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【#21】薄明✕惰眠=目論見ゲシュタルト:目が覚めたら「突撃! ポーリャの森屋邸訪問」真っ只中だった件について


「ボクらのあとを()けてきた、ゆきが最初に気付いたんだよね。師匠の家に怪しい人影が入った、って」


「尾けてきた?」


 思いがけない先生(ししょー)の言葉。


 てっきり彼と母さんとミフネの三人が一組で行動しているとばかり踏んでいた俺は、レベッカと一緒になって目を(しばたた)かせた。


「うん、ボクが家を抜け出すんじゃないかって、見張ってたみたい。ま、バレたのがボクだけで済んだから、良しとするしかないんだけどね。そんなわけで、警察を呼んだのはゆきで、石を投げたのはボクだよ」


 俺たち二人に向けて、先生は、赤いスマホの画面を指でなぞりながら、どこか拗ねたような口調で呟く。


 ⋯⋯あのさ、先生。悪いんだけど、全く話が見えないぞ。


 掃除の間に、散々粗忽なところを見せてくれた彼が絶対に「読み」間違えたりしないよう、心の中でしたためた感想を、レベッカの声か、視線か、LINEか、どんな手段を通じて伝えようかと俺が考えはじめた瞬間だった。


 スマホからの通知を報せるための鳴動が、レベッカには教えていないチル魔法で構築されたルートを駆け抜けてきた。


 数日前から使い始めていたLINEからと思いきや、通知を発していたのは、《鳴神(なるかみ)》という呼出符丁のついた、「あなまほ」系EAP専用アプリの中でも最古参の部類に入るコミュニケーションツールだった。


“驚いたな。よく接続できたね”


“プロトタイプと基本設計は変わってなさそうだったから、やってやれないことはないと思ったんだ。LINEじゃあ、誰かにボクのスマホを覗き見されたらおしまいだからね。ミフネさんのことは、レベッカ嬢も知ってるわけ?”


“顔くらいは分かってると思うよ。今朝は、俺しか会ってないけど”

 

 一瞬のこととは言え、何世代も違うチル同士をじかに繋げてやり取りをしたことで、温度が急上昇しているに違いない赤いスマホを、さりげなく剥き出しのマットレスの上へと転がしながら、肩を竦めた彼は、俺たちの目を覗きながら尋ねてきた。


「ポーリャちゃんは、佐野ミフネっていう女の子を、覚えてる?」


「おぼえてるわ。あしがいたくて、さむかったポーリャに、かさをかしてくれた、やさしいおねえちゃまでしょ」


 優しい、ねえ。レベッカからするとそういう解釈なんだ。まあ、あの場で一番の悪役(ワルモン)だったのは、俺だしな。仕方ないか。


「実はさ、あの人に頼まれて、猫攫いの犯人探しをしていたところなんだ」


「はあ? 猫攫いの犯人探しぃ?」


「しっ、声が大きいよ。ゆきが起きちゃう」


「悪い」


 レベッカの、高くてよく通る五歳児の声を思わず上擦らせちまった俺に、ドアを閉めながら先生(ししょー)が言った。


「ミフネさんたってのお願いなんだよね。なんでも、友達が何人か危ない目に遭ったらしくて」


「おともだち?」


「うん、お友達。といっても、飲み友達らしいんだけどね」


「⋯⋯あのさ、全然話が見えないんだけど」


 さっき結局、どの方法でも伝えなかったのと、形の上ではそっくりだけど、言及している中身が別なことに変わった感想を、今度こそレベッカの口を借りて俺は小声で呟いた。


 だってさ、あの子、十歳くらいだろ。


 飲み友達って言い方が馴染む年にはとても見えないぞ?


