File2.あずき洗いのキャリアプランと、魔王適性(アセスメント)の欠如について
事務所の空気が重い。
原因は、俺の正面のソファでこの世の終わりのようにうなだれている、新任の研修生・咲耶だ。
「……無理です。九十九さん、オサキさん。どう考えても、あの案件は、私には……いえ、人類にも、神にも、無理です……」
咲耶は抱えたタブレット端末を、まるで爆弾でも扱うかのように恐る恐るこちらに差し出した。
オサキが優雅な手つきでそれを受け取り、表示されたクライアントデータ(申請書)を読み上げる。
「クライアント名、『あずき洗い』。種族、あやかし。……ふむ」
オサキはそこで一度言葉を切り、心底面倒くさそうに溜息をついた。
「転生希望先、『魔王』。動機、『人間を滅ぼしたい』、……ねえ」
俺は、淹れたての茶の香りを静かに楽しんでいた。
「……九十九さん! 何とか言ってくださいよ! あの『あずき洗い』ですよ!? 川辺でショキショキ、小豆を洗う音を立てるだけの、あの!」
咲耶の言う通り、あずき洗いはあやかしの中でも特に無害で戦闘能力の低い種族として知られている。
そのか弱い存在が抱いた「魔王になって人間を滅ぼしたい」という願望。
そのあまりのギャップが、真面目な咲耶のキャパシティを完全にオーバーさせていた。
「研修生が、クライアントの希望を否定するのですか」
俺が冷ややかに言うと、咲耶は「ううっ」と涙目になる。
「だ、だって……! あずき洗いですよ!? 魔王なんて、物理的に無理じゃないですか!」
「それを論理的に監査し、もし不可能ならば最適な代替案を提示する。……それが我々の仕事です。クライアントをお呼びしなさい」
「……この、ポンコツ女神……」
オサキの氷のような呟きに背中を押されるように、咲耶が事務所の扉を開けた。
「あ……。あの……。よ、よろしく、お願いします……。……しょき……」
入ってきたのは、予想通り……薄汚れた着物を着た、背中を丸めた小さなあやかしだった。
その手には小豆の入った古いザルが、まるで命綱のように固く握りしめられている。
あまりの気の弱さに事務所の空気に耐えきれず、目も合わせられない様子だ。
オサキが、わざとらしく咳払いをした。
「……あなたが、魔王を希望されている、あずき洗い様でよろしいですね?」
「は、はいぃっ! ……しょ、しょき……!」
その声は、蚊の鳴くようだった。
「では、ヒアリングを開始します」
俺は無表情のまま問うた。
「魔王になって人間を滅ぼしたい、と。……具体的なプランは?」
「え、あ……。……ぷ、ぷらん、ですか?」
「魔王は組織です。経営です。魔王軍の組織図は? 兵站は? 財源は? 人間を滅ぼしたとして、その後の世界統治のビジョンは?」
「ひっ……! あ、あの、……そ、そういうこと、じゃ、なくて……!」
あずき洗いは完全にパニックに陥り、ザルの中の小豆をショキショキショキショキ……と無心に洗い始めた。
「九十九さん! 圧迫面接はやめてください!」
咲耶がたまらず割って入る。
「クライアント様の本当の気持ちを聞いてあげないと!」
彼女はあずき洗いの前にしゃがみ込み、女神の笑顔で語りかけた。
「大丈夫ですよ。……あなたは、どうして魔王になりたいのですか? 人間にひどいこと、されたのですか?」
その優しい言葉に、あずき洗いの肩が震え
ついに、堰を切ったように泣き出した。
「……う、……うわぁぁぁん……! しょきぃぃ……!」
彼が語り出したのは、あまりに地味で、あまりに悲しい『理不尽』な現実だった。
昔はよかった。
ただ川辺で音を立てているだけで、人間は「何だ!?」と立ち止まり、畏れてくれた。
だが、現代。
川は汚れ、音は騒音にかき消される。
たまに人が気づいても……
「あ? なんか音、しね?」
「あずき洗いじゃね? うわ、地味すぎ、ウケる」
と、スマホで撮影され、SNSに晒され今ではコアなネットユーザによって、ミーム化寸前と。
先日も、噂を聞きつけた子供たちから石を投げられたという。
「……もう、嫌なんです……! 『地味』だって、馬鹿にされるのは……!
