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【最悪仕様のチート魔法】空飛ぶ未来スマホと、【彼女】の帰還顛末記はステラ・マズルカニクル  作者: 庭廷梛和
第1部 第1章 出会いは、【2024】 マイナス26年目の年度末
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【#13】ひめやかなる、俺の黒衣宣誓―tea break―


 公式に記録されているスマホアプリ「あなまほ」のリリースは、二〇二二年の七夕。ええと、今が令和六年だから――


「令和四年。その日は、元総理大臣が、白昼堂々射殺された日のちょうど前日だよ」


 覗き込んだ目を通して、俺たち二人の心を字面通り「読んだ」のだろう。


 俺とレベッカの左手首を捕まえたまま、先生はこともなげに俺が行おうとしていた、西暦から和暦への年号変換の答えを口にしてきた。


 彼の淡い色をした虹彩に映った幼い子供――レベッカの表情は、険しい。


 無理もない。まだ五歳だというのに、明確な嫌悪感を込めて、俺たちを盗撮を意味する、キャンディッド(アバキ)と呼んで憚らなかった娘だ。


 そうでなくって、心を無遠慮に「読まれる」なんて宮代家の人間として、多少慣れているはずの俺だって嫌なんだから。


 生まれたときから一緒だった「読む」ための魔法(ちから)を未来かどこかに落としてきてしまった俺には、先生がどんな意図を持って「人が殺された話」を付け加えたのかは、よく分からなかった。


 とはいえ、彼の瞳に映った幼女の顔を見る限り、レベッカが彼の言葉に酷く不快な思いをしているのは間違いはなさそうだ。


 先生はと言えば、「明かし」が視覚経由の「読み」を連続使用する際、無意識にやりがちな「読み」の区切りごとの(まばた)きを、正に行ったところだった。


 彼は、それぞれ違う理由でもって沈黙していた、俺たちの目を再び見つめながら続けてくる。


「そうさ。昴が思っているとおり、あの日プレイストアからダウンロードできるようになった最初の『あなまほ』を作ったのはボクだよ」


 どんな天才でもEAPなしでは絶対に不可能な芸当である、(かせ)――魔法を練り上げるまでのインターバル――を無視するように続けて何度も「読み」を披露するという離れ業を軽々とやってのけた彼は、空中に浮かんだままの俺のEAPに視線を移した。


「もちろん、ソレに入っているような多機能(りっぱ)なのは重くて動かせたもんじゃなかったから、ボクのスマホにあるのは、最低限の機能しかない軽量(ライト)版だけど、基本的にはおんなじだよ。重い処理になると、持っていられないくらい本体が過熱されちゃうのも一緒。その対策に、手で持たなくてもいいように空を飛ばせるなんて、すごい技術だよね」


「――そのこと、知恵さんは知ってるのかよ」


 どう考えても、本家の外で弟子をしている少年の手には余りそうな内容を一息に告げた先生。

 その姿にうすら寒さを覚えた俺は、掴まれたままの手首を振り解きつつ、少しだけ硬い口調で尋ねる。


「多少かな。さっきのお化けの例えが出るくらいには知ってるよ。機械のことはからきし(・・・・)だから詳しくは踏み込んでこないけどね」


 うわお、なんか知らないけど凄いもん引き当てちまったみたい。こりゃあ、大人たちは嫌がっただろうなあ。俺だって嫌だもん。


 この時代にはまだ存在しないはずのEAPの名称を一度だけ口にした先生に、カマをかけるつもりでしかなかった俺は、目の前の少年が、口さがない年寄りどもが時々忌々しそうに言っている「薄血の弟子」の走りに差し掛かろうとしている、張本人であることに思い至って空恐ろしくなった。


 同時に、これ以上、それこそ一秒だって、彼の魔法の前に心の(うち)を無防備に晒したままにしておきたくないと、宮代家の魔法使いのEAPには絶対に積まれている基本機能のひとつで、《基板上のバリア》と名付けられている“心を「読ませない」ための壁”を、再び外向きにも働かせながら、レベッカに尋ねる。


 なあ、ベッカちゃん。さっきはああ(・・)言っちゃったけど、ホントにこの人に魔法を習うつもり? やめるなら今しかないぞ、絶対。魔法の基礎くらいなら、俺でも教えてあげられるしさ。


 俺の問いかけに、すぐさま返ってきたレベッカの返事は、はっきりとしたものだった。


(やめないよう。早く魔法が上手になればママとパパが迎えに来てくれるもん。それに、このお兄ちゃまはせかいいちの魔法使いなんでしょう。スヴァルくん、さっき、いっしょうけんめいそうゆったわ。だからスヴァルくんよりお兄ちゃまのほうがベッカはいいな)


