表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第6話 さあ、働こう

 ……あーあ、マジで来ちまった。


 昨日の時点でこうなるとは分かっていた。分かってはいたが、実際に足を運ぶと違うもんだ。


 目の前にあるのは、大きな木造の建物。荷馬車が横付けされていて、男たちが忙しそうに荷を運んでいる。中からは木材を叩く音や、男たちの掛け声が響いていた。


 ──まさに『仕事場』って感じだ。


「ここであってるんだよな……?」


手に持った紙の地図と照らし合わせて、もう一度確認する。うん、間違いない。嫌になるほどドンピシャだ。


 ……はあ、気が進まねぇ。


 だが、どれもこれも飯のためだ。

 昨日の時点で、こんなことは覚悟していた。


 俺はため息をつくと、大きく一歩を踏み出した。




 倉庫の中は思ったより広かった。とはいえ物がごった返しており、通路は狭い。木材や木箱、麻袋がそこら中に積まれ、男たちが忙しそうに動き回っている。何かの仕分け作業をしているようだが、俺にはさっぱりだ。


「おう、やっぱり来たな」


 唐突に声をかけられる。顔を上げると、例の胡散臭い男――ゼクスがニヤニヤ笑いながら、嬉しそうに立っていた。


「……うるせぇよ」


 とりあえず一蹴。


 適当に返しつつゼクスを睨むが、全く気にする様子もなく、むしろ笑みを深めやがった。


「来るとは思ってたけど、ホントに来てくれるってのは嬉しいねぇ」

「なんだ、確信してたんじゃないのかよ」

「だってお前、働きたくねぇって全力で拒否してたじゃねぇか」

「……別に、それは今も変わらん」


 金さえあれば俺がこんなとこに来るはずない。ルゼさえ見つかれば、仕事が途中でも気にせずバックレるつもりだ。


 ゼクスはそんな俺をじろじろと観察し、ふっと笑う。


「まあまあ、そんなツンケンすんなって。まずは……そうだな、飯でも食うか。昨日のパン一つじゃ足りてねぇだろ?」

「まあな」

「ほら、こっち来い。朝食は用意してある」

「こんなすぐ……いいのか?」

「おう。腹が減ってちゃ、まともな仕事もできねぇからな」


 どうやら昨日言っていた「飯を食わしてやる」ってのは本当らしい。俺は少し迷ったが、黙ってゼクスの後をついていった。




 倉庫の奥には簡易的な食堂のような場所があった。丸い木製のテーブルがいくつか並び、そこに座って飯を食っている男たちがいる。粗野な連中ばかりだが、雰囲気は悪くなさそうだ。


「おい、新入り連れてきたぞー!」


 ゼクスが声をかけると、男たちがこちらを見た。


「お、あんたが新入りか?」

「ゼクスが連れてきたってことは、また面白い奴か?」

「ま、よろしく頼むぜー」


 軽く挨拶されるが、俺はなんて返せばいいのか分からず、ただ頷くしかなかった。


「……よろしく」


 ぎこちない返事になったが、男たちは特に気にすることなく、また飯に戻る。社交性ゼロの俺にはありがたい反応だ。


「ほら、ここに座れ」

「あ、ああ」


 ゼクスがとある席を指さした。そこには今の俺にとって、豪華すぎるほどの料理が並んでいた。


「……これ、俺のか?」

「おう。食えよ。タダ飯なんて久しぶりだろ?」


 ──野菜のスープ、焼きたてのパン、そして干し肉の盛り合わせ。


 まじか。最高か?


 目の前に置かれた飯を見た瞬間、どうでもいいことは吹き飛んだ。それはもう、一心不乱にかぶりついた。


「……おいおい、お前犬かよ」


 ゼクスが苦笑いしているが、無視だ無視。今は待ちに待った飯の時間だ。


「いい食いっぷりだな。たらふく、食うのは構わないが……当然、食った分は働いてもらうからな?」

「……わかってるよ」


 そりゃそうだ。世の中そんなに甘くねぇ。

 スープを飲み干し、俺はゼクスに尋ねる。


「で、週に何日働けばいいんだ?」

「基本、週六だな」

「しゅ、週六!?」

「当たり前だろ、仕事だぞ」


 当たり前ってなんだよ、そんなの知らねえよ。 


……てか、週六って普通にキツくね?


