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4度目の転生勇者は静かに暮らしたい ~もう魔王討伐は新入り(勇者)に任せたので、俺は美少女たちと諸国漫遊グルメ旅に出ます~  作者: のびろう。
第一章 最強勇者、凡人を演じる

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最強勇者の胃袋掴みと、腹ペコ盗賊の陥落

「ま、待って! 待ってよ!」


森の奥へ(今夜の食材=グレート・ワイルド・ボアを求めて)消えようとする俺の背中に、ボロボロの少女――クロエの必死な声が突き刺さる。


(あー……聞こえない、聞こえない)


俺はFランク冒険者ユート。

面倒事はゴメンだ。


あの『闇蛇の牙』とかいう連中も、足止め(アキレス腱狙いのデコピン)はしておいた。

もう追っては来れまい。

俺の任務スローライフはここに関わることじゃない。


「助けてくれたんでしょ!? ねえ、待ってってば! 足が……まだ、痺れて……!」


(……チッ)


さすがに、毒にやられた女の子をこのまま森に放置していくのは、3度の人生(元・勇者)で培われた倫理観が許さなかった。

俺は盛大にため息をつき、心底面倒くさそうに振り返る。


「……はぁ。これだから、面倒事は嫌だって言ったんだ」


「ひっ……!」


俺の(素の)面倒くさがりオーラに、クロエがビクッと肩を震わせる。


(あ、やべ。地の『俺』が出かけた)


俺は慌てて、いつもの人畜無害な笑顔(バージョン2.0)に戻す。

クロエの前にしゃがみ込み、彼女がやられた足首を(あくまで事務的に)確認する。


「あ……な、何すんだよ!」


クロエが慌てて足を引っ込めようとするが、麻痺で力が入らない。


「じっとしてて。すぐ終わるから」


「え……?」


俺は、詠唱破棄で、ごくごく微弱な神聖魔法を発動させる。

3周目(剣聖)時代に覚えた、治癒魔法の応用だ。


「――【解毒キュア・ポイズン】」


「(……え? いま、何か……)」


クロエが何かを呟く前に、淡い光が俺の手から彼女の足首へと流れ込む。

数秒後。

彼女の足首を蝕んでいた、あのしつこい麻痺毒の呪印が、あっけなく霧散していく。


「あ……れ……? し、痺れが……消えて……?」


クロエが驚愕に目を見開く。

俺は休む間を与えない。

どうせやるなら、一気に終わらせた方が効率的だ。


「ついでだ」


「え?」


「――【広域治癒エリア・ヒール】(※出力1%)」


俺は、彼女の全身に残っていた無数の切り傷や打撲痕にも、治癒魔法をかける。

もちろん、これも詠唱破棄だ。

クロエのボロボロだった革鎧の隙間から、切り傷がまたたく間にふさがっていく。


「な……!? な、な、な……!?」


クロエは、自分の身に起きている奇跡が信じられず、自分の腕や足を触って「痛くない」「傷が消えてる」と、完全にパニックに陥っていた。


「(よし、治療完了。これで自力で帰れるだろ)」


俺は立ち上がる。

俺の目的は、あくまで人助け(最低限)であって、これ以上関わることではない。


「それじゃ。ゴブリン退治(という名の食材調達)の途中だから」


「あ……!」


俺は今度こそ背を向け、森の奥へと歩き出す。


「ま、待って! 待ってよ! この前ギルドにいたよね!?ユートさん、だっけ!?」


「…………」


俺は振り返らず、片手だけをひらひらと振って応える。

そして、今度こそ【隠密】スキルを発動させ、完璧に気配を消し、その場から(物理的に)いた。


「……き、消えた……!? まるで、最初から誰もいなかったみたいに……」


後に残されたクロエはその場に呆然と座り込み、俺が消えた空間をただ見つめることしかできなかった。


「……詠唱破棄の、即時発動ヒールとキュア……? あげくに、あのBランクどもを『事故』みたいに倒して……ヘルハウンドを一瞬で……」

「(ゴクリ)……とんでもない、『達人』だ……!」


彼女の瞳に、絶望ではない別の光――「憧憬どうけい」と「執着」の炎が燃え上がったことなど、猪肉のことで頭が一杯の俺が知る由もなかった。


その後、俺は無事に(逃げた群れとは別の)『グレート・ワイルド・ボア』の極上個体(オス、3歳、脂の乗り最高)を狩り、ついでに『蜜キノコ(みりん代わり)』や『野生クレソン』など、夕食の付け合わせも完璧に採取。

