守り抜いた故郷と、ミミの涙
「ギャンッ!?」
先頭を疾走していたブラックウルフが、見えないワイヤーに足を取られ派手に前転した。
時速六十キロ近いスピードで突っ込んでいたためその勢いは凄まじい。
一匹が転べば、隣の一匹が巻き込まれる。
さらにアリアが塗布した「滑る樹液」の効果で、彼らは地面を滑走し、ボウリングのピンのように後続のオークたちの足を刈り取った。
「ブヒッ!?」
「グギャッ!?」
入り口付近で数十体の魔物が将棋倒しになり、団子状態になって転がる。
そこへ止まりきれない後続部隊が突っ込んでくる。
「渋滞」の発生だ。
「今だ!ララ!」
俺が叫ぶ。
「あいだにゃ!落ちろォォォォッ!」
崖の上で待機していたララが巨大な岩を蹴り飛ばした。
ズゴオオオオオオン!
数十トンの巨岩が、重力に引かれて落下する。
狙いは、渋滞を起こしている入り口付近。
ドッガアアアアアアアン!
「ギャアアアアアアアア!」
潰れる音。
砕ける音。
断末魔。
巨岩は団子状態の魔物たちをまとめて圧し潰し、さらに転がって隘路を塞ぐ壁となった。
「ひ、ひぇぇ……」
「す、すげえ……」
防衛ラインで見ていた獣人たちが震え上がる。
しかし魔物の数は多い。
巨岩を乗り越え、あるいは脇をすり抜けて生き残ったオークやトロールたちが怒り狂って隘路の中へと雪崩れ込んでくる。
「オオオオオ!ニンゲン!コロス!」
「ようこそ。第二ステージへ」
俺は冷ややかに呟く。
トロールが大きな足を踏み出した。
そこは、俺が【土木工学】で作り上げた、
一見平坦な地面。
ズボッ。
「ゴ?」
トロールの姿が一瞬にして消えた。
「えっ?」
続くオークも。
その次のゴブリンも。
次々と地面に吸い込まれるように消えていく。
「ズボッ!」「ヒャッ!」「グエッ!」
そこは俺が仕掛けた「連鎖式すり鉢落とし穴」エリア。
深さ五メートルの穴の底は急角度のすり鉢状になっており、落ちた魔物たちは中心に向かって滑り落ちる。
そしてそこで折り重なり、お互いの重みで圧死するか身動きが取れなくなるのだ。
「うわ……地獄絵図だ……」
クロエが顔をしかめる。
穴の中からは「出してくれぇぇ!」と言わんばかりの手が伸びるが、上から降ってくる仲間に押しつぶされ再び闇の中へと消えていく。
「アリア!ミミ!仕上げだ!」
「はいですわ!風よ、火を煽れ!」
「弓隊、構えて!……放てっ、ぴょん!」
ミミの号令で、待機していた弓隊が一斉に矢を放つ。
さらにアリアの風魔法が、俺が事前に撒いておいた油(穴の中に仕込んでおいた)に引火させる。
ボオオオオオオッ!
落とし穴が火柱を上げる竈へと変わった。
「ギャアアアアアアア!」
「アツい!アツいゴブゥ!」
火攻め。
非人道的? いや、これは害虫駆除だ。
情けは無用だ。
「す、すごい……」
長老が呆然と呟く。
「我らの矢が届く前に……敵が、勝手に自滅していく……」
「一歩も……本当に、一歩も近づけないぞ……!」
数千の軍勢。
その脅威は、俺たちの前でただの「動く的」へと成り下がっていた。
「(……ふん。こんなもんか)」
俺はスコップを肩に担ぎ燃え上がる隘路を見下ろした。
「まあ、四天王の仕込みにしては雑だな」
だが、俺の【索敵】スキルはまだ警報を鳴らし続けていた。
この雑魚の群れの奥。
まだ姿を見せていない、本命の気配。
「……ララ、クロエ。油断するなよ」
俺は低く告げた。
「親玉が、まだ後ろで控えてる」
俺たちの防衛戦はまだ始まったばかりだ。
だがこの「要塞」がある限り、俺の背後にいるミミと里の民には指一本触れさせない。
最強の土木作業員(元勇者)の仕事は、ここからが本番だった。
***
ギャアアアアアアア! ブヒィィィィィッ! ゴガアアアアアッ!
