獅子と虎の玉座を巡る争い
ミミの故郷である隠れ里を後にした俺たちは次なる目的地へと向かっていた。
目指すはこの大陸でも有数の軍事力を誇る大国、獣人王国ガレリア。
そこは俺のパーティのメインアタッカーであり、食いしん坊の虎娘ララの故郷でもある。
街道を進む馬車(里の長老が、大量の土産と共に用意してくれた)の中はいつになく賑やかだった。
「お兄ちゃん!もうすぐだにゃ!もうすぐ王都ガレリアだにゃ!」
ララが窓から身を乗り出さんばかりの勢いで尻尾を振っている。
「ガレリアはすごいにゃよ!お肉がいっぱい売ってるし、闘技場もあるし、強い奴がいっぱいいるんだにゃ!」
「はいはい、分かったから。落ちるなよ」
俺は興奮して飛び跳ねるララの背中を押さえた。
「ララは本当に故郷が好きなんだな」
「当たり前だにゃ!ララはあそこで育ったんだにゃ。……まあ、お父様と喧嘩して飛び出しちゃったけど」
ララは、テヘッと舌を出した。
(……そういえば家出娘だったな、こいつも)
アリアといい、ララといい、俺の周りには「実家とワケアリ」な娘が多い気がする。
「でも、今回は大丈夫だにゃ!」
ララは自信満々に胸を張った。
「だってララたちは『英雄』だにゃ!それに、ここには『銀の兎』の王族、ミミちゃんがいるにゃ!」 「えっ、わ、わたくしですか!?」
ミミが驚いて耳をピコっと跳ねさせる。
「そうだにゃ!ミミちゃんは、獣人族にとって伝説の王家の生き残りだにゃ。そんなすごい人を連れて帰ったらお父様も王様もビックリして腰を抜かすにゃ!きっと盛大なパレードで歓迎されるにゃ!」
「パレード……!そ、そんな大それたこと……」
ミミが顔を赤くして縮こまる。
「まあ、確かに一理あるな」
クロエが腕を組んで頷いた。
「隠れ里での一件もあるし、ミミの身分が証明されれば国賓扱いは間違いないだろ。……ま、ボクとしては美味い飯とフカフカのベッドがあれば文句はないけどな」
「騎士様!パレードということは、わたくしと騎士様が馬車の上で民衆に手を振る……つまり『ご成婚パレード』の予行演習ですわね!」
アリアがまたしても斜め上の解釈で目を輝かせている。
「ドレスはどうしましょう!やはり純白でしょうか!それともエルフの伝統色である緑で……」
「(……まだ着かねえよ)」
俺は窓の外を流れる景色を眺めながら苦笑した。
スローライフ。
今回の旅の目的は、あくまで観光とララの里帰りだ。
ミミの件もあるが、基本的には美味いものを食べてのんびり過ごしたい。
隠れ里でのような「残業(魔物退治)」はもう勘弁願いたいところだ。
「(……まあ、王国なら治安もいいだろうし大丈夫だろ)」
そう。
この時の俺はまだ楽観視していた。
獣人王国ガレリアが俺の想像を遥かに超える「火薬庫」状態になっていることなど知る由もなかったのだ。
***
数日後。
俺たちの馬車はついに獣人王国の王都、ガレリアの巨大な城門の前に到着した。
石造りの堅牢な城壁が威圧的にそびえ立っている。
門の前には屈強な獣人の兵士たちが立ち並び、出入りする人々を厳しくチェックしていた。
「おおーっ!着いたにゃ!懐かしい匂いがするにゃ!」
ララが歓声を上げて馬車から飛び降りる。
俺たちも続いて降り立つ。
「でかいな……。アークライトの倍はあるんじゃないか?」
クロエが城壁を見上げて口笛を吹く。
「活気がありそうです……ぴょん」
ミミもフードの下から興味深そうに周囲を見回している。
「さあ、行くにゃ!門番さんに挨拶して一番いい宿屋の特上肉を……」
ララが意気揚々と門へ向かおうとしたその時だった。
「――止まれ!」
鋭い怒号が飛んだ。
門を守っていた兵士たちが槍を交差させて俺たちの行く手を阻んだのだ。
彼らは全員立派な鬣を持つ「獅子獣人」だった。
