ご褒美お風呂と、特製シチュー
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……やった……やったにゃ!」
「……マジか。あたしたちだけで倒しちまった……」
巨岩熊の巨体が完全に動かなくなったのを確認し、俺たちは一斉にその場にへたり込んだ。
ララは魔獣の亡骸の上でぴょんぴょん跳ねていたが、すぐに電池が切れたようにその場で大の字になった。
クロエも、ミミも、アリアも、B+ランクという格上との激戦で、汗と、泥と、熊の(返り)血で全身ドロドロだった。
(……よくやった。本当に完璧な連携だった)
俺は四人の少女たちの、疲れ切ってはいるが達成感に満ちた顔を見て満足げに頷いた。
「さて、と」
俺は一人だけ涼しい顔(一切手出しをしていないので当然だ)で立ち上がる。
「戦いの後は何が必要か分かるか?」
「「「「?」」」」
「……勝利の、祝杯、ですわ?」
「……美味い、肉、だろ!」
「……寝る場所、かにゃ?」
「……け、怪我の治療、ですぴょん?」
四人が思い思いのことを口にする。
俺はそんな四人の汚れた姿を見渡しニヤリと笑った。
「違うな。――『ご褒美』だ」
「「「「ごほうび?」」」」
「ああ。お前ら全員、埃と泥と汗でとんでもないことになってるぞ」
「「「「あ」」」」
言われて、四人は自分の服や顔を見合わせ、うわっと顔をしかめた。
「よし。今夜はこの熊肉の前に特別サービスだ」
俺は【無限収納】からあるものを取り出した。
それは、アークライトの街でこっそり購入しておいた巨大な防水布だった。
「騎士様?それは?」
「まあ、見てろ」
俺は手頃な窪地を見つけると【土属性魔法】でそこを浅い長方形の穴に整地する。
そこに防水布を敷き岩で縁を固定。
「ララ、そこの大岩こっちに運んで風除けにしてくれ」
「あいだにゃ!」
「クロエ、アリア、薪、集められるだけ集めてこい」
「お、おう!」
「は、はいですわ!」
「ミミ、水、頼む」
「ぴょん!」
ミミが【水魔法】で防水布に水を張り、俺が【火魔法】で薪で組んだ「ボイラー」(岩を組んで作った即席の熱交換器だ)に火を入れる。
熱した岩にミミが水をかけると、それが蒸気(お湯)となって防水布の湯船に流れ込んでいく。
数十分後。
ガリアン大山脈のど真ん中に湯気をもうもうと立てる即席の「露天風呂」が完成した。
「「「「おおおおおおお!」」」」
四人の目がこれ以上ないというほど輝いた。
「す、すごい!お風呂だ!こんな山の中でお風呂だにゃ!」
「ユート!お前、神かよ!」
俺はふふん、と胸を張った。
「俺の故郷じゃ『自衛隊式風呂』って呼ばれてる立派な戦場の知恵だ」
「じえいたい……?騎士様の故郷の、神様の名前ですのね……!」
アリアが、また一人ズレた解釈で感動している。
「これなら二人ずつぐらいは入れるだろ。簡易シャワー(木に吊るした水袋)もそこに設置しといた。汚れしっかり落としてこい」
「「「「はい!」」」」
「ただし」
俺は、歓声を上げて駆け寄ろうとする四人を手で制した。
「水も薪も貴重品だ。この風呂は三日に一回だけだぞ。ありがたく入れよ」
「「「み、三日に一回!」」」
その「制限」が逆に、この風呂の価値を彼女たちの中で極限まで高めたようだった。
「じゃあ、ララとミミから!」
「ずるい!ボクとアリアが先だ!」
「じゃんけんだにゃ!」
(……やれやれ。元気なこった)
俺は、女たちの(色気のない)争いを背中に聞きながら今夜のメインディッシュ、巨岩熊の解体とシチューの仕込みを始めることにした。
***
「ふう……。極楽、極楽……」
「ぴょん……。あ、温かくて、生き返ります、ぴょん……」
一番風呂の権利を勝ち取った、ララとミミの気の抜けた声が聞こえてくる。
(うんうん。戦いの疲れは湯船で取るに限る)
俺が熊肉の硬いスジを切り分け、鍋に放り込んでいると。
テント(もちろん俺の【無限収納】から出した)の方から、着替えを終えたらしい少女がもじもじと出てきた。
「……あ、あの。ユート」
「ん?どうした、クロエ。もう上がったか」
「お、おう……。そ、その……サンキュな。最高だったぜ」
クロエは湯上がりで頬を赤らめ、髪からほのかに湯気を立てている。
いつも結んでいる赤い髪を下ろし、濡れたままの姿は、なんというか、妙に色っぽかった。
「(……お。これは……)」
クロエはなぜか俺の前で、そわそわと立ち止まると、意を決したように、く、と腰に手を当てた。
そして、片足を少し前に出し胸を張る。
……拙い。
拙いが、明らかに「ポーズ」を取っていた。
湯上がりのタオル(もちろん俺のだ)一枚ではなく、ちゃんと寝間着に着替えているだけマシだが、薄手の寝間着が肌に張り付いている。
「……ど、どうだ?」
「……何が?」
「な、何がって!その……!ゆ、湯上がりの……。な、なんつーか、その……お、大人っぽい、だろ……?」
クロエは顔を真っ赤にしながら、必死に「セクシーアピール」をしている。
(……どこで覚えてきたんだそのポーズ!)
