのは、ボロボロになったAIロボットだった。 「人間になりたい」と願う、悲しき機械の魂。


「九十九さん! お客様です!」


咲耶がエプロン姿で駆け寄る。 オサキが呆れ顔でお茶を淹れる。 私は新聞を置き、眼鏡の位置を直した。


「いらっしゃいませ。 当事務所へようこそ。 あなたのその『叶わぬ願い』、我々が最適な形でマネジメントいたしましょう」


さて、仕事の時間だ。 この世界に迷える魂がある限り。 そして、このポンコツ女神が私の隣で笑っている限り。


私たちのビジネスは、終わらない。

登場人物紹介

九十九つくも

 九十九経営コンサルティング所長。『異世界転生課』の最高責任者であり、監査役。クライアント(魂)の深層心理と本当の願望を見抜き、最適な転生先キャリアパスを提示する。緑茶が好き。


◆オサキ

  九十九の有能な秘書兼調査役。九十九の指示で膨大な異世界のデータベースを検索・管理し、主人(九十九)に絶対の忠誠を誓う。稲荷寿司が好き


咲耶さくや

 天界から出向してきた『異世界転生課』の新人担当官(女神)。非常に真面目でクライアント想いだが、致命的にポンコツで泣き虫。とにかく甘いものが好き



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