最強勇者の、未来への提案
焚き火の音が、やけに大きく聞こえる。
クロエの、過去への決別を誓う、絞り出すような声。
ミミとララの、理不尽な運命に泣きじゃくる、か細い声。
三人の少女の、三者三様の「絶望」と「願い」が、その小さなキャンプサイトに満ちていた。
普通なら、ここでかける言葉は「同情」か「慰め」だろう。
「辛かったな」「大丈夫だ、俺が守ってやる」と。
だが、俺、ユートは(4度目の人生で)、そういう薄っぺらい言葉が、何の解決にもならないことを知っていた。
(……はぁ)
俺は、静かに、深く、息を吐く。
スローライフ? 諸国漫遊? 温泉巡り? 全部、吹っ飛んだ。
(どうなってんだよ、俺の4周目)
目の前には、ギルドから追われる「裏切り者」の少女。
そして、国を焼かれ、奴隷として虐げられていた「王家の生き残り」の姉妹。
(……面倒くさい、なんてもんじゃない)
(これ、どう考えても、1周目(勇者)の時よりハードモードの「メインクエスト」じゃねえか)
俺が望んだのは、平穏な日常だ。
だが、目の前の少女たちが渇望している「平穏」は、あまりにも脆く、あまりにも遠い。
そして、何より。
(……こいつら全員、俺が、あの路地裏で『王家の血』だの『裏切り者』だの聞いちまった時点で、俺の『スローライフ』とは両立しねえんだ)
俺がこの子たちを放置すれば、どうなる? クロエは、無謀な復讐に身を投じて『闇蛇の牙』に返り討ちに遭うだろう。
ララとミミは?「王家の血」というだけで、この街にいる限り、第二、第三の奴隷商人が、ハイエナのように嗅ぎつけてくる。
(……つまり、詰んでる)
俺が望む「平穏」のために、この子たちを見捨てることはできない。
なぜなら、この子たちが不幸な目に遭うと、俺の寝覚めが(元・勇者の良心のせいで)最悪になるからだ。
(……ああ、そうかよ)
(結局、俺が『何もしない』ためには、こいつらが『誰の手も借りずに生きていける』ようにならなきゃ、ダメってことか)
俺は、パチパチと爆ぜる焚き火の炎から、三人の少女へと視線を戻す。
三組の瞳が、不安と、期待と、諦めが混じった、複雑な色で俺を見つめ返していた。
俺は、同情の言葉ではなく、ただ、静かに、告げた。
まるで、今日の晩御飯の献立を決めるかのように、あっさりと。
「そっか。大変だったな」
俺は、そこで一度、言葉を切る。
そして、彼女たちの目(クロエの悔しそうな目、ララの怒りに燃える目、ミミの怯えた目)を、一人ずつ、順番に、真っ直ぐに見据えた。
俺は、3度の人生で、数え切れないほどの絶望を見てきた。
だから、分かる。
今の彼女たちに必要なのは、涙を拭うハンカチじゃない。
俺は、これまでの面倒くさそうなオーラを全て消し去り、力強く、そして、あの路地裏でミミたちを安心させた時よりも、もっと優しい笑顔で、言い放った。
「――よし、決めた。俺が君たちを鍛えよう」
「「「…………え?」」」
三人の声が、綺麗にハモった。
クロエも、ララも、ミミも、全員、鳩が豆鉄砲を食らったような、間抜けな顔をしている。
(は? きたえる?)
(……弟子にはなりたいって言ったけど、今、この流れで!?)
(……おいしいご飯、くれるんじゃないのかにゃ?)
(……わ、わたくしたちも、あの黒いソース(バーベキュー)みたいに、鍛えられるウサ…?)
