ダンジョンは、鬼教官のナビ付きで
「じゃ、決まりだ。荷物は、俺のインベントリに『戻す』。……クロエ、お前が先陣だ。ドアを開けろ。宿屋の外がどうなってるか確認するぞ」
「お、おう!任せとけ!」
俺のいつもと変わらない(むしろちょっと面倒くさそうな)声に、三人の緊張が(少しだけ)解れる。 クロエがパーティーの斥候として、覚悟を決めた顔で宿屋のドアに手をかけた。
「……ユート。ドアがなんか、紫色に光ってるぜ…」
「ああ、魔力の『結界』だ。触ると痺れるやつな。脇の『壁』からぶち破って出ろ」
「ええ!?宿屋の壁だぞ!?」
「もう『宿屋』じゃない。ダンジョンの『壁』だ」
俺はララに向き直る。
「ララ、やれ。お前の『モンク』の力見せてみろ。そこ、ちょうど『昨日の雨漏り』で脆くなってる」 「(そこまで、見てたのかにゃ!?)…よし、いくぞ!にゃあああ!」
ララの(アダマンタイト練り込み)拳が、宿屋の壁を轟音と共に粉砕する。
「「「うわ……」」」
壁の外に(無理やり)出た三人が、絶句した。
宿屋の廊下は存在しない。
そこは、紫の水晶がぼんやりと光る、不気味な洞窟通路に完全に変貌していた。
俺たちがいた宿屋は、まるで『癌』のようにダンジョンの壁に取り込まれていたのだ。
「ひっ…」
ミミが、俺の服の裾を強く握りしめる。
「なんだよ、これ…!アークライトの街は!?他の皆は!?」
クロエがパニックになりかける。
(……はぁ。うるさい)
俺は、そんな三人の(新鮮な)反応を静かに見下ろす。
「慌てるな。俺の【索敵】が全部見えてる」
「「「!」」」
俺はもはや、彼女たちにとって(メシの次に)絶対の『安心材料』となった、最強の『師匠(仮)』モードに入る。
(……よし。この第一層は、ゴブリンとスライムとコボルトがメインか)
(2周目の時と全く同じパターンだ。芸がない)
俺は、このダンジョン(卒業試験)の完璧な『カンニングペーパー』(俺の記憶)を脳内で開く。
そして、この(4周目にして)初めての『パーティー指揮』を淡々と開始した。
「――クロエ」
「お、おう!」
俺のいつも通りの『訓練』と全く同じトーンの声に、クロエの体がビクッと反応する。
「2時の方角、30メートル先。天井の亀裂の影。そこに『隠し通路』がある」
「(は!?なんで、そんなもんが、見えるんだよ…!?)」
クロエが(心の声だだ漏れで)驚愕している。
「そこから先行して罠の配置だけ報告しろ」
俺は言葉を切る。
「ただし、3メートル進んだら右に跳べ。『感圧式の矢』が左の壁から3本飛んでくる」
「(((そこまで、見えてんのかよ(にゃ・ウサ)!?)))」
ララとミミもドン引きしている。
「ら、ラジャー!」
クロエは、もはや俺の言うことが理解できなくても、絶対に『正解』であるとこの一ヶ月で骨身に沁みていた。
彼女の(新調した『闇夜の革鎧』に)身を包んだ姿が、【隠密】スキルで闇に溶けるように消えた。
「次、ララ」
「は、はいにゃ!」
ララが、緊張で虎耳をピーン!と逆立てている。
「クロエが先行したら、俺たちも進む。次の角を曲がった先に敵がいる」
「(もう、敵!?)」
「敵は『硬化スライム』だ。たぶん五体」
「スライム!?余裕だにゃ!」
ララが自分の『肉球ガントレット』をカチカチと鳴らす。
「甘い」
俺は彼女の(一ヶ月経っても変わらない)『脳筋』な思考を一蹴する。
「あのタイプは物理攻撃を無効化する。だが、お前の『モンク』の『闘気』を込めた拳なら貫ける」
「(え?)」
「核は、中心からやや右だ。そこだけを狙え。一撃で仕留めろ」
「(右!?そんな、ピンポイントで!?)」
ララが意味がわからないという顔をしている。
「最後、ミミ」
「は、はいぃぃぃっ!」
ミミがこの世の終わりのように震えている。
「お前が、一番重要だ」
「(ひっ!?)」
ミミの兎耳が完全にペタンと伏せられた。
「ララがスライムに突っ込む前に、通路を曲がったらすぐに詠唱を開始しろ。『シールド』をララに」 「え?あ、はい!」
「敵の初撃はスライムの『酸』だ。ララが避けきれない軌道で飛んでくる。お前の『シールド』が0.5秒でも遅れたらララの『虎斑の道着』が溶けるぞ」
「(((溶ける(((!?)))(((へそ出しが!?)))」
(ミミと(物陰に潜む)クロエの心の声がハモった)
「(にゃ!?ララのお腹が!?)」
「ぜ、絶対守りますウサ!」
ミミの顔が恐怖と『使命感』で真っ青になった。
「(……よし。行け)」
俺が顎でしゃくると、三人は緊張でガチガチになりながらも、この一ヶ月で叩き込まれた『連携』を開始した。
(クロエ、先行…よし。3メートル、ストップ。右へ跳躍!)
