獅子の騎士と白虎の王子
獣人王国の王都ガレリア。
その裏通りにある古びた宿屋「牙の休息亭」の一室は朝から戦場のような熱気……いや、食欲の渦に包まれていた。
「お兄ちゃん!まだかにゃ!もう待てないにゃ!」
「ララ落ち着け。今、仕上げのタレをかけてるとこだ」
「いい匂いです……。昨日のイタリアンも最高でしたけどこの醤油とニンニクの焦げた匂いは……罪深いです、ぴょん」
「ユート、早くしろ!ボクの胃袋が暴動を起こす寸前だぞ!」
「騎士様!この焦らしプレイも愛の一環ですのね!でも、そろそろ限界ですわ!」
俺、ユートは狭い厨房(店主の親父さんに無理やり借りた)で中華鍋を振るっていた。
今日の朝食はこれからの不穏な空気を吹き飛ばすためのガッツリ系スタミナ飯。
厚切りにしたオーク肉を甘辛い特製ダレで炒め、炊きたてのご飯の上に豪快に乗せた「特製・スタミナ焼肉丼」だ。
仕上げに半熟卵と刻みネギを散らす。
「よし、完成だ!」
俺がドンッ!とテーブルに丼を並べた瞬間、四人の美少女たちが猛獣のような速さで食らいついた。
「「「「いただきます!」」」」
「はふっ!んぐっ!んまーい!」
ララが頬を膨らませて悶絶する。
「このタレ!肉汁と絡み合って……ご飯が止まらないにゃ!」
「くぅーっ!朝からこんな重いの食えるかと思ったけど、ユートの料理は別腹だな!」
クロエが丼をかき込む。
「卵を……こう、崩して……ああん、黄身がトロリと……幸せです、ぴょん」
ミミがうっとりとしている。
「騎士様の情熱が、わたくしの体内に注ぎ込まれていきますわ……!」
アリア、お前は黙って食え。
俺も自分の分を一口食べた。
ニンニクのパンチと肉の旨味。
(……うん。これなら今日一日何があっても戦えるな)
俺たちは嵐の前の静けさ……いや、嵐の前の腹ごしらえを騒がしくも幸せに堪能していた。
だが、その平穏は最後の一粒を食べ終えた直後に破られた。
ドンドンドンッ!
宿屋の入り口が激しく叩かれたのだ。
「開けろ!騎士団である!中に不審な余所者がいるという報告が入っている!」
店主の親父さんが青ざめた顔で俺たちの部屋に駆け込んできた。
「お、おい!大変だ!第一王子派の『獅子騎士団』が来やがった!店を囲まれてるぞ!」
俺は箸を置き深いため息をついた。
「……食後の茶を飲む暇もないか」
「どうするんだにゃ、お兄ちゃん。ぶっ飛ばすかにゃ?」
ララが口の周りにタレをつけたまま闘気をみなぎらせる。
「いや、まずは話を聞こう。……たぶんろくな話じゃないだろうけどな」
俺たちは荷物をまとめ宿屋の表へと出た。
***
宿屋の外には殺伐とした光景が広がっていた。
総勢三十名ほどの、完全武装した獅子獣人の兵士たちが槍と剣を構えて宿屋を包囲していたのだ。
その中心に、一際豪奢な鎧を纏った隊長格の大男が立っていた。
「出てきたか、鼠ども」
隊長が威圧的に俺たちを睨みつけた。
「貴様らが、昨日門番に賄賂を渡そうとしさらに怪しげな術(料理のことだろうか)で店主を籠絡したという一行だな?」
「人聞きが悪いな。俺たちはただの観光客だ」
俺は両手を上げて敵意がないことを示した。
「賄賂じゃなくて通行税だろ。それに、籠絡じゃなくてただ飯を作っただけだ」
「黙れ!」
隊長が一喝した。
「言い逃れはできんぞ。貴様らの正体は割れている!」
彼はビシッとミミを指差した。
「そこにいる兎獣人!その銀色の髪……そして、昨日の門番からの報告によれば王家の証である『癒やしの光』を使ったそうだな!」
ミミがビクリと震え俺の背中に隠れる。