三人の困惑が、手に取るように分かった。
俺は、そんな彼女たちに、構わず続けた。
「よく聞け。お前たちの『願い』は、全部、繋がってる」
俺は、まず、クロエを指差す。
「クロエの汚名をそそぐにも、お前を裏切った先輩とやらに『一矢報いる』にも、今の、Eランク(俺の助けあり)のお前じゃ、話にならない。そうだろ?」
「う……! そ、それは、そうだけどよ…」
クロエが、痛いところを突かれて、言葉に詰まる。
俺は次に、ララとミミに向き直る。
「ララとミミが、安心して暮らせる場所を探すにも、いつか同胞を見つける旅に出るにも、何が必要だ?」
俺は、優しく、しかし厳然と、現実を突きつける。
「『平穏』は、ただ願っているだけじゃ、手に入らない。あの路地裏で、お前たちが学んだはずだ。お前たちが『王家の血』である限り、お前たちの平穏を脅かそうとするクズは、この先、無限に湧いてくる」
「「……っ!」」
ララとミミの体が、恐怖を思い出して、ビクッと震えた。
俺は、そんな二人を、そしてクロエを、焚き火の光の中で、もう一度、真っ直ぐに見つめた。
「つまり、だ。クロエの『復讐』も、ララとミミの『平穏』も、それを手に入れるために必要なものは、たった一つだ」
「……たった、一つ…?」
「ああ。――『自分たちを守る、圧倒的な力』だ」
シン、と。 キャンプサイトが、静まり返る。
俺の言葉の「重さ」を、三人が、今、確かに受け止めた。
俺は、立ち上がった。
そして、彼女たちの前に、仁王立ちになる。
「俺が、君たちを、誰にも負けないくらい強くしてやる」
「「「!」」」
「クロエは、裏切り者の影も踏めないほどの『斥候』に。ララは、お姉ちゃん(ミミ)を脅かす全てを叩き潰せる『格闘家』に。ミミは、どんな理不尽からも仲間を守り抜ける『ヒーラー』にだ」
それは、俺が、3度の人生で培った、カンスト済みの『育成眼』。
彼女たちの素質は、俺が保証する。
(……まあ、俺が育てれば、の話だが)
俺は、圧倒的な(俺TUEEEな)宣言で呆然としている三人に、最後に、悪戯っぽく笑いかけてみせた。 これは、上から目線の「救済」じゃない。
あくまで、対等な「提案」だ。
「その代わり」
「……その、かわり?」
「この先の旅、しっかり俺の『護衛』を頼むぜ? 俺、Fランク(自称)の、しがない料理人だからさ。か弱くて、一人じゃゴブリンにも勝てないかもしれない」
「「「(どの口が言ってんだ(にゃ・ウサ)!?)」」」
三人の心が、完全に一つになったのが分かった。
俺の、その(白々しいにも程がある)「提案」に。
クロエは、呆れたように、しかし、嬉しそうに、吹き出した。
ララは、意味が分からずも、ワクワクしたように目を輝かせた。
ミミは、おずおずと、しかし、初めて「希望」というものを見つけたように、俺を見上げた。
俺は、そんな三人に、もう一度、手を差し伸べる(イメージで)。
「どうする? この、超絶美味いメシ付きの『最強育成プラン』、乗るか? 乗らないか?」
返事は、決まっていた。
クロエが、一番に、立ち上がった。
「……ふん。しょうがねえな、師匠は! 師匠の『護衛』なんて、荷が重すぎるぜ!」
彼女は、ニカッと、太陽のように笑う。
「……だけど! ボクに、任せとけ! アンタのメシ、食い逃げするわけには、いかねえからな!」
ララも、ミミの手を引いて、立ち上がった。
「ララもやる! 強くなるにゃ! お姉ちゃんと、ユートお兄ちゃんのご飯は、ララが守る!」
「……わ、わたくし、も…!」
ミミが、震える足で、一歩、前に出た。
「……強く、なりたい、ですウサ…! もう、ララに、守られてるだけじゃ、嫌、だから…!」
三人の、力強い、決意の瞳。
俺は、その答えに、静かに、満足げに、頷いた。
(やれやれ)
(俺の静かで平穏なスローライフ計画は、こうして)
(『最強美少女パーティー育成RTA(メシ担当)』という、まったく望んでいない激務に変わってしまった)
だが、不思議と、気分は悪くなかった。




