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第八章 自殺じゃなかったの?

 夏は日が沈むのが遅い。

 十分に明るい午後六時過ぎ。

 まだまだ暑いが、温度の少し下がった風が通り過ぎ、一時涼を感じさせる。

 空と海は由香を家まで送り届けるために、並んで住宅街を歩いていた。

 すっかり意気消沈してしまった由香は、黙々と歩みを進めている。

 その様子を窺っていた空は、黙っているのも性に合わないと口を開くことにした。

「なあ、えっと、君島さん」

 由香が無言で空に顔を向ける。空は無理やり笑顔を作った。

「あのさ、何であんなメールが来たんだろうな。殺したの誰って、自殺なんだから自分だよな」

 由香は小さく体を震わせた。その顔色が心なしか青くなったことに気付いた空は、自分が失敗したことを悟った。どうせなら、関係ない話をふればよかったと後悔する。だが、後の祭りだ。

 足を止めてしまった由香に気づき、空は海とともに立ち止まった。彼女は俯いてしまっている。

「ごめんなぁ、君島さん。空ってば空気読めへん奴やから」

「悪かったな」

 海を睨んだが、その声はどこか弱い。

 海が自身の頭に手をやって、髪をくしゃくしゃと撫でた。

 由香に何と声をかけようか考えているのだろう。

「……の、せいなの」

 小さく、由香の声が聞こえた気がして、空は海と目を合わせた。そして、また、視線を由香に戻す。

「今、なんて言うた?」

 由香はゆっくりと顔を上げた。今にも泣きだしてしまいそうな歪んだ表情だ。

「私なの。エリを殺したのは、私なのよ」

 由香は大きな声でそう言って、手のひらに顔を埋めてしまった。肩が震え始める。泣きだしてしまった由香を前に、男二人は複雑な表情で顔を見合わせた。

 海はゆっくりと辺りを見回し、考えるように顎に手をあてる。

「あー、君島さん。この辺に確か公園あったよな。そこ行かへん? ゆっくり話聞くから、溜まってるもん、全部吐き出してみようや」

 海の優しい声音が耳に入ったのだろう。由香はゆっくりと頭を縦に振る。安堵したような海の吐息が、空の耳に届いた。

 ふと、空は海の言葉に引っかかりを覚えて、首を傾げる。なぜ、海がこの辺りに公園があることを知っているのだろう、そう思ったのだ。

 中学三年生の時、由香はこの辺りに越してきたそうだ。中学校の学区とは離れた場所に、彼女の家はある。

 海の家は、空の家を基準にして、ここから正反対の場所だ。この場所は、駅でいえば海の自宅の最寄り駅から二駅先になる。空の家の方が海の家より近いが、空はこの辺りの地理には明るくない。海がこの辺りに詳しいというのが解せないのだ。

 しかし、その疑問を口にする雰囲気が、今はなかった。




 泣きじゃくる由香を海に任せ、自動販売機で缶ジュースを三本買ってきた。空は、缶ジュースを公園のベンチに座る海と由香に手渡し、自身もそのベンチに腰かけた。海と空で由香を挟むかたちだ。

 遊具場を背に、広場の方に向けて設けられたベンチ。夕焼けが目に眩しい。午後七時を過ぎたせいだろうか、広場に子どもの姿はなかった。

「落ち着いた?」

 海の声が耳に届き、空は顔を横に向けた。隣に座る由香がゆっくりと頷いたのが視界に入る。

「ごめんなさい。泣いたりして」

 相変わらず沈んだ声で謝る由香に、海は首を横に振る。

「そんなん気にせんでいいって。な、空」

「お、おう。全然気にしてないし。それより、ジュース飲めば? 喉乾いてんだろ」

 手渡したジュースを飲んでいないことに気づき、そう声をかけた空に、由香は小さく微笑んだ。

「ありがとう、いただくね」

 そう言いはしたものの、プルトップを開けるのに苦戦している。そんな彼女を見かねてか、海が由香のジュースを取り上げて自身のジュースを差し出した。

「まだ、飲んでへんからこっちどうぞ」

 爽やかな笑顔を振りまく海に、由香は礼を言い俯いた。その顔が赤くなって見えるのは、きっと夕焼けのせいだけではない。

 空は溜息をつきたい衝動に駆られた。二人から顔を背け、口を歪めて思う。

 俺、お邪魔ですかー? と。

 一口飲んだジュースは、甘く口に広がった。

「ところで、君島さん。単刀直入に聞くで。さっき言うとった話、エリを殺したのは私って、どういう意味なん?」

 いきなり核心を突く言葉に、空は背けていた顔を戻した。

 表情を強張らせた由香が、ゆっくりと顔を上げる。

 また、泣きだすのではないかと身構える。だが、それは杞憂に終わった。

「エリが死んだ日。私は、エリと会う約束をしていたの。でも、行かなかった」

「そんな、行かなかったくらいで自殺なんかしないだろ」

 つい声を上げた空に向かって、静にしろというように海が人差し指を唇にあてる。

「でも、私が行っていればエリは死ななかったかもしれない。私がエリを裏切ったから、エリはきっと絶望して死んじゃったのよ。やっと喋ってくれたって、喜んでたのに、それを私、裏切っちゃって……」

