第六章 本格始動?
『ねえ、ユカ。私たち、友達だよね』
頷くと、嬉しそうに笑うエリ。
今でもあの時の笑顔が頭に浮かぶ。
そのたびに、ごめんなさいと心の中で許しを請う。
『あの日。仲直りの記念に、お揃いのアクセ買いに行く約束したよね?』
ごめんなさい。
もう、許して。
『ねぇユカ。あの日、どうして私は死んだの?』
手にした携帯電話のディスプレーに浮かぶ文字。
『ねぇ、ユカ。私たち友達だよね……』
ストローに口をつけて吸うと、大きな音が鳴った。いつの間にかすべて飲み干していたようだ。ほんの少し口まで届いた液体は、オレンジジュースの味がかすかにする水だった。海は顔をしかめ、紙コップを握りつぶした。
駅前のショッピングセンターの、待合所に設けてあるベンチに座っていた。平日の昼過ぎとあってか、海の座るベンチ以外には誰もいない。
光と喧嘩別れしてから数日がたっていた。あれから一度も光に会っていない。思い出しただけで腹が立つ。だが、なぜそこまで腹が立つのか、海自身にもよく分かっていなかった。
せっかくあの日、宿題全部終わらせたのに。
海はそう思って溜息をついた。本来なら『宿題早く終わらせて遊びまくろう計画』の『遊びまくろう』を実行させていたはずなのに。
海はまた溜息をついた。
「おっまえ、溜息多すぎ。この瞬間にも幸せがどんどん逃げてってるんだぞ」
海の横から元気な声が聞こえてきた。
海はそちらに目を向ける。二重の、大きな茶色い瞳が海を見ていた。海はその瞳が、空の顔の中で一番好きだ。その瞳にあつらえたように似合いの鼻や唇のせいで、一見するとしとやかなお嬢様顔の空だが、瞳に宿る勝気な性格が、空を元気な印象に変えていた。
無意識に、海はじっと空を見つめていた。空が沈黙に耐えかねたように眉を寄せる。
「おおーい。何放心してんだよ。お前大丈夫か? 最近変だぞ」
小首を傾げるその姿を可愛く感じて、海は憂鬱だった気分を切り替えるべく、笑顔を作った。
「いやー。やっぱ空って可愛いよなーって改めて思ってもうたわ。でへっ」
頭に手をやって表情を崩した海に、空は眉を吊り上げた。
「がーっ。何がでへっだ! 可愛いって言うなっつってんだろうがっ。ほんっとムカつく。っていうか、まだなの? 二時に待ち合わせっつったじゃん。今二時十五分だぜ? 相談しようっていうのに遅れてくるとはどういうことだ」
吠える空を見ていると、やはり子犬のようだと海は思う。
今日は風見に頼まれたことをしに来たのである。つまり、君島由香の相談に乗りにきたのだ。
海は空に捨ててと紙コップを手渡して、彼の気をそらせた。ちょうど彼の横にはごみ箱が置いてある。
「まあ、いろいろと事情があるんちゃうか? なんやったら空はもう帰ってくれてもいいけど」
「何それ。俺が邪魔ってことか」
「ちゃうけど……なんや空、そんなに俺のこと好きなんかー。海子嬉しいー」
そう言いながら、ふざけて空に抱きついた。空は大暴れである。
「だー、熱い、気持ちわりぃ。はーなーれーろー」
空がもがいているのが面白いので、海はもうしばらくくっついていることにした。
ひとしきりじゃれあっていると、背後から呼びかける声が上がった。
「ちょっと、紫藤ってホモっ気があったの?」
聞き覚えのある声に空を抱いたまま振り向くと、面白がった顔をした風見と、隣に複雑そうな表情をした少女が立っていた。
海は二人に笑顔を向け、空の背に回していた手を離す。
「そうやねーん。コレが俺の愛しい人」
そう言うと、空に頭を殴られた。
「調子乗りすぎっ」
「ははっ」
海は殴られた頭をさすりながら、笑って誤魔化した。
「で、本当はどっちなのよ」
風見が近付いてきたので、海は立ち上がった。空も続いて立ち上がる。
「友達友達、ただの友達だから」
空は風見の言葉にむきになって答える。
「あ、これが言っといたツレやから」
海は空を指差して二人に紹介した。空は、海にこれってなんだよとくってかかる。風見には事前に空が来ることを伝えていた。空が、どうしても自分も行くと言って聞かなかったからだ。
「元気いーねー。男の子だよね?」
風見が尋ねると、空は頬をふくらませた。
「どっからどー見ても男だろ」
空が吠えた。それに風見は苦笑いをみせる。きっとどっからどう見ても、と言うほど男には見えないと思っているのだろう。
「まあまあ。で、空。こっちの美人が風見で、そっちのかわいい子が君島さんや」
海が手で二人を示しながらそう言うと、君島と名を呼ばれた少女が少し目を見張った。
「あ、覚えててくれたんだ。紫藤くん」
とても小さな声だった。海は笑顔で頷く。
「え? そら覚えてるわ。一年もたってないのに、忘れてたら俺アホやん」
「あ、そうよね。ゴメンなさい」
謝りながら君島は微笑んだ。空はそのやり取りを見ながら首を軽く傾げている。
「もう、紫藤ってば罪つくりな奴なんだからー」
風見がそう言いながら肘で海の脇腹をつついてきた。けっこう痛い。
それに、風見の言っている意味が分からなかった。
「なんやねん。どういう意味や?」
「鈍感」
風見はそれだけ言って、顔を背けた。
「あー?」
海は風見に声を上げる。そんな海の腕を空がつついた。
「なあ、いつまでここにいる気? それともここで話すんの?」
空が聞くと、風見があっと声を上げる。
「そうだ。待たせてんのよ」
海は空と顔を合わせてから、風見に問う。
「誰を? 話は君島さんとやんな」
そう言うと、風見は綺麗に整えた眉を寄せた。
「それがさー。紫藤、他にもメールきてる子いるって言ったじゃん」
「ああ、言うとったな」
「その、他の子も来てるんだよね。あたしん家に」
「ああ? 何で」
声を上げた海に、怯えたように体を震わせて、君島が言った。
「あ、あの。紫藤君ごめんなさい。私がみんなに、紫藤君に相談することにしたってメールしたら、一度みんなで話し合おうってことになって。第三者の意見も聞きたいから、紫藤君も呼ぼうって」
君島の様子に気づいた海は、笑顔を君島に向けた。
「あ、大丈夫やで。気にせんといてな、君島さん。さ、行こか」
海の声を合図に四人は風見の家に向かって歩き出した。