最後に、依頼の目的だったゴブリンの巣を(これは本当に面倒だったので)【土属性魔法】で入り口ごと崩落させて『調査完了』とし、討伐証明の耳だけを(安全に)回収。


意気揚々とギルドに戻ったのは、日が傾きかけた頃だった。


「ユートさん! お、おかえりなさい!」


カウンターでは、俺が戻るのを今か今かと待っていたらしいコネットさんが、尻尾をブンブン振りながら(犬か)出迎えてくれた。

その狐耳は、心配でペタンと伏せられている。


「ご、ご無事だったんですね……! よかったぁ……! ゴブリンたちは……!?」


「はい、ただいまです、コネットさん。ご心配なく。巣の調査、完了しました。これが証拠です」


俺はカウンターに、ゴブリンの耳が十数個入った袋をドン、と置く。


「こ、こんなにたくさん!? もしかして、巣を……一人で……討伐したんですか!?」


「いえ、あくまで『調査』の途中で、襲ってきた数匹を返り討ちにしただけです。巣は危険そうだったので、入り口の場所だけメモしてきました」


(入り口ごと埋めたけど、嘘は言ってない)


俺が完璧な「新人Fランクムーブ」をかますと、コネットさんは「はわわ……」と両手で頬を押さえ、感嘆のため息を漏らした。


「すごい……! やっぱりユートさん、ただの新人さんじゃありません……! あのボルガさんをあしらった時も思いましたけど、本当に……その……カ、カッコいい、です……!」


(おっと、いかん。またフラグが育ちかけてる)


俺が(渋いオッサン趣味をアピールして)どうやってこの好意を逸らそうか考えていると、コネットさんは意を決したように、カウンターからグイッと身を乗り出してきた。

その豊かな胸が、カウンターに「むにゅ」と押し付けられる。


「あ、あの、ユートさん! もし、今日の晩御飯、まだなら……!」


「(うおっ、近い!)」


「また『塩辛』のお店、じゃなくて! 私が、その、ユートさんのために……お、お料理とか……! お弁当とか、作りますから!」


(手料理フラグ! これはマズい! Fランクの俺が、ギルドの看板娘たぶんの手料理なんか食べたら、ギルド中の男を敵に回す!)


俺は、どう断るか、脳内の【並列思考パラレル・シンク】をフル回転させる。


「あ、すみませんコネットさん。実は今日は、森でちょっと珍しい食材が手に入ったんで、自分で試したい料理があって……」


「え、食材……ですか?」


「はい。ボアなんですけど、ちょっと特殊な調理法を試してみたくて――」


「――見つけたぜ、ユート!」


俺の言葉をさえぎる、鋭く、しかしどこか嬉しそうな少女の声。

ドン!と、俺の隣のカウンターが叩かれる。


そこに立っていたのは、いつの間にかギルドに戻り、服も(たぶん着替えて)綺麗にしていたあの赤毛のボクっ娘盗賊・クロエだった。


「……え?」

「キャッ! ク、クロエさん!? どうしたんですか、そんなに慌てて……って、ユートさんとお知り合いですか?」


コネットさんが、俺とクロエを交互に見て、目をぱちくりさせている。

クロエは、コネットさん(と、その豊満な胸)をジロリと一瞥いちべつすると、フン、と鼻を鳴らし、俺に真っ直ぐ向き直った。


「アンタ、やっぱりここの冒険者だったんだな! とんでもない『達人』だって、ボクは森で会った時から分かってたぜ!」


その大声に、酒場で飲んでいた冒険者たちの視線が一斉にこちらに集まる。


「(うわああああ! 最悪だ! なんでこの子、こんなに声がデカいの!?)」


俺は、ギルド中の注目を浴びながら、必死に「人違いムーブ」を試みる。


「……あの、どちら様でしたっけ? 俺はユート。Fランクの新人ですけど」


「とぼけんな!」


クロエは、俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。


(お、近い近い。この子も近いぞ)


「その声! その魔力の残り香! 間違いない! ボクの命の恩人だ! ボクの麻痺毒と怪我を、詠唱もなしに一瞬で治したくせに!」


「「「「なっ!?」」」」


ギルド内が、今度こそ完全に静まり返った。

コネットさんが「えいしょう……なし……?」と、信じられない、という顔で俺を見ている。


(全部喋るなこのボクっ娘ァァァ!)


