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第四章 ケンカするほどの仲?

『今日は楽しかったね。ムッコとアンナが買ったストラップ可愛かったな……』

 ムッコとアンナが買ったストラップ。三年前、確かにムッコとアンナは、学校帰りに寄り道したファンシーショップでお花柄の可愛いストラップを買っていた。

 今更なんで?

 携帯電話を握る手が震える。数日前から、毎日くるメール。今日もまだ、由香たちが桜田絵里に対してイジメまがいのことをする前の内容だ。それに安堵する自分を、由香は恥じた。

 自分達がしたことを、後悔した。後悔して、苦しんだ。それも、やっと忘れかけてきたのに。

「どうして、今頃こんなメールがくるのよ」

 由香の口から掠れるような声が漏れた。

「エリはまだ、私達を許してないの?」

 由香の問いに答える声は、やはりない。

 代わりに着信を告げるメロディーが流れる。

 由香は、震える手で、メールを開いた。


『ねえ、ユカ。私たち、友達だよね……』




 今日もよく晴れていた。青く広がる空に白い雲が浮かんでいる。遠くには、入道雲が見える。あの下はきっと大雨だな。ふと、そんなことを思った。

 高橋空は、窓の外から手元に視線を戻す。大きく口を開けて、照り焼きバーガーを口いっぱいに頬張った。照り焼きのたれの味が、空は好きだ。

 午前中いっぱい使って、図書館で勉学に勤しんだ。もともとない頭を使って勉強するのはひどく腹がへるというもの。きっと頭にエネルギーをとられすぎるのだ。

 空は、一緒に夏休みの宿題を片付けた学友であり、血の繋がった兄弟でもある紫藤海と春名光とともに、駅前のファーストフード店にいた。左隣に海。正面に光が座っている。

 空は、目の前の光がチキンバーガーを少し口にしたのを機に、話しかけた。

「あ、ねえねえ。どう。美味いだろ?」

「ああ」

 光は言葉少なに頷いた。二口、三口と食べているところを見ると、不味いと思っているわけではなさそうだ。空は満足して、隣に座る海と目で頷きあった。


 驚きだが、光はこのようなファーストフード店に入ったことがなかったそうだ。友達と学校帰りとか寄り道しなかったの? そう聞いた空に返ってきた答えは『今までは学校が終われば練習に向かっていたから、友達と遊ぶ暇などなかった』だった。光は去年事故に遭うまで、フィギアスケートの選手だったのである。

 それを聞いた空と海は、妙な使命感に燃えた。俺たちが光に一般的な高校生の生活を教えねばと。空と海は半ば強引にこの店に光を連れて入り、今にいたるというわけだ。


 テーブルに乗せたトレーの上が、ほぼ紙くずだらけになった頃。空が満腹の意を込めて、大きく息を吐き出した。その横で、海が口を開いた。

「あのさ、ちょっと話があんねんけど」

 彼にしては珍しく、言い難そうな響があった。

 そこに疑問を抱きつつ、空は先を促した。

「何? 聞くよ」

 海は頷いた。話し出す前に喉を潤そうと思ったのだろうか、ストローを口にくわえた。ほぼジュースはなくなっていたのだろう。吸った先から大きな音が鳴る。海はそれに少し眉を顰め、ストローを口から離すと、一拍の間を置いて話し始めた。

