焚き火を囲んで、未来の話をしよう
あれから、三日が経過した。
俺、ユートのスローライフ計画は、もはや見る影もなく、宿屋『旅人の羽』の俺の部屋は完全に「女子寮の談話室兼食堂」と化していた。
「ユートお兄ちゃん! お腹すいたにゃ! 朝ごはんはまだか!」
「こらララ! 抜け駆けは許さないぜ! ユートの隣はボクの席だ!」
「あ……あの、クロエお姉ちゃん、ララちゃん、けんか、ダメですウサ……」
朝。俺が(4度目の人生で染み付いた習慣で)早朝に目覚め、階下の厨房で朝食の準備を終えて部屋に戻ると、そこにはすで、俺のベッド(俺は床で寝ている)を占拠してぐっすり眠っていた三人の美少女が、完璧な連携(?)で目を覚まし食卓を囲んで騒いでいるのが日常となっていた。
(……うるさい。本当に、うるさい)
俺は、湯気を立てる『野菜とベーコン(もちろん俺のインベントリ品)のスクランブルエッグ』の大皿をドンとテーブルに置きながら、盛大にため息をついた。
あの日、路地裏で保護した獣人姉妹、ララとミミ。
あの時は、あんなに怯えて、骨と皮みたいに痩せ細っていたというのに。
「「いただきますにゃ(ウサ)!」」
「あ! ララ! その一番おっきいベーコン、ボクが狙ってたやつ!」
「早い者勝ちだにゃ! うまーい! ユートお兄ちゃん、最高!」
「あ、あの…クロエお姉ちゃん、こっちの、おっきいですウサ…どうぞ」
「お! ミミは気が利くな! よしよし、ミミはボクの妹分だ!」
「にゃー! お姉ちゃんはララの! クロエお姉ちゃんは、ユートお兄ちゃんのお嫁さん(?)でしょ!」 「なっ!? ば、バカ! ララ、てめえ、何を…!」
「(もぐもぐもぐ……)」
(……)
この三日間、俺は【料理(Lv.MAX)】のスキルをフル活用し、彼女たちの(主に精神的な)回復に全力を注いだ。
初日の『ミルクポトフ』に始まり『滋養強壮のリゾット』『疲労回復の薬膳スープ』『(おやつとしての)精神安定のハーブクッキー』……。
その結果。
獣人族が持つ元々の驚異的な回復力も相まって、二人の傷(外傷も、そして心の傷も)はあっという間に癒えていった。
いや、癒えすぎた。
特に妹のララ。
「お兄ちゃん! おかわり!」
「……ララ、お前、今ので三杯目だぞ」
「だって、お兄ちゃんのご飯、美味しいんだもん! ね、お姉ちゃん!」
「は、はい……。おいしい、ですウサ」
姉のミミは、まだ少し臆病さが残り、ララの後ろに隠れがちだが、それでも俺やクロエを見る目にあの路地裏で見たような「絶望」や「怯え」は無くなっていた。
何より、二人ともよく食う。
痩せ細っていた頬も、この三日で少しふっくらとし、子供らしい(いや、美少女らしい)血色を取り戻していた。
(まあ、元気になったのは、いいことだ。うん。本当に、いいことなんだが……)
俺の(貴重な)インベントリの食材ストックがマッハで消えていく。
そして何より、俺の静かなスローライフが一日たりとも訪れない。
「よし、ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでしたにゃ!」
「……ごちそうさま、でしたウサ」
三人が手を合わせる。
よし、と俺は立ち上がった。
「さて。じゃあ、俺とクロエはギルドの依頼に行ってくる」
「おう! 今日はオーク討伐だっけ? 稼ぎ時だな!」
「ララとミミは、宿屋で大人しくしてるんだぞ。主人には話を通してあるから、何かあったら大声で呼べ。いいな?」
「「はーい!」」
「あ、あの…ユートさん。お、お気をつけて、ですウサ」
ミミが、おずおずと、しかし心配そうに俺の服の袖を(初めて)小さく掴んだ。
「(!)」
その瞬間、クロエとララの視線がミミの指先に突き刺さる。
「(あ、やべ)」
俺は、新たな(面倒な)ヤキモチ戦争が勃発する前に、ミミの頭を「よしよし」と(兄のように)撫でてやる。
「ああ、ありがとう、ミミ。大丈夫だ。夕飯までには戻る」
「……はい!」
俺の(4周目補正の)完璧な「お兄さんムーブ」に、ミミは顔を赤らめながらも、嬉しそうに笑った。 ……それを見たクロエとララが、今度は俺に向かって「「じーーーーっ」」と無言の圧力をかけてきたのは言うまでもない。
(……はぁ。やっぱり、うるさい)
その日の夕方。
俺とクロエは、オーク討伐の報酬金(そこそこ美味かった)を懐に、アークライトの市場で買い物をしていた。
「しかし、ユート。お前、本当にララとミミをどうすんだ?」
クロエが、俺が買う食材(大量の肉と野菜)が入った袋を持ちながら、真面目な顔で聞いてきた。
「どうする、とは?」
「とぼけんなよ。あの子たち、『王家の血』なんだろ? あの奴隷商人が言ってた。絶対、訳アリだ。このまま宿屋に匿い続けるわけにもいかねえだろ」
「……違いない」
俺も、そのことをずっと考えていた。
元気になったのは喜ばしい。
だが、元気になったからこそ決めなければならない。
彼女たちの「これから」を。
「……だから、今夜、話を聞こうと思ってる」
「話、か」
「ああ。俺は、彼女たちを『買った』。所有権は俺にある。だが、俺は奴隷商人の真似事をする気は毛頭ない。かと言って、あの幼い姉妹を、このアークライトに放り出すわけにもいかないだろ」
「……だな。特にミミちゃんは、一人じゃ何もできなさそうだ」
「だから、だ。彼女たちが、本当はどうしたいのか。故郷に帰りたいのか、それとも、別の目的があるのか。それを、ちゃんと聞かないと」
俺は、一番大きな肉屋でとびきり上等な『グレート・ワイルド・ボア』のブロックと、『ロック・チキン』の丸鶏を(有り余る資金で)買い占めた。
「うおっ! ユート、買いすぎだろ! 今日はそんなに食うのか!?」
「ああ。今夜は、ちょっとした『お祝い』と、『決起集会』だ」 俺は、ニヤリと笑う。
「シリアスな話は、美味いメシと、腹いっぱいになった後がいい。そうだろ?」
「……へへっ。師匠らしいな、まったく」
クロエも、俺の意図を察して悪戯っぽく笑い返した。
その夜。
俺たちは、宿屋の部屋ではなく、アークライトの街の外壁近くギルドが管理する「安全な野営地」の焚き火を囲んでいた。
「うおおおおお! 肉! 肉だにゃー!」
「す、すごい…! おっきな、お肉…ですウサ!」
ララとミミは、人生で初めて見る(であろう)、豪快なバーベキューに目を輝かせている。
焚き火にかけられた鉄網の上で、俺が(インベントリから取り出した)特製の鉄串に刺した、巨大な猪肉と鶏肉、そして色とりどりの野菜が、パチパチと音を立て脂を滴らせていた。
ジュウウウウウウウウ……!