 それに、猫攫いで、危ないことになったのが何人も? 明け方に出水邸の寝込みを襲ったみたいな、人攫いじゃなくて? 全然、訳が分からない。


 そんなふうに思った俺は、先生の返事を待とうと静かになる。空気を読まないで、レベッカがまた口を開いた。


「ねこって、にゃあんってなく、ねこ?」


「そうだよ。その猫。ミフネさんはね、猫なんだよ」


 毒気の「ど」の字もないレベッカに向けて発せられた、彼の返事を受けて、なお一層、俺の頭は混乱してしまった。


 まるで、猫が人間に変身したみたいな口振りだったからだ。


 魔法と関わりのある猫といえば、“使い魔としての猫”だけど、アレは「あなまほ」で解析可能だから、違うよな。 


 もちろん生物学上の猫では、もっとあるわけなかろうし。


 使い魔以外で、猫と魔法使いの両方に関係するものって、ほかに何かあったっけかなあ。もしかして、先生が二回目に言った「猫」は何かの(たと)えなのだろうか。


 ますます混迷の度合いを深めた、彼の発言の解にどうにか近づこうと、俺が頭をフル回転させているのを分かっているはずの先生はそれ以上何も言ってくれなかった。 


 ゆきの「顕し」と同様に、ミフネのことも、詳しくは現時点ではまだ内緒というつもりらしい。


「もう十分明るいね。ゆきを起こして家に送るけど、ジソウに通報されないように付き合う?」


 色の薄い瞳を窓の外に向けた先生が、茶目っ気のある口調で嘯きながら、ドアノブを引いた。


「俺は、パス」

「ポーリャはいきたいな」


「意見が割れたね。どっちが折れる?」 


「そんなの決まってる。俺は魔法抑制AIだもん」


 レベッカのために誂えたEAP専用アプリ《ドヴォルザーク》の稼働状態を、ニュートラルの一歩手前まで進めた俺は、最後まで切らずに残しておいた発声器官の自由――レベッカの喉へと繋がった俺の「下り」――を通じて、返事をする。


 それと同時に、AIに「両親」なんているはずがないのだから、レベッカには知られていないチルでの経路と、《鳴神》の機能を使って、ただのテキストよりかは少しばかりデータ量の多いメッセージを先生へと送った。


 “頼むから、女の子二人に余計なことは言わないでくれよ。未来から来た宮代ゆきの息子が、ベッカちゃんの心の中にいることなんかは、特にね”


 彼からの返事はなかったが、スマホの温度が下がれば、何かしら反応は返してくれるだろうと思った俺は、レベッカと先生に向けて、AIのポーリャはスタンバイに入るけど、なにかあったら呼んでいいよと音声で言い残して、午前二時で切り上げざるを得なかった睡眠を、堂々と貪りなおすための態勢に入る。


 猫、分析不可能な変身魔法、冷たい手のミフネ、余り物の音⋯⋯。


 ぐるぐると回しすぎてトラのバターのようになった四つの言葉を、眠気と混ぜ合わせながら、俺は夢に落ちる瞬間まで考え続けた。


 本当に、ミフネって子は一体何者なんだろう。



  ◇



 目が覚めたら、出水邸に帰宅していますように。


 母さんの相手という面倒事をスキップできているわけだし、寝具の洗濯もまるごと残してきてしまっている。ならば、早く戻れるに越したことはないんだから。


 そんな風に密かに願っていた俺の期待通りにことが運んでいないのは、起きた瞬間、すぐに分かった。


 ポーリャ・カントリー・ロードと名乗るレベッカの真後ろで正座している母さんが、彼女の癖のあるブルネットの長い髪を手にとって、ああでもない、こうでもないと色々と試行錯誤をしていたからだ。


 場所は、俺が小っちゃい頃、我が家の次に馴染んでいた森屋邸の吹き抜けのある大きなリビングだった。 


 時代がかって、黒光りしているウォルナットで組まれた梁見せの高天井を、まじまじと興味深そうに見上げながら、レベッカはまんざらでもない様子で、母さんの手に身を委ねて、おしゃべりに興じている最中である。


 先生の姿は、なくはないが、壁にもたれてこの家のペットの猫たちと一緒に寝息を立てていた。ついでにいうと、《鳴神》には返事が来ていなかった。もちろんLINEにも。


 そんな状況下だ。途中で口を挟んだところで、碌な結果が待っているとは到底思えなかった俺はEAPを介して辺りを眺めつつ、彼女の胸の中でおとなしく我慢を続けていたのだが⋯⋯会話が(なげ)え。


 なかなか途切れないおしゃべりに、うんざりとした俺は、心の中で顔を顰めた。


 俺が目を覚ましてから、もう三十分は経っているぞ。いつまで続くんだ、このとりとめのない女の子同士の雑談って奴は。


「それでね、笙真ときたら――」


「ゆきさん。いい加減、使った器を片付けなさいな。春休みだからと言って、だらしなくしていてはいけませんよ。そっちの小さなお客様もです」


「はあい。わかりましたよ。みかげおばあちゃん。⋯⋯ごめんね、ポーリャちゃんもお手伝いしてくれる?」


 突然、隣の部屋から割って入った癇の強そうな声。レンズの向こうで、楽しそうに先生の小っ恥ずかしい子供時代の失敗談を披露していた母さんが、一瞬だけ表情をなくしたのが見えた。


 レベッカの髪を梳かしていたブラシを傍らに置くと、母さんは俺たちの手を取り、立ち上がらせる。


 ゆっくりと振り向いた母さんに合わせて、声の主を見上げたレベッカの琥珀色の瞳と、そこへ意識を重ねた俺の視界に、宮代ゆきがおばあちゃんと呼ぶには若すぎる、小柄な黒髪の女性の姿が飛び込んできた。


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