スープはダンジョンの常識です
「「「やったあああああ!(にゃ・ウサ)!」」」
光の粒子が舞う中、三人が抱き合って勝利を喜ぶ。
その光が収まった時、彼女たちの体(特に魔力)が、明らかに一段階底上げされているのが分かった。
(……やれやれ。これで、ますます、俺のスローライフが遠のいた)
俺が一人だけ(最強すぎて)レベルアップもせず背後で腕を組んでいると。
「……あ……」
か細い、しかし聞き覚えのある声がした。
俺が(背後の非戦闘員グループに)振り返ると、そこにはミミの回復魔法で完全に意識を取り戻した、あの狐耳の受付嬢――コネットさんが座り込んでいた。
「……ユート、さん…?」
彼女は目の前で起こったこと(Bランク級魔物の討伐)が信じられない、という顔で俺と泥だらけの三人を交互に見ている。
「コネットさん。無事でよかった」
俺がいつもの(Fランク冒険者用の)人畜無害な笑顔で手を差し伸べると。
「…………っ!」
コネットさんは、その手を取らなかった。
代わりに。
「――ユートさあああああん!」
「うおっ!?」
彼女は、俺が予測できなかった軌道で立ち上がり、俺の胸に全力で飛び込んできた。
ドフッ。
(……柔らかい)
俺の(隠れマッチョな)胸にコネットさんの(非戦闘員らしい)豊かな胸が容赦なく押し付けられる。 俺の腕の中で、彼女はわんわんと子供のように泣きじゃくり始めた。
「うわあああん!こ、怖かった…!怖かったですぅ…!」
「(あ、ああ、うん。怖かっただろうな)」
「蜘蛛に巻かれて…!もう死ぬんだって…!ユートさんの顔が最後に浮かんできて…!」
(((……ん?)))
俺の脳内ツッコミと。
俺の背後で勝利に浸っていた三人の空気が同時に固まった。
「……(ギュウウウウウウウウウウウウウウ!)」
コネットさんは俺の背中に腕を回し、恐怖から逃れるようにさらに強く抱きついてくる。
そのふわふわの狐尻尾が俺の足に絡みついてくる。
(……あ、これ、ヤバい(物理的に))
(いや、それよりも)
俺はゆっくりと(怖くて)振り返れなかったが、背後から刺さる三つの視線(殺気)を肌で感じていた。
(……あ、これ、ヤバい(社会的に))
「…………じーーーーーーーーーっ」
(クロエの『何やってんだこのエロ師匠と泥棒狐』という絶対零度の視線)
「…………じーーーーーーーーーっ」
(ララの『お兄ちゃんの胸…!ララの『抱き枕』なのに!ずるい!ずるいにゃ!』という純粋な
嫉妬の視線)
「…………じーーーーーーーーーっ」
(ミミの『あ…あわわわ…。わ、わたくしだってユートさんに抱きつきたいのに…!あの狐の人大胆ですウサ…!』という羨望と嫉みの視線)
俺の脳内がカオスだ。
「こ、コネットさん!もう大丈夫だから!ひとまず離れ…」
「いやです!絶対離れません!ユートさんがまたどこか行っちゃう!」
(あ、これ、完全に吊り橋効果(+命の恩人補正)でフラグがカンストしたやつだ)
俺がこの(温かくも、針の筵の)状況をどう打開しようか迷っていたその時。
「――いい加減にしろ!」
バリバリバリ!
