最強師匠の、スパルタ?ブートキャンプ
「育成計画、第二弾!――実戦特訓、開始だ!」
俺が、ギルドで(半ばヤケクソで)そう宣言してから、数日が経過した。
パーティー『スローライフ希望』の、記念すべき初陣(という名の訓練)の地は、もちろん、あのアークライト近郊の森。
俺がクロエと出会い、そして(食材調達のついでに)ゴブリンの巣を『調査』した、あの森だ。
「はぁ…はぁ…! ぜえ…!」
「にゃー! まだ、まだだにゃ!」
「ひっ…! あ、あっちからも、来ますウサ!」
「「「ぎゃああああ!」」」
森の中を、三人の(ピカピカの装備に身を包んだ)美少女の悲鳴がこだましていた。
それを、俺は、少し離れた木の枝に腰掛け、インベントリから取り出した『干し肉』を齧りながら、ぼんやりと眺めていた。
(……うん。ダメだ。話にならん)
俺の(4周目の)目から見て、彼女たちの戦闘力は、5点。
いや、装備(俺が選んだ)の性能で下駄を履かせているから、辛うじて10点か。
クロエは、持ち前のスピードで単独で突っ込みすぎている。
ララは、ミミを守ろうとして、動きが硬くなりすぎている。
ミミは、ララが攻撃されるたびに、悲鳴を上げて、詠唱が(3回に1回)失敗している。
(はぁ…。スローライフが遠い)
俺は、干し肉を飲み込むと、木の枝からひらりと音もなく飛び降りた。
「はい、ストップ。全員集合」
「「「は、はい!(にゃ!)(ウサ!)」」」
泥だらけの三人が、俺の前に(なぜか)直立不動で整列する。
「……まず、クロエ」
「お、おう! 師匠!」
「お前は、自分が『斥候』であり『盗賊』だということを、戦闘が始まると綺麗サッパリ忘れるな」 「うぐっ…」
「お前の仕事は、真正面から殴り合うことじゃない。敵のヘイト(敵意)をララ(前衛)から逸らし、隙を作り、急所を刺して、離脱する。ヒットアンドアウェイだ」
「わ、分かってるぜ! でも、つい熱くなって…」
「その『つい』で死ぬんだよ、お前みたいなタイプは」
俺は、クロエの才能は認めつつも、その致命的な欠点(脳筋)を、冷静に指摘する。
「(……まあ、言うは易し、か)」
俺は、森の奥にいるゴブリンの群れを【索敵】スキルで探知する。
「よし。クロエ、今から、あのゴブリンに『気づかれずに』、俺の言う通りの場所を、そのミスリル短剣で刺してこい」
「え? 気づかれずにって…あそこ、開けてるぜ?」
「いいから行け。気配の消し方が甘い。足音、呼吸、魔力の流れ、全部ダダ漏れだ」
「(うぐぐ……!)」
クロエは、悔しそうにしながらも、俺の言う通りに、気配を殺して茂みを進む。
(ダメだ。葉っぱが揺れすぎてる。風の流れと同期してない)
俺は、小石を拾い、クロエの5メートル先の木の幹に、音もなく当てる。
カツン。
「(!?)」 ゴブリンが、音のした方(クロエとは逆)を向いた。
「(……今だ!)」
俺は、クロエにだけ聞こえるように、小声で(もちろん風に乗せて)指示を飛ばす。
「そこだ! 懐に入れ! 狙うは、首筋の、三番目の『鱗』!」
「(三番目!? そんな細かいの、分かるか!)」
クロエは、混乱しながらも、俺の指示を信じて(ヤケクソで)懐に飛び込み、ミスリル短剣を突き立てる!
「ギ……!?」
ゴブリンは、声も上げられず、その場に崩れ落ちた。
そこは、的確に、脊髄を断つ、急所だった。
「ひ……」
クロエは、自分の手で(あっけなく)魔物を仕留めたことに、顔を引きつらせている。
「……なんで、あんな場所が『急所』だって、分かったんだよ…」
「【万物鑑定】。と言いたいところだが、まあ、3回くらい解剖すれば、誰でも分かる」 「((((怖っ!?))))」
俺のサラリとした(4周目基準の)言葉に、三人の顔が青ざめた。
「次、ララ」
「は、はいにゃ!」
ララが、今度は自分が何を言われるのかと、虎耳をピンと立てて緊張している。
「お前は、ミミを守ろうとする意識が強すぎて、動きが全部『受け身』になってる。お前は『格闘家』だ。前に出て、敵の攻撃を『受ける』んじゃなく『受ける前に叩き潰す』んだよ」
「だ、だって! お姉ちゃんが危ないにゃ!」
「ミミの前には、お前がいる。ミミの後ろには、俺がいる。心配するな。……それより、問題は、お前の『パンチ』だ」
「パンチ?」
「ああ。ひたすら組手だ。俺に、一発でも当ててみろ。本気で来い」
「(え?)」 クロエとミミが、息を呑む。 あの、何をしても無傷の(ように見える)ユートに、本気で?
