最強師匠と、ご褒美ディナー
「「「…………(ぜえ、はぁ、うう…)」」」
アークライト近郊の森。
あの日から、俺たちの『実戦特訓』が始まって、一週間が経過した。
そして今、夕暮れの帰り道。
そこには、三体の「何か」が、泥と汗と(たぶん)魔物の体液にまみれて、地面を這うように歩いていた。
「……にゃあ……。もう、一歩も、歩けないにゃ……。お腹と、背中が、くっつく……」
ララが、文字通り四つん這いになりながら、悲痛な声を上げている。
「……ユート……お前、マジで鬼かよ……。あのオーク、絶対Eランクじゃなかっただろ…。Cランクの『闇蛇』より、よっぽど、強かった、ぜ……(ぜえ、はぁ)」
クロエも、愛用のミスリル短剣を杖代わりにして、かろうじて立っているのがやっとだった。
「う、うう……。わたくし、ちゃんと、ヒール、できてました、ウサ…? もう、魔力、一滴も、出ません……」
ミミに至っては、ララの背中に(半分乗っかる形で)しがみつき、涙目で訴えていた。
(……やれやれ)
俺は、そんな三人の(地獄絵図のような)姿を、一人だけ、ピンシャンした姿で(もちろん、俺は一切戦闘に参加せず、指示とサポート(超絶技巧)に徹していたためだ)振り返る。
(まあ、上出来か)
(クロエは、俺の指示無しでも、オークの『誘い』を見抜けるようになり始めた)
(ララは、『獣化』のコントロールを覚え、ミミを守りながら、的確に敵の『核』だけを狙えるようになった)
(ミミは、泣き言を言いながらも、絶対に『詠唱』を止めなくなった。あの『聖域の盾』は、もはやEランクのそれじゃない)
彼女たちの成長スピードは、俺の(4周目の)目から見ても、驚異的だった。
だが、当然だ。
俺の『最強育成プラン(3周分の知識の結晶)』は、常人が(安全マージン確保のために)省く、膨大な量の「実戦」と「(俺による)超高効率のフィードバック」で構成されている。
その分、疲労も、空腹も、尋常ではない。
「……ほら、着いたぞ。さっさと宿に戻る」
「「「(……!)」」」
俺が『宿屋』という単語を口にした瞬間。
さっきまで死体同然だった三人の目が、カッと、見開かれた。
「「「メシだあああぁぁぁ(にゃああ!)(ですウサ)!」」」
三人は、残っていた生命力の全てを振り絞り、俺を追い抜いて宿屋の階段を駆け上がっていく。
(……現金な奴らめ) 俺は苦笑いしながら、その後に続いた。
宿屋のドアを開けた瞬間、三人を包み込んだのは、暴力的なまでの「幸福の香り」だった。
(もちろん、俺は【時空魔法(Lv.MAX)】の応用で、訓練の合間に、一度宿に戻って仕込みを完璧に済ませていた)
「「「(((ゴクリ)))」」
「うおお! この匂い! 醤油とニンニク! そして、この、甘酸っぱい香りは…!」
「お肉! お肉だにゃ! 今日は、いっぱいお肉だにゃ!」
「あ、あの…スープの匂いも、しますウサ…。すごく、体に良さそうな…」
三人が、泥だらけのまま食卓に飛びつこうとするのを、俺は片手で制止する。
「待て。風呂が先だ。そんな泥だらけで、俺の神聖な食卓を汚すな」
「「「えええええええ!」」」
「今すぐ食わせろ!」
「お兄ちゃんのケチ!」
「うるさい。俺が作った料理への『敬意』が足りん」 俺が、ジロリと(少し本気で)睨むと、三人は「うぐっ…」と怯む。
(((メシ抜きにされたら死ぬ!)))
三人の心が、再び一つになった。
「「「ただいま戻りました! 先に、お風呂、いただきます!(にゃ!)(ウサ!)」」」
彼女たちは、ギルドで訓練された兵士よりも機敏な動きで、共同シャワー室へと消えていった。
数分後。 湯気を立てながら、髪を濡らした三人が、部屋着(俺が買ってやった)に着替えて、食卓に勢揃いした。
「「「お待たせしました!(にゃ!)(ウサ!)」」」
「よし」 俺は、待ってましたとばかりに、大皿をテーブルの中央にドン、と置いた。
「うおおおおお!」
「にゃあああ!」
「わあああ…!」
三人の歓声が、安宿の部屋を揺るガす。
そこには、山のように盛られた、熱々の湯気を立てる肉料理。
「今日のメインは『グレート・ワイルド・ボアの黒酢(?)風ミツキノコ炒め』だ」
(※黒酢は無いので、醤油と酸味の強い果実、蜜キノコでそれっぽく再現した、俺のオリジナルだ)
「それと、こっちは『ロック・チキンの薬膳スープ』。
3周目に大陸の西で覚えた、疲労回復の秘伝のレシピだ。
もちろん、米も炊けてる」
「「「いただきます!(にゃ!)(ウサ!)」」」
もはや、そこは戦場だった。
クロエは、甘酸っぱいタレが絡んだ、分厚い、しかしトロトロに柔らかい猪肉を、米(もちろん炊きたて)にワンバウンドさせ、口いっぱいに頬張る。
「(んぐっ! あふっ!……くぅぅぅ! うめええええ!)」
(この、疲れてクタクタになった体に、酢の酸味と、肉の脂が、染み渡る…! 米が、米が止まらねえぜ!)
