最強勇者、うっかり添い寝される
アークライトでの最後の夜。
俺は、騒がしい『遠足前』の子供たちを(半ば強引に)寝かしつけ、一人窓辺で二つの月を眺めていた。
(……やれやれ。騒がしくなったもんだ)
4周目の人生。
俺が望んだのは、誰にも縛られない静かで平穏なスローライフだったはずだ。
だが、今、俺の背後では、三人の美少女が明日の旅立ちに胸を躍らせて、健やかな寝息を立てている。
(……まあ、悪くない)
俺は、そう結論づけて、自分用の(床に敷いた)寝袋へと滑り込んだ。
この一ヶ月の(鬼教官としての)疲労もある。
すぐに眠れるだろう。
俺は、静かに、目を閉じた。
(……ん?)
意識が浅い眠りに落ちかけた、その時。
モゾ……モゾ……。
まず、右側から布の擦れる音。
そして、俺の寝袋の隙間から、小さなしかし驚異的な(猫のような)しなやかさで、何かが滑り込んできた。
(……こいつは)
「……にゃ……。お兄ちゃん、あったかい……。ララの『抱き枕』……すぴー……」
俺の右腕に、しっかりと(獲物のように)抱きつき、満足そうに喉を鳴らしたのは妹虎のララだった。
(お前、いつの間に俺の寝袋に…? って、寝るの早すぎだろ!)
俺が右腕の自由(と、そこに当たる柔らかい虎耳)に困惑していると、今度は左側。
モゾ……モゾゾゾ……。
「……あ、あの……ララちゃん、ずるいですウサ……。わたくしも、ユートさんのそばが……あったかいウサ……すぅ……」
左腕にそっと、しかし確実に寄り添ってきたのは、姉兎のミミ。
(お前もか! お前はもっと警戒心が強いんじゃなかったのか!?)
彼女の(非常に豊かな)胸の感触が、薄い寝間着越しに、俺の左腕に明確に伝わってくる。
「(……ぐっ! これは、マズい!)」
俺(中身は実質47歳)の理性がけたたましい警報を鳴らす!
そしてダメ押し。
(頭上)
モゾ……。
「……ふー……。やっぱ、師匠の『匂い(魔力?)』が一番落ち着くぜ……。ボクの特等席……」
俺の寝袋の、ちょうど頭の部分(枕元)に、クロエが自分の枕(もちろん俺が買った)を持ち込み、俺の(寝袋越しの)頭に自分の頭を「こつん」と乗せて寝息を立て始めた。
彼女の赤毛が俺の鼻先をくすぐる。
(…………)
右腕に、ララ(虎)。
左腕に、ミミ(兎)。
頭上に、クロエ(弟子)。
俺の寝床は、完全に『獣の巣』あるいは『美少女の密室』と化していた。
三方向から、少女たちの温かい寝息と柔らかい感触、そしてシャンプー(俺が選んだ)の甘い匂いに完璧に包囲されていた。
(……俺の、スローライフは……)
だが。
不思議と、不快感はなかった。
3度の人生。
勇者として、大賢者として、剣聖として。
常に孤独で、緊張の糸を張り詰めさせ、誰にも背中を預けずに戦い続けてきた。
こんな風に無防備に、誰かの(それも、か弱いはずの少女たちの)温もりに包まれて眠る夜など、4度の人生でただの一度も無かったのだ。
(……はぁ。もう、どうにでもなれ)
俺は、諦めて思考を放棄する。
(……まあ、索敵スキルはずっと起動してるし、大丈夫だろ…)
少女たちの温かい寝息に包まれ、ユートの意識は3度の転生で最も穏やかな眠りへと、ゆっくりと落ちていった。
――それが、彼の4周目における、最初で最大の「うっかり」だった。
3度の人生で張り詰めていた緊張の糸が、この手に入れてしまった『家族』の温もりによって致命的に、緩んでいたことに、彼はまだ気づいていなかった。
ピピピピピピピピ!!!!
(警報音!! 警報音!!)
けたたましい(脳内の)アラームが、ユートの最も深い意識を無理やり引きずり出した。
「(!?)」
穏やかな眠りからの強制覚醒。
【索敵(広域・パッシブ)】が、最大級の『脅威レベル:S(魔王級)』を検知し、けたたましい警報を鳴らしていた!
