心眼の開眼と神速の一閃
「さあ始めましょうか。可愛い子猫ちゃん」
船の最深部、黄金の装飾が施された広大なホール。
そこでクロエと対峙していた四天王ラミアはその美しい人の皮を脱ぎ捨てていた。
バリバリバリッ!
ドレスが裂け、露わになったのは、人間の脚ではない。
太く、長く、毒々しい紫色の鱗に覆われた大蛇の下半身だった。
上半身は美女のままだが、その背中からは四本の黒い腕が生えそれぞれに猛毒を滴らせる短剣が握られている。
「シャアアアア……!これがお望みなのでしょう?私の本当の姿(愛)を受け止めなさい!」
ラミアが床を滑るように迫る。
その速度は巨体に見合わず疾風のごとく速い。
「チッ!化け物が!」
クロエはバックステップで回避し二刀の短剣を構える。
だが、ラミアの攻撃は物理的なものだけではなかった。
「ウフフ……。貴女の心まだ泣いているわね」
ラミアの瞳――縦に割れた『魅了の邪眼』が怪しく輝いた。
「見せてあげる。貴女が一番見たくないものを」
「ッ!?」
クロエの視界が歪んだ。
カジノ船の煌びやかな壁が溶け落ち冷たい石造りの路地裏へと変わる。
雨の音。
泥の臭い。
そして、目の前に立つ見知った顔の男たち。
『裏切り者め!』
『俺たちの金を返せ!』
『お前なんか最初から仲間じゃなかったんだ!』
かつての盗賊ギルドの仲間たち。
ガストン、ポルコ、そして兄のように慕っていたギルドマスター。
彼らが憎悪に満ちた目でクロエを見下ろし石を投げつけてくる。
「や、やめろ……!ボクじゃない……!」
クロエは頭を抱えた。
これは幻覚だ。
分かっている。
だが、心の傷口を無理やり抉じ開けられるような痛みが彼女の思考を麻痺させる。
「そうよ。貴女は独りぼっち。誰も貴女を信じない」
ラミアの声が幻覚の男たちの声と重なる。
「帰る場所なんてないのよ。……だから私のペットになりなさい。私が首輪をつけて一生可愛がってあげる」
ラミアの大蛇の尾が動けなくなったクロエの体に巻き付いた。
ギリギリと締め付けられる音。
骨が軋む。
「あ……が……」
「抵抗しても無駄よ。貴女の心はもう私の毒に侵されているもの」
ラミアが長い舌でクロエの頬を舐め上げる。
クロエの瞳から光が消えかける。
(……そうか。ボクは、やっぱり……)
諦めかけたその時だった。
「――クロエは裏切り者じゃないにゃ!最高の仲間だにゃ!」
ドゴォッ!
ラミアの体に巻き付いていた尾に衝撃が走った。
締め付けが緩む。
「ごほっ……!?」
クロエが目を開けるとそこには、拳を振り抜いた姿勢のまま仁王立ちする小さな虎の背中があった。
「ラ、ララ……?」
「クロエ!大丈夫ですか!わたくしたちがついています!」
ミミが駆け寄りクロエの体に『解毒』と『精神安定』の魔法をかける。
温かな光が幻覚の雨を霧散させていく。
「愛の力は幻になど負けませんわ!友情という名の愛もまた、尊いものです!」
アリアが風の精霊を操りラミアの周囲に漂う毒の霧を吹き飛ばす。
「貴様ら……!雑魚どもが!」
ララの一撃で尾を弾かれたラミアが激昂して鎌首をもたげる。
「邪魔をするな!この子は私のものよ!」
「違うにゃ!」
ララが牙を剥いて吠える。
「クロエはララたちの大事な家族だにゃ!誰にも渡さないにゃ!」
「そうです!クロエさんは、優しくて、頼りになって……わたくしたちの自慢の仲間です、ぴょん!」
ミミが涙目で、しかしきっぱりと言い放つ。
「クロエさん!目を覚ましてくださいまし!貴女の帰る場所はあの冷たい雨の中ではありませんわ!」 アリアが叫ぶ。
「騎士様の隣……あの温かい食卓こそが貴女の居場所です!」
仲間たちの声。
それが、クロエの心にこびりついていた黒い泥を洗い流していく。
クロエの脳裏に別の映像が浮かんだ。
ユートが作ってくれた湯気の立つ料理。
ララと取り合いをした肉。
ミミが入れてくれたお茶。
アリアの訳の分からない愛の詩。
そして、ユートが言ってくれた言葉。
『俺たちはもう家族みたいなもんだろ?』
「……ああ、そうだ」
クロエの瞳に光が戻った。
迷いは消えた。
恐怖も孤独も、もうそこにはない。
「ボクにはもう……帰る場所(ユートたちの隣)がある!」
クロエは自らの頬をパチンと叩き立ち上がった。
その瞬間。
彼女の世界が変わった。
【スキル『心眼』を習得しました】
視界がクリアになる。
ラミアが作り出していた幻影の霧が晴れその向こうにある「真実」が見える。
魔力の流れ。
筋肉の動き。
そして、ラミアの力の源泉である魔力の核。
「見えた……!」
クロエは短剣を逆手に持ち替えた。
重心を低くし全身のバネを圧縮する。
「小賢しい!石になりなさい!」
ラミアが叫び『魅了の邪眼』をカッと見開く。
視線を合わせた者を石化させ精神を破壊する魔の瞳。
だが、今のクロエにはその瞳がただの「的」にしか見えなかった。
「遅いんだよ、蛇女」
クロエの姿が掻き消えた。
音速を超えた神速の踏み込み。
「神速・『影縫い(シャドウ・ステッチ)』ッ!」
黒い閃光が走った。
それは、ラミアの放った石化の視線よりも速くその魔力の源へと到達する。
ザシュッ!!!
「ギャアアアアアアアアアアッ!?」
ラミアが絶叫し両手で顔を覆った。
クロエの短剣がラミアの『魅了の邪眼』を正確無比に切り裂いたのだ。




