王国の夜明けと家族の絆
地下水路での決戦から数時間が経過した頃。
王都ガレリアの空は、長く重苦しい夜を越え白み始めていた。
四天王モルゴースが消滅し地下の祭壇が破壊されたことで王都を覆っていたドス黒い瘴気は霧散した。 それと同時に、まるで憑き物が落ちたかのように第一王子派の兵士たちの狂乱も収まりを見せていた。
彼らもまた、モルゴースの撒いた「精神を蝕む毒」に当てられていたのだ。
そして今。
王城の謁見の間には異様な緊張とそれ以上の希望が満ちていた。
「……う、うむ……。体が軽い」
玉座に座るのは獅子獣人の国王レオンハルト。
数日前までは意識不明の重体だった彼だが、今は顔色も良くその瞳には王者の覇気が戻っていた。
俺、ユートが調合し直した「特製・極薬膳サムゲタン(復活SP)」を鍋ごと完食した結果だ。
「父上……!」
第二王子ルカが感涙に咽びながら王の手を取る。
その隣にはなんと第一王子ザイードの姿もあった。
彼は、自身の過ちと将軍ガザンに唆されていたことを恥じ床に額を擦り付けていた。
「申し訳ありません……父上、ルカ……。私は焦っていたのです。国の未来を憂うあまり、甘い言葉に乗せられ……」
「よい、ザイード。お前の強さを求める心もまた、国を想うが故。……我らは皆見えざる敵に踊らされていただけなのだ」
王は寛大に頷きそして俺たちの方へと向き直った。
「礼を言うぞ、異国の旅人たちよ。……特にそこの料理人殿」
王が俺を見てニヤリと笑う。
「あのスープ……あれは魔法か?それとも神の雫か?全身の細胞が歓喜の声を上げているぞ」
「ただの滋養強壮スープですよ。……まあ、隠し味に『俺の愛情(という名の魔力)』が少々入ってますが」 俺が肩をすくめると、アリアが「きゃっ!間接的な愛の告白ですわ!」と身悶えする。(違う)
こうして王国の内乱は終結した。
扇動していた将軍ガザンは捕らえられ、第一王子と第二王子は今回の事件を機に手を取り合うことを誓った。
国は再び一つになろうとしていた。
だが。
俺たちには、まだ一つ大きな「爆弾」が残されていた。
***
「……さて。話をしようか」
謁見の間の空気が再び張り詰めたものに変わる。
王レオンハルトの視線が俺の隣で小さくなっている虎獣人の少女――ララに向けられた。
「そこの虎の娘よ。……名を、なんという?」
「ラ、ララだにゃ。……ですにゃ」
ララが慣れない敬語を使おうとして噛んでいる。
「ララか。……ふむ」
王は、ラの顔をじっと見つめそして懐かしそうに目を細めた。
「似ておる。……あやつに。かつて余と王位を争い、そして友でもあった……虎族の英雄、ゴライアスに」
「お父様を知ってるのかにゃ?」
「ああ。……だが、それだけではない」
王は衝撃の事実を告げた。
「調べて分かったことだが……お前の母君は先代の王の妹君……つまり、余の叔母にあたる方だったのだ」
「「「「えええええええっ!?」」」」
俺たちの驚愕の声が広間に響き渡った。
「と、いうことは……」
クロエが口をあんぐりと開ける。
「ララは、王様の従兄弟……?てことは、王族!?」
「マジかにゃ!?ララ、お姫様だったのかにゃ!?」
本人が一番驚いて尻尾を直立させている。
「(……なるほど。だから第一王子派は虎族を目の敵にしていたのか)」
俺は納得した。
ララの一族はただの政敵ではなく、正当な王位継承権を持つ「もう一つの王家」だったのだ。
モルゴースが目をつけたのもその血の因縁を利用するためだったのだろう。
王は玉座から立ち上がりララの前まで歩み寄った。
そして、その大きな手でララの肩に触れた。
「ララよ。……そして、銀の兎の姫君、ミミ殿よ」
王は、ララとその隣に控えるミミを交互に見た。
「この国は今、傷ついている。民の心は不安に揺れ、種族間の溝はまだ埋まりきっていない。……これを癒やすには新たな『象徴』が必要だ」
王は真剣な眼差しで告げた。
「ララ。お前には、王族として認め然るべき地位を用意しよう。……ミミ殿。貴女には、国教の『聖女』としてこの国を導いてほしい」
「「!」」
「二人ともこの国に残ってくれぬか?余と共に、ザイードやルカと共に……新しい獣人王国を作ってはくれぬか?」
それは最大級の提案だった。
一介の冒険者から一国の王族、そして聖女へ。
富も、名誉も、権力も、全てが約束された未来。
故郷を愛する彼女たちにとってこれ以上ない栄誉であり、そして責任ある立場だ。
