街道にて、熱血勇者との再会
獣人王国ガレリアでの騒動――いや、復興支援という名の「食の祭典」を終えた俺たち一行は次なる目的地である「商業都市ベルカント」を目指し東へと続く街道を進んでいた。
「ふあぁ……。平和だにゃあ」
馬車の窓から顔を出しララが大きなあくびをする。
ガリアン大山脈の険しい道のりや、王都での内乱騒ぎが嘘のような穏やかな晴天だ。
街道は整備され揺れも少ない。
俺、相川悠人は、御者台で手綱を握りながら心地よい風を感じていた。
「これだよ。これこそが俺の求めていたスローライフへの第一歩だ」
「そうですわね、騎士様!この馬車は愛のゆりかご……。二人きりの新婚旅行気分ですわ!」
「(……後ろに三人乗ってるのが見えないのか?)」
荷台には食後の昼寝を決め込むララとクロエ、そしてそんな二人に膝枕をしてあげているミミがいる。 実に平和だ。
このまま何事もなく美味い魚介料理が待つ港町まで行ければ最高なのだが。
ズドオオオオオオオオオオオオン!!!
俺のささやかな願いは前方から響いた爆音によって木っ端微塵に粉砕された。
「にゃっ!?なんだにゃ!?」
ララが飛び起き天井に頭をぶつける。
「敵襲か!?」
クロエが瞬時に短剣を抜き、身構える。
「……いや、違うな」
俺は眼を細めて前方の土煙を見つめた。
【索敵】スキルが捉えたのは魔物の気配と……それ以上に強烈な突き抜けるような「光」の魔力。
「この感じ……。覚えがあるぞ」
俺たちは馬車を走らせ爆心地へと急行した。
そこで目にしたのは一方的な蹂躙劇だった。
街道を塞ぐように群れていたのはオークの上位種であるハイオークの集団。
数は三十ほど。
本来なら騎士団一個小隊でも苦戦する相手だ。
だが彼らは今、為す術もなく宙を舞っていた。
「はぁぁぁぁぁッ!聖剣技・『十文字斬り(クロス・ブレイク)』ッ!」
一人の少年が光り輝く剣を振るう。
その一撃だけで三体のハイオークが紙切れのように両断され光の粒子となって消滅する。
「お見事です、健太様!……光の加護よ、彼に力を!『ブレイブ・オーラ』!」
後方からは純白の法衣を纏った少女が祈りとともに強力な支援魔法を飛ばしている。
その輝きは周囲の兵士たちの士気をも爆発的に高めていた。
「おおっ!勇者様の一撃だ!」
「聖女様の加護があるぞ!恐れるな!」
「突撃ぃぃぃ!」
圧倒的だった。
魔物たちは悲鳴を上げる暇もなく光の奔流に飲み込まれていく。
「……あいつら」
俺は苦笑いを浮かべて馬車を止めた。
見間違えるはずもない。
かつてアークライトで共闘し、俺が裏からこっそりサポートしたあの「主人公」たちだ。
「佐藤健太に、セレスティーナか。……随分と派手になったもんだ」
戦闘が終わるのを見計らい俺は馬車から降りて声をかけた。
「よお。精が出るな、勇者様」
俺の声に剣を鞘に納めようとしていた黒髪の少年――佐藤健太が振り返る。
俺の顔を見た瞬間、彼の表情がパァッと輝いた。
「ああっ!ユートさん!?ユートさんじゃないっすか!」
健太は俺の元へ猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「うわぁ、久しぶりっす!こんなところで会うなんて!」
ブンブンと俺の手を握手で上下させる。
相変わらず、犬のような人懐っこさだ。
「ユート様……!」
続いて、聖女セレスティーナが侍女や護衛騎士たちを引き連れて優雅に歩み寄ってくる。
「まさか、このような場所で再会できるとは……。これはきっと神のお導きですわ」
彼女は胸の前で手を組みうっとりとした瞳で俺を見つめる。
