盗賊の告白と蛇女の正体
商業都市ベルカントのプライベートビーチ。
突如として現れたヘドロの魔物と、かつての盗賊仲間たちによる襲撃は思いのほかあっけなく幕を閉じた。
「チッ。……今日は顔見せだ。本番は夜、海上の『楽園』で待ってるぜ」
リーダー格のガストンはヘドロの魔物を盾にしてそう捨て台詞を吐くと、紫色の海へと姿を消した。
深追いは危険だ。
俺、ユートは震えるクロエの肩を抱き寄せその場を撤収する判断を下した。
***
場所を移して宿屋の一室。
重苦しい沈黙が部屋を支配していた。
窓の外からは昼間の陽気さが嘘のような冷たい海風の音が聞こえてくる。
「……悪かったな。せっかくのバカンスを台無しにしちまって」
クロエが俯いたままポツリと呟いた。
彼女の手には冷めかけたハーブティーが握られている。
「気にするな。それより、話してくれるか?あの『蛇女』について」
俺が促すとクロエは覚悟を決めたように顔を上げた。
その瞳には、恐怖とそれ以上に深い悔しさが滲んでいた。
「……あいつの名はラミア。四天王の一角『妖艶のラミア』だ」
クロエの口から語られたのは残酷な真実だった。
かつて、クロエが所属していた盗賊ギルドは義賊として街の人々に慕われていたという。
だがある日、一人の美しい女が「依頼人」として現れたことからすべてが狂い始めた。
「あいつは……言葉巧みにギルドに入り込み男たちを篭絡していった。ギルドマスターも幹部たちも、みんなあいつの虜になった」
クロエは唇を噛み締めた。
「あいつの能力は『魅了』と『精神支配』だ。甘い声と吐息で人の心の隙間に入り込み意のままに操る。……ボクが異変に気づいた時にはもう手遅れだった」
ギルドの資金横領。
機密情報の漏洩。
すべての罪が抵抗を続けていたクロエ一人に被せられた。
仲間だったはずの男たちは、ラミアに操られるままクロエを罵り雨の中に放り出したのだ。
「……ボクは、信じてた仲間に裏切られたんじゃない。……あいつに仲間を『壊された』んだ」
クロエの声が震える。
ララが黙ってクロエの背中に手を添える。
ミミが涙ぐみながらハンカチを渡す。
アリアでさえいつものふざけた態度はなく真剣な眼差しで聞いていた。
「許せねえ……!なんだよそれ!最悪じゃねえか!」
バンッ! テーブルを叩いて立ち上がったのは勇者・佐藤健太だった。 彼の目には正義の炎が燃え盛っている。
「仲間を操って同士討ちさせるなんて……そんなの勇者として絶対に見過ごせねえっす!」
「そうですわ!」
聖女セレスティーナも憤然と立ち上がった。
「人の心を弄ぶなど神への冒涜です!クロエ様、安心してください。わたくしたちがその汚名を晴らしてみせますわ!」
二人の熱量は凄まじかった。
若さゆえの純粋な正義感。
そして自分たちの力への絶対的な自信。
「情報屋からの報告によると、あの『海龍商会』が運営する海上の巨大カジノ船……あそこがラミアのアジトになっているようです」
王国騎士団の隊長が地図を広げて報告する。
「カジノ船か。……昼間の奴が言っていた『楽園』ってのはそこのことだな」
俺が腕組みをして頷くと健太が剣を握りしめた。
「決まりっすね!今すぐ乗り込んでそのラミアって奴をぶっ飛ばして洗脳を解いてやるっす!」
「ええ!聖なる光で邪悪な蛇を浄化いたしましょう!」
二人はもはや止まる気配がなかった。
騎士団たちも「勇者様に続け!」とばかりに士気を高めている。
「(……まずいな)」
俺は眉間を指で揉んだ。
彼らの正義感は尊い。
だがあまりにも真っ直ぐすぎる。
ラミアのような搦め手を得意とする相手にとっては格好の「獲物」だ。
「待て。健太、セレスティーナ」
俺は二人の前に立ちはだかった。
「……なんすか、ユートさん。まさか行くなとか言わないっすよね?」
健太が少し不満げな顔をする。
「行くこと自体は反対しない。だが、今すぐというのは愚策だ」
俺は冷静に諭した。
「相手は四天王だぞ?しかも精神支配の使い手だ。正面から乗り込めば待ち伏せされているに決まっている。罠だ」
「罠上等っすよ!」
健太は俺の言葉を聞こうともしなかった。
「罠ごとぶっ壊すのが勇者っす!それに……ここでビビってたらクロエさんの無実はいつ証明できるんすか!」
「そうですわ、ユート様。……もしかして、わたくしたちの実力をまだ信用していただけないのですか?」
セレスティーナが悲しげに、しかし頑固な瞳で俺を見る。
「わたくしたちはもうアークライトの頃とは違います。……守られるだけの存在ではありません!」
彼らの言葉の裏にある感情。
それは、功名心とそして俺に対する「対抗心」だった。
いつまでも「先輩」である俺に守られている子供扱いされたくない。
自分たちの手で事件を解決し俺に認めさせたい。
そんな焦りが彼らの判断力を曇らせていた。
「信用してないわけじゃない。だが相手が悪すぎる。もっと慎重に作戦を……」
「いいえ!善は急げです!」
セレスティーナがきっぱりと言い放つ。
「神は迷う者を救いません。……行きますわよ、健太様!」
「おう!任せとけって!ユートさんは宿で美味い飯でも作って待っててくれよな!」
二人は騎士団を引き連れて、宿屋を飛び出して行ってしまった。
その背中は「自分たちは絶対に負けない」という根拠のない全能感に満ちていた。
「待て!それが罠だと言ってるんだ!」
俺の制止の声は夜の風にかき消された。
バタン、と扉が閉まる音が酷く虚しく響く。
「……行っちゃったにゃ」
ララが心配そうに扉を見つめる。
「……馬鹿な奴らだ」
クロエが唇を噛む。
「でも……ボクのために……」
俺は深いため息をついた。
最悪の展開だ。
精神攻撃への耐性がザルな二人が精神支配のプロフェッショナルの元へ自ら飛び込んでいったのだ。
飛んで火に入る夏の虫、どころの話ではない。
「(……四天王ラミア。性格の悪い女だ)」
俺の脳裏に昼間の海岸で見たあの妖艶な幻影が浮かぶ。
彼女は最初からこれを狙っていたのだろう。
クロエを挑発し、勇者たちを怒らせ、冷静さを失わせて誘き寄せる。
全ては彼女の描いたシナリオ通りだ。
「……ユートさん。どうしますか?ぴょん」
ミミが、俺の服の裾を掴む。
俺は目を閉じてカッと目を見開いた。
いつもの「穏やかな料理人」の顔はそこにはない。
かつて世界を救った「最強の勇者」の顔がそこにあった。
「……決まってる」
俺は無限収納から愛用のフライパン(という名の鈍器)を取り出した。
「尻拭いだ。……あの馬鹿どもが蛇の餌になる前に連れ戻すぞ」
俺たちは夜の闇に紛れて宿屋を出た。
目指すは港に停泊する巨大な光の城――カジノ船。
そこは、欲望と裏切り、そして甘い毒が渦巻く魔の海域だった。