「よ、よし! 言ったな! 絶対、泣かすにゃ!」
ララは、むしろ燃えたらしい。
『虎斑の道着』に身を包んだ小さな虎が、牙を剥いた。
「(スキル【獣化】!)」
ララの身体能力が、一時的に跳ね上がる。
「いくぞ! にゃああああ!」
ヒュン! 「(お、速い。素質は本物だ)」
ララの拳が、俺の顔面スレスレを通り過ぎる。
俺は、もちろん、一歩も動かず、首を傾げるだけで、それを避けた。
「なっ!?」
「おらおらおらー!」
ララが、目にも止まらぬ速さで、拳と蹴りのラッシュを仕掛けてくる。
だが。
(遅い。軌道が単調すぎる)
俺は、その全ての攻撃を、最小限の動き――半歩下がる、体を捻る、屈む、逸らす――だけで、紙一重でかわし続ける。
まるで、ララが、俺の周りで必死に踊っているようにしか見えない。
「はぁ…! はぁ…! な、なんで、当たらないにゃ!」
息を切らしたララが、悔しそうに俺を睨む。
俺は、やれやれと首を振った。
「ララ。お前の今のパンチは、威力が分散してる」
「分散?」
「ああ。殴る瞬間に、手首がぶれてる。それと、もっと腰を入れろ!」
俺は、手本を見せるように、軽く、シャドウのフックを(もちろん、風圧だけで)空を切る。
「拳は、こう。腰の回転を、腕に、寸分のロスもなく伝える。お前は、腕だけで殴ってるから、見た目ほど威力が無い」
「こ、腰……? こうか、にゃ?」
ララが、ぎこちなく腰を回す。
「違う。そうじゃない。……はぁ。クロエ、ちょっと失礼」
「へ? ぎゃっ!?」
俺は、近くにいたクロエの腰を、無遠慮に(あくまで見本として)掴む。
「い、いきなり何すんだ、このエロ師匠!」
「いいから見ろ、ララ。体重移動は、こうだ」
俺は、クロエの体を(人形のように)無理やり捻らせ、格闘家の「正しい腰の入れ方」を実演してみせる。
「(な、なんか、腰が、熱い…!?)」
クロエが、顔を真っ赤にして固まっているが、知ったことではない。
「……な、なるほどにゃ! こうか!」
ララは、それを見て、何かを掴んだらしい。
日を追うごとに、彼女の拳は、重く、鋭く、洗練されていった。
「……最後、ミミ」
「は、はいぃぃぃっ!」
ララのスパルタ(?)指導を見ていたミミは、もはや生贄の兎のように、プルプルと震えていた。
その兎耳も、完全に伏せられている。
「……ミミ。お前には、一番、大事な仕事を任せる」
「(ひっ…! だいじな、おしごと…?)」
「ああ。『精神的な強さ』だ」 俺は、冷徹に、告げる。 「お前は、臆病すぎる。ララが怪我をするたびに、お前はパニックを起こして、詠唱に失敗する。……はっきり言うが、今のままのお前は、パーティーのお荷物だ」
「……っ!」
ミミの大きな瞳から、みるみるうちに涙が溢れ出した。
「う、うう……。ご、ごめんなさい、ウサ……!」
「ミミ! 泣くな! ユート、言い方ってモンがあるだろ!」
「お兄ちゃん! お姉ちゃんを泣かすな!」
クロエとララが、慌てて俺に抗議する。
俺は、二人を手で制した。
「甘やかすな。これは、実戦だ。ミミがパニックを起こせば、ララが死ぬ。ララが死ねば、クロエが死ぬ。……そして、俺が(面倒くさいことになる)、死ぬ」 「(……え?)」
「ミミ。お前は、このパーティーの『生命線』だ。お前がコケたら、全員コケる。……分かったら、涙を拭け」
「う……うっ……はい……(びえええ)」
(ダメだこりゃ。泣き止まない)
俺は、ため息をつき、森の奥を【索敵】する。
(……いた。ちょうどいいのがいる)
『隻眼のウルフリーダー』
Eランク冒険者が、パーティーで挑んで、ギリギリの相手だ。
「……よし。ミミ、よく見とけ」
俺は、ララとクロエに目配せする。
「二人とも、あのウルフリーダーを足止めしろ。ただし、本気で殺すな。『いい感じ』に、ララが負傷しろ」
「「はぁ!?」」
「何言ってんだお前!?」
「いいからやれ。……もちろん、安全は俺が(絶対に)確保している」
俺の、有無を言わさぬ(4周目の)圧に、二人は「(う……分かったよ!)」と、ヤケクソでウルフリーダーに突っ込んでいった。
「ガルルルルアアア!」
ウルフリーダーが、手負いの(フリをした)クロエを無視し、本命のララに襲い掛かる!