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
クロエがいた場所を、三本の毒矢が通過する。
「(ひっ!?ほ、本当に飛んできた…!?)」
クロエの(俺への)畏怖がさらに深まった。
「(ララ、ミミ、行け!)」
「にゃあああ!」
「(詠唱開始!)」
角を曲がった瞬間、ララが五体の(不気味に蠢く)スライムに突撃する!
同時に、スライムたちがララに向けて『酸』を吐き出した!
「【聖域の盾】!」
「(間に合ええええええ!)」
ジュウウウウウ!
ミミの(必死の)詠唱が0.1秒早かった。
酸の飛沫がララに届く直前で光の壁に弾かれる!
「今だ、ララ!『核』を叩け!」
「(右!中心からやや右!)にゃああああ!」
ララの(闘気をまとった)拳が硬化しようとするスライムの急所(俺が指示した、ピンポイントな一点)を的確に打ち抜く!
ボシュン!ボシュン! スライムたちが一撃で塵になって消えていく。
「…………」 「…………」 「…………」
戦闘は一瞬で、終わった。
三人は自分たちが今何をしたのか理解できず呆然としている。
「……す、すごい…!お姉ちゃん、すごいにゃ!」
「わ、わたくし、やりましたウサ…!」
「(……なんだよ、アイツ…。なんで全部お見通しなんだよ…!)」
クロエが物陰から戻ってきた。
俺はそんな三人に、一言だけ告げる。
「次、行くぞ。コボルトが三匹、左の通路からこっちに向かってきてる」
「「「(((早っ!?)))」」」
俺の完璧すぎる(4周目の)ナビゲートで、三人は驚くほどスムーズにダンジョンを(まるで、作業のように)進んでいった。
「(……チッ。また面倒ごとだ)」
第一層を半分ほど攻略したその時。
俺の【索敵】が、前方の大広間のような場所で複数の『人間』の悲鳴と『魔物』の雄叫びを捉えた。
「クロエ、ストップ」
「ん?どうした、ユート?今乗ってきたとこだったのに」
「(お前が、一番、戦闘狂になってるぞ…)……前方に生存者だ。魔物に囲まれてる」
「なに!?助けに行くぞ!」
「待て、馬鹿。突っ込むな」
俺たちは音を殺し、大広間を高台から覗き込んだ。
「ひいいい!助けてくれえ!」
「く、来るな!私は、クレメント侯爵の縁者だぞ!無礼を働けばただでは済まさんぞ!」
「(……うわぁ)」
俺は最悪の(面倒くさい)生き残りを引き当ててしまったと額を押さえた。
ゴブリンに囲まれていたのは、豪華な(今は、泥だらけの)絹の服を着た肥えた『貴族の男』とその震える『侍従』たち数人だった。
(中央広場で朝市でも見に来ていたのか…?)
「ユート!どうする!助けるんだろ!?」
クロエがうずうずしている。
(……はぁ。見てしまった以上、放置すれば俺の(元・勇者の)寝覚めが悪い)
「……クロエ、ララ、ミミ」
「「「おう!(にゃ!)(ウサ!)」」」
「訓練通りだ。――やれ」
「「「(((待ってました!)))」」」
俺のGOサインが出たと同時に。
三人の『美少女お仕置き部隊』が高台からゴブリンたちのど真ん中に舞い降りた。
「(クロエ、右から二番目!)」
「(ララ、真正面のデカいやつ潰せ!)」
「(ミミ、貴族ごと『シールド』で守れ!)」
「「「(((ラジャアアアア!)))」」」
阿鼻叫喚だったのは、むろんゴブリンたちの方だった。
一ヶ月間、俺に(みっちり)しごき抜かれた三人の『連携』はEランク(ゴブリン)の烏合の衆ごときに崩されるほどヤワではなかった。
「お、おお……!な、なんだ君たちは!?」
肥えた貴族が、自分たちを瞬く間に救ってくれた三人の(泥だらけだが)美少女たちを呆然と見上げる。
「(……チッ。面倒くさいのが、増えた)」
俺は高台の上で舌打ちをしながら、この(役に立たない)『荷物』たちをどうやって最下層まで連れて行くか、新たな『育成プラン(?)』を練り直すのだった。
俺たち『スローライフ希望』の、ダンジョン攻略はこうして序盤から想定外の(面倒くさい)『お荷物』を抱えることになったのである。




