恋の味と、中華の宴
「お、お久しぶりで……ございますううううう!」
大長老エルロンの、千年の威厳も何もあったものではない盛大な泣き声が広間に響き渡った。
玉座から転がり落ちるようにひれ伏し、文字通り俺の足元でわんわん泣いている。
千年前、俺が死ぬほど面倒を見た「鼻垂れのエルロン君」とまったく同じ姿で。
「「「「…………」」」」
後ろに控えていた四人の美少女たちが、完全に石のように固まっている。
「……き、騎士様が……あ、あの、大陸で最も賢明にして尊大であられる、大長老エルロン様を……呼び捨て……?そ、それに、『は、鼻垂れ』……?」
アリアが、自分の信じていた世界が崩壊したかのように、青い顔でパクパクと口を動かしている。
「……おい、ユート。お前、一体、千年前になにやらかしたんだ……?あのお爺ちゃん、ガチ泣きしてるぞ……」
クロエがドン引きした顔で俺に小声で尋ねてくる。
「お兄ちゃん、あのお爺ちゃんを泣かせた!悪い子だにゃ!」
ララ、違う。
俺のせいじゃない。
「ユートさん……すごいですぴょん。あんなに偉そうなエルフさんを、まるで子供みたいに……」
ミミ、君の尊敬の眼差しちょっとズレてるぞ。
(はあああああ……。だから、再会は面倒なんだ……)
俺はキリキリと痛み始めたこめかみを押さえた。
「おい、エルロン」
「は、はいぃ!」
「いい加減泣き止んで立て。お前の孫の孫の、そのまた孫の前だぞ。みっともない」
「ふ、ふぐっ……!も、申し訳……ございません、友様!」
エルロンはビシッと背筋を伸ばし、涙と鼻水(やっぱり垂れてる)を魔法で蒸発させると慌てて玉座に戻った。……威厳ゼロだ。
「それで、友様。千年の時を超え、再びこの森へお越しいただいたご用件は……!なんなりと!このエルロン、いえ、この森の民全てが友様の『剣』となりましょう!」
「(うわ、忠誠誓うな。面倒くさい)」
俺はこの話をさっさと終わらせるために本題に入った。
後ろに隠れていたミミの背中をそっと押して前に出す。
「剣はいらん。それよりこの子のことを調べてほしい」
「ぴょん!?」
ミミが突然のことに小さな悲鳴を上げる。
「この子はミミ。兎獣人だ。俺の大事な仲間だ」
「おお……!」
俺の言葉にエルロンが「なんと」と目を見開く。
「俺たちはこの子の故郷、兎獣人の生き残り……あるいは彼らがどこで暮らしているかの手がかりを探してる。千年前お前は森の『記録番』だった。お前の知識とこの千年の『目』で何か掴んでないか?」
俺の問いにエルロンは、先ほどの情けない姿とは打って変わった大長老としての真剣な顔つきに戻った。 (……ほう。ちゃんと仕事はしてたみたいだな)
彼は、ゆっくりと目を閉じ、膨大な記憶のアーカイブを探り始める。
「……兎獣人。確かに千年前の『大崩壊』(俺が魔王を倒した戦いのことだ)で大陸の獣人王国は散り散りになりましたな」
「……」
ミミがゴクリと唾を飲む。
ララが心配そうに妹(姉)の手を握る。
「ですが……」
エルロンは目を開けた。
「友様。朗報です。この森の『目』(斥候)が、三十年ほど前興味深い報告を持ち帰っております」
「!」
「大陸南西、ここから数ヶ月はかかる『ガリアン大山脈』を超えた先に……かつての獣人族とは異なる、新たな『集落』を築いている者たちがいる、と」
「それって……!」
「その者たちは自らを『月の森の民』と呼び、外界との接触を避け静かに暮らしている、と。
そして……その集落の紋章は、紛れもなく『三日月を抱く兎』であった、と」
「……月の、森……。兎……」
ミミの大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「……わたくしの、同胞が……生きて、いたんです、ぴょん……!」