その視線の熱量が、アークライトの時よりも数割増している気がするのは俺の気のせいだろうか。
「奇遇だな。お前たちも旅か?」
俺が尋ねると健太は真剣な顔で頷いた。
「はい!実は、教会からお告げがあったんすよ」
「お告げ?」
「ええ。『東の商業都市に邪悪なる四天王の影あり』と」
(……四天王。またかよ)
俺は内心で天を仰いだ。
どうやら俺の行く先々には必ずトラブルの種が撒かれているらしい。
「それで、俺たち勇者パーティと王国の精鋭騎士団が調査に派遣されたんす!」
健太は誇らしげに背後の騎士団を指差した。
数十名の重装騎士たち。
装備も練度もアークライトの守備隊とは桁が違う。
「なるほどな。……まあ、俺たちも目的地は同じだ。途中まで一緒に行くか?」
「マジっすか!やった!ユートさんの飯がまた食える!」 健
太がガッツポーズをする。
セレスティーナも「ユート様との旅……。これは、試練でありご褒美ですわ……」と何かブツブツ呟いている。
こうして、俺たち「ユート一家」と勇者・聖女率いる「王国遠征部隊」による奇妙な合同移動が始まった。
***
道中、俺は彼らの実力を改めて確認する機会に恵まれた。
街道には時折魔物が現れる。
その度に健太とセレスティーナは「俺たちがやります!」と嬉々として前に出た。
「せいっ!はあっ!」
健太の剣速は以前とは比べ物にならないほど速く重くなっていた。
ただのオークなら一撃。
硬い甲羅を持つランドタートルも聖剣の輝きでバターのように切り裂く。
「すげえにゃ……。あいつ、前よりずっと強くなってるにゃ」
馬車の窓から見ていたララが悔しそうに、しかし素直に感嘆の声を漏らす。
「単純なパワーとスピードなら今のララと同じくらい……いや、武器の性能差で負けてるかもにゃ」
「ああ。あの剣、聖剣としての覚醒が進んでるな」
俺は冷静に分析する。
健太の持つ【聖剣術】はレベルが上がり、身体能力補正もSランク相当まで伸びているだろう。
そして、セレスティーナ。
「聖なる光よ、彼らを守りたまえ。……『ホーリー・ウォール』!」
彼女が杖を掲げると、騎士団全体を包む巨大な光の壁が出現し魔物の火球を防ぎきった。
「癒やしよ……『ハイ・ヒール』」さらに、かすり傷一つでも即座に全回復させる過剰なまでのヒール。
「……デタラメな魔力量だ」
クロエが呆れたように言う。
「あんな広範囲魔法を連発して息切れひとつしてないぞ。……ボクやアリアじゃ魔力切れで倒れてるぜ」
「そうですわね……。あの方の『祈り』の力……精霊たちも少し引くぐらい従順に従っていますわ」
アリアが複雑そうな顔で同意する。
戦闘が終わり健太が息一つ乱さずに戻ってきた。
「へへっ!どうっすか、ユートさん!俺たち、相当レベル上がりましたよ!」
彼は鼻の下をこすり得意満面だ。
「もうアークライトの時みたいに守られるだけじゃないっす!四天王だって今の俺たちなら瞬殺っすよ!」
「……ああ。確かに強くなったな」
俺は素直に称賛した。
お世辞抜きで、彼らの成長速度は異常だ。
さすがはこの世界に招かれた「正規の勇者」と言うべきか。
ステータスという数値だけで見れば、今の彼らは俺のパーティメンバーをも凌駕しつつある。
だが。
「(……危ういな)」
俺の目は彼らの強さの裏にある致命的な「脆さ」を見抜いていた。
その夜。
二つのグループは合同で野営を張ることになった。
夕食はもちろん俺が担当だ。
大鍋で作ったのは街道で手に入れた山菜と、干し肉をたっぷり使った「特製パエリア」。
サフランの香りと魚介(干物だが)の出汁が染み込んだ黄金色の米料理だ。
「うめぇぇぇぇ!これっすよ!この味っすよ!」
