英雄たちの、騒がしい旅立ち
始まりの街アークライトの門前は、早朝にも関わらずかつてないほどの熱気に包まれていた。
俺、相川悠人ことユートと、俺が(なし崩し的に)保護することになった三人の美少女たち、クロエ、ララ、ミミの旅立ちを街中の人々が見送りに来てくれていたのだ。
「クロエさん、道中お気をつけて!」
「ララちゃん、ミミちゃん、いつでも街に帰ってきてね!」
「アークライトの英雄に、幸あれ!」
……いや、あの。
英雄は、そっちで頑張ってる勇者パーティー(健太たち)とか、聖女さんであって、俺らは違うから。
俺はただのFランク冒険者で、この子たちもDランクになったばかりの新人だ。
ダンジョン攻略も四天王撃破も、全部俺が裏からこっそりサポートした結果だなんて口が裂けても言えない。
「ユート殿!彼女たちを、くれぐれもよろしく頼むぞ!」
騎士団長が、やけにガタイのいい連中を率いて爽やかに叫んでいる。
「ユートさん。貴方の作るお料理……いえ、貴方のその不思議な力、わたくし、忘れませんわ。どうか、ご無事で」
聖女セレスティーナが淑女の礼をとりながら、少しだけ頬を赤らめている。
(うん、胃袋を掴むって最強のスキルだよね)
「おう、ユートさん!そっちも、まあ、頑張れよな!あんまり危ないことすんなよ!」
勇者、佐藤健太が、いかにも「主人公」な笑顔で手を振ってくる。
(どの口が言うんだ。君たちをサポートするこっちの身にもなってほしい)
俺は「ははは」と人畜無害な笑顔を貼り付けながら、内心で盛大にため息をつく。
(あー、目立ちすぎた。完全に目立ちすぎた。俺の平穏なスローライフ計画が初手から大崩れだ)
この騒ぎから一刻も早く逃げ出したい。
俺がそう思って、そそくさと街を出ようとしたその時だった。
「ユートさんっ!待ってください、コン!」
人混みをかき分けて、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
振り返るとそこには冒険者ギルドの受付嬢、狐獣人のコネットさんが肩で息をしながら立っていた。 彼女の愛らしい狐耳が、不安げにぴくぴくと動いている。
「あ、コネットさん。色々とお世話になりました。ギルド登録から何から何まで」
俺がいつもの調子で頭を下げようとすると、彼女は「ううん」と首を振り、何かを決意したようにぐっと俺との距離を詰めた。
「ユートさん」
「は、はい」
次の瞬間、コネットさんは背伸びをしながら、俺の頬に柔らかくて温かい感触をそっと押し当てた。
ちゅ。
「…………え」
時が止まった。
いや、俺の思考が停止した。
門前の大歓声が、まるで遠くのノイズのように聞こえる。
コネットさんは顔を真っ赤にしながら、しかし、まっすぐな瞳で俺を見つめていた。
「あ、あの!これはお礼です!あの、Cランクの嫌な冒険者を叩きのめしてくれたお礼と……街を救ってくれたお礼です!」
「そ、それと、道中の……お守りです!だから、その……絶対無事に帰ってきてくださいね!わ、私……待ってますから!コン!」
……。 ……待って。 待ってコネットさん。
お礼にしてはちょっと刺激が強すぎませんか? あとお守りって、そういうのは普通恋人とかそういう……。
俺が硬直していると、周囲の喧騒が一気に「歓声」から「囃し立てる声」に変わった。
「「「うおおおおおお!やるぅ!コネットちゃん!」」」
「ヒューヒュー!さすが期待の新人!」
(やめて!俺のライフはゼロよ!)
そして何より。
俺の背中に突き刺さる、三方向からの絶対零度の視線。
「…………ユート」
ボソリとクロエが俺の名前を呼ぶ。
彼女の顔を見ると、その目は全く笑っていなかった。
「へえ。ユートってギルドの受付嬢さんとそんなに仲が良かったんだ。知らなかったぜ」
「い、いや、これはその」
「むーっ!お兄ちゃん、ずるい!」
ララが虎獣人の耳をこれでもかと伏せて、頬をぷっくりと膨ませている。
「ララだって、お兄ちゃんにお守りしたいのに!ずるいんだにゃ!」
「あ……あ……」
ミミに至っては、俺の服の袖をぎゅううっと掴んだまま顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。
「み、み、見ちゃいけないものを見ました、ぴょんです……よ、世の終わりウサ……」
(違う、そうじゃない。これは事故だ!)
