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九十九経営コンサルティング、今度は『異世界転生課』を承ります  作者: 神楽坂 湊


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25/26

File 25:顧客たちの逆襲と、カオスという名の調和について

チリーン、という鈴の音が戦場の空気を震わせた。 だが、数秒経っても何も起こらない。 ただ冷たい風が吹き抜けるだけだ。


イスルギが鼻で笑った。


「何が起きるかと思えば。ただの脅しか。 貴様がどれほど優秀なコンサルタントかは知らんが、ここは天界だ。 下界の契約など、ここでは紙切れ一枚の価値もない」


彼は右手を振り下ろした。


「総員、放て。 不純物を浄化せよ」


空を埋め尽くす天使の軍勢が一斉に弓を引き絞る。 放たれた光の矢は雨のように降り注ぎ、私と咲耶、そしてオサキを串刺しにしようと迫った。


「きゃあ……!」


咲耶が目を瞑り、身体を縮こまらせる。


だが。 その矢が私たちに届くことはなかった。 突如として、私たちの頭上に巨大な「亀裂」が走ったからだ。 空間そのものがガラスのように砕け散り、そこから猛烈な吹雪が吹き荒れた。


「……お待たせしました、九十九様」


透き通るような冷気が光の矢を空中で凍てつかせ、氷の結晶に変えてバラバラと落とした。 吹雪の中から現れたのは、白無垢姿の美しい女性。 File 3のクライアント、雪女のミユキさんだ。 彼女の隣には、以前よりも少し顔色の良くなった老人の姿もある。どうやら、あちらの世界で寿命を全うし、今は霊体として彼女に寄り添っているらしい。


「な、なんだ!?」


イスルギが狼狽する間もなく、今度は左右の空間が裂けた。


「ヒャッハー! 久しぶりだなコンサルタント! 草刈りの仕事も一段落したから、手伝いに来てやったぜ!」


疾風と共に飛び出してきたのは、両手に巨大な鎌を持った三匹の獣、鎌鼬の三兄弟だ。 彼らは目にも止まらぬ速さで天使たちの間を駆け抜け、その手に持った弓の弦だけを正確に切り裂いていく。 File 5での「草刈り」経験を経て、彼らの鎌捌きは神業の域に達していた。


「貴様ら、何者だ! 許可なく神域に侵入するなど……!」


天使の一人が叫ぶが、その声は重低音にかき消された。 ズシン、ズシンという地響きと共に、巨大な木彫りの熊――File 14の熊五郎さんが仁王立ちで現れたからだ。 彼は放たれた魔法攻撃をその分厚い胸板で全て弾き返し、ニヤリと笑った。 口には立派な鮭ではなく、天使の槍を爪楊枝のように咥えている。


「俺は不動のガーディアンだ。 俺の後ろには、指一本触れさせねえよ」


次々と開くゲート。 そこから現れるのは、私たちが送り出してきた「元・厄介者」たちだった。


筋肉の美しさを誇示しながらポーズを決める人体模型のジンさん。 彼に感化されたスケルトンの軍団が、カチャカチャと骨を鳴らして行進してくる。 空からは、ビニール傘の青年が展開した巨大な透明シールドが我々をドーム状に覆い守っている。 足元からは、市松人形のイチさんが操る黒髪の波が押し寄せ、天使たちの足を絡め取って動きを封じる。


「これは……どうなっている!?」


イスルギが美しい顔を歪めて叫んだ。


「なぜ、あやかし風情がここに干渉できる! ここは絶対の秩序で守られた聖域のはずだ!」


私は呆然とする咲耶の肩を抱き寄せ、イスルギに告げた。


「秩序? 笑わせないでください。 あなたが『非効率』として切り捨てた彼らは、異世界という過酷な現場で、それぞれが『神』に近い存在へと進化しているんですよ」


私は戦場を見渡した。 それはまさにカオスだった。 統一された制服を着た天使の軍団に対し、こちらは妖怪、付喪神、アンデッドと、統一感の欠片もない。 だが、不思議とそこには調和があった。


鎌鼬が切り開いた道を熊五郎さんが固め、雪女が援護し、人体模型が指揮を執る。 それぞれが自分の「強み」と「弱み」を理解し、パズルのピースのように噛み合っている。 それは管理された軍隊よりも遥かに強固な、信頼という名のチームワークだった。


「おい、そこの羽根つき野郎ども! お前らなんか弱っちくて最高だぜ! さっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!(意訳:お前ら強いな! でも負けないぞ!)」