「ミミ!」
ララがミミを抱きしめる。
「……やったな、ミミ」
俺は、泣き崩れるミミの頭をそっと撫でてやった。
「ガリアン大山脈の先、『月の森』か。……エルロン、礼を言う。千年生きただけあって少しは役に立ったな」
「ぐふっ!?」
俺の(最大限の)賛辞に、エルロンが胸を押さえて悶絶する。
「と、友様のお役に立てたのなら光栄の至り……!」
「さて、と」
俺は立ち上がった。
「貴重な情報を手に入れた。礼をしないと寝覚めが悪い」
「え?」
「友様、何を……?」
エルロンとミミたちがきょとんとした顔で俺を見る。
俺はニヤリと笑った。
「宴だ。エルロン、お前んとこの広場借りるぞ。それと食える奴全員集めとけ」
「は?」
「千年前、お前らろくなもん食ってなかっただろ。いっつも『精霊の恵みパスタ』とかいう、味のしないぼそぼそした麺ばっかり」
「(ぎくっ!?)」
エルロンの顔が引きつる。
図星らしい。
「しょうがねえ。千年の時を超えて、俺の『故郷』の味……本物の『麺』の美味さ、再教育してやる」
俺は【無限収納】から、巨大な寸胴鍋と小麦粉の袋を取り出した。
「お前ら!手伝え!今日は、俺の国民食……『ラーメン』でこの森の常識をひっくり返すぞ!」
***
エルフの里の中央広場は一瞬にして野外調理場と化した。
「友様!何をなさるのですか!?」
「いいから、エルロンはそこで見てろ。クロエ、ララ!薪と一番綺麗な水ありったけ持ってこい!」 「おう!」
「任せるにゃ!」
「ミミ!野菜をひたすら洗って切ってくれ!」
「は、はいですぴょん!」
「アリア!」
「は、はい!騎士様!」
「お前は、そこの目を丸くしてるエルフどもに、これから『奇跡』が起きるから腹を空かせて待ってろって叫んでこい!」
「き、奇跡……!分かりましたわ!」
俺はまず「スープ」に取り掛かった。
【無限収納】で完璧に熟成させていた、千年前の「ギガントバード」のガラと、「ブラックボア」の骨を寸胴鍋に叩き込む。
強火で炊き上げ、アクを丁寧に取り煮込む、煮込む、煮込む。
広場にそれまでエルフたちが嗅いだことのない、濃厚で、暴力的で、しかし抗いがたい「旨味」の匂いが立ち込め始めた。
「な、なんだ、この匂いは……」
「森の香りとはまったく違う……だが、腹の底が熱くなる……!」
遠巻きに見ていたエルフたちが、ざわざわと集まってくる。
次は「麺」だ。
小麦粉に魔法で精製した「かん水」を加え、体重をかけて練り上げる。
(俺の三度の世界救済で最適化された筋肉が、今火を噴く!)
生地を休ませ、伸ばし、切る。
カンストした『料理』スキルが完璧な「自家製ちぢれ麺」を生み出していく。
「チャーシュー」はブラックボアのバラ肉を、特製の醤油ダレでトロトロになるまで煮込む。
「煮卵」は市場で買った(本当はグリフォンの)卵を半熟に茹で上げタレに漬け込む。
「メンマ」は森で採れた「天空ダケ」をそれっぽく味付けする。
「ワンタン」はミミとクロエ(と、興味津々のアリア)にミンチ肉を皮で包ませる。
(最初はぐちゃぐちゃだったが、それもご愛嬌だ)
ナルト、ネギ、海苔。
王道中の王道。役者は、揃った。
スープが黄金色に輝く。
麺が茹で上がる。
俺は神業的な速さで湯切りをし丼(もちろん収納済み)に盛り付けていく。
「さあ、できたぞ!特製・王道醤油ラーメン!」
「「「おおおおおお……!」」」
集まったエルフたちが、その「完成された芸術」を見て息を呑む。
「エルロン!お前からだ!」
「は、はい!」
俺は一番最初の一杯を、震える手で受け取るエルロンに叩きつけるように渡した。
エルロンは丼を受け取る。
まずは、スープを一口。
「…………」