「(……くぅ。この音、この匂い。これだよ、これ!)」
俺は、この日のために(3周分の知識を)魔法で即席醸造した『特製バーベキューソース(醤油・ニンニク・蜜キノコ(みりん代わり)ベース)』を、刷毛で肉に塗りたくっていく。
醤油の焦げる、暴力的なまでに香ばしい匂いが夜のキャンプサイトに充満する。
「うぐっ……! ユート、その黒いソース、反則だ! 匂いだけでご飯三杯いける!」
クロエが、自分の分の串焼きを(まだかまだか)とよだれを垂らしながら待っている。
「はいはい、焦るな。もう焼ける。ミミ、ララ、皿を」
「「はい!」」
俺は、完璧な火入れ(外はカリッと、中はジューシー)に焼き上がった串焼きを、三人の皿に公平に(ララには少し大きめのを)盛り付けていく。
ついでに、もう一つの鍋でコトコト煮込んでいた、具沢山の『野菜と干し肉のコンソメスープ』も振る舞う。
「「「いただきます(にゃ・ウサ)!」」」
三人の元気な声がハモる。
ララは、熱がるのも構わず巨大な猪肉にかぶりついた。
「あふっ! あふっ!……う、うまーーーーい! にゃあああ!」
(肉が、柔らかい! 噛むほど、肉汁が!)
ミミは、お淑やか(?)に鶏肉と野菜を交互に口に運ぶ。
「(……はふっ)……おいしい、ですウサ。この、黒いソース、初めて食べました…。お野菜も甘い…」 (温かい…。お外で食べるご飯って、こんなに美味しいんだ…)
クロエは目を閉じて、串焼きの味を堪能している。
「(……くぅぅぅ! これだよ! ユートのメシは、なんでこんなに美味いんだ! この醤油ベースの甘辛さ! 最高だぜ!)」
三人が無言で、夢中で、幸せそうに俺の作った料理を平らげていく。
その光景を見ながら、俺は(自分の分の、一番デカい串焼きを食べながら)静かに満足していた。
(よし。腹は、満たされたな)
食事が、一段落した。
ララとミミのお腹は、はち切れんばかりに膨らみ、二人とも満足そうに、(少し眠そうに)焚き火の柔らかな光を見つめている。
クロエも、食後のお茶(もちろん俺のインベントリ品)をすすり一息ついていた。
パチ、パチ、と。
穏やかに、焚き火の爆ぜる音だけが響く。
緊張も、警戒も、食欲も(?)、すべてが満たされ溶けていくような、完璧なリラックス状態。
(……今、だな)
俺は、飲み干したお茶のカップを静かに置くと、焚き火の向こう側に座る、ララとミミに、ゆっくりと視線を向けた。
俺の、その真剣な(だが、威圧的ではない)気配に、クロエも、ララも、ミミも、自然と顔を上げた。
「……美味かったか?」
俺の最初の言葉は、それだった。
ララが、眠そうな目をこすりながら、元気よく答える。
「うん! 世界一、美味しかったにゃ!」
ミミも、小さく、しかし力強くこくこくと頷いた。
「そっか。よかった」
俺は、静かに笑う。
そして、その笑顔のまま本題に入った。
「さて。……腹もいっぱいになったところで、少し、真面目な話をしよう」
「「……!」」
ララの虎耳が、ミミの兎耳がピコンと緊張に跳ね上がる。
俺は、彼女たちを怯えさせないよう、できるだけ穏やかな声で言葉を続けた。
「無理にとは言わない。嫌なら話さなくてもいい。……けど、君たちのことをもっと知りたいんだ」
俺は、焚き火の炎を見つめながら静かに語りかける。
それは、あの路地裏で彼女たちを庇護下に置くと決めた、俺の「責任」だった。
「俺は、君たちを『買った』。でも、奴隷にする気は一ミリもない。……だから、君たちがこれから、どうしたいのか教えてほしい」
俺は、二人(特に、姉のミミ)の瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。
「何か、俺に手伝えることがあるかもしれないから」




