第七章 話し合い
ショッピングセンターから五分ほどで、風見の家に着いた。
ずいぶんと大きな家だ。二階建てで、駐車場がついている。駐車場には車が二台停められるスペースがあった。
「でっかい家だな」
空が言葉を洩らす。内心、光の家の方が大きいけど、と付け加えた。
「まーね。さ、あがって。皆がいる部屋、二階だから」
そう言って、さっさと階段を上がっていく風見に、空たちもついて行った。
風見に連れられて着いた部屋は、客間のようだ。クーラーのきいた部屋に、ほっとする。空の家のどの部屋よりも広いスペースに、大きなテーブルと、ソファーがいくつか置いてある。ざっと見て、八人くらいは座れるだろう。そのソファーに三人の少女が座っていた。
「おっそーい。ユカたち」
その内の一人が声を上げた。非難の響きに、風見は微かに気分を害した気配を見せた。空はそれに気づいて、内心喧嘩が始まらなきゃいいけど、と思ったが、それは取り越し苦労であった。
「ごめんね。みんなの分の飲み物とかもついでに買って来たのよ。あとで、持って来るからさ」
風見は由香の変わりにというように、非難の声を上げた少女にそう笑顔をかえす。
少女は、肩をすくめて見せただけだった。
風見とはやりあいたくないのだろうか。
風見はついでにと、海と空を三人の少女に紹介した。
二人揃って挨拶をした後、少女達を紹介してもらう。三人の少女が立ちあがった。
風見はまず、最初に声を上げた少女を手で示した。
「えーっと、彼女は石井睦子」
「どーもー」
やる気のないような声を上げた石井睦子は、空たちに視線をやることもなく、軽く頭を下げた。空たちよりも明るい茶髪を、ポニーテールにしている。その顔にはしっかりとメイクがほどこされていた。
空は、挨拶する時くらいこっち見ろよと思ったが、口には出さなかった。今日は、一応海の付添で来ているのだ。まだ、話も始まっていないうちから、事を荒立てることもない。
風見は、石井の態度にまたもや気分を害した様子を見せたが、こちらも口に出すことはなく、石井の隣に立っている少女に視線を移した。その隣に立つ少女はキャミソールにミニスカートといういでたちだ。細身の彼女にはとてもよく似合っている。
「で、隣にいるのが川崎杏奈」
「どもども、紫藤はお久だねー」
石井と同様、しっかりとメイクをほどこした顔に笑顔をのせ、川崎杏奈と呼ばれた少女は海に手を振る。振った拍子に、手首にたくさんつけられたアクセサリーが音をたてた。
空が海の方を見ると、彼も軽く笑みを浮かべていた。
「おー。久し振り」
「何? 知ってんの?」
空が聞くと、海は頷いて見せた。
「そう、俺のダチの元カノやねん」
海の言葉に、川崎は唇を尖らせる。
「もー、ヘンな紹介の仕方やめてよねー。あいつとは一か月しか付き合ってなかったんだから。今はフリーだよー。誤解しないでね、高橋くん」
何故かそう話を向けられ、空は反射的に首を数度縦に振った。
それに満足したのか、川崎は相好を崩す。
「はいはい、粉かけはあとにしてよねー。じゃ、最後ね。彼女は伊藤静」
風見の声で、空と海は示された少女を見た。一見おとなしそうな少女だ。石井や川崎と違い、ノーメイクで染めていない黒髪を左右でお下げにしている。服装も露出の多い川崎や石井と違い、白い半そでのブラウスに、紺色のひざ下丈のスカートと地味な出で立ちだ。
「はじめまして。伊藤です」
伊藤静と呼ばれた少女は、深々と頭を下げた。
空と海もよろしくと、あわてて頭を下げる。
「よし、じゃあ、紹介も終わったし、話し合い始めようか?」
風見の声を合図に空と海、そして少女五人はそれぞれ一番近い位置のソファーにテーブルを囲むようにして座った。
「じゃあ、まず、何から……」
風見が話し始めたとき、その声を遮るようにして石井が声を上げた。
「あのさー。別に話し合うこともなくない? あんなの無視してればすむことじゃん」