「ひぃ……!」
(……チッ。あの門番余計なことまで報告しやがって)
俺は舌打ちした。
やはり、ミミの正体……あるいは、その可能性についてすでに上層部に話が回っていたらしい。
「銀の兎の一族は三十年前に滅んだはず。だが、もし生き残りがいたとすれば……それは我が国の王位継承権に関わる重大事だ!」
隊長の声が熱を帯びる。
「そして!そんな重要人物を連れ、この王位継承争いの真っ只中に現れた正体不明の人間と虎獣人の一団!」
隊長はまるで鬼の首を取ったかのように叫んだ。
「貴様らの狙いは明白だ!貴様らは、穏健派を気取る第二王子ルカが外部から呼び寄せた……王位簒奪のための『第三勢力』だな!」
「……は?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「第三……なんだって?」
「とぼけるな!第二王子派は、武力で劣る自分たちを補うために貴様らのような腕利きの傭兵……いや、暗殺者集団を雇い入れたのだ!その証拠に、貴様らはガリアン大山脈のスタンピードをたった数人で鎮圧したという報告もある!」
(……情報が早いな。そこまでバレてるのか)
俺は内心で感心しつつもその飛躍しすぎた論理に呆れ果てた。
「いや、待ってくれ。俺たちは誰に雇われたわけでもない。ただの通りすがりだ」
「通りすがりがスタンピードを鎮圧するか!それに、その虎獣人!」
隊長がララを睨む。
「その尋常ならざる闘気……貴様、ただの虎ではないな?王族への復讐を誓う過激派の刺客だろう!」
「ララは刺客じゃないにゃ!ただの『拳聖』だにゃ!」
「け、拳聖だと……!?伝説のクラスではないか!やはり貴様らは危険分子だ!」
話が通じない。
完全に俺たちは「第二王子が放った王位を狙う最強の刺客パーティ」という設定にされている。
しかもたちが悪いことに、俺たちの実力が中途半端にバレているせいでその「脅威度」だけが勝手に膨れ上がっていた。
「問答無用!ここで捕縛し、拷問にかけて全てを吐かせてやる!抵抗するなら殺しても構わん!」
「構えッ!」
兵士たちが一斉に殺気を放つ。
「……やれやれ」
俺はポリポリと頭を掻いた。
「俺は平和に観光がしたいだけなんだがな」
「ユート、どうする?」
クロエが楽しそうに短剣を抜く。
「三十人か。三十秒あれば片付くけど?」
「殺すなよ。あくまで『正当防衛』だ」
「分かってるって。峰打ち(柄で殴る)にしとくよ」
「ララもやるにゃ!お兄ちゃんをいじめる奴は、お星様にするにゃ!」
ララが拳を構える。
「騎士様!これは……わたくしたちの愛を試す『試練』ですわね!」
アリアがうっとりとした顔で戦場を見渡す。
「三十人の猛者に取り囲まれた悲劇の恋人たち!ああ、燃えますわ!精霊たちも『やっておしまいなさい!』と叫んでおります!」
「(……精霊、そんな好戦的か?)」
一触即発の空気が弾けようとした、その時。
「――待てぇぇぇぇい!」
大通りの向こうから、土煙を上げて一台の馬車が突っ込んできた。
その馬車には白地に黒い縞模様……「白虎」の紋章が描かれている。
「な、なんだ!?」
獅子騎士団が動揺する。
馬車から飛び出してきたのは、昨日城門で俺たちを助けてくれたあの白虎の騎士ガルフだった。
「剣を引け!第一王子派の諸君!」
ガルフが俺たちと兵士の間に割って入る。
「彼らは我が主君、第二王子ルカ殿下の『大切なお客様』である!」
「なっ……!ガルフか!」
隊長が忌々しげに舌打ちをする。
「やはりそうか!貴様らが手引きしていたのか!」