ど、どうせなら、一番派手で、一番強くて、一番怖い『魔王』になって、あいつらを見返してやりたいんです……! しょきぃ……!」
……なるほど。
咲耶がハンカチでもらい泣きをしている横で、俺はコンサルティングの方向性を固めた。
「承知しました。あなたの悩みは、『人間への復讐』ではない。『過度な承認欲求』の問題ですね」
「え?」
「あなたは魔王になりたいのではない。『誰かにスゴイと言われたい』。ただ、それだけだ」
俺はオサキに目を向ける。オサキは静かに頷き、異世界データベースから一枚の資料をプリントアウトした。
「魔王への転生は、却下します」
「そ、そんな……! しょき……」
「あなたのスキルセットは、『小豆を洗う(=高度な洗浄技術)』と『単調作業への無限の耐性』。戦闘スキルはゼロです。魔王にはなれません」
咲耶が「でも、九十九さん!」と言いかけるのを手で制し、俺はプリントアウトした資料をあずき洗いの前に置いた。
「ですが、あなたのその『洗浄スキル』と『承認欲求』を、同時に、かつ完璧に満たせる転生先が一件だけあります」
―――数日後。
転生ゲートから、あずき洗いが希望に満ちた顔で旅立っていくのを、俺たちは見送っていた。
「……本当に、よかったんでしょうか、アレで……」
咲耶が不安そうに呟く。
「何が問題なのです?」
と、オサキが返す。
「だって、……彼が転生したのって、『とある神聖な王国』の、『“聖杯洗い”の儀式を司る、“聖なる音の守り人”』、ですよ?
……やっていること、『あずき洗い』と変わらなくないですか……?」
「変わりませんね」
俺は平然と答えた。
「彼の仕事は、一日中、神殿の奥で聖水を使い、『聖なる小豆(に、よく似た玉)』をショキショキ洗い続けること。……ただ、それだけです」
「ほらぁ!」
「ですが」
俺は続けた。
「その世界では、その『ショキショキ』という音こそが、『神が降臨している証』として、何よりも尊ばれている。
彼は、ただ小豆を洗っているだけで、王族や神官から『おお、なんと尊い音だ』『我が国の宝だ』と熱狂的に崇拝される。
彼の『承認欲求』は、彼が望んだ『魔王』になるよりも、遥かに効率よく満たされ続ける」
「あ……」
咲耶があっけに取られた顔をしている。
「クライアントの希望を鵜呑みにするのではなく、その裏にある『真の動機』を見抜き、最適な『マッチング』を提案する。
これが『異世界転生課』の仕事です。覚えておきなさい、研修生」
「は、……はいぃっ!」
泣きそうになりながら、しかし何かを掴んだ顔で、咲耶が深々と頭を下げた。
「オサキ、次の案件を」
「かしこまりました。次のクライアントは『雪女』。人間に恋をした、そうですよ」
登場人物紹介
◆九十九
九十九経営コンサルティング所長。『異世界転生課』の最高責任者であり、監査役。クライアント(魂)の深層心理と本当の願望を見抜き、最適な転生先を提示する。緑茶が好き。
◆オサキ
九十九の有能な秘書兼調査役。九十九の指示で膨大な異世界のデータベースを検索・管理し、主人(九十九)に絶対の忠誠を誓う。稲荷寿司が好き
◆咲耶
天界から出向してきた『異世界転生課』の新人担当官(女神)。非常に真面目でクライアント想いだが、致命的にポンコツで泣き虫。とにかく甘いものが好き
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