「でも、ムッコは怖くないの? あのメール」
石井は君島に鋭い視線を投げた。
「あのさー、ユカ。あんなのエリが送ってきてるとかマジに思ってんの? そんな訳ないじゃん。あいつ死んでんだよ? 死んだあいつが、どうやってメール送ってくるっていうのよ」
「だって、でも……」
言いよどむ君島に、石井は追い打ちを掛けるように口を開く。
「ムリよムリ。絶対ムリ。っつーかさ、あの内容でそんな怯えることなくない? それとも、なんかやましいことでもあるの? ユカ」
「や、やましいことなんて……」
「だったら怯える必要ないじゃん、……まあ、あんたがエリをやったって言うんなら? 話は別だけど」
石井が侮蔑を込めたような目で君島を見る。そんな石井に反論の声を上げたのは、君島ではなく、その隣に座っていた風見だった。
「ちょっと、石井。あんた言っていいことと悪いことの区別もつかないの? 由香がそんなことするわけないじゃない」
立ち上がって石井を見下ろすように言った風見に、石井は冷たい眼を向ける。
「うるさいな、あんた部外者じゃん。でしゃばってんじゃねーよ」
「な、なんですってー」
石井のあまりの言いように、風見の堪忍袋の緒もとうとう切れたらしい。風見が大きく息を吸い込むのを見たとき、空も黙っていられず腰を浮かした。
二人を止めるために、やめろと言おうとしたのだが、その言葉を発する前に空の隣から大声が響いた。
「わっ!」
その大声に、空は勿論、その場にいたほぼ全員がその声の発生源から身を引いて、そちらを見た。
注目を浴びたその人物は、不意に笑顔になると、一人一人の顔を眺めるように見回した。
「よっしゃ、静になったな」
海以外の全員が、力が抜けたようにソファーにもたれる。
「もー、何だよ。俺心臓止まるかと思った」
「アタシもマジビビった」
「やめてよねー紫藤」
口ぐちに非難の声を上げる面々に、笑顔を持続させたまま答える。
「でも、みんな落ち着いたやろ? これでちゃんと話できるやん」
海の言葉に、風見と石井が顔を見合わせた。
「まあね、でも石井は言いすぎよ」
風見の言葉に、石井は不機嫌な表情を見せるも、溜息をついて君島に謝罪した。
「ごめん、ユカ。言い過ぎた。だって、なんかさ、イライラしちゃって。怖くはないけど気分悪いじゃん。こんなメールが来るのって」
君島は目を伏せて頷いた。奇妙な沈黙が辺りを支配する。普段は気にならない、クーラーのモーター音が耳につく。
「ねえ、みんなはどうして急にこんなメールが来るようになったんだと思う」
不意に上がった声は風見からではなく、伊藤静からだった。静は、ゆっくりと一人一人の顔を見回した。
「誰かのイタズラとしか考えられなくない?」
一番初めに意見を出したのは、先ほど風見に粉をかけるなと言われた川崎杏奈だった。
「なぜ今頃? エリが亡くなったのって、二年も前よ」
冷静な声を出す伊藤に、川崎は肩をすくめて見せた。
「他には?」
「あのさあ、メール見させてもらったんだけど、このメール送ってきてる人ってさ。ずいぶん桜田さんとあんたたちに詳しいわよね」
風見はメールが来ている四人の顔を見回す。
「あー、それやけど。具体的にどんなんきてるんや? 俺、実際にメールの内容見せてもらってないねんけど」
ここで海が話に加わる。川崎が、机の端に置いていた携帯電話を手にとった。
「じゃあ、メールきた順番に読みあげるね」
そう言って、川崎は声を上げた。
『アンナ。元気にしてた? 私かえってきたよ』
『今日は、友達がいっぺんにできたのが嬉しかったなー。アンナにムッコにシズカにユカ。ずっと友達でいてね』
『今日は楽しかったね。ムッコとアンナが買ったストラップ可愛かったな。私も買おうかなー。でも千二百円は高いよね』
『四人ではじめての遊園地。シズカが彼を連れてきてびっくり。だって、シズカの彼ってばとってもカッコいいんだもの。シズカってば、大人しい顔して、結構やるなぁ』