健太が涙を流しながら皿をかき込む。
「城の料理は上品すぎて味が薄いんすよ!やっぱりユートさんの飯が世界一だ!」
「……素晴らしいです」
セレスティーナも、上品にしかし猛烈な勢いでスプーンを動かしている。
「このお米の一粒一粒にユート様の魔力と愛情が……。ああ、体の中から浄化されていくようですわ」
彼女の瞳は焚き火の明かりを受けてキラキラと輝いている。
いや、輝きすぎている。
その視線は、崇拝というよりもっと粘着質な……信仰に近い熱を帯びていた。
「(……なんだか、怖いな)」
俺は少し引きつつ健太に水を渡した。
「健太。少しいいか」
「ん?なんすか?おかわりっすか?」
「いや、昼間の戦闘のことだ」
俺は焚き火の薪をいじりながら努めて何気ない風を装って切り出した。
「お前たち強くなったな。攻撃力と回復力に関しては文句なしだ」
「でしょ!?いやー、修行した甲斐があったっす!」
「……だが」
俺は釘を刺すように続けた。
「特化しすぎだ」
「え?」
健太の手が止まる。
「お前の剣は確かに強力だ。だが、全ての敵が正面から斬り合ってくれるとは限らない」
俺はセレスティーナの方も見た。
「セレスティーナさんの魔法もだ。強力な加護と回復。……だが、もし『回復できない呪い』や『精神を操る魔法』を使われたら?もし、お前たちが互いを認識できなくなったら?」
「そ、それは……」
セレスティーナが言葉に詰まる。
「お前たちのパーティ構成は、攻撃(勇者)と回復(聖女)に偏りすぎている。搦め手や状態異常、精神干渉への耐性がザルだ」
俺ははっきりと言った。
「次の四天王が前のガルーダみたいに正々堂々と戦うタイプだとは限らないぞ」
俺の忠告に場が静まり返った。
だが、健太はすぐにニカっと笑い飛ばした。
「大丈夫っすよ、ユートさん!考えすぎっす!」
「……え?」
「俺にはこの聖剣があるんすよ!この聖なる光があればどんな悪い魔法だって弾き返せるっす!」
健太は腰の剣をパンパンと叩く。
「それにセレスティーナの祈りは絶対っすから!精神攻撃なんて気合と根性でなんとかなるっす!」
セレスティーナも自信ありげに微笑んだ。
「ええ。わたくしの信仰心があれば心の隙など生まれませんわ。……それにいざとなればユート様が助言をくださいますもの」
「(……ダメだこりゃ)」
俺は内心で頭を抱えた。
強くなりすぎたが故の過信。
そして「自分たちは特別だ」という無意識の驕り。
若い彼らにとって連戦連勝の現状こそが全てであり、俺の言葉は「慎重すぎる先輩の小言」程度にしか響いていないようだった。
「……そうか。まあ、気をつけるに越したことはないさ」
俺はそれ以上言うのをやめた。
これ以上言っても実際に痛い目を見ないと分からないだろう。
「(それにしても……この嫌な予感は何だ?)」
俺は楽しそうにパエリアを食べる二人を見つめた。
光が強ければ強いほどその影は濃くなる。
彼らのその真っ直ぐすぎる「光」は、絡め手を得意とする輩にとっては格好の餌食に見えるのではないか。
「……ごちそうさまでした!」
「美味しゅうございました、ユート様!」
二人の笑顔。
それが次の街で曇ることがないように。
俺は密かに警戒レベルを引き上げることを決意した。
「(……クロエ、ララ。商業都市に着いたら別行動で裏を探るぞ)」
「(おう、分かってるよ)」
「(お兄ちゃん、任せるにゃ!)」
俺たちは目配せを交わした。
勇者たちの成長とその危うさ。
そして見え隠れする四天王の影。
商業都市ベルカントへの旅路は、潮風と共に波乱の予感を運んできていた。




