File14.木彫りの熊の在庫処分と、昭和遺産のメルカリ事情について
「九十九さん。これ、どこに置きましょうか」
咲耶がよろけながら、重そうな木箱を運んできた。 彼女の細腕がプルプルと震えている。
「また通販ですか? 天界の経費で変な健康器具を買うのはやめなさいと言ったはずですが」
「違いますよぉ! クライアント様です!」
咲耶が箱を床に下ろすと、ズシンと重い音が響き、事務所の床が抜けそうになった。 箱の中から現れたのは、黒光りする巨体。 荒々しいノミの跡も生々しい、鮭をくわえた木彫りの熊だった。 昭和の時代、北海道土産として一世を風靡し、どこの実家の玄関や床の間にも必ず一頭は鎮座していた、あの熊である。
彼はそのつぶらな瞳で私を睨みつけると、口にくわえた鮭を一度ペッと床に吐き出し、野太い声で言った。
「俺の送料、いくらかかったか知ってるか?」
「はい?」
「千二百円だ」
熊氏――熊五郎さんは、吐き捨てた。
「今の俺のメルカリでの取引価格は、三百円だ。 つまり、俺は動くだけで赤字なんだよ!」
彼は自身の太い前足をドンと床に叩きつけた。
「俺は昭和52年、社員旅行の記念として買われた。 あの頃は良かった。玄関の一等地に飾られ、親父さんの自慢の種だった。 『どうだ、この彫り。いい仕事してるだろう』なんて言われて、毎日磨かれていたんだ」
熊五郎さんは遠い目をした。 だが、時代は変わった。 家は建て替えられ、床の間は消滅した。 息子夫婦は「ミニマリスト」だとか言い出して、物を減らし始めた。
「そして俺は……あろうことか、テレビ台の裏の隙間に押し込まれたんだ!」
「テレビ台の裏、ですか」
私は手元の資料に目を落とした。 確かに現代の住宅事情において、用途不明で場所を取る「置物」は排除すべき筆頭格だ。
「ああ。暗くて、埃っぽくて、配線コードが絡みつく地獄だ。 たまに孫が俺を見つけて引っ張り出すんだが、嫁が飛んできてこう言うんだ。 『キャーッ! 汚いから触っちゃダメ! それ、捨てようと思ってたのに!』」
熊五郎さんは悔し涙を流した。
「俺は家族の思い出じゃなかったのか? 北海道の雄大な自然を家庭に届ける使者じゃなかったのか? それが今じゃ『燃えるゴミ』に出すには大きすぎて、『粗大ゴミ』に出すには金がかかる、ただの厄介者だ。 俺はこのまま誰にも望まれず、家の解体と一緒に瓦礫として処分されるのを待つしかないのか……!」
切実だ。 かつて愛された「昭和の遺産」たちは今、日本中で行き場を失っている。 実家の片付けにおいて、最も処分に困るのがこの木彫りの熊、日本人形、そして謎の風景画だ。
「わかりますぅ……」
咲耶が自分のお腹をさすりながら言った。
「うちの実家にもいました。鮭じゃなくて、『家内安全』って書かれた看板持ってるタイプの子が。 お母さんが『バチが当たりそうで捨てられない』って、物置の奥に布かけて封印してました……」
「封印、か」
私は立ち上がり、熊五郎さんの前に立った。 その体躯は立派だ。一本の木から彫り出された密度と、年月を経て黒光りする重厚感。 これは現代の安っぽいプラスチック製品には出せない「圧」だ。
「熊五郎さん」
私は彼が吐き出した鮭を拾い上げ、口に戻してやった。
「あなたの敗因は、現代日本のインテリア事情とのミスマッチです。 北欧風のナチュラルなリビングに、荒々しいヒグマは似合わない。 ですが、あなたのその『重厚感』と『圧倒的な存在感(圧)』を、喉から手が出るほど欲している世界があります」
「オサキ、案件番号556だ」
オサキが投影したのは、鬱蒼とした森が広がるファンタジー世界だった。 そこでは人々が森の魔獣に脅かされながら、ひっそりと暮らしている。
「世界名『フォレスト・ガープ』。 この世界の人々は、村の境界に『守り神』の像を置くことで魔獣の侵入を防いでいます。 しかし、ただの石像では効果が薄い。 魔獣たちは像に宿る『魂の圧』を感じ取って逃げるからです」
