救国の特製サムゲタン
第二王子ルカの屋敷を拠点とすることが決まった翌日。
俺、ユートは「情報収集」という名目で、再び王都の街へと繰り出していた。
もちろんただの散歩ではない。
この国を覆う重苦しい空気の正体と食材の流通状況(こっちが本命かもしれない)を確認するためだ。
「……酷いありさまだな」
隣を歩くクロエが短剣の柄に手をかけながら顔をしかめる。
俺たちが訪れたのは王都の南側に広がる貧民街エリア。
そこは煌びやかな貴族街とは対照的に、汚水と腐臭そして絶望が淀んでいた。
道の端にはボロボロの服を着た獣人たちが力なく座り込み虚ろな目で空を見上げている。
彼らの多くは、咳き込み高熱に浮かされていた。
「ゴホッ……ゴホッ……」
「水……水をくれ……」
「……ユート。あいつらの首筋、見たか?」
「ああ。見ている」
俺の視線は病人たちの肌に浮かぶ不気味な「黒い斑点」に釘付けになっていた。
それはただの皮膚病ではない。
生きながらにして肉体が腐敗していくような呪いじみた痣だ。
「(……間違いない)」
俺はかつての記憶の引き出しを開ける。
千年前俺が討伐した魔王軍の中に、これと同じ「症状」を撒き散らす厄介な幹部がいた。
生きとし生けるものの生命力を奪い苗床にする最悪の能力。
「(疫病のモルゴース。……やっぱり、あいつが噛んでやがるな)」
俺は頭をガリガリと掻いた。
「(あーあ。完全に面倒な時期に来ちゃったな。観光気分で美味い肉を食うはずがバイオハザードの現場検証とは)」
「ユートさん……」
反対側を歩いていたミミが痛ましそうな表情で俺の袖を引く。
「あの方たち……何か悪い病気なんでしょうか?わたくしの回復魔法で……」
「やめとけ」
俺はミミが杖を取り出そうとするのを手で制した。
「お前の魔力なら治せるかもしれないが数が多すぎる。それに、ここで聖女の力を使えばまた第一王子派に目をつけられるぞ」
「うっ……」
「今は、根本的な原因を突き止めるのが先だ」
俺たちはさらに市場の奥へと進んだ。
かつては賑わっていたであろう屋台も今はほとんどが閉まっている。
わずかに開いている店もしなびた野菜や硬そうなパンを法外な値段で売っているだけだ。
「……これじゃあ、病気にならなくても体調を崩すにゃ」
ララが空っぽの籠を見て悲しそうに耳を伏せる。
「ララの知ってるガレリアはもっと美味い匂いでいっぱいだったのに……」
ララにとって故郷の変貌はショックだったようだ。
彼女は道端で咳き込む子供に自分の持っていた干し肉をそっと差し出した。
「……食べるにゃ。元気だすにゃ」
「あ、ありがとう……お姉ちゃん……」
その光景を見て、の中でカチリとスイッチが入った。
俺はララの肩にポンと手を置いた。
「……ララ」
「にゃ?」
「お前、ルカを助けたいか?」
「当たり前だにゃ!ルカも、この国の皆もララの大事な仲間だにゃ!」
「そうか。なら……」
俺は市場の片隅で埃をかぶっていた一軒の薬屋に目をつけた。
「やるか。……料理人の本領発揮といこうぜ」
***
ルカの屋敷に戻った俺はすぐに屋敷の厨房へと向かった。
「ユート殿?一体何を……」
車椅子で現れたルカが不思議そうに俺を見る。
俺は市場で買い集めてきた(あるいは無限収納から取り出した)大量の食材を調理台に並べた。
乾燥させた高麗人参、ナツメ、ニンニク、ショウガ、クコの実。
そして丸ごとの若鶏(コカトリスの若鳥だが)。
「ルカ殿下。王様の病状だが、高熱と黒い斑点、そして意識混濁だったな?」
「あ、ああ。王宮医も匙を投げている。解毒薬も回復魔法も効果がないと」
「当然だ。あれは病気じゃない。呪いの一種だ」
俺の言葉にルカとガルフが息を呑む。
「の、呪い……!?」
「体内の免疫機能を狂わせ、生命力を食い荒らす『蟲』の呪いだ。普通の薬じゃ効かないし、弱った体に強い薬を使えば逆に命を縮める」
「な、なら、どうすれば……!」
ルカが悲痛な声を上げる。
俺は包丁を手に取りニヤリと笑った。
「だから、まずは『栄養』だ」
俺は手際よく鶏の下処理を始めた。
「病に勝つには本人の体力が不可欠だ。だが、今の王様は衰弱して固形物は喉を通らないだろう。だから……これを作る」
俺は鶏の腹の中にモチ米と薬草類を詰め込み、巨大な鍋に投入した。
水を注ぎ火にかける。
「薬草学と俺の故郷の栄養学を総動員した滋養強壮と解毒の特効薬。名付けて……」
グツグツと煮立つ鍋から、芳醇でどこか懐かしい香りが立ち昇る。
薬草の独特な香りと鶏の出汁の濃厚な匂いが混ざり合い、嗅ぐだけで体が温まってくるようだ。
「『特製・薬膳参鶏湯風スープ』だ」
「さむげたん……?」
ルカたちが首をかしげる横でいつものメンバーが喉を鳴らす。
「じゅるり……。お兄ちゃん、それ、ララの分もあるかにゃ?」