俺が頭を抱えていると、クロエは何を思ったか、その場でいきなり俺に向かって完璧な土下座をした。


「ボクを弟子にしてくれ!」


「「「「えええええええええええええ!?」」」」


ギルド中の絶叫が、天井を揺らした。

コネットさんも「で、弟子ぃ!?」と、狐耳を限界まで逆立てている。


「(いや、だから、なんでそうなる!?)」


「それか! 用心棒に雇ってくれ! なんでもする! アンタの強さ、ボクは全部見てたんだ! あのBランク暗殺ギルドの『闇蛇の牙』を……まるで偶然みたいにいなして! あげく、ヘルハウンドを一瞬で消し炭に……!」


「(ぎゃあああ! 喋るな! 喋るなそれ以上!)


俺は、周囲の冒険者たちが「闇蛇の牙?」「ヘルハウンド?」「あのFランクが?」と、完全に俺を「ヤベェ奴」認定する視線(好奇心8割、恐怖2割)で見てくるのを肌で感じた。

スローライフ計画、2日目にして、完全崩壊の危機。


「(……逃げるしかねえ!)」


俺は、コネットさんが呆然ぼうぜんと差し出している報酬袋をひったくる。


「すみません、コネットさん、これで失礼します! 急用思い出したんで!」


「あ、ユートさん!?」


「あ! 待て、コラァ! 逃げるなー! 師匠マスター!!」


「(師匠って言うな!)


俺はギルド中の好奇の視線から逃れるため、全速力でギルドを飛び出し予約していた安宿へと駆け込んだ。


宿屋『旅人の羽』。

俺が借りている、一番安い屋根裏の小さな一室。


「はぁ、はぁ……撒いたか? まったく、なんであんなにしつこいんだ……」


俺はドアに鍵をかけ、荒い息を整えながら窓の外を見下ろす。

もう日はとっぷりと暮れていた。


(……ん?)


宿屋の入り口。

街灯の、ぼんやりとした明かりの下。

腕を組み、足を組み、明らかに不機顔で、宿の入り口の階段に座り込んでいる、見慣れた赤毛の少女が一人。


(嘘だろ……)


クロエだった。

俺がこの宿に入るのを、どこかで見ていたらしい。

完全に、張り込みされている。


(……マジか。あいつ、帰らない気だ)


俺は、静かにカーテンを閉める。


「……知らん。俺は知らん」


俺は自分に言い聞かせる。


「腹が減った。そうだ、料理だ。料理に集中しよう。うん」


幸い、この安宿は「自炊用の簡易キッチン(という名の暖炉)使用可」が売りだった。

俺は【無限収納インベントリ】から、次々と『ブツ』を取り出していく。


(さて、と。まずは米だ。3周目で確保した『神々の穀倉地帯』のコシヒカリ(原種)。これをドワーフの『魔力釜』で……水加減はよし。【着火イグニッション】)


(次はメインの『グレート・ワイルド・ボア』。見てくれ、この美しいサシ。こいつは絶対に失敗できない)


俺は、先ほど狩ったばかりの極上の猪肉ブロックを取り出し、厚めのステーキ用にスライスしていく。

(筋切りは基本中の基本。よし)


取り出したるは、ヒマラヤの『千年岩塩』と、ドワーフの『黒胡椒』。

肉の両面に、完璧な高さから振りかける。


(そして……これだ)


俺は、小さな小瓶を取り出す。

中身は、深く、艶やかな黒い液体。


(俺が3度の人生の知識を結集し、魔法で『即席醸造』した、『醤油風調味料』!)


準備は整った。

ミスリル製のフライパン(これもインベントリ常備品)を暖炉の火にかけ、猪から切り出した脂を薄く引く。


(温度は……よし、今だ!)


じゅうううううううううう!!


肉がフライパンに触れた瞬間、暴力的なまでの美味そうな音と共に、白い煙が立ち昇る。


(いい音だ……! 肉の表面が一瞬でメイラード反応を起こし、凝縮された旨味の香りが、この狭い部屋に充満する……!)


肉の焼ける匂い。

それは、生物の本能を最も強く刺激する、原始にして最強の「誘惑」だ。


俺は完璧なタイミングで肉を裏返す。

(火入れはミディアムレア。よし、完璧だ)


肉を一度フライパンから取り出し、アルミホイル(もちろん常備)で包んで休ませる。

肉汁が残ったフライパンは、洗わない。


ここへ、先ほどの『醤油風調味料』と、森で採った『蜜キノコ』の絞り汁(みりん代わり)、それに『赤ワイン(2周目で皇族から貰ったやつ)』を少々……。


ジュワアアァァァァァッ!!


(うおお……!)


醤油の香ばしさと、果実酒の甘く芳醇な香りが混じり合い、煮詰まっていくソース!

