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九十九経営コンサルティング、今度は『異世界転生課』を承ります  作者: 神楽坂 湊


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File18.座敷わらしのタワマン酔いと、幸福の投資対効果(ROI)について

「九十九さん、私、決めました。次はタワマンに住みます」


ランチタイムの静寂を破り、咲耶が不動産情報誌を広げて宣言した。 彼女の目は、雑誌に掲載された「地上50階、天空の楽園」というキャッチコピーに釘付けになっている。


「夜景を見下ろしながら、バスローブ姿でワインを傾けるんです。これぞ成功者の証、女神にふさわしい住処だと思いませんか?」


「君の安月給で住めるのは、そのタワマンの地下駐輪場の隅くらいですよ」


私は冷ややかに返し、茶をすすった。 現代人のタワーマンション信仰は根深い。 眺望、ステータス、セキュリティ。それらを手に入れることが「幸福」のゴールだと信じ込まされている。


だが、その「天空の楽園」から逃げ出してきた者が目の前にいることに、彼女は気づいていないらしい。


「……気持ち、悪い……」


ソファでぐったりと横たわっているのは、可愛らしい着物姿の少女だった。 おかっぱ頭に、赤いちゃんちゃんこ。 誰もが知る幸運の守り神、座敷わらしのワラシちゃんだ。 しかし今の彼女の顔色は青白く、手にはエチケット袋が握りしめられている。


「もう、無理……。あそこ、揺れるの……」


「揺れる?」


咲耶がキョトンとする。


「地震ですか?」


「ううん。免震構造よ」


ワラシちゃんは虚ろな目で天井を見上げた。


「タワマンの上層階ってね、風が吹くだけでゆらゆら揺れるの。 地震のエネルギーを逃がすためなんだけど、ずっと船に乗ってるみたい。 私、三半規管が弱いのよ。毎日が船酔い状態。 『座敷』わらしなのに、座ってられないの……」


物理的なダメージか。 確かに、地面に足をつけて生きてきた妖怪にとって、高層階の常時微振動は拷問に近いだろう。


「でも、それだけじゃないんでしょう?」


私は彼女の顔を覗き込んだ。


「単なる乗り物酔いなら、低層階に引っ越せば済む話だ。あなたがここに来た理由は、もっと別の『居心地の悪さ』にあるはずだ」


ワラシちゃんは体を起こし、膝を抱えた。


「……床がね、冷たいの」


彼女はポツリと言った。


「昔の家はよかったわ。畳があって、障子があって、隙間風が入るけど家族の気配がした。 私が廊下を走ると『コタコタ』って音がして、お婆ちゃんが『あら、座敷わらし様が遊んでるねぇ』って笑ってくれた。 でも、今の家は……総大理石のフローリングよ。 走ってもペタペタして気持ち悪いし、転ぶと痛いし。 何より、誰も笑わないの」


彼女の契約主である家族は、いわゆる「パワーカップル」らしい。 父親は外資系金融、母親は経営者。 家の中はモデルルームのように美しく、生活感がない。


「パパはずっと書斎で複数のモニターを見てる。株価が上がった下がったって、独り言を言いながら。 ママはずっとスマホで、子供の受験情報を調べてる。『偏差値70以下は人間じゃない』って顔で。 あの子……一人息子のケン君も、部屋に鍵をかけて夜中まで塾の宿題をしてる」


ワラシちゃんは悲しげに眉を寄せた。


「私がね、ケン君を励まそうと思って枕元に立っても、彼は私を見ないの。 参考書を見ながら、『運なんて不確定要素に頼るな、実力をつけろ』って呟いてるのよ。 小学生よ? 私、あの家にいると自分が『無能な社員』になった気がしてくるの。 『お前がいるのに、なんで株価が下がったんだ』 『お前がいるのに、なんで模試の判定がBなんだ』 壁越しに、そんな無言の圧力を感じるの」


幸福の定義が変わってしまったのだ。 かつての「家内安全」「無病息災」といったふんわりとした幸福では、現代の成功者たちは満足しない。 彼らが求めるのは数値化された成果。 投資対効果(ROI)に見合わない守り神は、ただの居候扱いされる。


「私、もう疲れちゃった」


彼女は涙を拭った。


「私の仕事は、そこにいるだけで何となく空気を明るくすることだったはずなのに。 いつから『幸福製造マシーン』にならなきゃいけなくなったの? もっと、泥臭くてもいいから、みんなが顔を見合わせて『あはは』って笑ってる……そんな家に住みたい」


咲耶が不動産情報誌を静かに閉じた。


「……タワマン、やめます。私、やっぱり畳のアパートがいいです」


「それがいいでしょう」


私は立ち上がった。


「ワラシちゃん。現代の日本の住宅事情、特に都心部において、あなたが求める『縁側のある平屋』で『大家族』が住む物件は絶滅危惧種です。 ですが、視点を変えましょう。 『家』に住むのではなく、あなたが『家そのもの』になればいい」