「おいしそうです……。体がポカポカしてきそうです、ぴょん」
「鶏肉の中に、お米が……!これは、母なる愛の胎内回帰ですわね!」
「(……アリア、食欲減退するからやめろ)」
俺は数時間じっくりと煮込み骨までホロホロに崩れるほど柔らかくなった鶏肉と、白濁した極上のスープを器に盛った。
「よし、完成だ。ルカ殿下、これを王様に食べさせてくれ」
「し、しかし……父上の寝所は、第一王子派の兵士が厳重に見張っている。毒見役もいるし、外部の料理など……」
ルカが躊躇する。
「大丈夫だ。毒見役も一口食えば文句は言えなくなる」
俺は自信満々に断言した。
「それに、これを運ぶのは俺たちだ。……邪魔する奴はララとクロエが『説得(物理)』する」
「任せるにゃ!お兄ちゃんのスープを邪魔する奴は全員空の彼方にゃ!」
「へっ。強行突破かよ。嫌いじゃないね」
ルカは俺たちの頼もしすぎる(そして少し危険な)笑顔を見て覚悟を決めたように頷いた。
「……分かった。信じよう。ユート殿のその『料理』に父上の命を託す!」
***
王城の最奥、国王の寝所。
そこは重苦しい死の気配に満ちていた。
豪華な天蓋付きのベッドにはかつて「獅子王」と呼ばれた巨躯の獣人が見る影もなく痩せ細り、浅い呼吸を繰り返していた。
その肌はどす黒い斑点に覆われている。
「……父上」
ルカが車椅子を寄せる。
俺たちは護衛という名目で(入り口の兵士を少し眠らせて)部屋に入り込んでいた。
「ルカ様!何を持ってきたのですか!」
王付きの医師(第一王子の息がかかっている)が俺の持っている鍋を見て色めき立つ。
「陛下の食事は私が管理している!そのような得体の知れないものを!」
「得体が知れないかどうかその鼻で確かめてみろ」
俺は、鍋の蓋を開けた。
ボフンッ!
湯気と共に圧倒的な「美味」の香りが部屋中に炸裂した。
薬膳の複雑な香りと鶏の旨味が凝縮された暴力的なまでの食欲への誘惑。
「なっ……!?」
医師が思わずゴクリと唾を飲み込む。
「こ、これは……なんという香りだ……。私の知る薬湯とはまるで違う……」
「毒見が必要ならどうぞ」
俺が小皿に取り分けると医師は震える手でそれを口に運んだ。
「む、無礼な……毒など入っていたら……んぐっ!?」
医師の目がカッと見開かれた。
「う、美味い……!五臓六腑に染み渡るようだ……!体が……熱い!?」
彼は一口食べただけで顔色が良くなり、ハゲ頭から湯気を出し始めた。
「ご、合格だ!いや、もっと詳しく検査を……おかわりを……!」
「はい、却下」
俺は呆ける医師を押しのけ、ルカにスープを渡した。
ルカは震える手でスプーンを持ち父王の口元へと運ぶ。
「……父上。ルカです。……少しだけでいい、召し上がってください」
意識のない王の唇にスープが触れる。
すると。
「……ん……」
王の喉がわずかに動いた。
スープを飲み込んだのだ。
「あ……」
続いて、もう一口。
さらに一口。
最初はスプーンで流し込んでいたのが、次第に王自身が口を開き求めるようにスープを飲み始めた。
「……う、まい……」
かすれた声が漏れた。
「……温かい……力が……湧いてくる……」
王の顔色が見る見るうちに良くなっていく。
黒い斑点が薄れ、呼吸が深く力強くなる。
俺の【万物鑑定】が王の体内の「蟲」たちが、薬膳の成分と王自身の生命力に焼かれ消滅していくのを確認した。
「馬鹿な……!あれほどの重篤な症状が……たった一杯のスープで!?」
医師が腰を抜かす。
「……ふぅ」
王は最後の一滴まで飲み干すと、深く息を吐きゆっくりと目を開けた。
その瞳には王としての理性が戻っていた。
「……ルカか。……夢を見ていたようだ。暗く、冷たい泥の中を彷徨う夢を……」
「父上……!気が付かれたのですね!」
ルカが王の手を握りしめて涙を流す。
「……いい匂いだ。……このスープが、私を呼び戻してくれたのか」
王は俺の方を見て、弱々しく、しかし威厳のある笑みを浮かべた。
「……礼を言うぞ、若者よ。……実に美味かった」
劇的な回復。
もちろん完治したわけではない。
だが、死の淵にあった王を現世へと引き戻すには十分すぎる一撃だった。
俺は鍋を抱えてニヤリと笑った。
「お代わりならいくらでもありますよ。……なにせ、これからが本番ですからね」
王の回復。
この事実は瞬く間に城内を駆け巡り、第一王子派を震撼させることになるだろう。
そしてそれは俺たちの反撃の狼煙でもあった。
「(さあ、モルゴース。お前の自慢の呪いも俺の飯の前じゃ形無しだ)」
俺は窓の外に広がる王都を見下ろした。
戦いはまだ始まったばかりだ。
だが、俺たちの手には、最強の武器――「皆を笑顔にする料理」がある。
この国の運命を美味しく調理してやろうじゃないか。