この匂いは、もはやテロだ。

グルメテロだ。

俺の理性(と食欲)が、焼き切れる寸前だった。


その匂いは、当然、狭い安宿の廊下にも漏れ出していた。

ドアの前で「(くそー、絶対に出てこないつもりか……。出てきたら、即捕まえてやる……)」と、半ばヤケクソで張り込んでいたクロエの鼻腔を、容赦なく直撃する。


「……ん?」


(……な、なんだ……? この匂い……?)


さっきまでの革の匂い、埃っぽい廊下の匂いとは、明らかに異質。

甘く、しょっぱく、そして猛烈に、食欲をそそる匂い。


(アイツ……あの部屋の中で、何してやがる……?)


クロエは、ゴクリと生唾を飲む。

そういえば、と彼女は思い出す。

昨日の仲間(裏切り者)たちとのいざこざから、今日の『闇蛇の牙』との戦闘まで、丸一日以上、まともな食事(どころか水も)口にしていない。


(くそ……ボクは、こんなに腹ペコだってのに……)


その、瞬間だった。


ぐぅぅぅぅ~~~………。


静かな廊下に、盛大に。

あまりにも盛大に、彼女の腹の虫が鳴いた。


「!?」


クロエは、顔を真っ赤にして、自分のお腹をバシッ!と叩く。


「(な、鳴るな! バカ……!)」


だが、一度意識してしまった空腹と、ドアの隙間から漏れ続ける悪魔的な匂いの追撃に、彼女の体は抗えない。


ぐうぅぅぅぅぅううううううううううううう!!


「(だ、ダメだ……! 恥ずかしい! でも……でも……!)


彼女は、まるで何かに引き寄せられるように、ユートの部屋のドアに近づく。

そして、古びたドアの、鍵穴の隙間から中の様子をそっと覗き込んだ。


(あ……!)


彼女の目に映ったのは、信じられない光景だった。

あの謎のユートが、炊きたてらしい、湯気の立つ真っ白な『ご飯』を器によそい、その上に、先ほど焼いていた、完璧な焼き色の分厚い『ステーキ』を乗せ、仕上げに、あの黒くつややかな『ソース』をとろりとかけている場面だった。


(な……な、なんだ、あれ……。石みたいに硬い黒パンと、塩辛いだけの干し肉しか知らないボクに……あんな、宝石みたいなメシが……)


ゴクリ。 彼女が、再び生唾を飲んだ、その時。


ぐううううううううううううううい!!


先ほどとは比べ物にならない、獣の咆哮のような「腹の音」が廊下に響き渡った。


「(……ん?)」


できたての「森の恵みと猪肉の和風ステーキ丼」を前に、「いざ、実食!」と箸(もちろん自前)を構えた俺の耳が、その音を確かに捉えた。


(……今、獣の鳴き声みたいなの、聞こえなかったか?)

(いや、この音は……腹の音?)


俺は、怪訝に思いながら、ドアの方を見る。

ドアの隙間、鍵穴のあたりに動く影。

そして、今一度はっきりと聞こえた。


ぐぅぅ……きゅるるる……。


「(あ……)」


俺は全てを察した。


(あれ、クロエか。そういや、森で助けた時も『丸一日何も食ってない』みたいな顔してたな……)


あの後ギルドで俺を待ち伏せ、ここまで追いかけてきてずっと張り込み。

当然、何も食べていないだろう。


(……はぁ)


俺は、静かに箸を置く。

最強の元・勇者(3周分)も、空腹の乙女の腹の音には、勝てなかった。


(……しょうがないな)


俺は、もう一つ丼を用意すると、炊飯釜に残っていたご飯と、フライパンに残っていた(俺の夜食用の)ステーキを盛り付けソースをかける。


そしてゆっくりとドアに近づき、カチャリと鍵を開けた。


「ひゃあっ!?」


ドアをいきなり開けたことで、覗き見していたクロエが、バランスを崩して部屋の中に転がり込んできた。


「い、たタ……! って、あ、アンタ! い、今、ボクは……!」


「……そんな腹の音を鳴らされたら寝覚めが悪い」


俺は、顔を真っ赤にして慌てるクロエを見下ろし、呆れたように言う。

そして、部屋の奥のテーブルを指差す。


「ついでに、俺の作った料理が冷める。……お前も、一緒に食べるか?」


「え……?」


クロエは、俺の言葉が信じられない、という顔できょとんとする。

部屋に充満する、さっきまで彼女を拷問していた「匂い」の本体。

それが盛られたどんぶりが、テーブルに二つ並んでいる。


「あ……う……」


彼女は、自分のプライドと、本能的な食欲と、俺への警戒心(もうほとんど無いが)の間で、激しく葛藤している。


「……い、居候いそうろう……じゃなくて!」


彼女が、苦し紛れに叫んだ。


「ど、毒見だ! そう、ボクはアンタが怪しいから、毒見をしてやるだけだ! 感謝しろよな!」


(はいはい、ツンデレ乙)


