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第三章 相談

 坂崎第二中学校三年二組のクラス会は、幹事の親が経営しているというカラオケボックスで行われた。

 飲み放題のドリンクに安価な食べ物が手に入るとあって、カラオケボックスは中々に手ごろだったらしいと、海の隣に座った柏木が言った。

 柏木は、引越ししてきた海に始めて話し掛けてくれた人物であり、今でも親交のある友人だ。昨年まで陸上部の部長だった柏木は、日に焼けた笑顔が可愛いと、実に女子生徒によくモテていた。

 海は前のテーブルに置かれたフライドポテトを取って、口に運びながら思う。

 俺の周りは、なんでこう女子にモテるやつばっかりなんやろう、と。

「おーい。紫藤。何ぼっとしてんだよ」

 思い切り背中を叩かれ、海は我に返った。叩かれた背中がかなり痛い。

 痛がる海を気にせず、柏木は白い歯を見せて笑っている。

「聞いてたか? 俺の質問」

 喧騒の中、そう問いかけてきたのは、海の正面に座る人物だった。こちらも友人、浅川だ。浅川は、黒ぶち眼鏡の奥の瞳を細めた。

「やっぱり、聞いてないだろ」

「聞いてなかったな」

 そう断定したのは、隣の席に座る柏木だ。

「えっと、ごめん。なんの話やったっけ?」

 素直に謝ると、浅川はしょうがねえなーと言いながら、もう一度さっき言ったであろう問いを口にした。

「三浦と風見が付き合ってるって、知ってたかって聞いたんだよ」

「えっ、それは知らんかったわ」

 驚いて声を上げたが、マイクを通しての歌声と、周りのお喋りの声にまぎれた。

 海はこっそりと風見を見た。一昨日、海にクラス会の場所変更を電話してくれた人物だ。よく見れば、その隣には三浦が座っている。三浦は幹事の一人で、このカラオケボックスを経営しているのは、彼の親だった。

 三浦とは余り話したことがない。だからといって嫌いな訳でもなかった。たんに三浦が無口だっただけだ。

 一方、風見とは席が近いこともあり、よく話をしていた。彼女はお喋りで、明るい性格だったので、海も気兼ねなく話せた。

「俺、てっきり風見は紫藤とくっつくと思ってたのになー」

 妙に残念そうな声が、浅川の口から漏れた。海はそれを聞きとがめる。

「え? 何でやねん。俺と風見はそんな雰囲気全くなかったやん」

 海の言葉を聞き、浅川と柏木はそろって首を横に振った。

「いやいや。アレはもう付き合っているとしか思えなかったよ」

「そうそう。授業中もデカイ声で喋りすぎて怒られてたじゃないか。おまえら」

 二人に言われて、そういえばそんなこともあったなと思いだす。

 その時、噂の風見が立ち上がって、こちらに近寄ってきた。柏木の前を窮屈そうに通り過ぎると、海の横に立つ。柏木が気を利かせてか、少し横にずれた。

 風見を見上げ、相変わらず気の強そうな顔立ちだと思う。風見の顔立ちは美人と言って差し障りはないが、海の好みではなかった。

「よっ。紫藤。久しぶりー」

 片手を挙げて笑顔をつくる風見に、海も笑顔を返す。

「おっす。久しぶりやな。彼氏はいいんか?」

 そう言って、風見越しに三浦を見るが、三浦はこちらを気にした風もなく、隣にいる男子と笑顔で会話している。

「大丈夫よ。英志はそんなことで怒んないもん。っていうか、うちらが付き合ってるって誰に聞いたのよ」

 海は浅川と柏木を見た。風見はその視線を追って、納得したように頷いた。

「なるほどねー。噂になってるの? あたしたち」

 風見は、柏木と浅川に聞いた。二人は無言で頷く。それを見て、海は一つ思い出した事があった。

「あ、そうか。おまえら同じ学校に入学したんやったっけ」

「え? 今更?」

「紫藤、それはないんじゃない」

 浅川と風見が非難の声を上げる。海は苦笑するしかなかった。

 そんな海の腕を風見が掴んだ。何かと思ったら、腕を上に引っ張られる。

「な、なんやねん」

「ちょっと、廊下行こうよ」

「え? なんで……」

 戸惑いながら、見上げた風見の顔が妙に真剣だったので、海は問いを途中で止めて頷いた。

 そのまま、自分で立ち上がり、風見の背を追って廊下に出る。

 ドアが完全に閉まると、室内の喧騒が小さくなった。

 ドアに背をつけて立つと、微かに音程の外れた歌声が聞えてくる。どうやら、浅川に歌の番が回ってきたらしい。そう思っていると、風見の声が耳に届いた。

「紫藤にさ、相談があるんだ」

 相談という言葉に驚いて、ドア越しに室内を覗いていた目を風見に向けた。

「え? 何で俺やねん。おまえの彼氏に相談したらええやん。それとも、彼氏には相談できへん内容か?」

 風見は無言で頷いた。

 海は眉を寄せた。確かに風見とは仲が良かったし、今でもメールのやり取りくらいはある。あるが、毎日のように顔を合わせていた去年でも、風見から相談事なんて受けた事はなかった気がする。滅多に顔をあわせることがない今だからこそ、相談しやすいということなのだろうか。