(物理的な音がした)
クロエがついに、我慢の限界を超えた。
俺の背中に回されていた、コネットさんの腕を掴むと容赦なく引き剥がしにかかった。
「ひゃっ!?ク、クロエさん!?何を!?」
「何を、じゃねえよ!いつまでくっついてんだこの泥棒狐!」
「(ど、泥棒狐!?)」
「なっ…!泥棒とは、何ですか!わ、私は命の恩人のユートさんにお礼を…!」
「お礼なら口で言え!師匠に色目を使うな!」
「い、色目なんて…!」
(……あー。もう。面倒くさい)
俺は、俺を挟んでギャーギャーと(低レベルな)言い争いを始めた二人に割って入った。
「はいはい!そこまで!二人ともうるさい!」
俺が、ビシッと手で制すると二人は「「うぐっ…!」」と口をつぐんだ。
「まったく…。せっかくボスを倒したのに仲間割れか?(ララとミミも、不満そうに頬を膨らませてるし…)」
俺はこの最悪な(ハーレム的な)空気を一掃するために最強のカードを切ることにした。
「……はぁ。まあいい。一旦、休憩だ」 俺は何もないダンジョンの床にインベントリから『キャンプセット(もちろん、3周目の快適仕様)』を取り出した。
「「「「え?」」」」
クロエも、コネットさんも、ララも、ミミも(ついでに、貴族たちも)、目を丸くする。
俺は彼女たちを無視し、手際よく『携帯コンロ』に火を点けた。
「激戦の後は温かいスープが一番だろ」
俺はインベントリから仕込み置きの『栄養満点・野菜と肉のコンソメスープ』が入った大鍋を取り出し火にかけた。
グツグツグツ…。
一瞬で。
この陰湿な蜘蛛の巣ダンジョンに場違いなほど『幸福』で『優しい』匂いが充満した。
ぐぅぅぅぅぅ…。
「「「「あ」」」」
音の発生源は、クロエ、ララ、ミミ、そして、コネットさん、四人のお腹だった。
四人は顔を見合わせ、そして一斉に真っ赤になった。
「(……よし。これで頭も冷えただろ)」
俺は完璧な『胃袋外交』に満足しながら全員にスープを配った。
温かいスープで、緊張と嫉妬(?)の糸がほぐれた俺たち一行。
(貴族たちは隅で勝手に食わせている)
「さて。落ち着いたところで攻略再開だ」
俺が立ち上がると、ララとミミも、元気よく立ち上がった。
さっきのレベルアップで全快している。
クロエも、コネットさんも、回復した(コネットさんは戦闘は無理だが)。
そこからの俺たちの進撃は早かった。
「クロエ、右!」
「ララ、左!」
「ミミ、詠唱!」
俺の指示はもはや不要だった。
あの大蜘蛛との死闘を乗り越えた三人は、「(ユートなら、こう、言う!)」「(ララちゃん、こっち、来る!)」「(ミミ、シールド、お願い!)」 と、阿吽の呼吸で連携し残りの雑魚魔物たちを一掃していった。
コネットさんは、その後ろを俺に守られながら、ポカーンと口を開けてその光景を見ていた。
「(……すごい。あの子たち、この一ヶ月でこんなに…?全部ユートさんが教えたの…?)」
そしてついに。
俺の【索敵】が、最深部への扉を捉えた。
「……止まれ。この奥だ」
俺が手で制すると、三人も息を潜める。
(……ん?)
俺の耳(カンスト済み)が扉の向こうから聞こえてくる剣の音と詠唱の声を捉えた。
(……あ、ヤバい。先に入ってる)
俺の【索敵】マップでは、まさに今、『勇者パーティー』(佐藤健太と、聖女セレスティーナ)がボス部屋に行こうとしているところだった。
「(チッ!間に合わなかったか!)」
「ユート、どうした!?」
「……面倒な先客がいるらしい」
俺はため息をつき、ボス部屋への大扉を静かに押し開けた。
「お前たちはここで待機だ。コネットさんたちを守ってろ」
「「「え!?」」」
俺は一人、部屋の入口の物陰に身を潜め中の様子を窺った。
そこでは。
案の定、聖女セレスティーナと勇者の佐藤健太、そして数人の(ボロボロの)騎士団が多数の魔族(雑魚)と激戦を繰り広げていた。
「(……うわぁ。ヘタくそ…)」
俺はその戦闘のレベルの低さに再び頭を抱えた。
(勇者は力任せに突っ込むだけ。聖女は後ろで回復が間に合ってない。騎士団は二人を庇って消耗しきってる)
(……まあ、でも、あの雑魚魔族の数ならなんとか殲滅はできそうだが…)
俺が高台から見下ろしていると、健太が最後の一体を聖剣らしきものでなぎ払った。
「はぁ…はぁ…!ふん!今度こそ終わりか!」
健太が勝利を確信したその瞬間。
(……いや。今からが本番だ)
俺の予測通り。
倒された魔族たちの死骸が触媒となり、黒い霧となって一箇所に集まり始めた。
「な、なんだ!?」
「セレスティーナ!下がれ!」
空間から凄まじい『圧』と共に、一体の高位魔族が顕現する!
鳥のような鋭い翼を持つ人型の魔族。
「我が名は“疾風のガルーダ”。新米勇者よ、貴様の成長を止めるのが我が使命よ!」
(……やれやれ。お出まし、か)
俺は物陰で大きくため息をついた。
(どうするかな、これ)