「勘違いするな。彼らは王位争いとは無関係だ。……だが、我が国の恩人であることは間違いない!」
ガルフは、ララの方を向いて片膝をついた。
「……探しましたぞ。ララ殿」
「にゃ?」
ララがキョトンとする。
「貴女のその顔立ち……そして、その拳。間違いありません。貴女はあの大戦士『ゴライアス』様の娘、ララ殿でしょう!」
「ゴライアス?」
俺が聞き返すとガルフが頷いた。
「かつてこの国最強と謳われた虎族の英雄。……そして、我が主君ルカ殿下が幼少期に剣の師として仰いだ方です」
(……マジか。ララの親父さんそんな大物だったのか)
俺は隣で鼻をほじっている(やめなさい)ララを見た。
確かに、この規格外の強さは遺伝子レベルのものかもしれない。
「ゴライアス様の娘御が、仲間を連れて帰国されたとあっては放っておくわけにはいきません。……さあ、こちらへ!ルカ殿下が、屋敷でお待ちです!」
ガルフは俺たちに馬車に乗るよう促した。
「待て!逃がすか!」
獅子騎士団が動き出す。
「行かせろ、ユート!」
クロエが目眩ましの煙玉を地面に叩きつけた。
ボフンッ! 視界を奪う白煙が充満する。
「ゲホッ、ゲホッ!追え!逃がすな!」
「今のうちに!乗ってください!」
俺たちはガルフの用意した馬車に飛び乗った。
「だっしゃあ!」
御者が鞭を振るい馬車は急発進した。
「あーあ。結局、逃亡劇かよ」
俺は揺れる車内で深いため息をついた。
「第三勢力だの、刺客だの……。俺の『人畜無害な一般市民』設定はどこに行ったんだ」
「ふふっ。ユートさんたちといると、退屈しませんね」
ミミが少し顔色を良くして笑った。
「でも……第二王子様なら話を聞いてくれるかもしれません、ぴょん」
こうして俺たちは、望まぬまま「第三勢力」のレッテルを貼られ王国の権力争いのド真ん中へと引きずり込まれることになった。
***
馬車は王都の北側にある貴族街を抜け、ひっそりとしたしかし品のある屋敷の前に止まった。
ここが第二王子ルカの居城らしい。
第一王子の煌びやかな城に比べると質素だが、手入れの行き届いた庭園からは主の誠実な人柄が感じられた。
「ようこそ、我が屋敷へ」
広間に通された俺たちを出迎えたのは、車椅子に座った線の細い青年だった。
白銀の髪に虎耳。
そして、理知的だがどこか憂いを帯びた瞳。
第二王子、ルカだ。
「ガルフから話は聞いている。……君たちが、スタンピードを鎮めた英雄たちだね?」
ルカの声は穏やかで優しかった。
「英雄なんてガラじゃないですよ。ただの冒険者です」
俺が答えるとルカはくすりと笑った。
「謙虚だね。……だが、その謙虚さが今のこの国には足りないものかもしれない」
ルカは俺たちの顔を一人一人見て、最後にララの前で視線を止めた。
「……ララ。大きくなったね」
「にゃ?ララのこと知ってるのかにゃ?」
「覚えているとも。昔、ゴライアス師匠の道場で一緒によく泥だらけになって遊んだじゃないか。……君はいつも私を投げ飛ばしていたけれど」
「あ!」
ララがポンと手を打った。
「思い出したにゃ!泣き虫ルカだにゃ!いっつも『もうダメだ~』って泣いてた、あの弱っちいルカだにゃ!」
「ぶっ!」
ガルフが吹き出しそうになり慌てて咳払いをする。
「ラ、ララ殿!殿下に向かって泣き虫とは……!」
「ははは。構わないよ。事実だからね」 ルカは懐かしそうに目を細めた。
「あの頃の私は本当に弱かった。……そして今も無力なままだ」
ルカの表情が曇る。
「兄上……第一王子ザイードは、父上の病を口実に暴走している。虎族を弾圧し国を恐怖で支配しようとしている。私はそれを止めたいが……私には、兄上のような武力もカリスマ性もない」