広間が静まり返る。
ルカも、ガルフも、固唾を飲んで見守っている。
俺は……黙っていた。
これは彼女たちの人生だ。
俺が決めることじゃない。
もし彼女たちが残ると言うなら、俺は笑顔で送り出すつもりだ。
(……まあ、寂しくなるけどな)
ララはキョトンとしていた。
ミミは困ったように眉を下げていた。
やがて。
ララがゆっくりと口を開いた。
「……王様。ありがとうだにゃ」
ララは王の手をそっと外した。
「お肉がいっぱい食べられそうで、ちょっと心が揺らいだけど……でも、ごめんだにゃ」
「……なに?」
王が目を丸くする。
ララはくるりと振り返り俺の元へ駆け寄ってきた。
そして俺の右手を両手でぎゅっと握りしめた。
「ララは、行かないにゃ」
ララは王に向かって堂々と宣言した。
「ララは、王族とか、偉い人とか、よく分かんないにゃ。……ララは、ただの『ララ』だにゃ!」
彼女は俺の手をブンブンと振った。
「それに……ララにはもう新しい『家族』がいるんだにゃ!」
「家族……?」
「そうだにゃ!ユートお兄ちゃんと!クロエと!アリアと!それから、お姉ちゃん(ミミ)!」
ララは満面の笑みで言った。
「みんなと一緒に旅をして、美味しいご飯を食べて、一緒に戦って……それがララの一番の幸せなんだにゃ!だから……虎とか王族とか、そんなの関係ないにゃ!」
ララの言葉にミミも顔を上げた。
彼女は俺の左側に歩み寄ると、俺の服の裾をいつものようにでもいつもより強く握りしめた。
「……わたくしも、です」
ミミは王に向かって深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、陛下。……わたくしも聖女なんて立派なものにはなれません」
ミミは顔を上げ潤んだ瞳で俺を見上げた。
「わたくしの居場所は……ここなんです。ユートさんの隣で、野菜の皮を剥いて、みんなでシチューを囲む……そんな時間が何よりも大切なんです」
ミミはララと顔を見合わせそして力強く頷いた。
「わたくしたちは、もう『虎』とか『兎』とかじゃないんです。……ユートお兄ちゃんの『家族』なんです!……だから一緒に行きます!ぴょん!」
「……ふっ」
俺は思わず笑ってしまった。
(……こいつら)
王族の地位より、聖女の称号より、俺との貧乏旅行(食費は高いが)を選びやがった。 まったく、物好きな奴らだ。
でも。
「……だ、そうです。王様」
俺は王に向かって肩をすくめた。
「俺もこいつらを手放す気はないんでね。……王族の勧誘だろうがお断りさせていただきますよ」
「……は、ははは!」
王レオンハルトは呆気にとられた後豪快に笑い出した。
「なんと……!王位も聖女の座も、一人の男の『飯』と『魅力』には勝てぬか!愉快!実に愉快だ!」
王は楽しそうに髭を撫でた。
「分かった。無理強いはせぬ。……だが、ララよ。ミミよ。ここはいつでもお前たちの故郷だ。疲れた時はいつでも戻ってくるがよい」
「うん!ありがとうだにゃ、王様!」
「はい!ありがとうございます!」
こうして。
俺たちは最大の「引き抜き」の危機を回避し再び「ユート一家」として旅を続けることになった。
***
「さて、と」
王城を出た俺たちは王都の広場を見下ろす丘の上に立っていた。
街からは復興に向けた槌音が聞こえ始めている。
人々の顔にも少しずつ笑顔が戻ってきていた。
「これで一件落着……と言いたいところだが」
俺は腕まくりをした。
「このまま『はい、さよなら』ってのも寝覚めが悪いな」
「ユート?どうするんだ?」
クロエが尋ねる。
「決まってるだろ。……復興にはエネルギーが必要だ」
俺はニヤリと笑った。
「王様の病み上がり祝いとこの国の再出発だ。……俺の『料理』でもう少しだけ手伝っていくとするか」
「おおーっ!賛成だにゃ!」
ララが飛び跳ねる。
「騎士様の手料理……!それは国を挙げての愛の配給ですわね!」
アリアがうっとりする。
「お手伝いします!皮むきなら任せてください、ぴょん!」
ミミが袖をまくる。
俺たちは顔を見合わせて笑った。
魔王の影はまだ消えていない。
四天王の残りもまだ潜んでいる。
だが、今は。
この国に一番必要な「活力」を届けることが俺たちの最優先ミッションだ。
「よし!行くぞ!『ユート飯店・獣人王国支店』、期間限定オープンだ!」
俺たちの旅はまだまだ続く。
美味い匂いと騒がしい笑顔を乗せて。