ララは、俺の指示通り、わざと大振りの攻撃を受け止めるフリをし、腕に浅く爪を立てさせた。
「にゃあああっ! い、痛い! 痛いのにゃ!」
ララが、大げさに(だが、本気で痛そうに)叫び、腕から血を流す。
もちろん、俺は、あの爪がララの動脈や神経を傷つけないよう、見えない魔力障壁で、威力を9割殺していたが。
その、生々しい「血」を見た瞬間。
ミミの頭が、真っ白になった。
「あ……あ……あああああ……!」
「ララちゃんが! ララちゃんが、血を! いやああああ!」
「ミミ!」
俺の、怒声に近い叱咤が飛ぶ!
「パニックになるな! 落ち着け! お前が今、泣いてどうする!」
「だ、だって! 怖い! 怖いウサ!」
「ララを見ろ! お前のたった一人の姉妹だろ! お前が姉を守るんだ!」
「(!)」 俺のその言葉に、ミミの兎耳が、ビクンッ!と跳ね上がった。
(……わたしが、ララちゃんを、まもる…?)
「ガルアアア!」
ウルフが、血の匂いに興奮し、ララに(防御済みの)追撃を仕掛けようとする。
「ミミ!」
「――【聖域の盾】!!」
ミミは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、その手に持った『世界樹の杖』を、ララに向かって突き出していた。
杖が輝き、ララとウルフの間に、淡い光の壁が出現する!
「(お、やった。成功だ)」
「(……す、すごい…! お姉ちゃん!)」
ララが、自分の前に展開された、温かい光の壁に驚く。
「はぁ…はぁ…。まだ、ですウサ…!」
ミミは、涙ながらも、詠唱を続ける。
「ララちゃんの、傷を…! 【大地の癒し(ヒール・オール)】!」
杖から放たれた優しい光が、ララの腕の傷を、完璧に塞いでいく。
それは、彼女が、涙と恐怖の向こう側で、初めて、自分の意志で成功させた、完璧な回復魔法だった。
「……やった……。やった、ウサ…!」
ミミは、その場にへたり込み、今度は、安堵の涙を流した。
(やれやれ。これで、なんとか、形にはなったか)
俺は、役目を終えたウルフリーダーを(インベントリの干し肉で)手懐け、森の奥へ帰らせながら、深く、ため息をついた。
「連携して、格上の魔物を倒すパーティー戦術も訓練」 俺は、日々の訓練の総仕上げとして、三人に、格上の魔物と対峙させていた。
「よし、訓練の成果を見せろ!」
俺は、もう木の枝の上で、指示を出すだけだ。
「クロエ、影からヤツの右翼の『目』を潰せ!」
「ラジャー! (あの鬼畜な精密射撃訓練の成果だ!)」
「ララ、ヤツが体勢を崩した瞬間に懐へ! 狙うは、あの腰の『ベルト』だ!」
「(あの地獄の組手の成果だにゃ! 腰を入れる!)」
「ミミ、聖女は死ぬな! ララの突撃に合わせて、全員に『シールド』を張れ!」
「は、はい! (ララちゃんは、わたくしが守る!)」
俺の完璧な指揮(ゲームのRTA走者並み)のもと、三人は、最初はボロボロになりながらも、確実に、連携を覚えていった。
クロエが撹乱し、ララが打ち込み、ミミが守る。
彼女たちは、俺の(3周分の)カンストした経験値をスポンジのように吸収し、驚異的なスピードで成長していく。
(……ふぅ。これで、なんとか、Eランクの依頼なら、俺無しでも、死なないレベルにはなったか)
俺が、泥だらけで(しかし、達成感に満ちた顔で)ハイタッチしている三人娘を眺めながら、ようやく「今日の晩御飯」の献立に思考を移し始めた、そんな、ある日の午後だった。