天邪鬼のアマノ君が、逆説のマスクを着けたまま叫ぶ。 その罵倒(応援)を受けた妖怪たちの体に、力がみなぎっていくのが見えた。


「九十九さん……」


咲耶が涙を浮かべて彼らを見つめている。


「みんな、来てくれたんですね。 私のこと、忘れないでいてくれたんですね」


「ええ」


私は頷いた。


「あなたが彼らのために流した涙も、一緒に悩んだ時間も無駄ではなかった。 これは、あなたが築き上げた『ポートフォリオ(資産)』ですよ」


咲耶の体が淡い光を帯び始めた。 透けていた指先に赤みが戻ってくる。 彼女が彼らを「認識」し、彼らが彼女を「守りたい」と願う。 その相互作用が、消えかけていた彼女の存在を強烈に「定義」し直しているのだ。


「おのれ……! 不純物どもが!」


イスルギが杖を掲げた。 塔の頂上からまばゆい光が集束する。 個々の力では太刀打ちできない、システムそのものによる強制排除プログラムだ。 この一撃は、あやかし達をまとめて消滅させる威力がある。


「システム管理者の権限において命ずる。 全データ、完全消去!」


極太のレーザーが天から降り注ぐ。 熊五郎さんの防御も、ビニール傘のシールドも、これには耐えられないかもしれない。 皆の顔に絶望が走った。 だが、私は動じなかった。


懐からFile 4で手に入れた『黒電話』の報酬――『雪華の宝石』と、File 12の『遮音のイヤーカフ』を取り出し、同時に発動させた。


「悪いが、その命令は届かない」


私が宝石を掲げた瞬間、降り注ぐレーザーの「時間」が凍結した。 光の奔流が空中で静止画のように固まる。 そしてイヤーカフの力で、イスルギの発した「消去」という音声コマンドそのものをノイズとしてカットした。


「な……ッ!?」


イスルギが愕然とする。


「私のコマンドが、拒否されただと!?」


「アナログを舐めるなと言ったでしょう」


私は凍りついたレーザーの下を悠然と歩き出した。 最新のデジタルシステムも、電源コードを抜けばただの箱だ。 物理的な遮断には勝てない。


「さあ、道は開いた」


私は咲耶の手を引いて走り出した。


あやかし達が左右に分かれて道を作る。 まるでモーゼが海を割った時のように、混沌とした戦場に一本の道が生まれた。


「行けーッ! 女神様!」


「九十九の旦那! ここは俺たちに任せろ!」


背中から聞こえる頼もしい声援。 咲耶は走りながら何度も振り返り、彼らに手を振った。


「ありがとう! みんな、ありがとう!」


私たちは混乱する天使の軍勢を突破し、セントラル・タワーの入り口へと滑り込んだ。 背後で重厚な扉が閉まる音がする。 外の喧騒がふっと遠のいた。


塔の中は静まり返っていた。 螺旋階段が遥か上空へと続いている。 ここが天界の中枢。 全ての魂を管理するメインフレームのある場所だ。


「……はぁ、はぁ」


咲耶が膝に手をついて息をする。 その姿はもう幽霊のようには見えなかった。 汗をかき、息を弾ませる、生きた女神の姿だった。


「九十九さん」


彼女が顔を上げる。その瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。


「行きましょう。 私、思い出しました。 私が何のために、あの事務所にいたのか。 そして、これから何をすべきなのか」


「いい顔になりましたね」


私は乱れたネクタイを直した。


「ここから先は武力行使ではありません。 最終プレゼンテーションです。 天界という巨大企業に対し、我々が提示する『新しい経営戦略』。 失敗すれば即解雇(消滅)。 成功すれば……世界が変わる。 準備はいいですか、咲耶さん」


「はい!」


私たちは顔を見合わせ、頷いた。 長い階段を一歩ずつ登り始める。 その足音は静寂な塔の中に、確かなリズムで響き渡った。

登場人物紹介

九十九つくも

 九十九経営コンサルティング所長。『異世界転生課』の最高責任者であり、監査役。クライアント(魂)の深層心理と本当の願望を見抜き、最適な転生先キャリアパスを提示する。緑茶が好き。


◆オサキ

  九十九の有能な秘書兼調査役。九十九の指示で膨大な異世界のデータベースを検索・管理し、主人(九十九)に絶対の忠誠を誓う。稲荷寿司が好き


咲耶さくや

 天界から出向してきた『異世界転生課』の新人担当官(女神)。非常に真面目でクライアント想いだが、致命的にポンコツで泣き虫。とにかく甘いものが好き



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