フライパン対聖剣の狂騒曲
ユートたちが駆けつけると、そこには虚ろな目の健太とセレスティーナが立っていた。
「おいでなさい。この者たちは私の可愛い下僕。……殺し合いを見せてちょうだい」
四天王ラミアが扇で口元を隠しながら嗜虐的な笑みを浮かべる。
その言葉を合図に虚ろな目をした勇者・佐藤健太と聖女・セレスティーナが操り人形のように動き出した。
「ウオオオオオオオオッ!」
健太が咆哮する。
その手には眩いばかりの光を放つ聖剣が握られている。
普段の彼からは想像もできないほどのどす黒い殺気と純粋な破壊衝動が混ざり合ったプレッシャーが部屋の空気をビリビリと震わせる。
「聖なる光よ、彼に無敵の力を……
『ブレイブ・フォース』!
『ヘイスト』!
『マッスル・アップ』!」
後方ではセレスティーナが高速で祝詞を紡ぐ。
彼女の支援魔法が何重にも健太を包み込み、ただでさえ高い勇者の身体能力を限界を超えた領域へと引き上げていく。
「(……やれやれ。だから言っただろ心の隙を守れって)」
俺、ユートは迫りくる二人の友を見据え深いため息をついた。
最強の剣と最強の盾。
かつてアークライトで俺が裏から支えた彼らは今や俺の牙となって襲いかかろうとしている。
皮肉な話だ。
俺が教えた強さがそのまま俺に向けられるとは。
「死ねぇぇぇぇッ!ユートォォォォッ!」
ドンッ!
床が砕ける音と共に健太が消えた。
いや、速すぎるのだ。
支援魔法で強化されたその速度は音速に迫る。
「聖剣技・『閃光十字』ッ!」
目の前に現れた健太が十字の斬撃を放つ。
回避は不可能。
直撃すればドラゴンすら両断する必殺の一撃だ。
「ユート!」
「お兄ちゃん!」
後方から駆けつけたクロエとララが悲鳴を上げる。
だが。
ガキィィィィィィィン!!!
甲高い金属音が船内に響き渡った。
健太の聖剣は、俺の首筋の寸前で何かに阻まれて停止していた。
「な、なんだ……!?」
健太(の意識を乗っ取っているラミアの意思)が驚愕する。
俺の手に握られていたのは、伝説の盾でも魔剣でもない。
黒光りする鉄製の――。
「……フ、フライパン!?」
そう。
俺が【無限収納】から瞬時に取り出したのは愛用の『ミスリルコーティング・中華鍋(深型)』だった。
「悪いな健太。俺の調理器具はドラゴンの炎でも溶けない特別製でね」
俺は聖剣の衝撃を中華鍋の絶妙な曲面で受け流し、そのまま手首を返して健太の剣を外側へと逸らした。 「うおっ!?」
体勢を崩す健太。
「甘い」
俺は一歩踏み込む。
だが、そこへセレスティーナの魔法が飛んでくる。
「させません!『ホーリー・アロー』!」
光の矢が雨のように降り注ぐ。
「チッ!」
俺は中華鍋を盾のように構え矢を弾きながらバックステップで距離を取った。
「(……強いな)」
俺は冷や汗を拭った。
冗談抜きで強い。
健太の身体能力とスキルレベルは間違いなくSランク級。
それにセレスティーナの的確すぎる支援と攻撃魔法が加わり隙がない。
単純なステータス勝負なら今の俺と互角か、あるいはそれ以上かもしれない。
「ヒヒヒ!どうした?手も足も出ないか?」
ララ、クロエたちがラミアの眷属や幻影と戦っている隙にラミアが高みの見物を決め込んでいる。
「私の可愛い人形たちは最強でしょう?さあ、切り刻まれなさい!」
「ウオオオオ!殺す!殺す!」
健太が再び突っ込んでくる。
その目は血走りリミッターが外れた筋肉が悲鳴を上げている。
このまま戦えば俺が倒されるか、あるいは健太の体が壊れるかだ。
「(……力押しじゃ分が悪いな)」
俺は中華鍋を構え直した。
そして、もう片方の手に小さなお玉を持った。
「なら、見せてやるよ」
俺は不敵に笑った。
「ステータスだけが強さじゃないってことをな」
戦闘再開。
健太の聖剣が暴風のように俺を襲う。
袈裟斬り、突き、薙ぎ払い。
一撃必殺の連撃。
