地下水路に響く嘲笑と絶望の瘴気
「はぁ……はぁ……!しぶといですわね!」
「数が減らねえ……!まるでゴキブリだ!」
王都の地下深く。
汚水と瘴気が淀む空間でクロエとアリアは奮戦していた。
祭壇を守る異形の魔物たち――ヘドロのような体を持つポイズンスライムや、腐敗した肉体を持つアンデッドたちが次から次へと湧いて出てくるのだ。
「キリがありませんわ!クロエさん、雑魚はわたくしが引きつけます!貴女はあのアヒルのような……いえ、禍々しい祭壇を!」
「アヒルじゃねえよ!……分かった!頼んだぞ!」
アリアが風の精霊を操り、魔物たちの足止めをする隙にクロエが地を蹴った。
狙うは部屋の中央でドス黒い脈動を続ける病原菌の祭壇。
あそこから滴り落ちる毒液がこの国を蝕んでいる元凶だ。
「これで……終わりだァッ!」
クロエは自身の最速のスピードで肉薄し、魔力を込めたミスリルの短剣を振り上げた。
祭壇の核と思われる紫色の結晶。
そこを砕けばこの呪いの連鎖は止まるはずだ。
だが。
「――無駄なことを」
冷ややかで、そして耳障りな声が空間全体に響いた。
カァン!
クロエの短剣が祭壇の寸前で「見えない壁」に弾かれた。
「なっ!?結界!?」
「うふふ。歓迎しようか、小さき鼠どもよ」
祭壇の影からゆっくりとその姿が現れる。
ボロボロのローブを纏い、病的に白い肌を持つ人型の魔族。
だが、その背中からは昆虫のような羽が生え、周囲には病を媒介するハエや蚊が無数に飛び回っていた。
四天王が一角。
あらゆる生命を腐らせ、苗床とする最悪の能力者。
疫病のモルゴース。
「き、貴様が……黒幕か!」
クロエがバックステップで距離を取りアリアの隣に戻る。
二人の背筋に冷たい汗が伝う。
目の前の存在から放たれる魔力がこれまでの敵とは桁違いだったからだ。
「黒幕、とは人聞きが悪いなァ」
モルゴースは不快な笑みを浮かべた。
「私はただ、少し背中を押してやっただけだよ。……この国の愚かな権力欲に溺れた者たちのな」
「どういうことですの!?」
アリアが叫ぶ。
「簡単なことだ。第一王子派の将軍……名はガザンだったか。あの猪突猛進な馬鹿に少し知恵を授けたのだよ。『王と第二王子を病で排除すればお前が実権を握れる』とな」
「なっ……!?」
クロエが目を見開く。
「じゃあ、第一王子すらも……利用されてるってことかよ!」
「ククク……。その通り。王子はただの神輿だ。実権を握ろうとする将軍もまた私の手駒。……獣人とは実に脆い種族よなァ。少し餌をぶら下げればこうも簡単に共食いを始める」
モルゴースは心底愉快そうに嗤った。
「兎の村の次はこの国だ。我が可愛い蟲たちでこの国を内側から腐らせ、魔王様への極上の『苗床』に変えてやる」
「ふざけるな!そんなこと、させるか!」
クロエが激昂し再び飛びかかろうとする。
「騎士様の愛したこの世界を……貴様のようなカビ野郎に渡してなるものですか!」
アリアも杖を構える。
だが、モルゴースは動じない。
彼は細い指先を二人の方へと向けた。
「威勢がいいのは嫌いではないが……騒がしいのは好かん」
彼の指先から濃密な紫色の霧が噴出した。
それはただの毒ガスではない。
触れた者の神経を麻痺させ、魔力を蝕む特級の呪詛だ。
「――『死の抱擁』」
「しまっ――!」
「きゃあああっ!」
回避する間もなかった。
紫の霧は生き物のように二人を包み込みその肺へと侵入した。
「ガハッ……!い、息が……!」
「体が……動きません……わ……」
ドサッ。
クロエとアリアがその場に崩れ落ちる。
手足に力が入らない。
魔力を練ろうとしても体内で霧散してしまう。
「ヒヒヒ……。どうだ?私の瘴気の味は」
モルゴースがゆっくりと歩み寄ってくる。
「安心しろ。すぐには殺さん。お前たちは魔力も質も極上だ。……祭壇の新たな核にしてやろう」
「や、やめろ……触んな……!」
クロエが必死に短剣を振るおうとするが指一本動かせない。
「(騎士様……!申し訳ありません……わたくし……)」
アリアの目から、絶望の涙がこぼれる。
モルゴースの手が二人の頭上に伸びる。
その手には次なる呪いの蟲が握られていた。
「さあ、我の一部となれ――」
万事休す。
二人が死を覚悟し、目を閉じたその瞬間。
ドゴォォォォォォン!!!