「でもまあ、そんなブラックな環境じゃねぇよ。飯と寝床は保証するし、給料もそれなりに出す。まあ、お前がまともに働けるかどうかは怪しいがな」

「……ああ、それは否定できねえな」


 俺の生活スタイルを考えたら、毎日働くってだけでも地獄のように感じる。


「とりあえずやってみろよ。意外と向いてるかもしれねぇぞ?」

「向いてるって、適当言わないでくれよ」

「ま、それはやってみてからのお楽しみだな」


 ──お楽しみじゃねぇ、どう考えても地獄だろ。


 そんな会話を交わしているうちに、朝食はほとんど食い終え、空腹も解消された。これで当分動けるだろう。


「で、お前さ」


 ゼクスが俺をじっと見ながら、ぽつりと口を開く。


 うわ、またなんか来るのか……?


「よくわかんねえけど、眼帯ずっとしてるよな?」

「……」


 思わず手が止まる。


 この話題……いつかは来ると思っていたが、まさか初日から直球で突っ込んでくるとは。


 デリカシーってのを知らないのか?


「何か理由があんのか?」

「いや、ちょっとな。昔の傷だよ」

「じゃ外せよ」

「は? 嫌だよ。話聞いてなかったのか?」

「お前なぁ……」


 ゼクスが呆れたようにため息をつく。


「別に気にしねぇけどよ、暑くないか?」

「暑くないっての」

「へえ、俺なら鬱陶しくて外しちまいそうだけどな」

「そうかよ、俺は外さない。ほっといてくれ」


 そう、絶対に外せない。右目に宿るのは、血のように深い紅色の瞳──悪魔の証だ。


 これを見た瞬間、どんな奴でも態度を変えるだろう。だから、誰にも見せない。この瞳を隠すことで、ようやく俺は普通でいられる。


「ふーん、まあいいけどよ」


 ゼクスは飽きたのかそれ以上追及することなく、またすぐに話を変えた。


「んじゃ、本題の仕事の説明でもしますか」


 俺は内心ほっとしながら軽く頷いた。これ以上余計な詮索をされるのは面倒だし、興味が逸れたならそれに越したことはないだろう。



 ゼクスは椅子の背にもたれかかりながら、机の上の紙を適当に指で弾く。


「端的に言うと、この倉庫が最近手狭になってきてな。ガッツリと拡張することになった」

「……へぇ、拡張ね」

「けど商会の人間だけじゃ人手が足りねぇ。だからお前を雇ったってわけだ」

「なるほどな」


 要するに雑用ってことだろう。面倒なことこの上ないが、それくらいならまあできるかもしれない。


 俺はそう思っていたのだが。


「……でだ、お前には力仕事をやってもらう」

「え?」


 思わず聞き返す。


「え?ってなんだよ。ここで働くんだろ?」

「いや、力仕事って……この俺が?」

「おう。まあ簡単なもんだ。資材運んだり組み立てたり、あとは壁を補強したりな」

「いやいやいや、無理だろ」

「何が無理なんだよ」

「俺は筋肉もないし、そんなことやったことねぇぞ」

「そのへんは大丈夫だ。言われた通りにやればいい。だいたい最初はみんな素人だっての」

「……普通に疲れるの嫌なんだけど」

「それは知らん。真面目に働け」

「……」


 納得いかねぇ。そもそも働くのがダルいってのに、力仕事? 意味が分からん。


「まあ、まずはやってみろ。ほら、早速そこの資材を向こうに運んでくれ」

「……運ぶだけか?」

「そうだ。ただし、そこそこ重いぞ?」

「えぇ……」


 見るからに重そうな木材が転がっている。

 ……あーやっぱ無理だろ。めんどくさいし。


 とはいえ何もしなかったら、飯だけ食った給料泥棒って扱いされるのは目に見えてる。役立たずとか言われて追い出されでもしたら、またあの路上生活に逆戻りだ。


 仕方ねぇ……

 俺は木材に手をかけ、周囲をチラリと見る。


 皆それなりに鍛えているのか、普通に持ち上げて運んでいた。


しかし、俺にはそんな筋力はない。持ち上げるだけで精一杯だ。魔法を使えば簡単に運べるのだが、正体を隠している以上、あまり目立ちたくもない。


 ……いや、バレなきゃ問題ないな。バカ正直に運ぶとか、やっぱ考えらんねえわ。


「ヘヴィリフト」


 小声で呪文を唱える。 


 次の瞬間、手に力が宿るような感覚が広がり、ふわりと軽くなった。


 よし、これならいける!