俺はこのカオスな状況をどう収拾すべきか、三度の転生で培った全スキルを総動員して【並列思考】で考える。
結論。
――逃げるが勝ち。
「み、皆さん!本当にありがとう!それじゃあ俺たち行きますんで!」
俺はコネットさんの頭を一回わしゃっと撫で(お礼だ)、クロエの腕を掴み、ミミの手を引き、ララの背中を押して、猛ダッシュでアークライトの門をくぐり抜けた。
「あ!こらユート!逃げるな!」
「お兄ちゃん、待つにゃ!」
背後でコネットさんの「いってらっしゃい!」という声と、群衆の笑い声が聞こえた気がしたが、俺はもう振り返らなかった。
***
「はあ……はあ……疲れた」
街を抜け、ようやく街道から森へと続く脇道に入ったところで俺たちは足を止めた。
主に俺の精神的な疲労が限界だったからだ。
「……で?」
クロエがじとーっとした目で俺を睨みつけてくる。
「何が『お礼』だよ。ユート、デレデレしすぎじゃないの?」
「してない。断じてしてない。あれは不可抗力だ」
「ふーん。ボクがこっそり『ユートはボクの獲物だから手を出すな』って釘を刺してたのに、あの狐、抜け駆けしやがって」
「え、何、その怖いこと」
「お兄ちゃん!ララも、お守りする!」
ララが俺の前に仁王立ちする。
「だから、ララにも『なでなで』するにゃ!」
「はいはい」
俺はララの虎耳の付け根を優しく撫でてやる。
「ふにゃ〜……」
ララは一瞬でご機嫌になった。
チョロい。
いや、素直で可愛い。
「ユートさん……」
ミミがおずおずと俺の服の袖を引く。
「わ、わたくしも……その、お守りを皆にしたように……お願いしますぴょん」
「もちろん」
俺はミミの兎耳も優しく撫でる。
ミミは「ひゃう」と小さく声を漏らし、満足そうに目を閉じた。
(……あれ?クロエは?)
クロエを見ると、彼女は「べ、別に、ボクはいいし!」とそっぽを向きながら、明らかに「撫でろ」と後頭部を差し出してきていた。
やれやれ。
俺がクロエの頭もわしゃわしゃと撫でてやると、彼女は「ば、バカ!子供扱いするな!」と顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに口元を緩めていた。
(よし。これで機嫌は直ったかな?)
まったく、俺のスローライフ計画は旅立つ前から波乱万丈だ。
気を取り直して、俺たちは最初の目的地へと向かう。
目指すは獣人族の国々へと続く道すがらにある、「エルフが棲まう」と噂される大森林地帯。
そこで、ミミの故郷に関する情報収集をするのが当面の目的だ。
「よーし!改めて、冒険の始まりだにゃ!」
すっかり元気になったララが先頭を切って駆け出す。
「こら、ララ!一人で先に行くな!……ったく、ボクが斥候として先に行くから、ユートたちはついてきて!」
クロエが短剣を抜き放ち、忍者のように木々の間を軽やかに跳んでいく。
「あ、あの!ユートさん!はぐれないように、しますぴょん!」
ミミが、再び俺の服の袖をぎゅっと掴む。
(うん。実に平和だ)
俺は森の入り口で早速見つけた、極上の「アミガサダケ」を【万物鑑定】でチェックする。
(ほう。これはバターでソテーすると絶品だな。今夜のスープの具材にしよう)
すかさず【無限収納】に放り込む。
これだよ、これ。
俺が求めていたのは、世界の命運とか面倒な人間関係とかじゃなく、こうして仲間たちと(主に俺が)美味しい食材を探しながらのんびり旅をすることなんだ。
(三度の世界救済は、この瞬間のためにあったのかもしれないな)
俺は、四度目にしてようやく手に入れた穏やかな旅路に、心からの満足感を覚えていた。
――この時の俺は、まだ知らなかった。
この平和が、ほんの数時間後に森の奥からやってくる「恋に恋する面倒くさい美少女」によって、再び粉々に打ち砕かれることになるということを。