ルカは悔しそうに拳を握りしめた。
「悔しいよ。ララ。君の故郷が踏みにじられているのに何もできない自分が」
「……ルカ」
ララはルカの膝に手を置いた。
「ルカは弱くないにゃ。昔から、転んでも何度でも立ち上がってたにゃ。ララはそんなルカが好きだったにゃ」
「ララ……」
「それに今はララたちがいるにゃ!」
ララは俺を親指で指差した。
「このお兄ちゃんは、すごいんだにゃ!料理も上手いし、頭もいいし、めちゃくちゃ強いんだにゃ!お兄ちゃんがいればあんなゴリラ王子なんて一発だにゃ!」
「おい、ハードルを上げるな」
俺は苦笑した。
ルカは興味深そうに俺を見た。
「ユート殿、とお呼びすればいいのかな?……噂の『第三勢力』のリーダー殿」
「勘弁してください。俺はただの料理人です」
「ふふ。料理人が、四天王の手先を退けたりはしないだろう?」
ルカの目は俺の本質を見抜いているようだった。
「……ミミ殿のことも、聞いている」
ルカの視線がミミに向く。
ミミは緊張して身を硬くする。
「銀の兎の末裔……。もしそれが真実なら、君は、この国の希望の光になり得る」
「わ、わたくしが……希望、ですか?」
「ああ。父上の病、そして国中に蔓延する不信感。それを払拭できるのは伝説の『癒やしの力』だけかもしれない」
ルカは真剣な眼差しで俺たちに頭を下げた。
「お願いだ。力を貸してほしい。……私のためではなく、この国で苦しむ民のために。君たちの力を、貸してくれないだろうか」
王族がただの冒険者に頭を下げる。
その姿に、俺は千年前のエルロンを重ねていた。
(……こいつも、不器用だけどいい奴だな)
俺は仲間たちを振り返った。
クロエは「面白そうだ」とニヤリと笑う。
アリアは「愛の革命ですわ!」と鼻息を荒くしている。
ララは「ルカを助けるにゃ!」とやる気満々だ。
そしてミミは。
「……やりましょう、ユートさん」
ミミは真っ直ぐに俺を見た。
「わたくし……逃げるのはもう嫌です。この力が、誰かの役に立つなら……わたくし、戦います、ぴょん!」
「……決まりだな」
俺はルカに向き直りニヤリと笑った。
「殿下。頭を上げてください。……俺たちは『第三勢力』なんかじゃない」
俺は拳を前に突き出した。
「俺たちは、美味い飯と平穏な旅を愛する『ユート一家』だ。俺たちの邪魔をする奴は、王子だろうが四天王だろうが、容赦なく排除させてもらう」
「……ユート一家、か」
ルカはきょとんとした後嬉しそうに笑った。
「頼もしいね。……では、歓迎しよう。最強の『料理人』とその仲間たちを」
こうして俺たちは正式に第二王子派の「客人」として迎え入れられた。
だがそれは同時に、第一王子派……そしてその背後にいる四天王モルゴースとの全面戦争の幕開けでもあった。
「さて、まずは作戦会議といこうか」
俺はルカの執務室の地図を指差した。
「敵の狙いは、王の病を利用した国の分断だ。なら、俺たちがやるべきことは一つ」
「……王の病を、治すことか?」
ルカが問う。
「それもだが……まずは敵の『胃袋』を掴むことだ」
「は?」
全員が首をかしげる中俺は不敵に笑った。
「第一王子派も、兵士も、民衆も。みんな腹が減ってるんだろ?……だったら俺の『飯』でこの国の空気を丸ごと変えてやるよ」
最強勇者の国盗り……いや、国救い物語。
その武器は剣でも魔法でもなく「最高に美味いご飯」だった。
獣人王国の歴史に残る、「美味しい革命」が今始まろうとしていた。




