逆襲の精霊使いと、聖なる光
ドオオオオオオオオオオ!
洞窟全体がまるで巨大な生き物が悶えるように激しく震動していた。
アリアの決死の呼びかけに応えた精霊たちが、地下深くに張り巡らされた地脈を通じて一斉に蜂起したのだ。
壁面の岩盤が軋みを上げ、天井からパラパラと石礫が降り注ぐ。
「な、なんだ!? 祭壇が……制御できん!?」
「瘴気が……逆流してくるうううう!」
祭壇の周囲にいたローブ姿の男たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
今までアリアから吸い上げていたはずの魔力が逆に祭壇の核へと過剰に送り込まれ、どす黒い瘴気の奔流となって噴出したのだ。
「グギャアアアア!目が、目がァ!」
「熱い!体が焼けるゥ!」
自分たちが撒き散らした毒素の濃度に耐えきれず、自業自得の断末魔を上げる信徒たち。
その混乱の渦中、俺は静かに、しかし戦場全体を貫くような声で叫んだ。
「――今だ、アリア!」
その声は瘴気の嵐の中でもアリアの耳にはっきりと届いた。
薄れゆく意識の中で彼女はカッ目を見開いた。
「(騎士様……!)」
来てくれた。
わたくしの運命の人が。
だったらこれ以上、無様な姿は見せられない。
守られるだけの姫君はもう終わりだ。
アリアは磔にされたまま、血の滲む唇を噛み締め叫んだ。
「土の精霊よ! 水の精霊よ!
その怒りを、楔に変えて!」
ズズズズズズン!
アリアの絶叫と共に、
祭壇の土台となっていた岩盤が大きく隆起した。
同時に地下水脈が破裂し、鉄砲水のような激流が祭壇の下部を直撃する。
「バ、馬鹿な!
この祭壇は古代の結界で守られて……!」
リーダーの男が狼狽えるが、もう遅い。
バキィッ!メキメキメキッ!
不吉な音と共に、人と汚泥で塗り固められた祭壇に巨大な亀裂が走った。
アリアを拘束していた黒い鎖の魔力が霧散する。
「今だ! 行け、二人とも!」
「「おう(にゃ)!」」
俺の号令と同時に、すでに限界まで加速していた二つの影が敵陣へと弾丸のように飛び込んだ。
「アリアアアアアア!」
クロエが紫煙を切り裂いて宙を舞う。
落下してくるアリアの体をその細腕でしっかりと受け止めた。
「……クロエ、さん……」
「遅くなって悪かったな!ニワトリエルフ!」
クロエは憎まれ口を叩きながらも、その表情は安堵で泣きそうになっていた。
彼女はアリアを抱えたまま、壁面を蹴って安全圏へと着地する。
一方、ララは。
「よくも……よくも、ララの友達をいじめたにゃああああ!」
怒髪天を衝く勢いで祭壇の下にいたリーダー格の男へと突撃していた。
その拳には、黄金色の闘気が渦を巻いている。
「ひ、ヒィッ!?く、来るな!化け物め!」
リーダーが慌てて杖を振るい防御魔法を展開しようとする。
「瘴気の盾よ!」
「そんなもの、紙切れだにゃ!」
ガゴォォォォォォン!
ララの『虎咆拳』が瘴気の盾ごとリーダーの杖を粉砕した。
衝撃波が男を吹き飛ばし、背後の岩壁に叩きつける。
「カハッ……!ば、馬鹿な……我ら『深淵の苗床』が……こんな小娘どもに……」
リーダーは血反吐を吐きながら、這いつくばって逃げ道を探す。
その目は恐怖に見開かれていた。
(逃げる! 逃げなければ! こいつらは異常だ!)
彼は、崩れかけた洞窟の入り口へとみっともなく這いずり始めた。
「させるかよ」
俺は冷ややかに呟く。
だが俺が動く必要はなかった。
「……お待ちなさい」
クロエに支えられながら、アリアが立ち上がっていた。
その顔色は蒼白で、立っているのがやっとのはずだ。
だが、その瞳にはかつてないほど強く気高い意志の炎が宿っていた。
「わたくしたちの旅を邪魔し……あまつさえ、騎士様の『愛』の邪魔をした罪……!」
「(そこは『旅の邪魔』だけでいいんだが)」
アリアは、震える手を逃げようとするリーダーに向けた。
そして、俺が教えた言葉を心の中で反芻する。
『敵の動きをコントロールしろ』
『お前の声で、戦場を支配しろ』
「……逃がしませんわ!」
アリアの命令が大気に溶ける。
ズオオオオオオオッ!