時が止まった。
次の瞬間、エルロンは大長老の威厳をかなぐり捨て麺に食らいついた。
「ずるるるるるるるるるるっ!」
エルフの里に、あってはならない「麺をすする音」が響き渡る。
「ちゅ、長老様!お、お行儀が……!」
側近のエルフが慌てるがエルロンは止まらない。
「ずるっ!ずずずっ!んまい!んまいぞ、これはああああ!」
チャーシューを頬張り、目を剥き、スープを飲み干す。
「ぷっはあああああ!」
「な、なんだ、あの一杯にそこまでの力が……!」
「長老様が、壊れた……!」
「よし、お前らも食え!遠慮はいらん!今日は無礼講だ!」
俺の号令でエルフたち、そしてクロエたちが一斉にラーメンに殺到した。
「うっま!なんだこれ!カレーとは違う、このスープの深み!」
「チャーシュー!お兄ちゃん、このお肉とろけるにゃ!」
「わ、ワンタン……優しい味がしますぴょん……」
「ああ……!騎士様!これが貴方様の『故郷』の味……!なんと情熱的で奥深い……!」
アリアが、トロンとした目で丼を抱きしめている。
一口スープを飲む。
一口麺をすする。
そしてそのまま、ふらーっと俺のところに寄ってきた。
「き、騎士様……」
「ん?どうした、アリア。足りないか?」
「いえ……わたくし……この『らあめん』という名の、愛のスープに……溺れてしまいそうです……」
アリアはそう言うと、こてん、と。
俺の肩に頭を乗せてしなだれかかってきた。
(うおっ!?またか!)
「騎士様の、この……熱い『だし』のように……わたくしの心も熱いですわ……」
「だし……まあ、間違ってはないが!」
「だから、アリア……」
俺がその柔らかい感触とシャンプー(森の香り)に、理性を飛ばされそうになったその時。
「「そこまでだ、ニワトリエルフ!」」
クロエとララがラーメンの丼を持ったまま、鬼の形相でアリアを引き剥がしにかかった。
「食うなら食う!くっつくならくっつく!どっちかにしろ!」
「お兄ちゃんにベタベタしながら食べるのは、マナー違反だにゃ!」
「そこ!?」
「い、いやです!わたくしは騎士様の愛を感じながらこの奇跡の一杯を味わいたいの!」
「「うるさい!」」
三人がまたしても俺の周りでギャーギャーと騒ぎ始める。
(……デジャヴか)
俺はその乱闘からそっと離れ一人で静かに麺をすすろうとした。
「……ユートさん」
するといつの間にか、俺の隣の切り株にミミがちょこんと座っていた。
ちゃっかり、俺の分の「煮卵」を自分の丼から移してくれている。
「あ、ありがとう、ミミ」
「にこっ」
(……ミミ、お前。いつの間にそんな「正妻ムーブ」を……)
クロエとララが乱闘の合間にこちらを見て「「ああっ!?」」と声を上げている。
(……はあ。まったく、騒がしい)
だがエルフたちは、そんな俺たちのドタバタなど気にも留めず、ラーメンという名の「神の雫」にひたすら酔いしれていた。
中には、感極まって気絶する者涙を流して天に祈る者まで出ている。
「友様!おかわり!」
「お兄ちゃん、チャーハン!チャーハンも食べたいにゃ!」
「ユート、餃子!餃子はないのか、餃子!」
「ぴょん!(期待の目)」
「愛ですわ!もっと『愛』をください!」
「…………」
俺は空になった寸胴と、期待に満ちた五万(ぐらいに感じる)の視線を見比べニヤリと笑った。
「……しょうがねえなあ!」
俺は【無限収納】から、巨大な鉄板と中華鍋を取り出した。
「ラーメンだけじゃ祭り(宴)は終わらねえ!エルフの里の出張町中華、第二ラウンド、行くぞ!」
俺が中華鍋を振るう「カンカンカン!」という音と、エルフたちの「「「うおおおおお!」」」という歓声が、千年の静寂を破り、月明かりの森にいつまでもいつまでも響き渡っていた。




