最強勇者の、土木工事無双
「――土木工事を開始する!」
俺、相川悠人の号令が、戦場の空気を一変させた。
魔物の咆哮と獣人たちの悲鳴が交錯する絶望的な状況下で、俺の声だけが異様に冷静に、そして妙に楽しげに響き渡ったからだ。
「は……? ど、土木……工事……?」
羊獣人の長老が耳を疑うように聞き返す。
無理もない。
今まさに数千の魔物が迫りくるこの瀬戸際で、普通なら「全軍突撃」とか「死守せよ」とか叫ぶところだ。
だが俺は違う。
俺の手には、聖剣でも魔剣でもなく鈍い光を放つ一本の「スコップ」が握られているのだから。
「長老、呆けている暇はないぞ。時間は金より重い。さあ、動け動け!」
俺はスコップを指揮棒のように振り回した。
「いいか!これは戦争じゃないと言ったはずだ!これは『業務』だ!納期(敵の到着)は目前だぞ!残業はしたくないだろう!」
俺の謎の気迫(社畜時代のブラックなオーラとも言う)に圧されたのか、長老と獣人たちがハッと我に返る。
「お、おお……!皆の者、恩人殿の指示に従え!鍬を持て!土を掘れ!」
「「「お、おおおーっ!」」」
獣人たちが半信半疑ながらも動き出す。
俺はそれを見届けると、即座に仲間たちへ具体的な指示を飛ばした。
「クロエ!アリア!」
「おう!」
「はいですわ!」
「二人は『絡め手』担当だ!森のツタをありったけ集めてこい!種類は問わない、とにかく丈夫で切れにくいやつだ!」
「分かった!で、それをどうすんだ?」
クロエが短剣を回しながら問う。
俺は隘路の入り口付近、地面スレスレの場所を指差した。
「あそこに『トリップワイヤー』を張る。一本や二本じゃない。何重にも、複雑に交差させて張り巡らせるんだ」
「足を引っ掛けるのか?でも、魔物の足じゃ、すぐに切れちまうぞ?」
「切れてもいい。いや、切らせるんだ」
俺はニヤリと笑った。
「先頭の奴が足を取られてつんのめる。そこに後続が突っ込む。さらに後続が乗り上げる。……分かるか?入り口で『渋滞』を起こさせるのが目的だ」
「なるほどね……!性格悪いぜ、ユート!」
クロエが嬉しそうに笑う。
「まあ!愛の赤い糸ならぬ、愛の足止めワイヤーですわね!」
アリアがまたしても独自解釈で目を輝かせる。
「騎士様!分かりましたわ!精霊たちに頼んで、とびきり粘着質な、一度絡んだら離れないツタを集めますわ!ふふふ、まるでわたくしの愛のように……!」
「(……なんか怖いこと言ってるな)」
「さあ、行きますわよクロエさん!魔物たちを愛の束縛で雁字搦めにして差し上げましょう!」
「愛とか言うな!気持ち悪い!」
二人が風のように森へ散っていく。
斥候職と精霊使い(アリア)。
この二人の機動力があれば、数分で入り口は「歩きにくい地獄」に変わるはずだ。
「次はララ!」
「あいだにゃ!ララはなにすればいいにゃ!?」
ララがやる気満々でブンブンと腕を回している。
彼女の怪力は、この工事の要だ。
「ララは『重機』担当だ」
「じゅうき?」
「ああ。そこの崖の上にある、デカい岩。あれを動かせ」
俺が指差したのは大人の獣人が五人がかりでも動かないような巨大な岩石群だった。
「あれを隘路の側面、崖の縁ギリギリの場所に配置するんだ。指一本で落とせるような絶妙なバランスでな」
「お安いごようだにゃ!」
ララはひょいと崖を登ると、自分の体よりも大きな岩に手をかけた。
「ふんぬっ……!」
黄金の闘気が彼女の体を包む。
『拳聖』の怪力スキル発動。
ズズズズズズ……!
