蜘蛛の巣と、コネットさんの救出
「(……チッ。また、面倒ごとだ)」
俺は高台の上で舌打ちをしながら、この(役に立たない)『荷物』たちをどうやって最下層まで連れて行くか新たな『育成プラン(?)』を練り直すのだった。
貴族(と侍従たち)という、戦闘力ゼロの(だが、文句だけは一丁前の)お荷物を抱えた俺たち『スローライフ希望』一行。
ダンジョン攻略の難易度は明らかに跳ね上がった。
「ユート!こっちの通路、ゴブリンの死体が転がってるぜ!」
クロエが斥候として先行しながら報告をくれる。
「(ああ、知ってる。俺の【索敵】マップじゃそこは『勇者パーティー(佐藤健太たち)』が通ったルートだ。雑魚が掃討されてて一番安全なルートだ)」
俺はあえて『勇者(佐藤健太)』や『聖女』たちが切り開いた(であろう)安全なルートを選んで、このお荷物(貴族)たちを運んでいた。
「いいから進め。文句を言うなそこのデブ(貴族)」
「だ、誰がデブだ!私はクレメント侯爵の…!」
「うるさい。死にたくなければミミの『シールド』から一歩も出るな」
「「「((((ひいっ!))))"」」」
そんな、緊迫感があるんだか無いんだか分からない(主に俺のせいで)道中。
俺たちは、第一層を(ほぼ無傷で)突破し第二層へと続く巨大な洞窟へと足を踏み入れた。
その瞬間。
「「「!」」」
俺以外の全員の足が止まった。
「……なんだよ、これ…」
クロエの声が震えていた。
そこは、紫水晶の光すら届かない広大な闇の空間だった。
そしてその空間全体が、まるで悪夢のような『白』で埋め尽くされていたのだ。
「……蜘蛛の、巣…?」
ミミの兎耳が、恐怖でペタンと伏せられる。
壁から天井まで、粘り気のあるおびただしい数の『蜘蛛の糸』が張り巡らされていたのだ。
そしてその『巣』には獲物がかかっていた。
「あ……あ……」
ララの虎目が、見開かれたまま固まる。
巣に囚われていたのは魔物ではなかった。
人間だった。
俺たちと同じように、このダンジョンに巻き込まれたアークライトの『町民』や『冒険者』たちだった。
そのほとんどが、白い『繭』のようになっており、すでに事切れているのが遠目にも分かった。
凄惨な光景だった。
この一ヶ月、俺の訓練でゴブリンやオークを(平気で)倒せるようになった三人の少女たち。
だが彼女たちは、『人間の死』それも、こんな一方的な『捕食』の現場に立ち会ったことはなかった。
「う……っ…」
クロエが口を押さえて顔を青くする。
「……吐き気がするぜ…。最悪だ…」
「お、お姉ちゃん…!見ちゃ、ダメだにゃ…!」
ララは自分も怖いくせに、必死にミミの目を手で覆おうとする。
ミミは、ただ、ガタガタと震えていた。
「(あ……あ……いや……いや、ですウサ…!)」
あの奴隷商人に殴られていた、路地裏の絶望的な記憶がフラッシュバックしていた。
「(……チッ。精神が持たんか)」
俺はこの凄惨な光景に三人が(特にミミが)ひるんでしまうことを予測していた。
レベルは上がっても、所詮彼女たちはまだ子供だ。
「(仕方ない。ここは、俺が一瞬で――)」
俺がインベントリの中の『神聖爆弾(対・アンデッド・魔虫用)』に手をかけかけたその時。
俺の【索敵】スキルが、あの無数の『繭(死亡判定)』の中でたった一つ。
微弱な、しかし確かな『生命反応』を捉えた。
(……ん?まだ生きてる奴がいる?)
俺はスキルをその一点に集中させる。
場所は巣のほぼ中央。
親玉の(であろう)巨大な蜘蛛が潜む大穴のすぐ近く。
一番危険な場所だ。
糸の隙間から見える特徴。
栗色の髪。
ギルドの制服。
そしてその髪の(今はぐったりと垂れた)隙間から覗く見覚えのある『狐耳』。
(……嘘だろ)
俺は、4周目にして(今日、二度目の)本気で目を疑った。
(――コネットさん、か!)
