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第二十四章 次のターゲット?

 ショッピングモールの電化製品売り場で、ニュースを見た直後。風見から海へ、呼び出しの電話がかかった。

 空と二人、風見の家に行くと、そこには彼女の他に由香と静の姿があった。二人とも、意気消沈としている。

 海は、由香と目があった。彼女の目にうっすらと涙が溜まる。

「紫藤くん。アンナが、アンナがぁ……」

 声を詰まらせた由香に、海が慌てたように走り寄った。

「君島さん」

 肩に手をかけようとした海よりも、由香の動きの方が早かった。由香は縋るように海に抱きつき、声を上げて泣きはじめた。顔を歪めて由香を見た海は、囁くように声をかける。

「うん。辛いよな。ええよ。いっぱい泣いたらええから」

 海は、泣きじゃくる由香の頭に手を置いた。


「高橋君ちょっと」

 名を呼ばれてそちらを見ると、風見が片手でドアを開けて、空を手招きしている。部屋の外には静の姿も見えた。

 空は一度海たちに目をやった後、風見に続いて部屋を出た。

 ドアを閉めた風見が、暗い表情で空と静を交互に見る。

「ゴメン。しばらく、二人にしてやってくれないかな」

 風見は閉じられたドアに視線を向けた。

「由香、相当まいってるから」

 悲しげな声音に、空も胸が締め付けられる。杏奈とは、昨日会ったばかりだったのだ。またいつでも会えるだろうと、別れ際にそう言ったのに。

 もう、杏奈に会うことはできない。

 あの無邪気な笑顔を見ることは、もうできないのだ。

 そう思うと辛かった。

 最後に見た彼女の、どこか寂しそうな表情が思い出される。たった二度会っただけの空でさえ、悲しいのだ。中学時代ずっと一緒にいた友達なら、なおさら辛いだろう。

「君島さんって、やっぱ海のこと好きなんだ」

 気を紛らわせるために言った空に、風見は少し笑顔を見せた。

「そう。紫藤には内緒ね」

 そう言ってたてた人差し指を唇にあてる。

 そんな風見に、空も微笑み返す。そして、ふと静のことが気になった。彼女もまた、亡くなった石井睦子や川崎杏奈に近しい友人だった。そう気付いたのだ。

 今日も、静は以前と変わらず大人しい格好をしていた。白いブラウスの上に水色の七分袖のカーディガンを羽織っている。その肩にはお下げにした黒髪がかかっていた。

「あの、伊藤さんは、大丈夫?」

 尋ねた空に、悲しげな笑みを見せて、静は口を開いた。

「まだ、実感わかなくて」

「だよな。俺もまだ信じられない。昨日会ったばっかだったし」

 そう言うと、風見と静は驚いた顔をした。

「どうして?」

「アンナ。高橋君に何か言ってた?」

 二人に詰め寄られて、空は思わず二人を制すように、胸の前に手を上げる。

「いや、あの。俺はオマケっていうか。光が呼ばれて一緒に。光に何か言いたかったみたいなんだけど、結局たいした話はしなかった」

 空は、あえて言うこともないだろうと、杏奈が明かした、睦子の話は伏せておく。

「そうなの。春名君に」

「コウって誰?」

 そういえば、風見は光と面識がなかった。遅まきながら、そのことに気付く。

 空は風見に、光は友人で、メールの件に関わっていることを伝えた。

「なあ。伊藤さんって、光と付き合ってるってホント?」

 光に聞いてもろくな答えが返ってこなかったので、この際だと聞いてみることにする。静は一度風見に目を向けた後、少し間を開けて頷いた。

「ええ。私が逆ナンしたの」

 小さく呟かれた言葉に、空は目を剥いた。

「マジで!」

「ちょ、高橋君。声大きいから」

 慌てたように、風見が空を窘めた。空は風見にゴメンと謝る。

 その一方で、何故隠しているのだと、光を恨めしく思う。

 光の顔を思い浮かべた時。何かがふと頭をかすめた。

 封筒。

 そうだ。パンダの封筒。

「伊藤さんに、川崎さんが手紙を渡そうとしてた!」

 声を上げた空を、驚いた顔で見つめる二人。空は、静に目線を合わせると、もう一度同じことを口にした。

「川崎さんが、伊藤さんに手紙を残してる」

 もしかしたら、そこに、杏奈の死の真相が書いてあるのかもしれない。

 空はそう思った。




 川崎杏奈が死んだ。

 光がその事実を知ったのは、伊藤静からのメールだった。自室で携帯電話のニュースを検索すると、そのニュースは確かに存在していた。

 嘘であれば良いという願いは、叶わなかった。

 その記事には、杏奈の死が事故ではなく、他殺の線が濃厚であると書かれていた。

 どうして、人はこんなに呆気なく死んでしまうのだろうか。

 そう思うと溜息がでる。

 何のために、人は生きて行くのだろう。こんなに簡単に、命は奪われていくのに。

 嫌な思いが、光を支配しそうになる。自殺しようと考えていた頃の気分が、また蘇ってしまいそうだ。

 光は開いていた携帯電話を閉じて、目を瞑った。

 昨日、杏奈と話していた時。彼女の様子はどうだったのか。何か見落としていることがあるのではないか。昨日の様子を頭の中で反芻する。杏奈は何かを隠していたように思う。光の質問にも答えなかった。