「う、動いた!?」
下で作業していた熊獣人の男たちが目を剥いて驚愕する。
「あんな巨岩を、一人で……!?」
「すげえ……!伝説の剛力王の再来か!?」
「えっへん!ララは力持ちだにゃ!お兄ちゃん、これでいいかにゃ!?」
ララは軽々と岩を持ち上げると俺が指定したポイントにドスンと設置した。
「完璧だ!それをあと十個……いや、二十個頼む!」
「任せるにゃ!石ころ遊びだにゃー!」
ララが次々と岩を運んでいく。
その姿はまさに生ける重機。
これなら「落石トラップ」の準備も間に合うだろう。
「そして、ミミ!」
俺は最後にミミに向き直った。
彼女は戦場という空気に飲まれそうになりながらも、必死に杖を握りしめて立っていた。
「ミミ。お前には、一番重要な『司令塔』を任せる」
「し、司令塔……ですか?わたくしが?」
「そうだ。村へ行って、戦える者たちを集めろ。弓を使える者、石を投げられる者、魔法が使える者。全員だ」
俺はミミの目を見て告げる。
「彼らに『隘路の奥で待機せよ』と伝えろ。俺たちが罠で足止めした敵を、安全圏から一方的に攻撃させるんだ」
「……はい!」
「それと、負傷者を集めて、治療の指揮を執れ。お前の回復魔法があれば、戦線は維持できる。みんなの命は、お前が預かるんだ」
「命を……預かる……」
ミミがゴクリと唾を飲む。
責任の重さに足がすくみそうになるのが分かる。
だが、彼女は逃げなかった。
彼女は、自分の頬をパン!と両手で叩くとキリッとした顔で俺を見上げた。
「分かりました!わたくし……やってみます、ぴょん!この里は、わたくしの故郷ですから!」
「行ってこい!」
ミミが翻り村の中へと走っていく。
「みなさん!聞いてください!弓を持ってる方はこちらへ!怪我をしている方は広場へ!」
その背中にはかつての臆病な少女の面影はなく、民を導く王族としての風格が漂い始めていた。
「(……よし。役者は揃った)」
俺は一人、隘路の中央に残った。
周囲では獣人たちが必死に穴を掘っている。
だが普通のスコップではこの固い岩盤交じりの地面を掘るには時間がかかりすぎる。
魔物の到着まで、あと数時間。
普通なら絶対に間に合わない。
「だからこそ、俺がいる」
俺は誰にも見えないように、獣人たちの作業の死角となる岩陰に入り込んだ。
そして右手を地面に当てる。
「さて……ここからは、俺の独壇場だ」
俺は静かに目を閉じた。
体内の魔力回路を開き、三度の転生で極限まで高めたスキルを起動する。
今の俺はただの冒険者ではない。
世界最強の「土木作業員」だ。
「スキル【土木工学:LvMAX】……及び、オリジナル複合魔法【大地の可塑化】起動……!」
ブンッ……! 俺の掌から目に見えない魔力の波動が地面の奥底へと浸透していく。
岩盤の硬度、土壌の水分量、地層の構造。
全ての情報が設計図となって俺の脳内に展開される。
「(……ここだ。このポイントと、このポイント)」
俺は指先を指揮者のように動かした。
するとどうだろう。
固い岩盤がまるで粘土か泥のように柔らかく変化し、音もなく変形を始めた。
「(掘る必要なんてない。土を『圧縮』して、空間を作ればいい)」
俺は隘路の主要なポイントの地面を外見上は全く分からないように空洞化させた。
表面の厚さわずか五センチの岩の皮一枚を残し、その下には深さ五メートルもの巨大な空洞が口を開けている。
「(底には、剣山状に隆起させた岩の棘をセット。……いや、即死はマズいか?死体で穴が埋まると後続が通りやすくなる)」
俺は一瞬で計算し設計を変更する。
「(棘はナシだ。代わりに、底の形状を『すり鉢状』にする。落ちたら最後、蟻地獄のように中心に滑り落ち、仲間同士で折り重なって動けなくなる構造だ)」