洞窟の入り口付近の地面から、大木のような太さを持つ無数の「木の根」が一斉に噴出した。
それらは生き物のように絡み合い、瞬く間に強固なバリケードとなって出口を完全に塞いでしまった。
「な、なにィ!?」
リーダーが絶望の声を上げる。
「植物操作だと!?ただの精霊使いに、これほどの芸当が……!」
「ただの精霊使いではありませんわ」
アリアはふらつきながらも凛と胸を張った。
「わたくしは……最強の騎士様の、一番弟子(自称)ですもの!」
「く、くそおおおお!ならば、貴様ら全員、道連れにしてやる!」
追い詰められたリーダーは懐からドス黒い宝玉を取り出した。
「『瘴気の核』よ!爆ぜろ!この洞窟ごと、すべてを腐らせろ!」
自爆だ。
宝玉が不気味に脈動し臨界点へと膨れ上がる。
狭い洞窟内でこれが炸裂すれば、瘴気の直撃を受けずとも生き埋めは免れない。
「(……チッ。最後まで迷惑な)」
俺が介入しようと【時空魔法】の準備をしたその時。
「させません、ぴょん!」
小さな影が俺の前に飛び出した。
ミミだ。
彼女はいつものおどおどした様子をかなぐり捨て、祭壇の前に仁王立ちした。
「ララちゃん!アリアさん!クロエさん!」
ミミが叫ぶ。
「みんな、わたくしに合わせてください!」
その言葉に三人が即座に反応した。
「おう!」「分かったにゃ!」「はいですわ!」
「ララちゃん、宝玉を空中に蹴り上げて!」
「任せるにゃ!」
ララが瞬足でリーダーの懐に入り手元の宝玉を真上に蹴り上げる。
「ああっ!?」
「クロエさん、動きを封じて!」
クロエが投げナイフを投擲し、空中の宝玉の周囲に魔力の糸を絡ませ空中に固定する。
「アリアさん、風で包み込んで!」
「風の精霊よ!檻となれ!」
アリアの風が宝玉を真空の球体の中に閉じ込める。
そして。
「不浄なる闇よ……聖なる光に焼かれて、消えなさい!」
ミミが杖を高く掲げる。
彼女の全身から、眩いばかりの純白の光が溢れ出した。
それは、俺が教えた【回復魔法】の応用ではない。
彼女の中に眠っていた、王家の血筋と仲間を守りたいという純粋な祈りが覚醒させた固有スキル。
「――『聖女の祈り(サンクチュアリ・レイ)』!」
カッッッッッッッッ!!!
洞窟内が真昼の太陽よりも眩しい光に満たされた。
光の奔流が、空中に固定された『瘴気の核』を飲み込みそして祭壇そのものをも貫いていく。
「ギャアアアアアアア!ま、眩し……浄化……されるゥゥゥゥ!」
リーダーの男と残党の信徒たちが、光の中で灰のように崩れ落ちていく。
宝玉も、祭壇も、ドス黒い瘴気も。
すべてが、その圧倒的な神聖力の前に跡形もなく消滅していった。
***
光が収まるとそこには清浄な空気だけが残っていた。
不気味だった紫色の苔も枯れ落ち、普通の岩肌が覗いている。
「……はぁ……はぁ……」
ミミが力を使い果たして膝をつく。
「お姉ちゃん!」
ララが慌てて駆け寄り抱き留める。
「……大丈夫……です、ぴょん……。全部、消え……ました……」
俺はゆっくりと歩み寄った。
「……見事だ。全員、満点だよ」
俺の言葉に、四人が顔を見合わせへにゃりと笑う。
「……ユート。お前、全然手出ししなかったな」
クロエが、アリアの肩を支えながら呆れたように言う。
「お前らが強すぎたからな。俺の出番なんて必要なかった」
「ふふん。当然だにゃ!」
ララが得意げに鼻を鳴らす。
そして。
俺はアリアの前に立った。
彼女の服はボロボロで、泥と血に塗れている。
だが、その表情は俺が出会った時の「守られるだけの箱入り娘」とは明らかに違っていた。
「……騎士様」
「ああ」
「わたくし……戦えました……」
アリアの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「足手まといじゃ……ありませんでした……。自分の力で……みんなを守れましたの……」
今まで心のどこかで感じていた劣等感。
