Fランク勇者の地味な日常と、グルメな決意
ボルガ(例のCランク)の一件は、俺が思っている以上にギルド内で大きな波紋を広げていたらしい。
いや、俺は本気で「勝手に転んだだけ」だと思っているのだが、周囲の認識は違うようだった。
「おい、見たか? あの新入り」
「ああ、ボルガを『一瞬で』気絶させたっていう……」
「触れてもいなかったらしいぞ。あれは『気』か? それとも古代の柔術か?」
「どっちにしろ、ヤベェのが入ってきたな……」
(いや、だから、ただ足を引っ掛けただけだって……)
俺、ユートは、ギルドの片隅でそんな冒険者たちのヒソヒソ話を聞き流しながら、静かに依頼書を眺めていた。
スローライフの基本は、目立たず、騒がず、地道に稼ぐこと。
ボルガの一件は不慮の事故だ。
俺は(4度目の)新人Fランク。
Fランクらしく、地味な仕事からコツコツと信頼を積み上げるのだ。
そう決意して、俺はカウンターにいるコネットさんの元へ向かう。
彼女は俺の姿を認めるや否や、ぱあっと顔を輝かせ、あの愛らしい狐耳と尻尾をぴこぴこと揺らした。
「ユートさん! おはようございます! 今日はどんなご依頼を?」
「おはようございます、コネットさん。ええと、今日もFランクの依頼で、何か手頃なのはありますか?」
「Fランク、ですか? ユートさんほどの御方が……あ、いえ! 失礼しました! ええと、それでしたら……」
(『ほどの御方』って……俺、まだFランクなんだけど)
コネットさんは、あの日以来、俺に対してやけに丁寧になった。
彼女が差し出してきたのは、Fランク冒険者向けのいわゆる「雑用」依頼の束だった。
「まずは『薬草採取』ですね 。
街の南の森で『月光草』を10本。
これは治癒ポーションの材料になるので、いつでも需要があるんです」
「分かりました。受けていきます」
(『月光草』か。懐かしいな)
俺は依頼書を受け取りながら、1000年前(1周目)の苦い記憶を反芻する。
あの頃は知識がなさすぎて、見た目がそっくりな毒草(噛むと三日三晩、腹を下す)を『月光草』と間違えてギルドに持ち込み、ポーション作成所の機能を丸一日マヒさせたっけ。
(まあ、今の俺には【万物鑑定】があるし、そもそも3周分の経験で、匂いと葉脈の微妙な違いだけで判別できるけど)
結果、3日はかかるはずの『月光草』10本収集依頼はわずか2時間で終了した。
しかも、鑑定スキルを駆使して最上級の品質のものだけを選別し、ついでに道中で見つけた希少な『王様キノコ(強壮剤の材料)』までお土産に持っていった。
「こ、こんなに見事な『月光草』、初めて見ました! しかも『王様キノコ』まで!? ユートさん、一体何者なんですか……!?」
「いえ、たまたま運が良かっただけですよ」
次の依頼は、『ギルド裏通りの清掃』。
(うわ、これか……)
ボルガが(たぶん)吐いたであろう汚物や、冒険者たちが捨てた残飯、謎の液体が染み込んだ、街でも屈指の不潔地帯だ。
(3周目(剣聖) の頃、『心の鍛錬』とか言って、道場の床を毎日ピカピカに磨き上げていた黒歴史を思い出すな……)
だが、俺には【生活系スキル:清掃(Lv.MAX)】 がある。
使うのは、ただのデッキブラシと水入りのバケツだけ。
しかし、カンストしたスキルホルダーの動きは常軌を逸している。
「(まずはアルカリ性の灰汁で油汚れを中和。次に酸性の果汁で染み付いた臭いを分解。仕上げに【清浄】の初歩魔法を『ただの水』に見せかけて散布……っと)」
他の冒険者が鼻をつまんで嫌々こなす仕事を、俺は無心で、しかし完璧に遂行していく。
作業開始から1時間後。
あれほど不潔だった裏通りは、まるで新築の石畳のように輝きを取り戻していた。