 そうだった。


 お化けの話をきっかけに泣き出したレベッカの気持ちを、手っ取り早く立ち直らせるため、先生のことを、俺の知る限り世界最高の魔法の使い手だと全力で褒めちぎったのは、ほかならぬ自分自身だった。


 五歳児なりのしっかりした根拠と意思をもった彼女の言葉に、俺はどうしようかと少し迷った末――わかった。なら、「AIのポーリャ」は全力で協力するよ、改めてよろしく、と告げた。


 俺の同意を得て、レベッカは嬉しそうに口を開く。


「スヴァルくんがあなたは、せかいでいちばんにすごい魔法使いだってゆってたから、ベッカに魔法を教えてください、『明かし』のお兄ちゃま!」


「――ちょっと待って、昴。これどういう流れ?」


 いきなり蚊帳の外に置かれる形になった先生が、目を白黒させる。その姿は、日本人には珍しい、少しだけ淡い色の目や髪などを別にすれば、どこにでもいそうな童顔の少年だった。


 俺は、先生の血筋に関するセンシティブな話題は避けつつ、日頃の俺が先生のことをどう評しているかを告げ、レベッカと先生の間にあったギャップを埋めてやる。


 普段なら絶対口にしないような表現を織り交ぜての説明は、ものすごく気恥ずかしいもので、俺は例のアプリを自分のためだけに操って、どうにか頰を赤らめることなく、罰ゲームにしか思えない話題をやり過ごしたのだった。



  ◇



「――そう。じゃあ、昴君は、ペトロワさんのために、黒衣(くろご)になるって决めたのね。本当にそれでいいの?」 


「いいと言いますか、それが一番妥当かなあって。俺は、ここにまだいないはずの人間ですし。正直なところ、設定を頻繁に変えるのは、スマホにも俺にも酷だってのもありますしね」


 深夜徘徊をしていた不良中学生は、昼寝の最中である。ついでに言えば、EAPもバッテリーがそろそろ枯渇しかけていたので、今は俺の手元にはない。


 そんなわけで、俺と知恵さんだけが囲む席には、当然、二人分のお茶だけが供されていた。


 冷まさなくて、熱いままでいいですとリクエストした通り、柔らかな湯気をあげる日本茶――南部茶という銘柄が示す通り、山梨県南部町産のお茶――を俺は、レベッカの舌を火傷させないように気をつけて口にする。


 香りと甘みの塩梅がちょうどいい澄んだ緑のそのお茶は、今のような午後のひと息入れたい時間にはまさにぴったりで、普段は紅茶ばかりの俺でも目を(みは)るような一杯だった。


「ふうん。昴君がそう决めたのだったら止めないけど、あんまり気負っちゃ駄目よ。慣れない環境にいるのはペトロワさんも貴方も一緒なんだから、大変なときは必ず大人を頼ること」


「⋯⋯俺、あと半年もすれば成人なんですけど」

「なら、全然子供だわ」


 子供扱いされる年でもないと主張すると軽く笑われてしまった。きっと、見た目が子供(レベッカ)だから、と思うことにする。


「ねえ、成人式って、五〇年の時も相変わらず二十歳でしてるの?」


「いろいろ、街によりけりです。『明かし』にとっては、十八になる前年がその手の行事の中では一番のメインですけれど」


「そうなの、じゃあまさにこれからってわけね。いいなあ、若いって」


 知恵さんも十分若いですよと言いかけ、それはさすがに失礼かもと思い直す。会話が途切れ、仕方なく俺はお茶を口に含んだ。やっぱりおいしい。


「それにしてもほんとにおいしそうに飲むわね。好きなの、お茶?」


「ええ、まあ。実を言うと、幼馴染の影響ですけどね」


「へえ、それってガールフレンドなの?」


「違いますよ。ただの腐れ縁ってやつです」


「女の子なのは否定しないわけね」


「さあ、どうですかね。おかわり、もらってもいいですか?」


 半分ほどになった南部茶を急いで飲み干し、席を立つ。台所に向かう俺の背に向かって、知恵さんは声をかけてこない。追求が止んだことに、ほっと息をつくと、遅れて声が追いかけてきた。


「来月になれば、新茶も出回るし、今は南部茶の紅茶もあるみたいよ」


 そいつはいいな、小鳥が喜ぶに違いない。絶対現地に連れて行ってやろう。


 踏み台の上で背伸びして、二膳目のためのお湯を急須に注ぎながら、俺は密かにそう决めたのだった。

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