その表情は険しくあからさまな敵意が込められている。
「え?な、なんだにゃ?ララだにゃ。この国の出身だにゃ」
ララが不思議そうに首をかしげる。
「ふん。薄汚い虎風情が気安く話しかけるな」
隊長格と思しき獅子獣人がララを冷たく見下ろした。
「今は非常時だ。身元の知れぬ者、特に『下賎な種族』や『人間』の入国は厳しく制限されている」
「げ、下賎……!?」
ララの顔色が変わる。
「誰が下賎だにゃ!ララは誇り高き虎の一族だにゃ!それに、こっちは人間だけどララの大事な仲間だにゃ!」
「黙れ!」
獅子獣人はララの言葉を聞こうともしなかった。
「虎ごときが人間の腰巾着になって帰ってきたか。嘆かわしい。……おい、こいつらを追い返せ。抵抗するなら叩き斬っても構わん」
「なっ……!」
クロエが短剣に手をかける。
「おいおい随分な挨拶じゃねーか。観光客相手に喧嘩売んのか?」
「騎士様への侮辱……万死に値しますわ!」
アリアも精霊たちを呼び寄せようと身構える。
ミミが怯えて俺の背中に隠れる。
(……おいおい。雲行きが怪しいぞ)
俺はため息をつきながら前に出た。
(歓迎されるどころか門前払いかよ。ララの話と全然違うじゃないか)
「お待ちください」
俺は努めて穏やかな口調で兵士たちの前に立った。
「俺たちは怪しい者じゃありません。冒険者ギルドの身分証もあります。それに……」
俺はチラリとミミを見た。
ここで「王族だ」と言ってしまえば事態は動くかもしれない。
だが、このピリピリした空気の中で切り札を切るのは逆に危険な賭けになるかもしれない。
「それに、我々はただの旅人です。通行税なら払いますよ」
俺は懐から金貨を数枚取り出し、さりげなく隊長に握らせようとした。
大人の解決法だ。
だが、隊長はその手を乱暴に振り払った。
チャリン、と金貨が石畳に落ちる。
「貴様……我ら誇り高き『第一王子派』の近衛兵を金で買収しようというのか!」
隊長が激昂し剣を抜いた。
「やはり人間は腐っている!ここでお前たちの首を……!」
一触即発。
俺が「やれやれ、少し懲らしめるか」と魔力を練り始めたその時。
「――よせ! 何事だ!」
城門の内側から、凛とした声が響いた。
現れたのは白銀の毛並みを持つ美しい「白虎獣人」の若き騎士だった。
彼の鎧には、獅子とは違う虎の紋章が刻まれている。
「ガ、ガルフ様……」
獅子の兵士たちが不服そうに一歩下がる。
白虎の騎士――ガルフは、俺たち特にララを見て目を見開いた。
「その縞模様……同胞か?」
「あ……あんたは、白虎の人?」
ララが瞬きをする。
ガルフは俺たちを一瞥しそして獅子の兵士たちを睨みつけた。
「彼らは私が身元を保証する。……通せ」
「し、しかし!第一王子殿下の命令で、虎族や人間の入国は……!」
「私が責任を持つと言っている!聞こえんのか!」
ガルフの鋭い一喝に、兵士たちは舌打ちをしながらも道を空けた。
「……チッ。行くぞ」
「拾い命をしたな、余所者ども」
兵士たちは最後まで俺たちを睨みつけながら持ち場へと戻っていった。
「……助かりました」
俺が礼を言うとガルフは苦虫を噛み潰したような顔でかぶりを振った。
「礼には及ばん。……だが、忠告しておく。この街は今、お前たちのような『混成パーティ』特に虎の獣人にとっては居心地のいい場所ではないぞ」
ガルフはそれだけ言い残すと足早に去っていった。
その後ろ姿には、隠しきれない疲労と焦燥感が滲んでいた。
「……なんなんだにゃ、あいつら」
ララが憤慨して尻尾を逆立てている。
「歓迎パレードどころか犯罪者扱いだにゃ!ムカつくにゃ!」
「まあまあ。とりあえず入れたんだし、よしとしようぜ」
俺はララの頭を撫でて宥めた。
だが俺の心中は穏やかではなかった。
(……歓迎ムードゼロ。それどころか種族間の対立か?)
