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【#26】火花散る「読み」とバリア、からの、“どストレートな声の主”来たる:星の形をしたしるし

 先生が上がってくるのに、どうして、気づかなかったのだろう。


 そんなことを思った俺の心に、わずかなノイズが走る。


 ——うん、間違いない。今、まさに「読ま」れてる——。


 そうこうしている間にも、生来の魔法と、人工魔法(チル)が、氷でできた火花を散らしている。そんな気がして、俺は表情を変えないまま、バリアを支えるEAPに、生成パターンの変更を命ずる。


「そんなに懸命に隠すなんて、怪しいことをしてるって、主張してるようなものだよ。未熟だなあ」


 全てお見通しみたいに振る舞う先生に、俺は少しだけ反抗的な返事を返す。


「年下の先生に、言われたかないけどねっ!」


 ベッカちゃん、《鋏》を立ち上げたら絶対に駄目だからね!


 先生に負けじと声を返すのとほとんど同じタイミングで、握りしめた星を中心に、魔力を練ろうとしているレベッカに胸の中で大声で呼びかけた。


 さっきのトラックにやったようなことをこの場でさせたら、どうなるかなんて、火を見るより明らかだ。


 レベッカが手負いの獣みたいな剣幕を見せている理由はわからないけれど、この手のひらが握って離せない星の形をした器。原因がそいつにあるのは間違いなかった。


「お願いだから、星、離して!」


(やだ、はなさない!)


「もう! 何やってるのさ!」


 言うが早いか、ずかずかと距離を詰めてきた先生が無理やり星を取り上げた。小さなキャップをひねって、器の内側に入った透明な雫を星から追い出す。


 再び蓋をされた小さな星を、レベッカの手のひらに返すと、先生は口を開いた。


「昴もいっしょになって魅入られて、らしくないよ? 『読み』過ぎはダメ、ってボクに教わったんじゃなかったの?」


「⋯⋯⋯⋯」


「中身がないから、返すけど、扱いには気をつけようね。さあて、お説教は終わり。そろそろ、練習にしよう?」


 明るい日が射す窓の外に視線を移して、先生が呟いた。


「やりたくない。ショウ兄ちゃまの、いじわる」


「――ママたちのところに、帰りたくないの?」


「かえりたいけど、きょうはやなのっ」


 分からんじんの小さな女の子そのものな態度で、椅子から飛び降りたポーリャは、傍らのベッドの上で整えられていた毛布を頭からかぶると、手のひらを強く握りしめた。


 俺は、その手をかわりに開くことはせず、ただただレベッカの心を見つめることにする。


 こういうときに無理強いしたら、却ってこじれる。


 数日間の彼女との付き合いで身につけた学びに従い、俺は静かにレベッカの次の反応を待った。


 すると、いきなり電池が尽きたように、お昼寝されてしまった。さすがに、あぜんとするしかない。


 でも、まあ仕方ないのかも。彼女と無理やり交代したときの、なかなか激しかったハートビート。あんなに速い鼓動じゃあ、そりゃあ疲れちゃうよね。


 五歳児と共有中の頭に浮かんだ疑問と呆れを、俺は、そんなふうにして、どうにか満足させたのだった。



  ◇



「ねえ、ショウ? いつまで待たせ……ありゃ、ポーリャちゃんは、おねむ?」


「うん、小さいからね、起きてられないんだよ。夜中も起きてたしね」


「そっか、そうだよね。⋯⋯あたし、これだけ干したら、帰るね」


「送りは?」


「いるわけないし! うちら、中学生よ? 自転車、明日でも平気?」


「大丈夫だよ、もちろん」


「知恵先生が帰るまで、付き添おっか?」


「いらないよ。ゆき、わかってると思うけど」


「魔法案件は、口外と追及禁止? あたしもセミだけど一応宮代家だし、わかってるってば!」


 シーツ、干してくるね。ゆきの声とパタパタした足音が遠ざかっていく。


 母さんの声、あれはあんまり、よくない時の声だけど、伝えた方がいいのかな。


 ドアが閉じる音がして、少しだけ安心した俺は、レベッカが頭からおっかぶっていた、シルバーグレーの毛布をめくり上げ、先生を上目遣いでそっと見つめた。


 先生は、窓の外をひどく難しそうな顔で眺めているようだった。


 星のこと、先生は知っているよね?