 それが、杏奈の死の理由と関係があるだろうか。

 そもそも、何故。杏奈は一度しか面識の無い光を呼びだしたのだろう。

 何故、睦子の話を由香や、静ではなく、光に話したのだろうか。

 杏奈が何を考えていたのか、よく分らない。

 それとも、由香や静には話せなかったのか。もしくは、二人ともその事実を知っているから、話す必要がなかったのか。

 否、それは無いだろう。

 彼女は、自分一人で仕舞っておくには重すぎたからと言っていたではないか。

 光は座っていたベッドから立ち上がると、机に歩み寄ってその上に置かれていた物を手にした。

 それは昨日、杏奈から託されたものだ。静にあてた手紙。

 別れ際、杏奈は『最後』という言葉を使った。『最後に会えてよかった』と。

 杏奈は自分が死ぬと予想していたのかもしれない。

 あの言葉に違和感を覚えていたのに、もっとちゃんと話を聞いていれば、今のような事態は避けることができたかもしれない。

 後悔が、光の胸に湧きおこる。

 とりあえず今は、この手紙を静に渡さなければならない。

 光は静と連絡を取るべく、携帯電話に手を伸ばした。




 光からの電話を受けた静は、風見家にいた全員と、光と待ち合わせした場所へ向かった。場所は近くの公園だ。夕焼けに染まった街の中を、無言で進んだ。日中の暑さは随分と弱まり、少し涼しい風を運んでくる。

「光!」

 待ち合わせ場所の公園に着いて、いち早く光の姿を見つけた空が声を上げた。光は遊具場の端に設けてあるベンチに腰かけていた。

 大人数で来たことに驚いた様子は見せず、ゆっくりと立ち上がる。

 そんな彼の元へ全員で駆け寄ると、光は静に封筒を差し出した。空は知っている。それが、杏奈から託された封筒だということを。

「これ、川崎さんから預かった」

 静は、それを受け取ると、ゆっくりと封を切った。

 中には一枚の便箋が入っていた。封筒とお揃いのパンダが描かれた便箋だ。皆が見守る中、便箋に目を落とした静の表情が歪んで、どこか驚いたように光に視線を移した。

「春名君。どういうこと? これ」

 そう言って、静は便箋を見えるように光につきつけた。

 空もその便箋に書かれた内容が見える位置まで動いて、そこに書かれていた文字を目にし、驚いて光を見る。

 光は眉間にしわを寄せ、少し困惑したような表情を見せる。

「春名君は全て知ってるって。おい、光。これってどういうことや」

 便箋に書かれた内容を声に出して、海が光に詰め寄った。

 海の言った通り、便箋には『春名君は全部知っている』それだけしか書かれていなかった。

「そうよ、答えて。春名君は何を知ってるの」

 静が声を上げた。便箋を握る手に力がこもり、紙が音を立てる。

 注目を集めた光は、ゆっくりと息を吐き出すと、いつもの無表情へ戻った。

「知らない。僕は何も知らない」

「嘘つくなや! お前はいっつもそうや。何で肝心なことを隠すねん!」

 海は光の腕を掴んで、怒鳴った。光は冷たい目で海を見る。その視線に、射すくめられたように、海の腕の力が弱まった。それを見逃さず、光は海の手を振り払って、告げた。

「僕は何も知らない。それが事実だよ」

 光と海の間で、冷たい視線が交錯する。

「もう、いい加減にしてくれよっ」

 二人の間に割って入ったのは空だった。

「今こんなとこでいがみ合ったって、何にもなんないだろ」

 空の言葉に、光と海は互いの視線を逸らした。空はそんな二人の様子に、唇を噛む。

「ごめんなさい、私のせいなの。私のせい、ムッコもアンナも、私のせいで死んだの」

 急に声が上がって、空たちはその声の主に目をやった。

 風見の横で、顔を覆うようにして由香が泣きだす。

「由香、何言ってるのよ」

「そうよ、ユカ。ユカは別に悪くないわ」

 静が、そう言って由香の肩に手をおく。由香は顔を上げて、静の腕を掴んだ。

「痛っ」

「シズカは何も知らないからそんなことが言えるのよ! 本当のこと知ったら、シズカもきっと、私を軽蔑する」

 鬼気迫るような由香の迫力に、静も周りの皆も圧倒されていた。そんな中、一人動いたのは光だった。由香に歩み寄り、静の腕を掴んでいた手をはずさせる。次いで、静の腕を取ると、あろうことか、彼女のカーディガンの袖をまくりあげた。

 現れた腕を見て、光は静に声をかけた。

「この怪我。どうしたんだ?」

 彼女の腕には白い包帯が巻かれていたのだ。由香が静の腕を掴んだ時に痛いと声を上げたのは、由香が怪我の部分を掴んだためだったらしい。

 静は、強張った顔を光に向ける。光が静の腕から手を放すと、彼女は捲くられたカーディガンをもとへ戻した。

「……本当は言いたくなかったんだけど」

 静は自身の身体を抱くようにして、身をすくませた。

「昨日の夜、変な男に刃物で切りつけられて」

「えっ」

 驚きの声を上げた空に、静が目を向けた。

「でも、見てもらったら分かる通り、大事には至らなかったの。近くを人が通りかかって、犯人は逃げて行ったから」

「それ、警察には言うたんか?」

 海の言葉に、静は首を縦に振った。

「一応。でも、捕まるかどうか」

「どうして黙ってたのよ」

 風見の言葉に、静はゆっくりと由香に目を移した。

「だって、杏奈がこんなことになって、ただでさえ動揺してるのに。これ以上由香を怖がらせたくなくて」

「シズカ……」

 由香はゆっくりと膝を折って、地面に座り込んでしまった。風見がその横に慌ててしゃがみこむのとほぼ同時に、由香の声が辺りに響いた。

「私たち、殺されるのよ。きっと、殺される。ムッコも、アンナも死んで。後残ってるのは、私と静だけだもの」

 夕暮れの公園に、遊具や木々の長い影ができている。空たちの影もまた長い。その影が闇と同化するのは、もう、わずかな時間を残すのみ。


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