恋するエルフは、純情娘 ☆
「…………行った、か」
エルフの戦士団が、嵐のように去っていった森には再び静寂が戻った。
残されたのは、俺と今の一部始終を呆然と見ていた仲間たち。
そして、俺の背中の服を未だにぎゅううううっと掴んでいるエルフの少女一人。
(はあああああ……)
俺は、本日何度目か分からない深いため息をついた。
(俺の、静かで平穏なスローライフ計画は、どこに行ったんだ……)
「さて、と。行くか」
俺はこの面倒事を振り切るように仲間たちに声をかけようと振り返った。
その瞬間。
俺の視線は、エルフの少女――アリアに捕らえられた。
彼女は、さっきまでの怯えた表情はどこへやら、頬をリンゴのように真っ赤に染め、瞳を潤ませて、俺を……熱っぽく見つめていた。
「……え?」
(な、なんだその顔。もしかして、さっきの古代語が怖すぎたか?トラウマに?)
俺が戸惑っていると、アリアは、はぁ……と陶酔したようなため息をついた。
「ああ……!」
彼女は胸の前で両手を組み、感極まったように声を震わせる。
「素晴らしいですわ!敵を一切傷つけることなく、威厳と言葉だけで退けるなんて……!」
(うん、まあ、そこまでは合ってる)
「なんて、なんてスマートな……『愛』の形!」
「(愛……?)」
俺は危うくズッコケそうになった。
(いや、待て。今のどこに愛の要素があった?あれは百分中、百が『脅し』だ。千年前の恥ずかしいあだ名をタテにした完璧な恐喝に近いんだが)
俺の内心のツッコミなど知る由もなく、アリアは俺の前に一歩進み出ると泥だらけの服の裾を優雅につまみ、淑女の礼を披露した。
……ぎこちない。
絶対に本で読んだ知識だ、これ。
「わたくしの名はアリア!見ての通り、森の民です!」
「(見ての通りだ)」
「見た目は十五歳ほどに見えるかもしれませんが、今年で百五十歳になります!まだまだ若輩者ですわ!」
「(百五十……。エルロンの奴、千年生きてるんだから百五十なんて孫どころか玄孫レベルだな)」
そして、アリアは顔を上げ熱烈な視線で俺を射抜いた。
「助けてくださった、わたくしの『運命の騎士様』!」
「(だから騎士じゃない)」
「どうか!わたくしを、貴方様の旅に!そして……『恋』のお供に加えてください!」
「……」
俺はこめかみを押さえて頭を抱えた。
「……騎士じゃないし、『恋のお供』って具体的に何だよ……」
スローライフどころか一番面倒くさい『恋愛脳』を引いてしまった。
俺がどうやってこの「恋する乙女(暴走特急)」を撒くか、全力で【並列思考】を巡らせていたその時。
アリアは、俺が黙り込んだのを「肯定」と受け取ったらしい。
「ああ!騎士様!」
「うおっ!?」
(アリア視点:心の声)
(ああ、騎士様が黙って受け入れてくださった!禁書にあった通り!『言葉は不要、行動で示すべし』ですわね!)
(ユート視点:現実)
アリアはタッと短い助走をつけると俺の胸に「どかっ」という効果音がしそうな勢いで飛び込んできた。
「なっ、ちょ、アリアさん!?」
「騎士様!わたくしの覚悟、お受け取りください!」
「覚悟って何の!?」
アリアは俺の首に両腕を回し、ぎゅうううっと抱きついてくる。
そして、そのままぐりぐりと。
(……これも絶対、恋愛小説の知識だ!)