「家……そのもの?」


「ええ。オサキ、案件番号101だ」


オサキが投影したのは、広大な地下迷宮の映像だった。 そこには恐ろしい魔物ではなく、楽しそうに罠にかかる冒険者たちの姿があった。


「世界名『ダンジョン・ホーム』。 この世界ではダンジョンは『生き物』です。 ダンジョン・コアと呼ばれる魂が核となり、迷宮全体を管理しています。 冒険者たちは宝を求めてやってきますが、彼らが求めているのは富だけではありません。 『スリル』と『達成感』、そして仲間と協力して生還した時の『安堵感』。 それこそが、彼らにとっての幸福です」


私はワラシちゃんを指差した。


「あなたにお勧めするのは、初心者向けダンジョンの『コア(核)』への転生です。 あなたがやることは単純です。 冒険者が来たらちょっとしたイタズラ(罠)を仕掛け、最後には宝箱(幸福)を持たせて帰してあげる。 あなたのダンジョンは、殺伐とした殺し合いの場ではありません。 週末に家族連れや新人パーティが訪れる、テーマパークのような『遊び場』になりなさい」


「遊び場……」


「ええ。そこでは誰も偏差値なんて気にしません。 泥だらけになって、転んで、助け合って、最後に『楽しかったね』と笑い合う。 あなたの足音イタズラは、そこでは恐怖ではなく冒険のスパイスとして歓迎されます。 そして、あなたが楽しめば楽しむほど、ダンジョンは豊かになり人が集まる。 まさに座敷わらしの本領発揮です」


ワラシちゃんの表情がパッと明るくなった。


「私、家主になるのね? 誰かの家の隅っこで気を使うんじゃなくて、私がみんなを招待するのね?」


「そうです。 タワマンの上層階より、地下深層のほうが地面に足がついていて落ち着きますよ」


「ありがとう、九十九さん!」


彼女は立ち上がった。もう船酔いの顔色ではなかった。


「私、最高に楽しい迷宮を作ってみせる。 『出世払い』じゃなくて、『現金一括』で幸せを渡せるような、そんな場所にしてみせるわ!」


数日後。 モニターには地下迷宮の玉座(ちゃぶ台)で、くつろぐワラシちゃんの姿があった。 モニター越しにも迷宮全体の賑わいが伝わってくる。


『キャー! また落とし穴!』

『でも見て、底にクッションが敷いてあるぞ!』

『宝箱からお菓子が出てきた!』


冒険者たちの笑い声が絶えない。 彼女のダンジョンは世界一「居心地の良い迷宮」として、予約半年待ちの人気スポットになっていた。


「楽しそうですねぇ」


咲耶がモニターを見ながら羨ましそうに言う。


「私も遊びに行きたいです。落とし穴に落ちて、イケメン騎士様に助けられたいですぅ」


「君の場合、落ちた穴から自力で這い上がってきて、騎士をドン引きさせる未来しか見えませんが」


オサキが冷ややかに言いながら、報酬の品をテーブルに置いた。 小さな、赤いお手玉だ。


「九十九さん、今回の報酬です。 クライアントより『童心のお手玉』を頂きました」


「効果は?」


「このお手玉を持っていると、『小さな幸せ』への感度が百倍になるそうです。 道端の花が綺麗だとか、ご飯が美味しいとか、信号が青だったとか。 当たり前のことを『ラッキー!』と感じられるようになる。 ある意味、最強のメンタルケアグッズですね」


「……なるほど。 タワマンや高級車がなくとも、幸福は足元に転がっているということか」


私はそのお手玉を、咲耶のデスクに放ってやった。


「え? いいんですか?」


「君にあげますよ。 最近、『ブランド物のバッグが欲しい』とか『高級フレンチに行きたい』とか、欲望が肥大化していますからね。 まずは、コンビニのスイーツで感動できる初心に帰りなさい」


「むぅ……」


咲耶はお手玉を握りしめ、しばらく見つめていたが、やがてふにゃりと笑った。


「あ、なんか……この手触り、いいですね。おばあちゃん家を思い出します」


効果は覿面てきめんのようだ。


「さて」


私は新しい茶を淹れた。 幸せの青い鳥は、遠い空の上ではなく、意外と自宅の押入れの中あたりに隠れているものだ。 それを気づかせるのも、我々の仕事の一つと言えるだろう。


次の依頼人は……おや。 入り口にまた随分と大きな影が見える。 どうやら、タワマンには入りきらないサイズの客人のようだ。


私はため息交じりにカップを置いた。 平穏な午後はまだ遠そうだ。

登場人物紹介

九十九つくも

 九十九経営コンサルティング所長。『異世界転生課』の最高責任者であり、監査役。クライアント(魂)の深層心理と本当の願望を見抜き、最適な転生先キャリアパスを提示する。緑茶が好き。


◆オサキ

  九十九の有能な秘書兼調査役。九十九の指示で膨大な異世界のデータベースを検索・管理し、主人(九十九)に絶対の忠誠を誓う。稲荷寿司が好き


咲耶さくや

 天界から出向してきた『異世界転生課』の新人担当官(女神)。非常に真面目でクライアント想いだが、致命的にポンコツで泣き虫。とにかく甘いものが好き



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