「あのさ。死人からメールが来ることってあると思う?」

 その問いに空は光を見た。光は相変わらずの無表情で、ただ海を見詰めている。光が何も言わないと見て取った空は、海に向き直った。

「何それ。怖い話? 俺、そう言うの結構好きだよ」

 空の言葉に、海は首を横に振る。

「ちゃうねん。昨日、クラス会行った時にな、相談のってくれへんかって言われて、そん時に、死人からメールが来るって怯えてる女の子がおるんやって言われたんや」

「何それ、マジで言ってんの」

「誰かの悪戯だろう」

 空の声に被せるように言われた光の言葉に、海は頷く。

「そう、俺もそう言ったんやけど、マジで本人からやって言うねん。本人と自分達しか知らんような内容がメールでくるんやって」

「うわー。怖いなそれ。やな感じ」

 空は言いながら二の腕を摩る。鳥肌を立てたのだ。海は珍しく煮え切らない顔をして、頭を掻いた。

「うーん。でな、俺にその女の子に会って、話聞いてくれ言うねん」

「それで、会うって言ったんだな、海は」

 断定的ともとれる口調で光が言った。光のトレーの上には、チキンバーガーの包み紙が綺麗に折りたたまれて置いてある。

「まあ、そうやねん。で、なんて言うてあげたら良いと思う?」

 海の問いかけに、空は唸った。口元に拳を当てて考えるが、コレといった妙案は浮かばない。

「わっかんねーよ。そもそも、本当に死人からメールが来てるなら、俺たちにどうしようもねーし。霊媒師とかそっちに相談したら? とか言ってみたら?」

「死人がメールなんて打てるわけないじゃないか。死人は死人だろ」

 相変わらず冷たい物言いだ。空は、そう思って光を見る。海もそう思ったのだろう。珍しく棘のある口調でこう言った。

「じゃあ、おまえはどうすればいいと思うんや?」

 光はその問いに、あからさまな溜息をついてみせた。

「どうもしなくて良いと思うけど」

「でも、気持ち悪いて思ってるんやで、その子。可哀相やん」

「じゃあ、メールが来ないように着信拒否でもすればいい話だろう。メールアドレスを変えるって手もある」

 光は、なぜそんなことにも気づかないんだといった口ぶりだ。

 携帯電話を持っていない空は、着信拒否とかできるんだと感心していた。その横で、海が煮え切らない表情のまま口を開いた。

「まあ、そうやけど。それって、なんかちゃんとした解決策ではないっていうか、なんか、後味悪いっていうか……こう、すっきり解決してやりたいっていうか」

 海がそこまで言った時だった。光が口を挟んだ。

「そもそも、どうして海がその子のことで悩まなきゃならないんだ? 海には関係ないじゃないか」

「そ、そうやけど。でも、相談受ける手前、やっぱ親身に考えたらなあかんと思うし」

 じっと、光は海を見ていた。相変わらずの無表情の奥で、光が何を考えているかは分からない。きっと、光の脳はめまぐるしく動いているのだろう。と、空は思う。

「そうやって、人の荷物まで背負う必要はないと思うけど。メールを送ってくる相手が、どんな奴かは解らないけど。死んだ人間の名を騙るような奴だ。彼女に良い感情は持ち合わせていない。今は、ただメールがくるだけで済んでいるけど、それ以上の何かがあったらどうする?」

「それ以上の何かって?」

 空は、つい口を挟んでしまった。光の冷たい瞳が空を見た。

「飛躍しすぎかもしれないけど、例えば暴力に訴えるとか。そんなことになった時、おまえは責任とれるのか? おまえの言ったことで、取り返しのつかないことになったら? 責任取れないんだったら相談なんてのるのやめた方が身のためだよ」

 光は言葉の途中で、海に視線を合わせて言い切った。その間、やはり表情は変わらない。無表情なせいで、より一層言葉に冷たさが加わっている。

 光が言い終わるまで黙って聞いていた海は、不意に光を睨んだ。空は驚く。海がこういう顔をするのは珍しい。彼は笑顔でいることが多いからだ。

「光、おまえはなんでそうなんや」

 光は黙って海を見返した。空は、場の空気がおかしくなっていることに気づく。何だ、この不穏な空気。空は光が胸の前で腕を組んだのを見た。

「そうとは?」

「おまえ、冷たいねん。前から思っとったけど、他人に対して冷めすぎや。もうちょっと、他人に優しくてもいいんとちゃうか」

 光は眉間にしわを寄せた。ずれてもいない眼鏡を人さし指で上げるしぐさをする。

「優しくとか……他人なんてどうでもいい。僕はお前が……」

「どうでもいいってなんやねんっ」

 辺りに大きな音が響いた。海が机を思い切り叩いたのだ。一瞬、周りの喧噪が途切れた。

 空は、机に手をついて光を睨んでいる海の腕を、そっと引っ張った。

「ちょ、ちょっと。落ちつけよ」

「空は黙ってろ。人がせっかく忠告してやってんのに。なんやねん。光、お前はそんなんやから友達もできへんねん。自分の殻に閉じこもって、何でもかんでも理詰めで考えるから、あんな馬鹿なことまでしでかすんや」

 海がそこまで言ったとき、光はふと視線を逸らした。空はそれが気になって、その視線をそっと追う。そこには空たちと同じ年くらいの女の子がいた。こちらをじっと見つめている。女の子だけではなかった。店内にいる人のほとんどがこちらを注目している。