(あ、いや、待て。こいつ元盗賊ギルドだ。酒場の女とかの見様見真似か?)
俺はその、あまりにも「頑張ってる」感満載の姿に、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「(ここで笑ったら絶対に拗ねる。だが、真面目に応えたら調子に乗る……!)」
俺は咳払いを一つ。
「……ああ。その、あれだ。湯冷めする。早く髪を乾かしてテントで休め」
「…………」
「(キッ!)」
クロエは俺の「塩対応」に一瞬、ムッとした顔をしたが「(……でも、顔、真っ直ぐ見れてないし!)」 俺が鍋に視線を固定したまま、耳が少し赤くなっているのに気づいた。
「ふ、ふん!まあ、いいぜ!」
クロエは満足げに鼻を鳴らすと、機嫌良くテントに消えていった。
(……危なかった。心臓に悪い)
「お兄ちゃーん!次、ララだにゃ!」
次にララが、勢いよくテントから飛び出してきた。
「どうだ、お兄ちゃん!ピカピカだにゃ!」
ララは湯上がりで、その虎耳までしっとりと濡れている。
彼女は俺の前に仁王立ちすると両腕に「ぐっ」と力を込めた。
「ガオ!だにゃ!」
(……筋肉、ポーズ?)
ララは力強さをアピールしているつもりらしいが、薄手の寝間着(ミミのお下がりで、少しパツパツだ)が彼女の引き締まった、しかし女性らしい体のラインを完璧に強調してしまっていた。
(……いや、お前、それ、逆に一番ヤバいから!)
(健康的な肉体美ってこういうのを言うのか……!)
「お、おう。ピカピカだな。すごい、すごい。筋肉もすごい」
「えっへん!もっと褒めていいんだにゃ!」
「はいはい。もう直ぐご飯だぞ!」
「にゃ!?そ、それは大変だ!準備するにゃ!」
ララは慌ててテントに駆け込んでいった。
(……こっちはこっちで、別の意味で心臓に悪い)
「あ、あの……ユートさん……」
三番手はミミだった。
彼女はテントの入り口か、顔だけをおずおずと覗かせている。
「……わ、わたくしも上がりました、ぴょん……」
「おう、ミミ。温まったか?」
「は、はい……。あの、その……」
ミミは、もじもじと、テントから一歩踏み出した。
彼女は寝間着の裾を、両手でぎゅっと握りしめ恥ずかしそうに、上目遣いで俺を見る。
そして、その場で小さく、こてんと首を傾げた。
「(ぐはっ!)」
俺は、心臓を見えない拳で殴られたような衝撃を受けた。
(ポーズですらない!ただの『仕草』だ!)
だが、湯上がりのほんのり赤らんだ肌。
しっとりとした銀髪。
潤んだ瞳。
そして、彼女の圧倒的な胸の存在感。
それが寝間着の上からでも、明確に主張している。
(……あ、あざとい!あざとすぎるぞ、ミミ!お前いつの間にそんな高等テクニックを!?)
「ど、どうした、ミミ?」
「い、いえ……。あの、食事、お手伝いします、ぴょん!」
ミミは俺が硬直しているのを見ると、それだけで満足したのか顔を真っ赤にしてテントに逃げ帰っていった。
(……もう、ダメだ。俺の精神が、持たない)
「――お待たせいたしました、騎士様」
とどめはやはりこいつだった。
アリアが濡れた金髪を優雅に手で払いながら、まるで舞台女優のようにゆっくりとテントから現れた。 「湯浴み、素晴らしかったですわ。騎士様の『愛』、確かに、肌で感じました」
(俺の愛じゃなくてただの湯だ)
アリアは俺の前に立つと、完璧な淑女の礼をした。
……寝間着で。
薄いシルクのような生地が、彼女の華奢な体をなまめかしく包んでいる。
「(……こいつ、一番、高い寝間着、持ってきやがったな!)」
「騎士様。いかがです?わたくしの湯上がりの姿は」
アリアは、すっと片足を前に出し、腰に手を当て自信満々に俺を見下ろす(ような角度で)微笑んだ。
(……こいつは、確信犯だ!)