あのギルドの受付嬢。
俺に(たぶん、気がある)あの狐っ娘だった。
彼女もこの『大監獄』に巻き込まれていたのだ。
(……マズい。呼吸が浅い。糸に毒性がある。あと数分で死ぬ)
俺の表情が一瞬で『面倒くさがり(スローライフ)モード』から『元・勇者(人命救助最優先)モード』に切り替わったのをクロエだけが感じ取った。
「ユート…?お前、また、あの『怖い顔』…」
俺はクロエの(心配そうな)声に答えず、震えているミミの肩を掴んだ。
「ミミ!」
「ひゃっ!?」
「今すぐ、泣き止め。お前の『仕事』だ」
「(……え?)」
「あそこに、まだ生きてる人がいる」
俺はコネットさんが囚われている『繭』を指差す。
「(え!?あんな、巣のど真ん中に!?)」
クロエとララが息を呑む。
「だが、毒で死にかけてる。今すぐお前の『ヒール』と『キュア』が必要だ」
「む、無理ですウサ!」
ミミが首をブンブンと横に振る。
「あんな、怖い場所…!わたくし、足がすくんで…!」
「そうか」
俺はミミを冷たく突き放した。
「じゃあ、あの人は死ぬな」
「「「(((!?)))」」」
「お前がここで『怖い』と泣いているこの数秒の間にも、あの人は死に近づいてる」
「そ、そんな…!」
「俺は今からあの人を助けに行く。……だが、俺には『ヒール』は使えない(大嘘)。俺が助け出した、瞬間にお前が完璧な『回復魔法』を叩き込むんだ」
俺は震えるミミの瞳を真正面から射抜いた。
「ミミ。お前はもう『お荷物』じゃない。俺たちのパーティーの『生命線』だ。……やれるな?」
「(……!)」
ミミの兎耳がビクンッ!と跳ね上がった。
(……わたしが、せいめいせん…)
(……わたしがやらないと、あの人が死んじゃう…)
彼女の瞳から恐怖の『涙』が引いていく。
代わりに、一ヶ月の訓練で培った『覚悟』の光が灯った。
「……………はい!やりますウサ!」
(よし。目が戻ったな)
俺はクロエとララに目配せする。
「二人はミミを絶対に守れ。貴族たちもだ。俺が戻るまで一歩も動くな」
「「おう!(にゃ!)」」
「(……よし。行くか)」
俺は一瞬で思考を切り替える。
(敵は大蜘蛛。聴覚と糸の『振動』がメインの索敵方法だ)
(【隠密:Lv.MAX】起動)
(【風属性魔法:歩行補助】起動)
俺の姿がその場からフッと消えた。
いや、消えたのではない。
闇に溶け込んだのだ。
「「「(((き、消えた!?)))」」」
ララとミミと貴族が驚愕する。
クロエだけがその(自分の、上位互換のような)神業に戦慄していた。
「(あれが……ユートの本気の『隠密』…!?)」
俺は音も気配も振動すらも殺し、蜘蛛の巣が張り巡らされた天井の『闇』を飛ぶように移動していた。 (……いた。コネットさんだ)
繭の中の彼女はもう意識がなかった。
(マズい。早くしないと)
俺はインベントリから、ミスリル製の鋭利なナイフを取り出す。
(この『魔の糸』は物理じゃ切れない。魔力を流して…)
ザシュッ!
音も振動も立てずにコネットさんを拘束する『繭』だけを切り裂いていく。
(よし。救出完了)
俺はぐったりとしたコネットさんの(柔らかい)体を片腕に抱え天井の闇を引っ返す。
「(……!戻ってきた!)」
クロエたちが息を呑む。
俺は音もなくミミの真ん前に着地した。
「ミミ!」
「は、はいぃ!」
俺はコネットさんの(毒で、紫色になった)体を、ミミの前に横たえる。
(あ、あれは…!?コネットさん!?)
クロエがギルドの同僚(?)の無残な姿に目を見開く。
「(ミミ!集中しろ!)」
「(……っ!)」
ミミは恐怖と驚きを押し殺し、震える手をコネットさんの胸の上にかざした。
「(お願いしますウサ…!目を、覚まして!)
【広域治癒】!&【解毒】!」
一ヶ月の訓練の成果だった。
『世界樹の杖』が眩い光を放つ!
ミミの持てる全力の神聖魔力が、コネットさんの体に注ぎ込まれていく!
コネットさんの顔色から紫の毒の色が引いていき血の気が戻ってくる。
「……ん……う……」
コネットさんの狐耳が、ぴくんと動いた。
「……あれ……?わたし……?(……あ、ユート、さん…?)」
「「「(((生き返った!?)))」」」
「……よかった…!よかったですウサ…!」
ミミが魔力を使い果たし、その場にへたり込む。
ララが慌てて姉を支えた。
(……ふぅ。第一段階クリアか)
俺がインベントリから『魔力回復薬(もちろん、俺の、お手製)』をミミに飲ませようとしたその時。
「(……チッ!他にもいやがったか!)」
俺の【索敵】がコネットさん以外の『繭』の中にもまだ数人の『生存反応』を捉えた。
俺はミミと(意識が、朦朧としている)コネットさんをクロエとララに任せる。
「二人とも、ミミとコネットさんを守ってろ。……まだ生きてる奴がいる」
「「え!?」」
俺は返事も聞かず、再び天井の闇へと跳んだ。
(さっきよりも、早く!蜘蛛に気づかれる!)
ザシュ!ザシュ!ザシュ!
俺は、神業のようなスピードで『繭』を切り裂き、生き残りの冒険者や町民たちを次々と地上(ミミたちの所)へと投げ落としていく。
「ぎゃっ!?」
「な、なんだ!?」
「(ミミ!順番に回復させろ!)」
「(は、はいぃ!)」
だが。
俺が最後の一人を助け出したその瞬間。
「(……!バレたか!)」
ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
巣の奥の大穴から。
このダンジョンが始まって以来、最大の怒りと殺意に満ちた咆哮が響き渡った。
獲物(を(根こそぎ)奪われた『親玉』の怒りだ。
洞窟全体がビリビリと震える。
「(……ユート!)」
「(お兄ちゃん!)」
天井から着地した俺の真ん前に。
家ほどもある、巨大な多くの目を持つ『大蜘蛛』がその禍々しい姿を現した。
「(……やれやれ。やっと、お出まし、か)」
俺はコネットさんと救出した生存者たちを、背後に庇うように立つ。
そして、泥だらけの三人の弟子(?)たちに、この日一番面倒くさそうな、しかし一番頼もしい声をかけた。
「よし。お前たち」
「(これからが、本当の『卒業試験』だ)」
「(……コネットさん(と荷物)を守りながらあの『デカブツ』を三人で倒せ)」
「「「(((無茶だ(にゃ・ウサ)ーーー!?)))」」」
三人の(当然の)悲鳴と、大蜘蛛の(凶悪な)咆哮がダンジョンに響き渡った。
激戦の火蓋が、今、切って落とされた。