ただ連れて行ってもらっているだけという負い目。
それがこの戦いで払拭されたのだ。
「ああ。お前がいなきゃ、全滅してたかもしれない」
俺は、素直な称賛を口にした。
「あの入り口封鎖、見事だったぞ。俺が教えた通り……いや、それ以上の応用力だった」
「……う、うぅ……」
アリアは感極まって顔をくしゃくしゃにした。
「き、騎士様ぁ……!」
そして。
「うわあああああん!」
彼女は、今度こそ我慢できずに俺の胸に飛び込んできた。
「よしよし。よく頑張ったな」
俺は泥だらけになるのも構わず、泣きじゃくるアリアの背中を優しく撫でてやった。
今日だけは、この暴走娘を甘やかしても誰も文句は言わないだろう。
……と、思ったのだが。
「……む」 「……むむ」 「……むー」
背後からまたしても不穏な気配が。
「アリア……いつまでくっついてんだ?もう怪我は治ってるだろ?」
クロエの声が低い。
「ずるいにゃ!ララも頑張ったのに!ララも撫でてほしいにゃ!」
ララが地団駄を踏む。
「あ、あの……わたくしも……最後、頑張りました、ぴょん……」
ミミが上目遣いでこちらを見ている。
アリアは俺の胸に顔を埋めたまま、チラリと三人を振り返りニヤリと笑った(ように見えた)。
「(ふふふ……これは『役得』ですわ!ヒロインがピンチの後に結ばれるのは物語の鉄則ですもの!)」
「あ!今、笑ったな!このエルフ!」
「離れるにゃ!お兄ちゃんはみんなのものだにゃ!」
「ぴょん!わたくしも参加します!」
「わ、わああっ!?ちょっと、あなたたち!怪我人に何をするんですの!?」
「うるさい!その『勝ち誇った顔』が気に食わねえ!」
結局最後はいつものように俺を中心とした「美少女おしくらまんじゅう」状態となった。
泥と汗と、そして微かな涙の味が混じる騒がしくも温かい勝利の味。
俺は、四方八方から押し寄せる柔らかい感触と重みにため息をつきつつも悪い気分ではなかった。
(……まったく。俺の『静かな暮らし』はますます遠のくばかりだ)
***
「……さて。帰るか」
ひとしきり騒いだ後、俺たちはアジトを後にしようとした。
その時だ。
「……あれ?」
アリアがふと足を止めた。
「どうした?」
「……騎士様。あそこの壁の奥から……なんだか、とても温かい『声』がしますの」
「温かい声?」
アリアが指差したのは、祭壇の裏手にある崩れかけた岩壁だった。
「精霊たちが……『疲れた体を癒やして』と囁いていますわ」
俺は眉をひそめた。
(この山脈の地下。温かい気配。そして、癒やし……?)
俺の【万物鑑定】と【地質調査】スキルがある一つの可能性を弾き出した。
「……まさか」
俺は近づきその岩壁に手を当てた。
ほんのりと熱い。
そして微かな硫黄の香り。
「ララ。ここを軽く砕いてみろ」
「あいにゃ!」
ララが軽く正拳突きを放つ。
ドゴォッ!
岩壁が砕け散った瞬間。 ボフゥッ! と、真っ白な蒸気が俺たちの顔に吹き付けた。
「「「「うわっ!?」」」」
蒸気が晴れた先にあったのは。
こんこんと湧き出る、乳白色の熱湯。
天然の岩風呂のような窪地に、なみなみと注がれる極上の源泉だった。
「……お、温泉……?」
クロエが呟く。
「お風呂だ!おっきなお風呂だにゃ!」
ララが叫ぶ。
「す、すごいです……。こんな洞窟の奥に……」
ミミが目を輝かせる。
「まあ!これが、精霊たちの言っていた『ご褒美』ですのね!」
アリアが手を合わせる。
俺は、湯気に手をかざし温度を確認した。
(……42度。完璧だ。しかもこの成分……切り傷や疲労回復に効く『薬湯』だ)
俺はニヤリと笑った。
「……よし。予定変更だ」
俺は泥だらけの仲間たちを振り返った。
「害虫駆除の後は、消毒が必要だよな?」
「「「「やったあああああ!」」」」
歓声が洞窟に響き渡る。
こうして俺たちは、激戦の疲れと汚れを洗い流すべく思いがけず発見した秘湯へと雪崩れ込むことになったのだった。