「……す、すごい。ギルド設立以来、あの通りがこんなに綺麗になったことがあっただろうか……」
「あいつ、掃除屋ギルドからスカウトが来るぞ……」
さらに次の依頼は、『富豪の奥様の、迷子の子猫探し』。
(猫。猫はいい。癒しだ。スローライフの象徴だ)
俺は俄然やる気を出す。
街中を探し回る他のFランクたちを尻目に、俺は広場のベンチに座り、おもむろに【無限収納】 から一品取り出した。
3周目の世界で手に入れた、ドワーフの『秘伝の岩塩』で軽く味付けした、極上の『ワイバーンの干し肉』だ。
これをナイフで細かく刻み、手のひらに乗せる。
あとは、カンストした【索敵】スキルを、半径50メートル、対象「猫」に限定して起動。
(いた。通りの向かい、パン屋の屋根裏だな)
俺は、屋根裏に向かって、意識を(ほんの少しだけ)集中させる。
(ほら、こっちだ。美味いぞー)
数分後。
一匹のフワフワな子猫が、匂いに釣られてそろそろと屋根から降りてきた。
俺は子猫の喉を優しく撫でてやりながら、干し肉を分け与える。
「ミャア……(満足)」
こうして、半日かかると言われた3つのFランク依頼を、俺は午前中ですべて完璧に終わらせてしまった 。
ギルドに戻ると、コネットさんが目をキラキラさせて出迎えてくれた。
「ユートさん、すごいです! もうFランクで貴方に斡旋できるお仕事がなくなっちゃいましたよ! こんなに手際が良くて、正確で、非の打ち所がない新人さん、初めてです!」
「いえ、俺は地味なことしかしてないので」
「地味なんかじゃありません! ボルガさんの一件もそうでしたけど、ユートさんって、普段は穏やかなのに、やるときはキッチリやるタイプ、ですよね? ギルド内でも密かに噂になってるんですよ? 『妙に落ち着いた期待の新人』『何者なんだ、あのFランクは』って」
(やばい。目立ちすぎてる。スローライフが遠のく……)
俺が内心で冷や汗をかいていると、コネットさんはカウンターからほんの少し身を乗り出し、上目遣いで(あざとい!)俺を見つめてきた。
ふわふわの狐耳が、照れているのか楽しんでいるのか、ぴこぴこ動いている。
「……コン。あの、ユートさん? よかったら、その……」
「(おっと? これは……)」
「今度のお休みに、私と……デ、デートとか、しませんか? 街で一番美味しいって評判の、アップルパイのお店があるんです!」
(キタ―――(゜∀゜)―――!! ……じゃなくて!)
俺は脳内の叫びを即座に打ち消す。
いかん、いかん。
コネットさんは可愛い。
非常に可愛い。
狐耳も尻尾も最高だ。
だが、ここで色恋沙汰にうつつを抜かせば、面倒事(他の男からの嫉妬、派閥争い、etc...)に巻き込まれるのがラノベの王道パターンだ。
俺が求めているのは「スローライフ」。
ヒロインとの甘い生活ではないのだ。
(……いや、ちょっとは憧れるけど、今はダメだ)
俺は、練習してきた「人畜無害で、朴訥な青年」の笑顔(バージョン4.1)を完璧に顔に貼り付け、彼女の申し出に答える。
「ありがとうございます、コネットさん。嬉しいお誘いです」
「! ほんとですか!?」
「はい。でも、俺、甘いものってあんまり得意じゃなくて……。どちらかというと、そうだな……『イカの塩辛』とか『エイヒレの炙り』とか、そういうのが好きで」
「し、塩辛……? えいひれ……?」
コネットさんの可愛い狐耳が、きゅるん、と丸まる。
明らかに「何それ?」という顔をしている。
よし、完璧だ。
この世界(特に若い女の子)には通じない、オッサン臭い好物を提示することで、見事に彼女の恋愛対象からズラすことに成功した。