「か、海ってば。みんな見てる」

 もう一度、空は海の腕を引っ張って注意をひいた。

 海は空を一瞥したあと、立ち上がる。

「帰る、付き合ってられへんわ」

 そう言って海は足早に店内を後にした。

 それを呆然と見送ってしまった空は、我に返って慌てる。

「あ、ど、どうしよう」

 空は光を窺い見る。光は無表情を崩していなかった。海の言葉など、なんとも思っていないというように。

「追っかければ?」

 いつもと同じ、淡々とした口調。

「で、でも」

 迷う空に、光はまた言った。

「大丈夫だから、行けよ」

「分かった。十分で戻らなかったら、先帰っていいから。んじゃ、行ってくる」

 空は、床に置いていたかばんを掴んで店を出た。

 外に出ると、一気に暑い空気に包まれた。蝉の鳴く声が、車道を走る車の音とともに、辺りに響いている。

 暑い日差しを浴びながら、駅の方へ向かうと、すぐに海を見つけることができた。行き交う人を避けて走り、海に近づく。

「海、海ってば」

 空は海の肩を掴んで振り向かせた。海の表情にはまだ、怒りの色が浮かんでいる。

「なんやねん」

「なんやねんって、あの、追っかけてきた」

「それは、見たら分かるわ」

 そう返されて、そりゃそうかと空も思う。

「だって、お前いきなりキレるから、びっくりしてさ。お前らしくないし」

「俺らしぃない? ……まあ、確かにそうかもな」

 海は溜息をついた。

 空は、内心首をかしげたくなった。思ったよりも怒っていないのだろうかと。てっきり、言い返してくると予想していたのだが。

 海はゆっくりとした歩調で、ガードレールのそばへ行き、そこに腰をおろした。空もそれに倣うように、隣に腰掛ける。道行く人がちらちらとこちらを見ているが、気にしないことにした。

「俺、あかんねん。カーッとなったらつい、ガーって言ってまうねん」

 海は舗装された歩道を見つめ、そう言った。空はそんな海に視線を向ける。

「そうなの? そんなイメージないけどな。どっちかっつうと、俺のがそういうイメージじゃね?」

 空の言葉に、海は肩をすくめた。

「確かに、お前は沸点低いやんな。その分冷めるのも速いし」

「まあね。それが俺の利点だから」

 そう言うと、海はもう一度たまったものを吐き出すように溜息をついた。

「それをいうなら利点やなくて、長所やろ」

「そんなのどっちでもいいだろう。で、どうすんだよ」

「何を」

「何をって、これから。光まだいると思うけど、迎えに行く? それとも帰る?」

 問うと、難しい表情で答えた。

「俺は謝らへんで」

 海は立ち上がった。険しい表情をしたままではあったが、足をファーストフード店の方へと向ける。

 空は、それに笑みをこぼす。

「うん、いいんじゃねーの。お前の言うことも一理あると思うし。ただ、ちょっと言い過ぎ」

「んー。そうやろか」

「そうだよ。だって、馬鹿なことしでかすって、あれって光が自殺しようとしたこと言ってたんだろ」

 空は海の隣を歩きながら彼の顔を窺う。海の表情から、怒りは見えなかった。

「確かに、あいつは冷血漢で、人のこと見下したような態度をとるし、カチンとくること多いけど、結構繊細なんだぞ。思い出させるようなこと言うなよ」

 海は口に手をやった。空の、光を庇うようでいて容赦のない言葉に、口元が緩みそうになったのだ。

「おまえ今のセリフ、俺より酷いで? 分かってるんか?」

「え? そんなことないよ。俺はいつも本人に言ってるもん。お前はそれを止める役だろ。俺の専売特許とるなよな」

 にっと笑って言ってやると、ようやく海の顔に笑みが戻ってきた。まだ、少しぎこちないが。

 だが、その顔が不意に歪んだ。信号を渡れば、目の前がファーストフード店というこの位置で、海は苦虫をかみつぶしたような表情をつくる。

「海?」

「あいつ……」

 その呟きには怒りがこもっていた。

「え? あれ?」

 さほど距離のない横断歩道の先、ファーストフード店の店内で、光が同年代の少女に笑いかけている姿が、空の目にも映った。

「光、笑ってる」

 呟きが口から洩れた。学校でも、空たちの前でもめったに笑顔など見せないのに。

 そっと、海の様子を窺った。

「あいつ、全然気にしてへん」

「あの……、海」

「何女の子はべらして、へらへらしてんねん。俺のことはどうでもいいっちゅうんか!」

「あのー。海さん?」

「帰る」

 海はそれだけ言うと、来た道を引き返した。

 空は、遠ざかる海の背中と、店内の光を見比べた。

「もー。馬鹿っ」

 誰にともなく、唸るようにそう言って、空は海の後を追った。


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