俺は涼しい顔で次々と「見えない落とし穴」を量産していく。
その数、五十以上。
しかも、ただの穴ではない。
一度重みがかかれば蓋が抜け、獲物が落ちた後自動的に周囲の土が流動して再び蓋をする「自動復旧型」や、踏んだ瞬間に地面が槍のように隆起する「串刺しエリア」など凶悪なギミックを仕込みまくる。
「(ついでに入り口付近の傾斜をいじって、魔物が走りやすいように見せかけて実は転びやすい角度に調整……)」
俺の額に玉のような汗が浮かぶ。
これだけの規模の地形操作を、呼吸をするようにしかも隠密裏に行う。
はっきり言って、禁呪レベルの魔力消費だ。
だが俺の魔力タンクは底なしだ。
「お、おい!なんだか、地面が勝手に掘れていくぞ!?」
作業をしていた獣人の一人が驚きの声を上げる。
「こっちもだ!一回掘っただけでズボッと穴が広がった!」
「ま、まさか、山の神様が手伝ってくれてるのか!?」
獣人たちがざわめく。
俺は物陰から何食わぬ顔で出てきて汗を拭うフリをした。
「おーい!みんな、掘る場所がいいみたいだな!そこは地盤が緩いんだ!どんどん行こう!」
「そ、そうなのか!すげえ!ツイてるぞ俺たち!」
「(……純粋な奴らで助かった)」
俺の隠蔽工作(物理的な意味でも)により隘路は一見するとただの荒れた山道だが、その実態は「一歩踏み出せば地獄行き」の凶悪なトラップゾーンへと変貌を遂げていた。
「お兄ちゃーん!岩、並べ終わったにゃ!」
崖の上からララが手を振る。
見上げれば、巨大な岩石が今にも落ちてきそうな絶妙なバランスで並んでいる。
芸術的ですらある。
「こっちも終わったぜ!
ワイヤー、三重に張り巡らせた!」
クロエとアリアが戻ってくる。
「精霊たちに頼んで、ツタに『滑りやすくなる樹液』も塗っておきましたわ!これで転倒率アップです!」
「(……アリア、お前、地味に性格悪いな。採用)」
「ユートさん!」
ミミが村の方から駆けてくる。
「準備できました!弓隊、投石隊、配置完了です!いつでも撃てます!」
「よし!」
俺は隘路の中央に立ち、仲間たちとそして泥だらけになった獣人たちを見渡した。
「全員、作業中止!撤収だ!」
俺の声が響く。
「罠の設置は完了した!これより、全員、隘路の奥……最終防衛ラインまで退避せよ!」
「お、終わったのか……?」
「本当に、これで……?」
獣人たちは自分たちが掘った穴(仕上げは俺がやったが)と、ララの岩と、クロエのワイヤーを見比べ、不安そうに顔を見合わせる。
見た目はただの穴ぼこだらけの道にしか見えないからだ。
「安心しろ」
俺はスコップを地面に突き刺し、不敵に笑った。
「ここを通れるのは、風と光だけだ。魔物どもは一匹たりともお前たちの家族の元へは辿り着けない」
俺の言葉に宿る絶対的な確信。
それに背中を押され獣人たちは頷き、一斉に撤退を開始した。
「さあ、来るぞ」
俺は谷の入り口の方角を睨みつけた。
ズズズズズズズズ……!
地響きが最大級になった。
地面に置いた小石が跳ねる。
空気の振動が肌をビリビリと刺激する。
「うわぁ……」
ミミが息を呑む。
谷の曲がり角から黒い波が溢れ出した。
先頭を走るのは血に飢えたブラックウルフの群れ。
それに続き、オーク、ゴブリン、トロール……。
おびただしい数の魔物が土煙を上げて突進してくる。
「ギャオオオオオオオオ!」
「グルルルルルルル!」
殺気と咆哮の嵐。
普通なら腰を抜かして逃げ出す光景だ。
だが。
俺はニヤリと笑った。
「ようこそ、俺の『庭』へ」
俺が指を鳴らした、まさにその瞬間。
スタンピードの第一陣が、アリアとクロエが丹精込めて張り巡らせた最初の「トリップワイヤー」に足をかけた。
「――開演だ」
それは、一方的な蹂躙劇の幕開けだった。