(クロエの見様見真似でも、ララの無邪気さでも、ミミの天然あざとさでもない!)
(こいつは、里の禁書(恋愛小説)でこのシチュエーションを完璧に『予習』してきている!)
「本によれば『戦いを終えた騎士は、湯上がりで無防備な姫の姿に、理性のタガが外れ、激しい愛を求める』と……!」
「どんな本読んでんだ、お前は!」
俺は思わず、鍋のお玉でアリアの頭を、こつんと叩いた。
「ぴゃっ!?」
「いいから!風邪ひくぞ!」
「き、騎士様!今、のは、『愛』の、照れ隠しですのね!うふふ!分かりましたわ!」
アリアは、なぜかとても満足そうに意気揚々とテントに帰っていった。
「…………はあああああああ」
俺は一人火の前に残り、ぐったりと肩を落とした。
(……俺の、静かなスローライフはどこに……)
***
「……ん。いい匂いがしてきたにゃ」
「……ぴょん。シチューです」
しばらくしてテントから鼻をくんくんさせたララとさっきの修行の続きがしたいミミが起きてきた。
あの「セクシーポーズ大会」はなんだったのか。
まったく現金な奴らだ。
「よし。ミミ、修行の続きだ」
「はいですぴょん!」
俺は騒がしい(主に心臓に悪い)イベントのことは忘れ、料理に集中することにした。
今夜は討伐した巨岩熊の肉と、アリアが見つけた香り高い『月光ダケ』を使った特製ビーフシチュー(熊だけど)だ。
ミミは俺の隣で教わった通りに必死で野菜の角切りに挑戦している。
「ぴょん!ぴょん!」
口を真一文字に結び、その小さな手で不格好だが一生懸命に包丁を動かしている。
「宇宙……宇宙を、切るです、ぴょん……!」
(うん、いいぞ。その調子だ、ミミ)
「お!お姉ちゃんのニンジンだにゃ!」
ララが待ちきれずに、ミミが切った不揃いのニンジンをひょいとつまみ食いする。
「あ!ララちゃん!まだです!」
「ん!甘いにゃ!お姉ちゃん、上手だにゃ!」
「えへへ……」
そこへ、着替えを終えたクロエとアリアも匂いに釣られて集まってきた。
「お、やるじゃんミミ。様になってきたな」
クロエがミミの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「まあ!騎士様は、あんなに小さな弟子に、料理を教えるお姿すらなんと優雅な『愛』の形……!わたくしも手ほどきを……!」
アリアがまた、見当違いの感動で目を潤ませている。
グツグツと鍋の中で、熊肉と野菜が極上のハーモニーを奏で始める。
仕上げに、アリアのキノコと隠し味の赤ワイン(もちろん【無限収納】産だ)を投入する。
芳醇な食欲を直撃する香りが夜の山脈に立ち込めた。
「「「「お、おいしそう……(ですわ)(にゃ)(ぴょん)」」」」
四人の目が鍋に釘付けになる。
「よし、できたぞ」
俺が木製の皿に熱々のシチューを盛り付けていく。
戦いの後、湯で清め、そして最高の飯を食う。
これ以上のスローライフがあるだろうか。
「「「「いただきます!」」」」
四人が夢中でシチューをかき込む。
「んんん!お、お肉、とろけるにゃ!」
「うまっ……!あの岩熊が、こんなに柔らかくなるなんて……」
「(はふっ)……騎士様!このキノコ!わたくしの採ったキノコが、騎士様の『愛』と一体に……!」 「……おいしい、です、ぴょん……」
ミミが、自分の切ったニンジンが立派なシチューの一部になっているのを見て嬉しそうにぽろぽろと涙をこぼしていた。
(やれやれ。手のかかる奴らだ)
俺は騒がしくも幸せそうに食事をする仲間たちを見ながら自分の分のシチューを静かに口に運んだ。
(……うん。我ながら、完璧な出来だ)
ガリアン大山脈の長い夜は、まだ始まったばかりだ。