「ふんっ……!」


 俺は周りを気にしながらも、なんとか運んでる風を装う。見た目は完全に持っているように見せかけて、実際は魔法で浮かせて運んでいるだけだ。


「おお!? お前、意外とやるじゃねぇか!」


 ゼクスが驚いたように言う。


「……ま、まあな」


 思わず内心でガッツポーズ。こんなもん、ほとんど働いてるって感覚はない。


 楽して金稼ぎ、最高じゃんか。


 俺はギリギリのラインでそれっぽく振る舞いながら、次々と資材を運ぶことにした。




 それからも作業は続いた。

 木材を運び、壁の補強を手伝い、建材を配置する。


 ──もちろん全部、魔法で誤魔化してるが。


 それでも、周囲からの評価は上々だった。


「おいおい、思ったより体力あるじゃねぇか」

「もっとへばると思ってたぜ」

「……あ、案外いけたな」


 しかし、ここで問題が生じた。俺の働きぶりを見て、連中が妙なことを言い始めたのだ。


「あいつ、結構動けるな」

「最初の割にはバテてねぇし」

「もしかして、意外とやる気あるんかな?」

「いや、それはねぇだろ」

「だよな、あの顔見てみろよ。魂抜けかけてる」


 ──俺の顔がそんなにやる気なさそうに見えるのかよ。いや、実際ないけど。


 だが、話はそこで終わらなかった。


「でもさ、あんだけ動いてるのに、なんか疲れてる感じが薄くねぇか?」

「確かに。俺でも多少は疲れるはずだぜ」

「そういや、汗の量も少ないような……」

「……まさかあいつ、めっちゃ力あるんじゃね?」


 ピクッ──

 

 おいおい、待て待て。なんでそんな方向に話が進むんだ。このままだと、どんどん面倒な仕事を押し付けられそうなんだが?


 てか魔法でサボってるのも、なんだかバレないか不安になってきた。どうにか誤魔化し続けるしかない……。




 そして、長い一日が終わった。


 俺は大きく息をつき、壁に寄りかかる。実際はそんな疲れてないんだが、あくまでそれっぽく見せるのが大事だ。


「よ、お疲れさん」


 ゼクスが軽い調子で声をかけてきた。


「……ダルかった」

「だろうな」


 ゼクスは苦笑しながら、俺を見つめる。


 めっちゃ長かったし、超ダルかったのは事実だ。ニート生活の弊害か、拘束されることへの嫌悪感が凄い。明日もこれだと思うと気が狂いそうだ。


「にしても、お前すげぇな」

「……何がだよ」

「一日中動いてたのに、全然バテてねぇじゃねぇか」

「そうか?ありえんくらい疲れたぞ」

「いやいや、普通あんな運び続けてたら、今頃もっとヘロヘロになってるもんだがな……」


 ゼクスは腕を組みながら、しばらく俺を観察するように眺める。そして、ふっと目を細めた。


「……お前さ、もしかして何かズルしてねぇ?」


 ……え、バレた?


 心臓が早く鼓動を打つ。焦りが顔に出る前に、俺はすぐに言い返した。


「何言ってんだ、知らねぇよ」

「ふーん?」


 ゼクスは疑わしそうに俺を見つめたが、結局、それ以上は追及してこなかった。


「ま、いいさ。とりあえず今日はゆっくり休めよ」

「……ああ」


 たぶん、確証がないから深追いしないだけだろう。

 こいつの目つき、なかなか鋭いな。


 ゼクスは軽く手を上げ、さっさとその場を離れる。俺は深くため息をつき、宿舎へ向かった。



 ……魔力を使って体力を維持するのは、別に悪いことじゃない。連中も自身に強化魔法を使って、身体を動かしていた。


 だが、俺はそんなレベルじゃない。魔法そのもので重いものを運び、道具も器用に扱える。さらに魔力量も人間と比べて桁違いだ。だから、切れる心配もそうそうない。


 しかし俺の知る限り、ここまで魔法を使える人間は、この世界に数少ないのだ。このことが知られたら、さすがに面倒事は避けられないだろう。


 そして、最悪のシナリオもある。

 もし俺が悪魔だってバレたら……


 やっぱり、使う魔法はほどほどにするか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