「紫藤さ、一回だけブチ切れしたことあったじゃない」

 唐突にそう言われて、海はすぐに思い当たった。決まり悪そうな表情を作った海に、風見がなおも言う。

「覚えてるでしょ? 誰かがさ、自殺した子のこと悪く言った時、すんごくキレて教室飛び出したじゃない。あれ、びっくりしたんだよね。紫藤なんて会った事もなかったじゃん。桜田さんに」

 風見の言う桜田さんは自殺した少女の苗字だ。海がこちらに転校してくる一年前、中学二年生のときに自殺したのだという。その少女のことが話題に上ったとき、誰かが言った『死んでよかったんじゃないの?』この一言が気に触って、怒鳴った上に教室を飛び出した。思い出しただけでも腹立たしい半面、あそこまで切れなくてもよかったのではないかという苦い思いもある。

「会った事なくたって、言うていいことと悪いことがあるやろ。で、それと、相談と何の関係があるねん」

 声に棘があったのだろか。風見が細く整えている眉を寄せた。眉間に大きな皺が寄る。

「怒る事ないじゃん。関係があるから言ってんだし。あたし、あの時、紫藤のこと、ふだんおちゃらけてるけどカッコいいとこあるじゃんって、思ったんだから」

「……そりゃ、どうも。で、相談って何やねん。そろそろ戻らんと、おまえの彼氏にいらん心配さすんちゃう?」

 一応気を使って言った海に、風見は頷いて見せた。

「君島由香。覚えてる? あたしと同じ部活で、隣のクラスにいた子」

「あー。風見と違って可愛い感じの子」

 正直に思ったことを口にだしたら、大きな音がするほど腕を強く叩かれた。叩かれた腕を押さえて文句を言おうと風見を見たが、その風見の顔を見た瞬間、海は口を閉ざした。

「ちょっと。あたしと違ってってどういう意味よ」

 怒っている。そんなつもりは全くなかったが、どうやら彼女の怒りの琴線にふれたらしい。

 海は慌ててごまかすような笑みを見せる。

「いや、あれやん。風見は美人タイプやろ? 君島さんは可愛い系やん。そう言う意味であってやな。おまえが可愛ないとかそういうこととちゃうで?」

 半眼で海を睨んでいた風見は、溜息をついた。海はごまかす笑みを持続させながら、風見が口を開くのを待つ。

「ふう。ま、そういうことなら許してやるか」

 内心ほっとした海は、にこにこと頷いてから、話を元の方向へ修正する為に口を開いた。

「で、その君島さんがどうかしたんか?」

 聞くと、先ほどまで怒りの表情をしていた風見の顔が暗くしぼんだようになる。

「メールがね、来るのよ」

「メール? 誰から? 迷惑メール的な感じか」

 海の問いに風見は首を横に振った。その時海は、風見がピアスをつけていることに気づいた。中学の時にはピアスの穴なんて開けていなかった。そんなことで、時の流れを感じる。

「違うの、桜田さんからメールがくるのよ。由香は中二のとき、桜田さんをいじめてたグループに入ってたから」

 ここで、自殺した少女の名が出るとは思わなかった。それに、君島がイジメグループに入っていたということも驚きだった。大人しそうな子だったのに。海は内心の驚きを隠すように、声をだした。

「ふーん。でも、そんなんおかしいやん。桜田さんって亡くなった子やろ? 誰かのイタズラちゃうん」

「でも、確かに桜田さんなんだって。桜田さんと由香たちしか知らないような内容がメールで来るんだって」

「ちょお、待って。君島さん以外にもメールきてるんか?」

 風見は頷いた。

「うん。今度、由香に会ってやってよ。詳しい話聞いたげてほしいの。こんなの誰にでも相談できないじゃん。あたし、紫藤が口硬いの知ってるし。桜田さんのこと、固定観念なしに見れそうだし。それに、同じ学校じゃない方がいいでしょ。また、妙な噂がたったらいやだし」

「妙な噂?」

「桜田さんが自殺したのは、由香たちのグループのせいだって」

「イジメのせいやないんや。自殺したの」

「それも、原因の一つだとは思うけど。謎なんだよね。桜田さんがなぜ自殺したのかは。色々家でもあったみたいだし。親が離婚したりとか、色々」

「ふーん。ま、会うだけやったら会ってもいいけど。でも俺、たぶん何もできへんで」

「いいよ。それでも。あたしもアンタに何かできるなんて思ってないし。ただ、誰かに言うだけでもマシにはなるかなって思ったんだ。由香、かなりまいってるから」

 海は溜息をつきたい気分になった。また自殺絡みの話か。そう思うと心が重くなる気がする。会ってもいいなんて、安請け合いしない方がよかったのではないか。そう思ったが、海はその想いを口にしないまま、風見とともにカラオケで盛り上がる室内に戻ったのだった。

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