俺、ユートが作り上げた「隘路」という名の処刑場は断末魔のオーケストラ会場と化していた。
先頭集団が転び、後続が突っ込み、団子状態になったところへ巨岩が降り注ぎ、逃げようとした者は蟻地獄のような落とし穴へ吸い込まれ、油と火魔法による業火に焼かれる。
「な、なんだここは!進めない!進めないゴブゥ!」
「地面が!地面が怒っているオーク!」
「ひぃぃぃ!助け……出られない!出られないよぉ!」
圧倒的な数を誇った魔物の大群は完全に足を止めていた。
いや、止めているのではない。
進むことも退くことすらもできず、ただただ狭い一本道の中で右往左往し自滅していく。
統率は完全に崩壊していた。
恐怖という名の毒が、瘴気よりも速く群れ全体に伝染していく。
「(……ふん。計算通りだ)」
俺は安全圏である崖の上から、その地獄絵図を冷ややかに見下ろしていた。
スコップを地面に突き立て腕を組む。
それは戦況を見守る指揮官というよりは、現場の進捗を確認する現場監督の姿だった。
「す、すごい……」
「本当に……一歩も近づけない……」
「あんなに恐ろしかったオーガが……子供みたいに転がって……」
俺の後ろで控えていた獣人の戦士たちが震える声で囁き合う。
彼らの手には弓や石が握られているが、放つタイミングを失って呆然としていた。
目の前で繰り広げられる「効率的すぎる虐殺」に、戦意よりも畏怖が勝ってしまっているのだ。
「おいおい、見物してる場合か?」
俺は、振り返ってニヤリと笑った。
「仕上げの時間だぞ。……主役の出番だ」
俺は隣で杖を強く握りしめ、戦場を凝視しているミミの肩を叩いた。
「ミミ」
「……っ!はい!」
ミミがハッとして俺を見上げる。
その瞳は、かつてないほど強く澄み切っていた。
「見ろ。敵は混乱している。恐怖で足がすくんでいる」
俺は隘路の奥、炎と土煙に巻かれて逃げ惑う魔物たちを指差した。
「今なら、お前たちの声が届く。お前たちの矢が届く。……号令をかけろ、ミミ」
「わたくしの……号令……」
「そうだ。この里を守ったのは、俺の罠じゃない。お前たちの意志だということを、その矢で刻み込んでやれ」
ミミは大きく息を吸い込んだ。
彼女の小さな胸が決意で大きく膨らむ。
彼女は一歩前へ出ると、里の戦士たちに向かって凛とした声を張り上げた。
「みなさん!弓を構えてください!」
その声は戦場の喧騒を切り裂いて響いた。
獣人たちがハッとして我に返る。
王族の血を引く「銀の兎」の少女の命令。
それに逆らう者はいない。
全員が一斉に弓を引き絞り、石を振りかぶる。
ミミは杖を高く掲げた。
その姿はまさしく戦乙女。
「わたくしたちの故郷を……家族を!これ以上、踏みにじらせはしません!」
ミミの瞳に、強い光が宿る。彼女は、渾身の力を込めて、叫んだ。
「――今だ!一斉攻撃!撃てぇぇぇぇぇぇぇ、ですぴょぉぉぉぉぉん!」
「「「「ウオオオオオオオオオッ!」」」」
ヒュンヒュンヒュンヒュン! ドドドドドドッ!
ミミの可愛らしくも勇ましい号令と共に獣人たちの怒りが解放された。
隘路の奥から空を覆い尽くすほどの矢の雨と、投石の嵐が降り注ぐ。
「ギャッ!?」 「グエッ!?」 「イタイ! ヤメテェ!」
罠で身動きの取れない魔物たちにとってそれは回避不能の絶望だった。
降り注ぐ矢は正確に急所を貫き投げられた石は骨を砕く。
「よし!あたしたちも行くぞ!」
クロエが叫ぶ。
「とどめだ!残ってる奴らを一掃する!」
「ララに任せるにゃ!動いてる奴は全部ぶっ飛ばすにゃ!」
「騎士様の『愛の巣(要塞)』を汚す者はわたくしが許しませんわ!」
三人の美少女たちが混乱する敵陣へと躍り込んだ。
クロエは影のように駆け抜け、生き残った魔物の首を次々と刈り取っていく。
「遅い!止まって見えるぜ!」
ララは岩のように硬い拳でオーガの腹を打ち抜く。
「おらぁっ!空の彼方へ飛んでいけだにゃ!」
ドゴォォォン!と、巨大な魔物がピンボールのように弾き飛ばされる。
アリアは風と土の精霊を操り、逃げようとする敵を容赦なく落とし穴へと押し戻す。
「逃がしませんわ!大地の抱擁を受けなさい!」
「(……抱擁って言うか、圧殺だな)」
一方的な展開だった。
スタンピード。
魔物の大暴走。
本来なら一つの国が滅んでもおかしくない災害級の危機。
それが俺の「土木工事」とミミの「号令」そして仲間たちの「武力」によって完全に無力化されていた。
数千いた魔物の群れはわずか数十分で壊滅状態に陥った。
