険しき道と、新たな役割
エルフの里は、夜が明けても、まだ昨夜の「中華フィーバー」の熱狂から覚めていなかった。
俺たちが里の門(巨大な木の根が絡み合ってできた天然の門だ)まで来ると、エルロンを筆頭に里中のエルフたちが見送りに集まっていた。
その目(全員、若干寝不足で充血している)は俺に釘付けだ。
「友様!友様あああ!本当にもう、行かれてしまうのですか!」
「おう。ミミの故郷の手がかり、ありがたかったぜ」
「そ、そんな!せめてあの『らあめん』の出汁の極意だけでも!いや、あの『ちゃあはん』の黄金比率を!『ぎょうざ』の皮の作り方を!」
「レシピは渡しただろ。あとはお前らが千年の寿命にモノを言わせて研究と改良を重ねるんだな」
俺はすっかり威厳を失い、ただの「ラーメン狂いの爺さん」と化したエルロンの肩を叩く。
「次に立ち寄る時までに、俺を唸らせる一杯、作っとけよ」
「は、はい!師匠!必ずや!」
いつの間にか「師匠」認定されていたエルフの料理人たちが涙ながらに直立不動で敬礼している。
「騎士様!どうか、ご武運を!」
「お気をつけて!」
「ラーメン!フォーエバー!」
(……最後のが余計だ)
こうして俺たちは(主に俺の料理のせいで)神格化されながらエルフの里を後にした。
俺の右腕にはアリアが、左腕にはクロエが、背中にはララがくっつこうとして朝から激しい陣取り合戦を繰り広げていたがもちろん全部振り払ってきた。
ミミだけが、俺の服の袖をちょこんと掴んでいる。
(……うん。ミミが一番平和だ)
***
エルフの里の穏やかな森を抜けた先に広がっていたのは、俺たちの想像を遥かに超える荒涼とした大地だった。
「うわぁ……」
クロエが思わず声を漏らす。
「森と、全然違う……」
森の豊かな緑は途切れごつごつとした赤茶けた岩肌が剥き出しになった大地がどこまでも続いている。
天を突くように連なる険しい山々。
それが『ガリアン大山脈』だ。
深く切り立った谷底からは、不気味な風切り音がまるで魔物の呻き声のように響いてくる。
「ひゃあ!高いにゃ!」
ララがおっかなびっくり谷底を覗き込み、バランスを崩しかける。
「ララちゃん!危ないですぴょん!」
ミミが慌ててララの尻尾を掴んで引き戻した。
「……ああ。騎士様。わたくしの耳に届いていた、不吉な『声』はこの場所から……」
アリアだけが、険しい顔で山脈の奥をじっと見つめている。
俺はエルロンからもらった(千年前はボロボロだった)地図を広げ目の前の絶景と見比べた。
「……さて。地図通りならここからが本番だ」
俺は仲間たちに向き直る。
「このガリアン大山脈を越えてミミの故郷の手がかりがある『月の森』にたどり着くまで――」
「「「「ごくり」」」」
四人が固唾を飲んで俺の言葉を待つ。
「――軽く、一ヶ月はかかるな」
「「「「いっかげつぅ!?」」」」
四人の絶叫が、大山脈にこだました。
「い、一ヶ月!?ユート、マジかよ!?」
クロエが顔を引きつらせる。
「こんな岩と砂しかないような場所で!?」
「お、お兄ちゃん!一ヶ月って、ご飯は!ご飯は三十回以上食べられるかにゃ!?」
ララが世界の終わりみたいな顔で食料の心配をし始めた。
(……そっちかよ)
「ぴ、ぴょん……。お、お風呂は……」
ミミが一番現実的な心配をしている。
「まあ!騎士様!一ヶ月も貴方様と『寝食を共』に……!そ、それはつまり、『愛』の試練ですわね!」 アリアが、一人だけ頬を赤らめて明後日の方向に燃えている。
(……はあ。前途多難だ)
俺はこの個性豊かすぎる(そして、まとまりがない)パーティーを改めて見渡しパンパンと手を叩いた。
「いいか、お前ら。これはピクニックじゃない。サバイバルだ」
俺の少し真剣な声に四人が(アリア以外)表情を引き締める。
「長期の野営生活になる。これまでの旅とはわけが違う。そこで今日から明確に役割分担を決める」
俺はビシッと指を立てる。
「まず、第一に!最重要項目!」
「「「「?」」」」
「――『飯の質は絶対に落とさない』!」
「「「(そっち!?)」」」
クロエとミミとアリアが盛大にズッコケた。
ララだけが「おー!」と拳を突き上げている。
「いいか。過酷な旅だからこそ、美味い飯が必要不可欠だ。心が荒むからな」
三度の転生で不味い保存食を齧りながら魔王と戦った俺が言うんだから間違いない。
「というわけで、役割を決める!」
俺はまず自分を指差した。
「俺は引き続き『食事班』。総監督兼メインシェフだ。お前らの胃袋は俺が責任を持つ」
「「「おおー!(ぱちぱち)」」」
(特にアリアの拍手がデカい)
「次に『食材収集班』!」 俺はクロエとララ、そしてアリアを指名した。
「クロエは斥候と索敵、あと罠猟だ。小動物や鳥を頼む」
「ふん。まあ妥当だな。任せとけ!」