嫌な予感が俺の背筋を冷たく撫で上げていた。
***
城門をくぐり王都の中へと足を踏み入れた俺たちを待っていたのは、重苦しい沈黙だった。
かつてララが語っていた、活気に満ちた市場や陽気な獣人たちの姿はどこにもない。
大通りを行き交う人々は皆、俯き加減で足早に通り過ぎていく。
時折聞こえるのは、巡回する兵士たちの足音と怒鳴り声だけだ。
「……暗いな」
クロエがポツリと呟く。
「まるでお葬式みたいだ」
「みんな元気がないです……ぴょん」
ミミが不安そうに俺の袖を掴む。
「なんだか、怖いです」
俺たちは人目を避けるように路地裏の宿屋に入った。
「冒険者の宿・牙の休息亭」
看板は立派だが、店内は薄暗く、客の姿もまばらだ。
「いらっしゃい……」
カウンターに座っていた犬獣人の店主が気だるげに顔を上げた。
だが、俺たちの姿――人間と、虎獣人と、エルフと、兎獣人――を見た瞬間、ギョッとして立ち上がった。
「お、おい!あんたら、よそ者か!?」
店主が慌てて入り口の扉を閉め鍵をかけた。
「なんでこんな時期にこんな目立つ連中で来たんだ!命知らずにも程があるぞ!」
「そんなにヤバいんですか?」
俺が尋ねると、店主は深くため息をつき声を潜めた。
「ヤバいなんてもんじゃないよ。……知らねえのか?今のこの国の状況を」
俺たちは顔を見合わせ首を振った。
「情報収集も兼ねて教えてくれませんか。金なら払います」
俺が銀貨を数枚カウンターに置くと、店主は周囲を警戒しながら重い口を開いた。
「……今、この国は真っ二つに割れてるんだよ」
店主の話によると事態は俺たちの想像以上に深刻だった。
すべての発端はこの国を治める現国王――獅子獣人の「レオンハルト王」が、数ヶ月前に突然原因不明の重い病に倒れたことだった。
王は意識不明の重体となり、政務を執ることができなくなった。
そこで浮上したのが次期国王を誰にするかという「後継者問題」だ。
「候補は二人いる」
店主が指を二本立てた。
「一人は、第一王子の『ザイード』様。獅子獣人で武闘派だ。『力こそ正義』『獣人至上主義』を掲げ、他種族――特に人間との国交を断ち軍事力による支配を目論んでいる」
(……さっきの門番たちは、この王子の派閥か)
俺は内心で納得した。
あいつらの態度は、まさに主君の写し鏡だ。
「もう一人は第二王子の『ルカ』様。側室の子で、白虎獣人だ。こっちは穏健派で、他種族との協調や文化的な発展を重んじている。……さっきあんたらを助けてくれた騎士様もこっちの派閥だろうな」
武断派の第一王子と穏健派の第二王子。
典型的な対立構造だ。
だが、問題はここからだった。
「本来なら正室の子である第一王子が継ぐのが筋だ。だが、王様は生前第二王子の賢さを買っていた。それが第一王子派には面白くない」
店主が顔をしかめる。
「奴らはこう言い出したんだ。『王が病に倒れたのは、弱腰な第二王子やその取り巻きの虎族たちが、呪いをかけたからだ』とな」
「なっ……!言いがかりだにゃ!」
ララがテーブルを叩いて立ち上がった。
「虎族がそんなことするわけないにゃ!」
「しっ! 声がでけぇよ!」 店主が慌ててララを制する。 「分かってるよ。みんな、それがデタラメだってことは知ってる。だが、力を持ってるのは第一王子派の『獅子騎士団』だ。奴らはそれを口実に、虎族への弾圧を始めやがった」
店主は悲しげに目を伏せた。
「街で虎族を見かけりゃ言いがかりをつけて捕まえる。店を壊す。……第二王子派も必死に守ろうとしてるが、兵力差がありすぎて防戦一方だ。今じゃ虎族は肩身を狭くして隠れるように生きてる」
「そんな……」
ララがわなわなと震え出した。
「ララのお父様は……虎族のみんなはどうしてるんだにゃ……」
「虎族の居住区は、王都の北側にあるが……今は事実上の隔離地区だ。兵士たちが厳重に見張ってて出ることも入ることもできねえ」
重苦しい沈黙がテーブルを包んだ。
歓迎ムードどころか、ララの故郷は理不尽な差別と暴力に晒されていたのだ。
「……ふざけてるぜ」