私は熊五郎さんの肩を叩いた。
「あなたには昭和の親父たちが込めた『家族を守る』という強い念と、数十年磨き込まれた『付喪神としての格』がある。 そして何より、その凶悪な面構え。 この世界に行けば、あなたはただの置物ではありません。 村の守護神、『不動のガーディアン・ベア』として、村の入り口に鎮座するだけで、ドラゴンさえも回れ右して逃げ出すでしょう」
「ガーディアン……守護神……!」
熊五郎さんの目が輝いた。
「俺が、また家族を守れるのか? 埃を被って隠されるんじゃなく、堂々と一番目立つ場所で胸を張っていいのか?」
「ええ。 さらに、あなたがくわえているその鮭。 向こうの世界では、『豊穣のサーモン』として崇められるでしょう。 魔獣を追い払い、かつ、村に実りをもたらす神。 あなたは伝説になります」
「やる! 俺はやるぞ!」
熊五郎さんは後ろ足で立ち上がった。 その姿は、かつて床の間で放っていた輝きを取り戻していた。
「俺はまだ終わっちゃいねえ。ミニマリストなんぞに負けてたまるか!」
数日後。 モニターには異世界の村の入り口で、仁王立ちする熊五郎さんの姿があった。 そのサイズは巨大化し、体長5メートルほどの巨像となっている。
森から現れた巨大なオーガが、熊五郎さんと目が合った瞬間、「ヒッ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。 村人たちは熊五郎さんの足元に花や果物を供え、手を合わせている。 彼はまんざらでもなさそうに、鮭をくわえ直していた。
「よかったですねぇ」
咲耶がモニターを見て微笑む。
「あっちの世界なら、送料も気にしなくていいですしね」
「そうですね。重ければ重いほど、頼りがいがあるというものです」
オサキが熊五郎さんが去った場所に残されていた、小さな木片を拾い上げた。 今回の報酬だ。
「九十九さん、クライアントより『不動の木彫り』を頂きました」
「効果は?」
「これを置いた場所は、『絶対に動かなくなる』そうです。 例えばドアの前に置けば、どんな怪力でも開けられないバリケードになります。 あるいはダイエット中に開けたくない冷蔵庫の前とか」
「なるほど。物理的な封印か」
私はその木片を受け取った。 「捨てられない」という想いは、時に重荷になる。 だがその重みこそが、何かを守るための錨になることもあるのだ。
「さて」
私は咲耶が隠そうとしている通販の段ボールに目を向けた。
「咲耶さん。その『腹筋ワンダーコア』、また三日坊主で終わって、粗大ゴミになる未来が見えますが?」
「ギクッ!」
咲耶が目を泳がせた。
「ち、違いますよ! これは、えっと、新しい拷問器具の研究用で……!」
「粗大ゴミの手数料は給料から天引きしておきますからね」
「ひどい! まだ開けてもいないのにぃ!」
やれやれ。 物は、手に入れた瞬間からそれをどう手放すかという責任が発生する。 それがわからないうちは、彼女の部屋はガラクタで溢れ続けるだろう。
私は熱いお茶をすすった。 平和な午後だ。 少なくとも、あの熊の視線を感じながら眠る夜よりは。
登場人物紹介
◆九十九
九十九経営コンサルティング所長。『異世界転生課』の最高責任者であり、監査役。クライアント(魂)の深層心理と本当の願望を見抜き、最適な転生先を提示する。緑茶が好き。
◆オサキ
九十九の有能な秘書兼調査役。九十九の指示で膨大な異世界のデータベースを検索・管理し、主人(九十九)に絶対の忠誠を誓う。稲荷寿司が好き
◆咲耶
天界から出向してきた『異世界転生課』の新人担当官(女神)。非常に真面目でクライアント想いだが、致命的にポンコツで泣き虫。とにかく甘いものが好き
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