俺は、そんな彼女の精一杯の強がりをスルーし、先に席につく。


「ほら、『森の恵みと猪肉の和風ステーキ丼』。熱いうちに食えよ」


「す、すてーき……どんぶり……?」


聞いたこともない単語に首をかしげながらも、クロエは、恐る恐る、しかし本能には逆らえず、もう一つの丼の前に座る。

渡された箸を、ぎこちなく握りしめる。


目の前にある、神々の食べ物(のように見える)。

真っ白で、艶々した『米』。

その上で、黒いソースをしたたらせ、湯気を立てる『肉』。


(……ゴクリ)


彼女は、意を決して、肉と米を一緒に大きく口に放り込んだ。


「(!?)」


瞬間。

クロエの大きな瞳が、これ以上ないというほど見開かれる。


(な……なに、これ……!)


(肉が……柔らかい!? あの、どんなに煮込んでも硬いままだったボアの肉が、噛んだ瞬間、歯が要らないくらい、溶けた……!?)


(そして、この味……! しょっぱいのに、甘い!? それが、この『米』っていう、甘いつぶと絡み合って……! 旨味うまみが、口の中で、爆発する……!)


クロエの思考は、完全に停止した。

ただ、本能が命じるままに、箸を動かす。

かきこむ。

かきこむ。


「(うまい、うまい、うまい、うまい……!)」


夢中で丼をかきこむ彼女の目から、いつの間にか大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。


「う、うまい……!」


「……ん? どうした?」


「(むぐ、もぐ)……なんだこれ……! こんな美味いもん、生まれて初めて食べた……! うっ……うぐっ……!」


(あーあー、泣き出したよ。まあ、分からんでもない。3周分の俺の集大成だしな、これ)


俺は、自分の分のステーキ丼を食べながら、呆れ半分、満足感半分で、号泣しながら丼飯をかきこむ美少女盗賊を眺める。


「ゆっくり食えよ。喉、詰まらせるぞ」


「(ずびっ)……はい……(もぐもぐ)」


温かい食事。

それは、どんな治癒魔法よりも、人の心を癒す力がある。


俺の(元・勇者としての)さりげない優しさ(のつもりは無いが)と、何よりこの圧倒的な『料理』の味が、仲間ギルドに裏切られ、追われ、誰も信じられなくなっていたクロエの心の傷を、ゆっくりと、しかし確実に溶かしていく。


「……(もぐもぐ)……温かい……」


「ん?」


「……ううん。なんでもない。……ごちそうさま!」


数分後。

一粒の米も残さず、顔を涙とソースでぐちゃぐちゃにしながらも、完璧に丼を平らげたクロエが、晴れやかな顔で手を合わせた。


(完食か。まあ、気に入ってもらえたなら何よりだ) 俺は、空になった丼を片付けようと席を立つ。


(さて。で、この後どうすんだ、こいつ。満足したら帰るよな……?)


そんな俺の甘い期待は、次の瞬間見事に打ち砕かれた。


「決めたぜ、ユート!」


「(嫌な予感しかしない)」


クロエは、テーブルをバン!と叩き、決意に満ちた(なぜかキラキラした)瞳で、俺を真っ直ぐに見つめて宣言した。


「ボク、やっぱりアンタの弟子になる!」


「いや、だから、俺はFランクだって……」


「うるさい! こんな美味いメシが作れるFランクがどこにいるんだ! 師匠マスターは師匠だ!」


「(メシが理由かよ!)」


「追い出しても無駄だぜ! 師匠が根負けするまで、毎日このドアの前で寝てやるからな! ……あ、でも、晩御飯の時間だけは、中に入れてくれてもいいぜ!」


(ちゃっかりしてんなオイ!)


俺は、天井を仰いだ。


「俺の、静かで平穏なスローライフ計画は、どこに行ったんだろうな……」


俺の(4度目の)青春と、胃袋と、平穏を賭けた戦い。

その計画に、騒がしくて腹ペコで、おまけに(たぶん)純情な、最初のイレギュラーが確定した瞬間だった。

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