ララは、もはやスプーンを使い、黒酢あんごと、米にかけて「即席・角煮丼(?)」にして、かきこんでいる。
「(もぐもぐもぐもぐ!)……にゃふー! おいしい! お肉、とろけるにゃ! ララ、これなら、あと三皿はイケる!」
ミミは、まず、黄金色に輝く薬膳スープを、両手で持ったカップでそっとすする。
「(……はふぅ……)……おいしい、ですウサ……」
(あったかい…。さっきまでの訓練の疲れが、全部、溶けて消えていくみたい…。ユートさんのスープ、世界一、ですウサ…)
毎日、泥だらけでクタクタになって宿屋に戻る。 地獄のような(俺からすれば準備運動レベルの)訓練。 だが、そこにはいつも、ユートの作る温かくて、常識外れに美味しくて、そして、自分たちの体を完璧に理解してくれている「栄養満点の食事」が待っていた。
この「ご褒美」こそが、彼女たちの何よりの楽しみであり、あの過酷な(と彼女たちが思っている)訓練を乗り越えるための、唯一無二の「心の拠り所」となっていった。
「……ぷはー! 食った食った!」
「……お腹、いっぱいで、しあわせだにゃ…」
「……ごちそうさま、でしたウサ…」
あっという間に、山だった大皿料理と、鍋いっぱいのスープが、綺麗に空になった。
三人は、満腹になったお腹をさすりながら、満足そうに、床に(行儀悪く)寝転がっている。
(……やれやれ。片付けるのが面倒くさいな)
俺が、空になった皿を(一人だけ)片付け始めると、クロエが、寝転がったまま、だるそうに声をかけてきた。
「……あーあ。しかし、今日のユートも、鬼だったな…」
「鬼? 俺は、一度も手を出してないだろ。指示しただけだ」
「その指示が、鬼なんだよ!」
クロエが、ガバッと起き上がる。
「今日の訓練の反省会だ!」
「げっ! メシ食った後くらい、休ませろよ!」
「うるさい。食って満足したら、頭が回るだろ。……クロエ、お前、最後のオークへの飛び込み、タイミングが0.5秒早かった」
「う……! だ、だって、アイツが隙を見せたから…!」
「あれは『隙』じゃなくて『誘い』だ。お前のスピードを誘い込んで、カウンターでララを狙う、常套手段だ。3回死ねば分かる」
「(また言ってるにゃ…)」
「(ユートさん、何回、死んでるウサ…?)」
ララとミミが、ヒソヒソと(俺には丸聞こえだが)噂している。
「次、ララ」
「は、はいにゃ!」
「お前は、ミミが詠唱してる時に、ミミの前に立ちすぎだ。お前の背中で、敵が見えなかったらどうする?」
「う……! だ、だって、お姉ちゃんを守らないと…!」
「守ると、邪魔するは違う。ミミを『信じろ』。それがパーティだ」
「……むう。……はいにゃ」
ララが、不満そうに、しかし納得したように、虎耳を垂らした。
「……最後、ミミ」
「は、はいぃっ!(ビクゥ!)」 ミミが、兎耳を(また)ペタンと伏せて、固まる。
「……お前は、今日の『ヒール』、良かったぞ」
「……え?」
「「え!?」」
クロエとララが、意外な(俺からの)褒め言葉に、目を丸くする。
「ララが(俺の指示で)囮になった時、パニックにならずに、ちゃんと詠唱を(0.2秒遅れたが)完遂させた。あのタイミングは悪くなかった」
「……!」
ミミの顔が、ぽわっと、夕焼けのように赤く染まった。
「あ、ありがとうございます、ウサ…! えへへ…」
彼女は、その長い兎耳を、嬉しそうにぱたぱたと揺らした。
(……ちょろい。ちょろすぎる)
(いや、俺の『飴と鞭』の使い方が、カンストしてるだけか)
俺が一人で納得していると、今度は、さっきまで反省していたはずの三人が、完全にリラックスした(図に乗った)顔で、俺に詰め寄ってきた。
「ちぇ。ミミだけずるいぜ」
クロエが、俺の隣に(当たり前のように)あぐらをかく。
「なあ、ユート、明日の訓練、もう少し手加減しろよな! ボクら、かよわい女の子だぜ!」
「そうだそうだ!」
ララが、反対側から俺の腕にしがみつく。
「明日は、もっとお肉いっぱい食べたいにゃ! 訓練したらお腹すくんだから! 報酬、全部、お肉代にするにゃ!」
「あ、あの…」
ミミが、おずおずと、俺の(空いている)服の袖を、ちょんちょんと引っ張る。
「ユートさん…。わたくし、明日は甘いものが…食べたいですウサ…。あの、『ハーブクッキー』みたいな…」
「(わがまま言い放題かよ!)」
俺は、頭を抱えた。
右腕にはララが、左腕にはクロエが、服の袖はミミが。
いつの間にか、俺は、三人の美少女に、完全に、物理的に、包囲されていた。
(……うるさい)
(……騒がしい)
(……俺の、静かで、平穏な、スローライフは……)
俺は、目の前で「明日の晩御飯」の献立について、「ボクは肉だ!」「ララも肉だにゃ!」「わたくしは、甘いもの(デザート)も、欲しいですウサ!」と、俺を(なぜか)挟んで、ギャーギャーと(楽しそうに)言い争いを始めた三人を見つめる。
(……これは、もう)
(『パーティ』とか、『訓練』とか、そういうんじゃないな)
(……ただの、騒がしい、『家族』の、食卓だ)
俺は、その、あまりにも「平穏」とは程遠い、しかし不思議と「温かい」喧騒の中で誰にも聞こえないように、小さく息を吐いた。
「……やれやれ」
その表情は呆れつつも、どこか満更でもない笑みを浮かべていたのかもしれない。