 声が震えていた。口元にやった手も震えている。

「あのさ、やっと喋ってくれたってどういう意味?」

 空は気になったことをそのまま口にした。

 由香は一度肩を震わせ、大きく息を吐いた。空は黙って由香を見つめる。

「私たち、エリが死ぬ二週間前から、エリのこと無視してたの」

「何で? あ、泣くなよ」

 問いに顔を歪めた由香に、慌てて釘をさす。彼女は頷いた。

「理由はよく知らないの。ただ、ムッコとアンナが、エリのことムカつくから無視しようって言いだして。私にも、エリを無視しなきゃ絶交だって……」

 尻すぼみになる由香の声。由香は何かに耐えるように、持っていたジュースの缶を握る手に力を込めた。関節が白く浮き上がる。

「あの時、凄く嫌だったけど。でもムッコたちに嫌われるのも嫌で。ごめんなさいってずっと思いながら、エリのこと無視してたの」

「そうか。しんどかったな。それは」

 海が呟くようにそう漏らす。由香は一度口を閉じて、目に溜まった涙を指で拭った。大きく息を吐き出し、また話しを再開する。

「でも、二週間目に入った日に、エリに何で無視するのかって問いただされて。全部話したの。私、自分の身可愛さにエリのこと裏切ったのに、エリ、笑って許してくれた。ムッコやアンナに虐められたら、守ってくれるって、そんな風にも言ってくれたの」

 由香はそこで一度息をついた。手にしていた缶ジュースを口に運ぶ。

「強ぇな。その、エリって子」

 とても自殺しそうには思えないと続けようとして、自殺は禁句かもしれないと思いとどまる。空の目に、由香の頷く姿が映った。

「とっても強い子だった。私と違ってハキハキしてて。あの日、エリが亡くなった日。仲直りの記念にって、二人で遊ぶ約束をしてたの。でも、私は行かなかった。その約束してるところをムッコたちに見られて……」

「行くなって言われたんやな」

 溜息混じりの言葉に、由香は肯定の意を吐いた。

「うん。行ったら一生いじめてやるって言われて、私、怖くなって。無視したときと同じこと、繰り返しちゃったの」

 そして、次の日。

 由香はエリの死を知ったのだ。

「私がエリを殺したようなものだわ」

 どうして行かなかったのだろう。

 どれだけ自分を恨んで死んだのだろう。

 それ以降、そんな思いが由香を苛んだ。

「理沙に……」

「リサ?」

「ああ。えっと、風見さんに、いつまでも落ち込んでたって仕方ないって、悪いと思ってるなら、エリの分まで由香が楽しんで生きなきゃって言われて、やっと前向きに考えられるようになってきたのに……」

「メールが来るようになったんやな」

 由香は無言で頷いた。空は、いたたまれない気持ちになりながら、視線を上へ向けた。日はもうずいぶん沈み、上方には星が瞬き始めている。

「何とか、何ねーのかな」

 そう、呟いていた。

「んじゃ、ちょっと調べみぃひんか?」

 空は、思いついたように声を上げた海に顔を向けた。

「どうやって? っていうか何をだよ」

 海はよっと掛声をあげて立ち上がる。そして、二人を振り返った。

「もちろん。メールを送ってくる犯人や」

 言いきった海は、不適な笑顔を見せる。

「そんなん出来んのかよー」

 訝る空に、海はさあと首を傾げる。何とも頼りない。

「まあ、とりあえずは、桜田さんのケータイが今どうなってるか調べてみようや」

 桜田の実家を知っているかと尋ねた海に、由香は頷いた。

「ええ、時々お線香あげに行ってるから。それと、今度家に呼ばれてるわ」

「そりゃ、好都合や」

 相好を崩す海に、何が好都合なのかと空は思う。だが、海はそれには触れず、その日一緒に桜田絵里の家に行く段取りをとった。

「んじゃ、そういうことで。そろそろ帰ろうや。もう七時半過ぎてるし」

 海はズボンの尻ポケットから携帯電話を取り出し、時刻を確認したようだ。

 時刻を聞いて由香は慌てて立ち上がった。空と海は当初の予定通り、由香を家へ送り届けた。

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