天井が爆発した。
「ぬあッ!?」
モルゴースが驚いて飛び退く。
降り注ぐ瓦礫と土煙。
その中から三つの影が舞い降りた。
「おらぁぁぁぁぁッ!ララの友達に手を出すなぁぁぁにゃあああ!」
黄金の流星。
ララだ。
彼女は落下速度を乗せた踵落としをモルゴースがいた場所に叩き込んだ。
岩盤が砕け散り衝撃波が瘴気を吹き飛ばす。
「な、なんだ貴様らは!?」
モルゴースが体勢を立て直す。
そして、土煙の向こうから一人の青年がやれやれといった様子で頭の瓦礫を払いながら現れた。
その背中には銀色の髪の少女を庇っている。
「あーあ。やっぱり、観光じゃ済まなかったか」
「……ユ、ユート!?」
「騎士様……!」
クロエとアリアの声に俺は少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「遅くなって悪かったな。……上(地上)の掃除に、少し手間取ってな」
俺の背後には、屋敷を包囲していた獅子騎士団を無力化(全員、俺の特製麻痺団子を食べさせた)してきたという実績があった。
「それにしても、ここが臭い元か。……換気が足りてないんじゃないか?」
俺はモルゴースを冷ややかに見据えた。
「おい、そこの顔色の悪いアンタ。俺の連れに随分なことしてくれたな」
「……貴様が、相川悠人か」
モルゴースが忌々しげに俺を見る。
「報告にあったイレギュラー……。まさかここまで辿り着くとはな」
「お褒めに預かり光栄だよ。……で、これからアンタにはたっぷりと治療費(慰謝料)を払ってもらうわけだが」
モルゴースは鼻で笑った。
「愚かな。この空間は既に私の『領域』だ。この濃度の瘴気の中では貴様らとて数分と持たずに……」
「数分?そんなにいらないよ」
俺は指を鳴らした。
「俺の仲間を舐めるなよ。……この程度の空気の汚れ、一瞬でクリーニングだ」
俺は即座に指示を飛ばした。
「ミミ!アリア!詠唱開始!」
俺の声にミミが杖を掲げ、倒れていたアリアも俺が投げ渡したポーションを飲んで最後の力を振り絞って立ち上がった。
「はいっ!この国の空気は……わたくしが守ります、ぴょん!」
「騎士様の号令とあらば……!精霊たちよ、今一度力を!」
「クロエは下がれ!ララ、俺の前へ!」
「おう!」
「任せるにゃ!」
俺の指示は一糸乱れぬ連携を生む。
ミミの神聖魔力と、アリアの精霊魔力が共鳴する。
俺はその二つの魔力を【魔力同調】で繋ぎ合わせ、増幅させた。
「行くぞ!広域浄化魔法――」
三人の声が重なる。
「『ホーリー・レイン』ッ!!」
カッッッ!!!
地下空間の天井付近に光り輝く魔法陣が出現した。
そこから降り注ぐのは聖なる雨。
それは、モルゴースが自慢していた瘴気を瞬く間に洗い流し中和していく。
「バ、馬鹿な!?私の猛毒が……ただの雨に!?」
モルゴースが肌を焼かれるような感覚に悲鳴を上げる。
聖なる雨は、不浄な存在である彼にとって硫酸以上の劇薬だった。
「さあ、空気は綺麗になったぞ」
俺は真っ青になった四天王に向かってニヤリと笑った。
「ここからは、第二ラウンドだ。……覚悟はいいか、モルゴース」
俺たちの反撃が、今、始まる。