空は、川崎が読み上げるメールの内容を聞きながら疑問を覚えた。
どれもこれも、日常の些細な出来事を綴ったものだったからだ。
死人からのメールというから、もっとこう、おどろおどろしいものを想像していたのだが。
「この、ストラップとか、遊園地のこととかって、ほんまにあったことなんか?」
海が誰にともなく問いかける。
由香がゆっくりと頷いた。
「ええ。どれも本当のこと。どんどんと、エリが死んだ日に近づいていってるの」
「えっと。このムッコが石井さんで、アンナが川崎さん。で、シズカが伊藤さんで、ユカが君島さんだよな」
空が、こんがらがってきた頭を整理しようと声を上げた。メールの内容を聞いただけでは、誰が誰かよく分からなくなってきたのだ。
「あってるよー。高橋君。高橋君もアタシのことアンナって呼んでくれていいからね」
甘い声でそう言ってくれた杏奈に、空は愛想笑いを返した。
そんな空の耳に、風見の咳払いが聞こえた。
「うぉっほん。さ、そんなことより、メールの話でしょ。もちろん、メアド変えたり、色々やったのよね。でも、メールがくる。そうでしょ?」
「そうよ。だから、気味悪いんじゃん」
相変わらず不機嫌そのものの声で、睦子が肯定した。
「あら、ムッコは怖くないって言ってなかった?」
静の言葉に、睦子は声を上げる。
「怖いとは言ってないでしょ。気味悪いって言ってんの。内容はたいしたことないけどさ。こんなメール送ってくる意味が分かんないし、いまさら、こんな思い出語られても。どうしろっていうのよ」
「だよねぇ。ムッコの言うとおり。アタシもなんだか気持ち悪いな」
杏奈が手にした携帯電話のストラップを弄びながら、同意の声を上げた。静がそれに頷いたのを空は見た。
自殺したという少女と、彼女たちの日常風景が書かれたメール。これにいったいどんな意味が込められているのだろう。
はっきり言ってさっぱり分からない。嫌がらせにしては、大した効果もないように思われる。確かに気味は悪いかもしれないが。
空が首をひねっていると、由香が恐る恐るといった体で、口を開いた。
「あの、みんな気づいてた? 最初に来たメールのアドレス。本当にエリの使ってたケータイのアドレスだったってこと」
「え? うそっ」
杏奈が気味悪げに由香を見て声を上げる。
「マジで? そんなの気付かなかった。だって、エリが死んで、ソッコーでアドレス削除したしさ」
「私も、ケータイ変えたとき、エリのアドレス削除してたから気付かなかったわ」
静が、睦子に同意する。由香は心なしか青ざめた顔で、一同を見回した。
「本当よ。私、エリが死んだあとも、どうしてもアドレス消すことができなくて、ずっと残してたの。だから、メールが来た時驚いたの。誰かのいたずらとは思えなくて、本当にエリなんじゃないかって……」
由香は体を縮こませるように、腕を抱く。そんな由香の言葉を遮るように、風見が声を上げた。
「ちょ、ちょっとユカ。そんなことないって。ありえないって。だって桜田さんは」
「死んでるのよ、ユカ。エリな訳がないの。でも、ユカの言うように、メールアドレスがエリのものだったなら……」
そこまで、静が言ったときだった。急に、杏奈の持っている携帯電話が音を鳴らした。ほぼ、時を同じくして、あちらこちらから音が鳴る。携帯電話の着信音だ。海は空と顔を見合わせた。由香や静。そして、睦子が自身の鞄を探る。
一人携帯電話を手にしていた杏奈が、声を上げた。
「ヤダ、何これ」
口元に手をやり、自身から遠ざけるように携帯電話を持った方の腕を伸ばす。手首につけたアクセサリーが音をたてた。
杏奈の携帯電話を半ば取り上げるようにして、海がディスプレーに目を落とす。空はそれを横から覗きこんだ。
「何だこれ。気持ち悪っ」
思わず声を上げる。
『ねぇ。私を殺したのは、誰?』
確認すると、四人全員に、同じメールが送られていた。