そして。
最後の一匹、巨大なハイオークがララのアッパーカットで星になった瞬間。
戦場に静寂が訪れた。
「……お、終わった……のか……?」
長老が信じられないという顔で、静まり返った隘路を見下ろす。
そこにあるのは、無残に転がる魔物たちの残骸とまだくすぶる炎の跡だけ。
村側には死体どころか、怪我人ひとつ出ていない。
魔物の血の一滴すら村の敷居を跨ぐことはなかった。
「……勝った……」
誰かが呟いた。
それが、波紋のように広がる。
「勝ったぞ……!」
「魔物を……全滅させたぞ……!」
「俺たちの村が……守られたんだ……!」
「「「「ウオオオオオオオオオオオ!」」」」
爆発的な歓声が谷間に響き渡った。
獣人たちが抱き合い、武器を掲げ、涙を流して喜びを分かち合う。
「ミミ様!ミミ様万歳!」
「銀の兎の奇跡だ!」
「そして、あの土木の神様にも感謝を!」
「(……土木の神様はやめろ)」
俺はその歓喜の輪の外でふぅと息を吐き、スコップを肩に担ぎ直した。
「……やれやれ。これにて業務完了、だな」
俺は仲間たちの方へ歩き出した。
クロエが短剣を拭いながらニカっと笑う。
「楽勝だったな、ユート」
ララがブンブンと手を振る。
「お兄ちゃん!ララ、いっぱい倒したにゃ!褒めてにゃ!」
アリアがうっとりとした顔で駆け寄ってくる。
「騎士様の作戦勝ちですわ!ああ、勝利の余韻に浸りながら、熱い口づけを……」
「しない」
俺は三人に向けて親指を立ててみせた。
「上出来だ。お前らのおかげで俺は指一本動かさずに済んだよ」
「人聞きが悪いな!一番えげつない罠張ったのはユートだろ!」
「そうですわ!あの『自動復旧型落とし穴』の底知れぬ悪意……素敵でしたわ!」
「(……褒め言葉として受け取っておくか)」
そして。
俺はまだ崖の縁で立ち尽くしている、一人の少女に目を向けた。
ミミだ。
彼女は歓声を上げる村人たちの方を見ることもなく、ただ静まり返った隘路を見つめていた。
その背中が小さく震えている。
張り詰めていた糸が切れたのだろう。
「……ミミ」
俺は彼女の背後に立ち、優しく名を呼んだ。
ミミがゆっくりと振り返る。
その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「……ユート、さん……」
「終わったぞ。……守りきったな」
俺の言葉を聞いた瞬間。
ミミの瞳から堪えていた感情が堰を切ったように溢れ出した。
「う、あ……ぁ……」
「ミミ?」
「……こわ、かったです……。本当は……すごく、怖かったです……ぴょん……」
ミミは杖を取り落とし、俺の胸に飛び込んできた。
ドン、と小さな体がぶつかる衝撃。
彼女は俺の服をぎゅっと握りしめ、子供のように泣きじゃくった。
「でも……でも……守れました……!みんなを……故郷を……!」
「ああ。お前が守ったんだ」
「違います……!ユートさんが……ユートさんがいてくれたから……!」
ミミは顔を俺の胸に埋めたまま、何度も何度も繰り返した。
「ありがとうございます……。ありがとうございます、ユートさん……!」
「わたくし……わたくし……本当に、よかったです……うぅ……」
温かい涙が俺の服を濡らしていく。
俺は泣きじゃくる彼女の華奢な背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩いた。
「よく頑張ったな、ミミ。お前は立派な、この国の『聖女』だよ」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
ミミの泣き声が歓声の止まない村に響く。
それは悲しみの涙ではなく、安堵と、そして成長の証である涙だった。
俺は腕の中の温もりを感じながら空を見上げた。
ガリアン大山脈の空はどこまでも高く澄み渡っていた。
(……まったく。スローライフからは程遠い、派手な里帰りになっちまったな)
だが、この涙を守れたのなら。
たまにはこういう「残業」も悪くない。
俺はミミが泣き止むまで、その小さな体を支え続けた。
……まあ、その直後。
「ずるいにゃ!ララも抱っこだにゃ!」
「あ、こら!ドサクサに紛れて何してる、クロエ!」
「騎士様!わたくしも感涙に咽び泣いておりますの!慰めてくださいまし!」
いつものように他の三人が雪崩れ込んできて、感動のシーンが台無しになるのはもう言うまでもないお約束だった。