 伝えたいことも、尋ねたいことも、たくさんあるのにままならないな。


 思いながら、《鳴神》アプリを起動。


 例え夢越しでも、レベッカには見られたくないメッセージを打ち込んで、不可視の送信ボタンを脳の中で俺は押す。


 先生、早く読んでくれたらいいんだけど。なかなか読まれない気が、何となくするんだよなあ⋯⋯。


  ◇

 

「おかえりなさい、師匠。実は、謝らないといけないことがありまして」


「なあに、やぶからぼうに」


 夕暮れを過ぎた薄闇の中、「読み」の働きを模倣するチルアプリ《ドヴォルザーク》でそばだてている耳に、先生と知恵さんの声が飛び込んできた。


 中身のなくなった小さな星の形をしたしるしを、レベッカの手のひらで弄びながら、俺はその声に心を傾ける。


 窓ガラスのことでも謝るんだろうか。思いながらいると、割り込むような一言が耳に突き刺ささった。


「知恵! それより私の荷物はどこへ運べばいい?」


 ん? この声はどこかで聞いたことがあるような——。


 嫌すぎる予感がして、俺はムクリと起き上がった。


 ()が昔作ってもらった、EAP内の親族リストをめくるまでもなく、たどり着いた答えは、俺が苦手な親戚のおば⋯⋯おねえさん、にそっくりだった。


 ――そういや、あの人も、先生の母方の親戚だったっけ。


 今朝早くの掃除の時の先生とレベッカのやり取りを思い出しながら、充電ケーブルの先に繋がれたままのEAPに、《光学迷彩(カモフラージュ)》を施す。


 声の主が「あの人」なら、未来のスマホが見つかったら絶対にまずいから、置いていくことは秒で決めた。


 リンクの糸を細く引き伸ばすようなイメージを頭の中に維持しながら、半分寝ぼけているわりに、あいもかわらず星を離さないレベッカといっしょに、右手で手すりを伝って階段を降りる。


 階段の踏み板から、ギシリと、音がする。


 会いたくないなあと、心の底から思っている俺の気持ちみたいなきしみ、だな。頭に浮かんだそんな感想を、再び沈めるように、足を下ろす。


 大丈夫。

 昴はまだこの時代では生まれていないんだから、普通にレベッカっぽくしていれば、いいだけ。それだけだし。


 その普通が、星の形をしたしるしのせいで、滲んだみたいにはっきりしなくなっていることを、努めて考えない様にしながら、俺はさらにレベッカの右足を前に踏み出した。


 自然に、そう、自然に。


 踊り場に立ち、俺は壁から顔を覗かせ、あ、目、合っちゃった。


「へえ、案外可愛いじゃない? 《狐の鋏》の子供だって言うから、もっと違うのを想像してたけど」


 床の鳴る音で、俺が緊張しながら降りてくることがわかっていたのだろう。


 お土産の包みと、彼女の荷物で両手をいっぱいにした先生の傍らに立っている、鮮やかなストロベリーブロンドをポニーテールにした小柄な少女が、俺たち(ポーリャ)の方を見上げながら、不敵そうな笑みを投げつけてきた。


 百四十センチ台前半にしか見えない彼女は、俺の記憶よりも、遥かに若くて勝ち気そうな、リニアお姉さま、先生の母上の末妹であるリーリヤ・リニア・ロウ、その人に間違いがなかった。


「リン姉さん、ポーリャちゃんに圧かけすぎ。あの星は、そういうのじゃないからね?」


 俺の左手をチラと見やった先生には一瞥も返さず、聴覚自慢のロウ家の「読み」の少女は、顎を小さく上げると、ほとんど挑発する勢いで、告げる。


「嘘が聴こえて来てるわよ、宮代笙真君。アレが噂の魔力加速器と使い手なんでしょ? 笙真の試作機とどっちがすごいか試してみたら、kill(いっ) two() birds() with() one(ちょ) stone()よね? ねえ、ちびっこいの! キミのお星さま、すごいんだってね? このリーリヤ様とお手合わせしない?」

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