クロエが得意げに短剣を回す。
「ララはパワー担当。大型の獲物(魔獣含む)の狩猟だ。肉、頼むぞ」
「任せるにゃ!おっきいお肉いっぱい獲ってくる!」
ララが、拳をパチンと打ち鳴らす。
「そして、アリア」
「は、はい!騎士様!」 アリアが緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
(さて、こいつの『精霊使い』をどう活かすか……)
「お前は山菜や木の実の鑑定と採集だ。毒キノコとかヤバい草も多いからな。エルフの知識に期待する」
するとアリアは、ぱあっと顔を輝かせた。
「お任せください、騎士様!」
彼女は得意げに胸を張る(ネグリジェ姿が脳裏をよぎったが、振り払う)。
「わたくし、他のエルフより精霊の声がよく聞こえますの!」
「ああ、知ってる。それがどうした?」
「ふふん。わたくしの耳にかかれば……」
アリアは人差し指をピンと立て、悪戯っぽく笑った。
「『わたくしは今が一番美味しいですわ!』と叫んでいる、旬のキノコの声が聞こえますのよ!」
「「「(…………は?)」」」
クロエとミミが、ぽかんとした顔でアリアを見る。
「(……き、キノコが、喋る……?)」
「(……アリアさん、お疲れ、ですぴょん……?)」
だが俺だけは違った。
俺はアリアの両肩をガシッと掴んだ。
「……アリア」
「ぴゃっ!?き、騎士様!?そ、そんないきなり情熱的に……!」
「今、なんて言った。『美味しいキノコ』の声が聞こえる、と」
「は、はい。そ、それだけじゃありませんわ!『あちらの木の実とっても甘いですわよ』とか、『このお芋、今夜あたり騎士様に煮っ転がされたいですわ』とか……」
「(…………最高かよ!)」
俺は内心でガッツポーズをした。
(【万物鑑定】は、毒の有無や『食材としての美味しい食べ方』までは分かるが、『今が一番美味い旬か』どうかまでは、分からない!)
(こいつ、アリア!ただの暴走恋愛脳じゃなかった!最高の『食材ハンター』だ!)
「……アリア。お前超優秀だ。採用」
「え!?さ、採用!?そ、それって、『恋』のお供に正式採用ってことですの!?」
「いや、『食材収集班』にだ」
「どっちでもいいですわー!」
(いいのかよ)
「……さて」
俺は最後に残ったミミに向き直った。
ミミはみんなに役割が与えられていくのを見て、少し寂しそうに服の袖を握りしめている。
「あの、ユートさん……」
「ん?」
「わたくしは……わたくしは、何をしたら……」
俺はそんなミミの姿を見てニヤリと笑った。
「ミミは、もちろん……」
「……?」
「俺の、『料理助手』だ」
「…………ぴょん?」
ミミが兎の耳をぴくんと跳ねさせた。
「りょ、料理……助手、ですか?わたくしが?」
「そうだ。俺一人で五人分の飯を毎日最高クオリティで作るのは骨が折れる。ミミにはその手伝いをしてもらう」
するとミミは、おずおずと、しかし真剣な目で俺を見上げてきた。
「……あの。わたくし……ユートさんみたいになりたいです、ぴょん」
「俺みたいに?」
「はい。エルフの里でユートさんのお料理が、みんなを……あんなに幸せそうにしているのを見て……思いました」
ミミはぎゅっと拳を握る。
「わたくしもいつか……ユートさんみたいに、みんなを支えられる温かい料理を作れるようになりたいです!だから……わたくしを弟子にしてください、ぴょん!」
「「「「!」」」」
ミミのいつになくハッキリとした力強い志願。
クロエも、ララも、アリアも、その健気な姿に息を呑んで見守っている。
(……ミミ)
俺は彼女のまっすぐな瞳を見つめ返した。
(アークライトで、奴隷商人に怯えていたあの頃とはまるで別人の顔だ)
(こいつら本当に強くなったな)
俺は笑みを抑えきれなかった。
「……弟子、か。いいだろう」
「!」
「だが、俺の修行は厳しいぞ?」
「は、はい!望むところです、ぴょん!」
「よし、来た」
俺はミミの頭にポンと手を置いた。
「じゃあ、ミミ。お前の最初の任務だ」
「はい!」
「――まずは、世界一美味い『野菜の皮むき』からだ。皮と実の間にこそ、うまみがある。それを完璧にマスターしてもらう」
「は、はい!せ、世界一美味い皮むき……!(ごくり)」
(……なんか、ユートの言ってることおかしくないか?)
(ミミ、めっちゃ感動してるけど皮むきだぜ……?)
(まあ!騎士様!指導のお言葉すら哲学的ですわ!)
クロエとララが若干引いている。
アリアがまたズレた感動をしている。
だがミミ本人は、人生最大の使命を与えられたかのように目をキラキラと輝かせていた。
「(よし。これで、飯のクオリティは確保された)」
俺は険しいガリアン大山脈を見上げながら、これから始まる(主に食生活が)充実したキャンプ生活に、静かにほくそ笑むのだった。




