【#03】予想はマーブル模様。偽名要求はノーセンキュー!
「サイアク」
そんなことだろうと思ったけれど、やっぱりスマホねーし。
申し訳程度の大きさのポッケしかないブラウスに、スマホを入れておける場所はない。
入っていたのは、小さな星のかたちの⋯⋯醤油差し? 学校とかで流行ってるワケ?
胸ポケットに中身を戻しながら、視線と左手をを更に下へ。
チェック柄のスカートにはポケットすらない。
靴下に至っては言わずもがな。触れるまでもなし。
⋯⋯そういや、そもそも魔法使えんの? 今の俺って。
短い身体検査の結果、予想通りスマホが見つからなかったことで、すっと冷えた頭が、スマホよりももっと大切なことにようやく思い至った。
いつの間にか崩してしまった足で正座し直して、スカートの裾を整え、深呼吸。
「読み」を使うだけだってのに、可笑しいくらい緊張しているのは、十中八九駄目だろうってのが、わかってるせい。
けど、万が一ってこともあるだろうから。
自分に言い聞かせて、いつもと同じように⋯⋯あ、ダメだこれ。
このちびっ子、魔力自体はあるけど、宮代の子じゃない。
補助端を使って、ブーストをかける時の要領で、体内を巡る魔力の微かな熱を捕捉した俺は、「読み」を使えなかったことへの落胆八割。
ああでも、スマホさえ見つかればどうにでもなりそう。
そんな二割分の楽観的観測が、マーブルに混じり合ったため息を吐く。
⋯⋯うん。窓ガラス越しに見える外の景色は、まだ十分明るい。
「レセプションは二十時からだったし」
つまり時間は全然大丈夫。
まさかここが国外なワケない。電話くらいあるだろう。
となれば、住民に接触すれば問題なし。
よーし、そうとなれば――ん、足音。
「レベッカちゃん、起きてる? お部屋、開けてもいいかな?」
「う、うん。いいけど」
いやに探るような声音が、閉め切られた襖越しに届くもんだから、俺も怪訝そうな声音をつくり、眉をへの字に寄せて答えてやる。
すると、ゆっくりと開いた襖の隙間から顔を覗かせたのは見知らぬ女だった。
年のころは、四十くらいで、髪はひっつめ。
日焼けをあんまり気にしないタチなのか、ソバカスがあるけれど、まあまあ整った顔立ちに見える。少なくとも、母さんよりかは、美人。
そんでもって、俺の知らない顔。
いかにも怪しい。
女は、警戒心を露わにしている俺を安心させたいのだろう。
畳に女座りをして俺と目線を合わせ、そう努めているのが見え見えの穏やかな声音で話しかけてきた。
泣き黒子がチャーミングに見えるように、ちょいと首を傾げているのは、わざとだろうなと思いつつ、俺は彼女の言葉を聞く。
「ごめんね、知らないおばさんのうちだし、心配だよね。でもね、レベッカちゃんは、当分このお家に泊まるから、早く仲良しになってくれると、おばさん、嬉しいな?」
「えっ、どうして⋯⋯?」
「東京の宮代さんの御屋敷で言われたでしょ? お母さんたちを探しに家出や無理ばっかりしちゃうから、人がいっぱいいる都会じゃあ危ないし、ここなら東京より落ち着いて過ごせるだろうからって」
「ママたちは⋯⋯?」
「おばさんちからだと連絡がつかないの。でもね、きっと迎えにきてくれると思うわ。だからね⋯⋯」
スゥ、と一呼吸置いてから、女は続けた。
「この町で過ごす間のお名前は、何がいいかな?」
⋯⋯⋯⋯、⋯⋯はい?
えーと、見知らぬおばさん。
さらりと言ってくれたけど、年端もいかない子どもに偽名を名乗れって普通の会話じゃないぞ。
俺、じゃなくて、この子は一体、何者なんだよ?
それに、今、東京の宮代の御屋敷って言ったよな。
まさかとは思うけど、俺んちのことじゃあ⋯⋯。
でも、この子のことなんて、俺、何も聞いてないぞ。
どういうこと?