「しまった!」
俺は、自分にしがみついていた三人の(温かい)重りを振り払うようにして、ベッドから飛び起きた。
「んにゃ!?」
「ひゃっ!?」
「ふごっ!?」
寝ぼけ眼の三人が、床に転がり落ちる。
「ユート!? 何だよいきなり!」
「お兄ちゃん、地震!?」
俺は彼女たちの悲鳴を無視し、窓の外に目をやった。
そして、絶句した。
「……嘘、だろ」
夜が明けている。
だが、その夜明けの光は燃え盛る「炎」の赤い光だった。
アークライトの街が、燃えていた。
「(いつの間に!? 【索敵】は!?)」
俺は、自分のスキルを(初めて)疑う。
だが、答えはすぐに分かった。
「(街の外から、魔物の大群! これは、オークと…ゴブリンだけじゃない! オーガもいる! Bランク級が、数百…!?)」
【索敵】のマップが、街の外壁を埋め尽くす、無数の『緑色(敵対)』の光点で真っ赤に染まっていた。
だが、それだけではなかった。
「(それに応じるように、街の『内部』それも、中央広場付近から、一斉に立ち昇る邪悪な魔力!?)」
【索敵】が、内部にも、複数の『赤黒い(魔族)』光点を表示していた。
(外と内からの、同時奇襲!?)
(俺が、寝ている(うっかりしている)間に、完璧に包囲されていた…!?)
「(しまった! スキルは『起動』していたが、俺の『意識』が完全に『平穏』に慣れきってこの異常な『潜入』を見逃したのか!)」
俺は4周目にして、初めて自分の『油断』を呪った。
ギャアアアアア! ドオオオオオン!
住民の悲鳴と、騎士団の(明らかに混乱している)号令がここまで聞こえてくる。
騎士団は完全に不意を突かれ混乱し、住民は逃げ惑っていた。
「みんな!」
俺は寝ぼけていた三人に、今までの人生で出したことのないような鋭い声を張り上げた。
「起きろ! 訓練じゃない、本番だ! 装備を整えるんだ!」
「「「!」」」
俺の本気の『殺気』を含んだ声に、三人の顔色が一瞬で変わる。
「ゆ、ユート!?」
「お兄ちゃん、本気だにゃ…」
「こ、怖い…! 街が…!」
「説明は後だ! 生きたかったら、この一ヶ月の訓練を思い出せ! 荷物はいい、戦闘装備だけだ! 急げ!」
「「「はい!(にゃ!)(ウサ!)」」」
俺たちは、旅立ちの前夜に(奇しくも)完璧にパッキングしていた戦闘装備を、この一ヶ月の訓練の成果で、驚異的なスピードで装着していく。
「ユート、どうする! ギルドに行くか!?」
クロエが、ミスリル短剣を握りしめながら叫ぶ。
「いや、一番ひどいのは、中央広場だ!」
俺は、窓から広場の方を睨む。
【望遠】スキルがそこでの戦闘をクリアに映し出した。
「(あれは……!)」
見覚えのある(プロローグで魂だけ見た)二人の男女が、必死に応戦しているのが見えた。
金髪のいかにもな『勇者』然とした青年(佐藤健太)。
銀髪の、おしとやかな『聖女』らしき少女。
「(あれが、今代の『勇者』と『聖女』か!)」
だが、彼らの戦闘はあまりにも「お粗末」だった。
勇者は、やみくもに聖剣を振り回し、魔族たちは、それをまるで「遊ぶ」かのようにいなしている。
聖女は、後方で震えながら、ただ回復魔法(の詠唱)をしているだけだ。
「(ダメだ! あれは、誘い込まれてる!)」
魔族たちは、明らかに二人を「生かさず、殺さず」広場の中心へと誘い込んでいた。 あれは、
罠だ。 何か、デカい『術』の生贄にする気だ。
(……面倒くさい)
(面倒くさいが、ここで『勇者パーティー』が全滅したらこの世界は、バッドエンド確定だ!)
(俺の4周目のスローライフ(と、この三人の平穏)も、全部パーだ!)
「させるか!」
俺は決意し、愛剣(インベントリから取り出した『一番目立たない聖剣』)を握りしめ、宿のドアを蹴破ろうとした。 その瞬間だった。
広場にいた魔族のリーダー格(ローブの男)が、何かを察知したかのようにニヤリと笑った(気がした)。
そして、右手に禍々しい『紫色の宝玉』を高々と掲げた。
「(ヤバい! あの魔力パターンは…! 空間固定型の大魔術…!?)」
俺の思考と、魔族のリーダーの詠唱が重なる。
「時は満ちた! 我が王の礎となれ! 喰らえ、『大監獄』!」
「「「(((!?)))」」」
次の瞬間。
眩い紫色の光が、中央広場一帯を包み込んだ。
それは勇者と聖女だけでなく、俺たちがいるこの宿屋もろとも、空間を巻き込んで。
「(しまった! 『転移』じゃない! この座標ごと、『別次元』に固定する気か!)」
ギギギギギ……!
窓の外の景色が、アークライトの街並みが、まるで安物のガラス細工のように、凄まじい勢いで歪んでいく。
「「「きゃあああああああ!(にゃあああ!)(ウサあああ!)」」」
三人の悲鳴と、俺の(4周目にして、最大の)焦りが、異次元の闇へと吸い込まれていった。