「そ、そうなんですね……。ユートさん、ちょっと渋い(?)んですね……」
「ええ、まあ。なので、せっかくですが……。でも、気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」
「あ、い、いえ! こちらこそ、変なこと聞いてすみません! あ、そうだ! 依頼達成の報酬金です! どうぞ!」
慌てて報酬の入った革袋を渡してくるコネットさん。
俺はそれを受け取り、「じゃあ、また」とギルドを後にした。
(ふぅ。危なかった。フラグは、折れるうちに折っておかないとな)
Fランク依頼を無事に終え日銭も稼いだ。 時刻はちょうど昼過ぎ。
腹が減った。
(さて、と。地道に働いた後の一食は格別だ。この世界のメシが、俺の3周分の舌に耐えられれば、だが)
俺は、あの日(ボルガ事件の日)は入るのをやめた、ギルド併設の酒場へと向かった。
騒々しい冒険者たちに混じり、カウンター席に腰掛ける。
「ん? 兄ちゃん、見ない顔だな。新入りか? 何にする?」
強面のドワーフのオヤジが、ジョッキを拭きながら聞いてくる。
俺は壁に貼られたメニューを見た。
「『冒険者セット』を一つ。肉、多めで」
「あいよ! 猪の塩焼きと硬パン、スープ付きだ! ちと待ちな!」
(猪の塩焼きか。いいじゃないか)
異世界といえば、ファンタジーの定番メシだ。
期待に胸を膨らませて待っていると、数分後、目の前に「ドン!」と無骨な木の皿が置かれた。
そこには、分厚く切られた猪肉の塊が、数切れ。
添えられているのは、いかにも硬そうな黒パンと、具が申し訳程度に浮いた豆のスープ。
(おお、見た目は悪くない。ワイルドだ)
俺はナイフとフォークを手に取り、まずは主役の猪肉を切り分け、口に運ぶ。
モグ、モグ……。
そして、止まった。
(…………)
モグ、モグ、モグ……。
(……硬い)
なんだ、この肉は。
筋切りもロクにしていない。
革靴でも噛んでるみたいだ。
そして、次に襲ってきたのは、暴力的なまでの「塩味」と「獣臭さ」。
(うわ、臭み抜き、一切してないな!?)
火入れも強すぎる。
肉の旨味は完全に失われ、パサパサの繊維質と化している。
塩。塩だけだ。
肉の旨味を引き出すための塩じゃない。
腐敗をごまかすためか、あるいは味覚がマヒしているのか。
ただ、しょっぱい。
次に、黒パンをちぎる。
(……硬い)
これは、もはやパンではない。
鈍器だ。
スープに浸さなければ、歯が折れる。
その肝心のスープも、煮詰まった豆の味しかしないぬるい代物だった。
「……ふぅ」
俺は静かにナイフとフォークを置いた。
周りを見渡せば、他の冒険者たちは皆、「うめえ!」「酒持ってこい!」と、この『冒険者セット』を美味そうにかき込んでいる。
(嘘だろ……? これが、この街の『ご馳走』なのか……?)
不味くはない。
不味くはないんだ。
生きるためには、食える。
だが!
(感動が、ないッ!!)
俺の魂(日本人として、そして料理を趣味とする者 として)が、叫んでいる。
(この猪は、こんな末路を望んでいたのか!? いや、違う!)
(こいつは、もっと輝けたはずだ! 森を駆け回り、美味いドングリを食って育った、ポテンシャルの高い肉のはずだ!)
(俺の【無限収納】 には、3周分の冒険で集めた至高の調味料が眠っている。ヒマラヤの『千年岩塩』、ドワーフの『黒胡椒』、エルフの『秘伝ハーブ』……)
(そして、何より、1周目の頃に日本が恋しくて涙ながらに研究・再現した……『醤油』と『みりん』がッ!!)
(これさえあれば……!)
(これさえあれば、この哀れな猪肉も、とろけるような『角煮』に、あるいは食欲をそそる『生姜焼き』に生まれ変われたというのに……!)