クロエがギリッと奥歯を噛み締めた。
「気に入らない相手を力でねじ伏せる。ボクが一番嫌いなやり方だ」
「王の病を政治利用するなんて……騎士道にもとる行為ですわ!」
アリアも憤る。
「……悲しいです、ぴょん」
ミミが、涙ぐむララの背中をさする。
俺は静かにテーブルの上の茶を啜った。
ぬるくなった茶はひどく苦く感じられた。
(……原因不明の病、ね)
俺の脳裏にガリアン大山脈で遭遇した「深淵の苗床」の瘴気と、あの隘路で見つけた魔物の死体から感じた痕跡がよぎる。
(……きな臭いな。ただの権力争いじゃなさそうだ)
俺はカップを置き顔を上げた。
「店主。その王様の病気ってのはどんな症状なんだ?」
「え?ああ……詳しくは知らねえが、高熱が続いて、うわ言を言いながら……体が黒い斑点に覆われていくらしい」
「(……ビンゴだ)」
俺の中で確信のピースがハマった。
黒い斑点。
それは、四天王モルゴースの得意とする「腐敗の呪い」の特徴そのものだ。
(四天王が裏で糸を引いている。第一王子を唆し、国を割らせ内側から崩壊させる気か)
俺はチラリとララを見た。
彼女は悔しさと悲しみで唇を噛み締めて俯いている。
かつて誇らしげに語っていた故郷が、こんな無惨な姿になっているなんて。
「……お兄ちゃん」
ララが小さな声で呟いた。
「ララ……帰らなきゃよかったのかにゃ?ララが帰ってきたら……もっとみんなに迷惑かけるだけにゃのかにゃ……?」
その弱気な言葉に俺の中で何かが切れる音がした。
俺は立ち上がり、ララの頭をガシッと掴んだ。
「痛っ! なにす……」
「馬鹿野郎」
俺はララの目を真っ直ぐに見据えた。
「迷惑?誰がだ。お前は俺たちの自慢の仲間だぞ」
「で、でも……虎族は嫌われてて……」
「嫌ってる奴が悪いんだろ。間違ってるのは、あっちだ」
俺は不敵に笑って見せた。
「ララ。お前は言ったよな。『強い奴がいっぱいいる』って。だったら、そいつら全員ぶっ飛ばして間違ってることを教えてやればいい」
「……ぶっ飛ばす……?」
「ああ。俺たちは『英雄』なんだろ?だったら理不尽な悪党の一人や二人、叩き潰さなきゃ名が廃る」
俺はクロエたちを見渡した。
「だよな?」
「へっ。当然だろ」
クロエが短剣を弄ぶ。
「喧嘩なら買うぜ。特にあの上から目線の獅子野郎どもには一発入れてやりたかったんだ」
「わたくしも愛の鉄槌を下す準備はできておりますわ!」
アリアが立ち上がる。
「お父様やみんなを助けましょう、ララちゃん!」
ミミが優しく微笑む。
ララの瞳に涙が溢れた。
でも、それは絶望の涙ではなかった。
「……うん!うんっ!」
ララは涙をゴシゴシと拭うと、いつもの元気な笑顔を見せた。
「やるにゃ!第一王子だろうが何だろうが、ララの拳で空の彼方へ吹っ飛ばしてやるにゃ!」
「よし、その意気だ」
俺は満足げに頷いた。
(……やれやれ。また面倒事に首を突っ込むことになっちまったな)
俺は内心でため息をつきつつも腹は決まっていた。
俺の仲間の故郷を土足で踏み荒らす奴には、それ相応の「教育」が必要だ。
それが、王族だろうが四天王だろうが関係ない。
「まずは飯だ」
俺は店主に向かって言った。
「親父さん。厨房借りていいか?」
「は?ちゅうぼう?」
「ああ。この街の空気が暗いのは、美味い飯が足りてないからだ」
俺は腕まくりをした。
「腹が減っては戦はできん。……俺が特製のスタミナ料理で、お前らに活力を注入してやる」
「お!ユートの飯か!やった!」
「お兄ちゃんのご飯があれば百人力だにゃ!」
俺は不穏な空気が漂う王都の片隅で、まずは仲間たち(と店主)の胃袋を満たすべくフライパンを握った。
王国の運命を変える戦いは、この小さな宿屋の夕食から静かに幕を開けようとしていた。
夜。
窓の外では不気味なほど静まり返った王都を、冷たい風が吹き抜けていた。
だが俺たちの部屋だけは、温かい湯気と、笑顔と、そして確かな闘志に満ちていた。
ララの故郷を取り戻す。
その決意を胸に俺たちは眠りについた。