自分の体を、俺の胸に押し付けてくる。
エルフというのは見かけによらず華奢な体つきだが……。
(……お)
その、あれだ。
服の上からでも分かる。
控えめながらも確かに存在する女性特有の柔らかさと弾力。
森の木々と花の、清浄な匂い。
(……いかん。これはいかん。理性が)
三度の転生を経た俺の精神力(悟りの境地)をもってしても、百五十歳の美少女(見た目十五歳)に全力で抱きつかれて体を擦り付けられるのは、色々とマズイ。
「「「あーーーーーーーーっ!」」」
俺が理性の防衛線で戦っていると、背後から地獄の釜が開いたような三人の叫び声が響いた。
振り返ると、そこには般若と鬼と聖母(怒)がいた。
「てっめえええええええ!何してんだ、このニワトリエルフ!」
クロエがアリアの髪飾り(羽飾り)を見て的確な悪口と共に突進してくる。
「あ、ああ、あ!お兄ちゃんが!お兄ちゃんが、あのエルフに食べられちゃうんだにゃ!」
ララが獲物を奪われた虎のように、目を吊り上げて突っ込んでくる。
「ぴ、ぴ、ぴょん!だ、ダメですぴょん!ユートさんから、離れてくださいウサ!」
ミミが涙目になりながら二人に続いて走ってくる。
「離れなさい!騎士様はわたくしの運命の方です!」
アリアも俺にしがみついたまま抵抗する。
「うるさい!ユートはボ……いや、あたしたちの仲間だ!新入りのくせにベタベタすんな!」
クロエがアリアの腕を俺から引き剥がそうとする。
「むぎゅー!お兄ちゃんはララのだにゃ!そっち行くなー!」
ララはなぜかアリアではなく俺の腰に抱きつき、後ろに引っ張り始めた。
「あわわわ!ら、ララちゃん、クロエさん!そ、そんな二人とも、乱暴はダメですぴょん!あ、ああ!」
ミミはオロオロしながら、クロエとアリアの間に入ろうとして見事に三つ巴に巻き込まれて転んだ。
結果。
俺(中心)+アリア(前から抱きつき)+クロエ(アリアに覆いかぶさり)+ララ(後ろから抱きつき)+ミミ(足元に転倒) = 美少女まみれカオス。
「(うぐっ……!)」
俺は、四方八方から押し寄せる柔らかい感触の嵐に完全に身動きが取れなくなった。
(……当たってる!色々な柔らかい部分が!背中にも!胸にも!足にも!)
(クロエは相変わらずスレンダーだけど、こうなると密度が……)
(ララは、獣人特有のしなやかな筋肉と……)
(ミミは、あ、足元で俺の太ももに一番柔らかいのが……!)
(そしてアリア!お前、意外と……!)
(……嬉しい!嬉しいけど!でも困る!息が!色んな意味で息ができない!)
四度目の人生。
魔王を倒すよりこの状況を打開する方がよほど難易度が高い。
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「ふぅ……」
「ぴょん……」
やがて、くんずほぐれつの大乱闘(ただし全員美少女)は全員の体力が尽きたことで自然と解散した。
俺を中心に四人の美少女が、ぜえぜえと肩で息をしている。
俺はようやく解放され、よろよろと立ち上がった。
クロエがアリアをじろりと睨みつけ、吐き捨てる。
「……うわー。なんか一番面倒くさいのが増えた」
「面倒くさいとは何ですの!これは『愛』の試練ですわ!」
「はいはい、愛、愛。分かったからユートから離れろ」
一方、ララはようやく落ち着きを取り戻し、興味津々といった顔でアリアの耳(エルフ特有の長い耳)をまじまじと見つめていた。
「エルフだ!本物だにゃ!お兄ちゃん、あの耳、ララの虎耳より長いにゃ!触ってもいいかにゃ?」
「騎士様のお許しがなければ、耳は触らせませんわ!」
「(俺の許可がいるのか、それ……)」
そしてミミ。 彼女は一人だけスカートの土を払いながら、ぺこりとアリアにお辞儀をした。
「あ、あの……わたくしは、ミミです。色々ありましたけど……よろしくお願いします、ぴょん」
「まあ!なんて殊勝な方!こちらこそ、よろしくお願いしますわね、『恋』のライバル!」
「ら、らいばる!?ぴょん!?」
(……もう、ダメだ)
俺はこのカオスな新メンバーと、それに振り回される(そして嫉妬する)旧メンバーを見て天を仰いだ。
こうして。
俺のスローライフパーティーに、外の世界と「恋(主に恋愛小説産)」に憧れる、純情で暴走気味なエルフの美少女が正式に(強制的に)加わった。
俺の胃薬、足りるかな……。