俺は、自分の無力さを(食文化的な意味で)噛み締めた。
もうダメだ。
この世界の食文化レベルに、俺の舌と胃袋が我慢ならない。
(決めた)
俺は席を立ち、代金(完食はした)をカウンターに置く。
(スローライフとは、生活の質(QOL)の追求だ。そしてQOLの基本は、メシだ!)
(もうギルドの酒場メシには頼らん。俺は、俺の食いたいものを、俺のカンストスキルで俺自身の手で作り出す!)
俺の心に、4度目の人生における、最も強く、最も切実な「目的」が生まれた瞬間だった。
(よし!)
俺はギルドを飛び出し決意を固める。
(明日は、森で新鮮な食材を狩ってこよう!)
(幸い、この街の近くの森は、1000年前の記憶が正しければ……『ワイルド・ボア』に、『ロック・チキン』、それに『森の高級キノコ(1000年前は雑キノコ扱いだった)』の宝庫だ!)
(ストレージ の肥やしになってる調味料たちも、ついに火を噴くぜ!)
翌日。
俺は意気揚々とギルドのカウンターに向かった。
もちろん、コネットさんが満面の笑みで迎えてくれる。
「おはようございます、ユートさん! 今日も『薬草採取』ですか? それとも『清掃』?」
彼女は、俺が昨日と同じ地味なFランク依頼を選ぶと信じて疑っていない顔だ。
俺は、そんな彼女にニヤリと笑いかけ(てしまったかもしれない)、依頼書の一点を指差した。
「いえ。今日は、これを」
「え?」
コネットさんが、俺の指差した依頼書を読み上げる。
「『ゴブリンの巣の調査・討伐』……? Eランク推奨……!?」
彼女の顔から、さっと血の気が引いた。
狐耳が、不安そうにペタンと伏せられる。
「だ、だだだ、ダメです、ユートさん!! 貴方がボルガさんを(なぜか)倒したのは知ってますけど、ゴブリンは魔物です! 集団で襲ってきますし、武器だって……!」
「Fランクの新人さんが、たった一人で行くなんて、無謀すぎます!」
(あー、やっぱり、ものすごく心配させてしまった)
申し訳ない。
だが、俺の(4周分の)記憶と【索敵】スキルによれば、このゴブリンの巣の「すぐ近く」に目当ての食材の群生地があるのだ。
ゴブリン退治は、あくまで『ついで』。
メインディッシュは『食材調達』だ。
俺は、コネットさんを安心させるため、最強の「人畜無害な笑顔(バージョン4.2:ちょっと頼りになるお兄さん風)」を起動する。
「大丈夫ですよ、コネットさん。巣を真正面から『討伐』するんじゃなくて、あくまで『調査』がメインですから。危なくなったら、誰よりも早く逃げます。俺、足にも自信あるんで」
「で、ですが……! もし万が一のことがあったら……!」
((俺の【生活系スキル:料理(Lv.MAX)】 のために……!)
((待ってろよ、俺の『豚の角煮』と『キノコのバター醤油炒め』……!)
((ああ、米も炊きたい。【インベントリ】 に、3周目でコメの原種を保存しておいた俺、マジでグッジョブ!)
俺の脳内は、すでに至高の晩餐のことで一杯だった。
「じゃ、行ってきます」
俺はコネットさんにひらひらと手を振り、依頼書を受け取ってギルドの出口へ向かう。
「ああっ! もうっ! ユートさんのバカ――!! 本当に、本当に! ご無事で帰ってきてくださいねー!!」
コネットさんの悲鳴に近い声援を背中に受け、俺は始まりの街「アークライト」の門をくぐる。
突き抜けるような青空。
森から漂う、新鮮な緑の匂い。
(さて、と。ゴブリン退治は前菜だ。メインディッシュは……猪肉だな)
俺は、4度目の人生で最も重要な使命(食材調達)を胸に、鼻歌交じりでアークライト近郊の森へ入っていくのだった。