だが、俺はそれを正面からは受けなかった。
「ほっ、と!」
健太が大上段から振り下ろした剣を俺は中華鍋の底で「撫でる」ように受け止める。
そして、その勢いを利用して健太の体をくるりと回転させた。
まるで鍋の中で食材を炒めるように。
「なっ!?」
健太が目を回す。
俺はその隙に足払いをかけ彼を転ばせる――と見せかけて、お玉で彼の膝の裏(カックンとなる急所)を突いた。
「ガクッ!?」
健太が膝をつく。
「料理も戦闘も大事なのは『力加減』と『タイミング』だ」
俺は健太の攻撃の「起こり」を読み、最小限の動きでいなし続けた。
三度の転生で培った膨大な戦闘経験。
魔王の攻撃パターンすら見切った俺の目には、暴走した健太の動きは力任せで大振りに見えた。
「くそっ!なんで当たらないんだ!」
健太が焦る。
セレスティーナが援護しようとするが俺はその射線上に常に健太を置くように立ち回り、彼女に魔法を撃たせない。
「(悪いが経験値が違うんだよ!)」
俺は健太の剣を中華鍋の縁で絡め取り強引に地面へと叩きつけた。
「がら空きだ!」
俺はカンストした身体能力を解放し健太の懐へと潜り込んだ。
狙うは鳩尾。
だが、拳ではない。
手にした中華鍋の硬い柄の部分だ。
「歯ぁ食いしばれよ、馬鹿弟子!」
「あ……」
ドゴォッ!!!
「が、はっ……!」
俺の渾身の「峰打ち(フライパン・バッシュ)」が健太の急所に突き刺さる。
鎧の上からでも衝撃を通す浸透勁の応用技だ。
健太の目が見開かれそして白目を剥いた。
彼は聖剣を取り落とし、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「け、健太様!?」
セレスティーナが悲鳴を上げる。
「許しません……よくも!最大出力で消し炭にしてあげますわ!」
彼女は半狂乱になって杖を掲げた。
その先端に禍々しいほどの光エネルギーが収束していく。
「極大聖魔法・『ジャッジメント・レイ』!」
船ごと俺を蒸発させる気だ。
「(……まずい!あれを撃たれたら終わりだ!)」
詠唱の速度が速い。
近づく時間がない。
何か遠距離から彼女の詠唱を強制的に止める方法は――。
俺は【無限収納】の中身を高速で検索した。
ナイフ?
いや、彼女を傷つけたくはない。
石?
そんなものでは止まらない。
もっと一瞬で、生理的なショックを与えて口を封じるもの。
「(……あった!)」
俺は亜空間から「ある食材」を取り出した。
それは鮮やかな黄色い果実。
この商業都市の市場で見つけた南国産の超酸っぱい「激辛レモン」だ。
「セレスティーナ!お口のチャックだ!」
「裁きよ、下れぇぇぇ……んぐっ!?」
俺は野球のピッチャーのようなフォームでレモンを全力投球した。
豪速球と化したレモンは詠唱のために大きく開かれたセレスティーナの口の中に吸い込まれるようにホールインワンした。
「~~~~~~~~ッ!!??」
セレスティーナの動きが止まった。
口の中に広がる爆発的な酸味。
そして皮ごとの苦味。
人間の生理的反応として彼女の口はキュッとすぼまり、目からは涙が噴き出した。
「んんんんんんッ!す、すっぱぁぁぁぁぁ!?」
詠唱中断。
収束していた魔力が霧散し不発に終わる。
「沈黙の魔道具効果てきめんだな」
俺は涙目で口を押さえて悶絶するセレスティーナに駆け寄り手刀で首筋をトンと叩いた。
彼女は「すっぱ……」と呟きながら俺の腕の中に気絶して倒れ込んだ。
「ふぅ……」
俺は崩れ落ちた二人を見下ろし汗を拭った。
フライパンとお玉、そしてレモン。
キッチン用品だけで勇者パーティを制圧するとは我ながら呆れた戦い方だ。
「さて……」
俺は視線を奥へと向けた。
そこでは、クロエが因縁の相手ラミアと対峙していた。
「残るは大元だけだな」
俺は倒れた二人を安全な場所へと移動させると、最後の決着を見届けるべくフライパンを構え直した。




