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第二十三章 また……

 暗い河川敷を彼女は進んだ。

 連れはその後をついてきているはずだ。

 ポツンポツンとある街灯の光は、ここまでなかなか届きにくい。しかし、月明かりのおかげでまったくの暗闇ということはない。

 夕立があったせいだろう。ミュールを履いた足に当たる草が濡れている。踏んだ草が少し滑って歩きにくかった。

 足を止めて、連れと会話を交わす。

 必ず白状させてやると彼女は思っていた。

 許さない、許してやるものか。

 自分は知っているのだ。何もかも。

 憎かった、大事な友人を殺した目の前のこの人物が。

 警察になど突き出してやらない。

 一生、自分に弱みを握られて生きていけばいいのだ。

 死ぬまで苦しめてやる。

 憎しみをこめて、目の前の人物を睨んだ。

 暗い感情に身を投じてしまった彼女の目に、明るい光が入ることはもう、二度となかった。




 何をする気も起きず、海は自室のベッドで横になっていた。

 午前十一時を少し回ったところである。パジャマを着替える気も起きない。

 昨日の私市の言葉が、ずっと頭に残っていた。

『君は、春名君が必要なんだろう』

 と、いうその言葉が。

 必要だと即答できなかったのは、躊躇いと驚きがあったから。

 海はいつも人と関わる時、一線を引いていた。

 それは血を分けた兄弟である光も空も同様だった。

 親しく会話を交わしていても、これ以上好きになってはいけない、近づいてはいけないとストップをかける自分がいる。

 それなのに、私市の言葉で気づいてしまった。

 自分が光を必要としていると、気づいてしまった。

 だが、必要だと口にしてしまえば、失うのが怖くなる。

 光は大事な存在だ。もちろん同じように血のつながった空も。それでも、やはり怖いのだ。

 大事な人を失った時のショックは、嫌というほど経験しているから。

 大事な人ほど、簡単に海の前からいなくなる。

 自分が必要としている人間は、自分のことを自分ほど、必要としていないということを知っているから。

 海は寝返りを打った。

 その拍子に、ベッドの脇に置いた携帯電話が目に入る。その時、その携帯電話が光を発した。通話ボタンを押すと、突如大きな声が耳を打った。

『かーいー。暇、遊んで』

 開口一番それかと、思わず突っ込みたくなる。

「空やな? 今日は家の手伝いする言うてなかったか」

 そう尋ねると、少し間を開けて空が答えた。

『んー。実はさぁ。お盆休みなの忘れててさ。宿題全部終わっちまってるしぃ。親は商店街の皆と温泉旅行に出かけちまったし。暇なんだよー』

 駄々をこねるような言葉に、海の口元に笑みが浮かんだ。暗い気分が少し飛んだ気がする。

「ええよ。どうする? 昼飯でも食いに行くか?」

 その言葉に、元気な返事が返ってきた。

 それはもう、思わず携帯電話を耳から遠ざけたほどの大声だった。




 駅前のショッピングモールの中で、ラーメンを食べた。ごってごてスープと超さっぱりスープが選べる有名なチェーン店だ。そこですっかり満腹になった二人が、店から出ると、海が呼びとめられた。

 空と二人、その声の方へ振りかえる。空には見覚えのない、同年代の男性二人がこちらに向かって手を振っていた。一人は黒ぶち眼鏡をかけたインテリタイプ。もう一人は爽やかなスポーツマンといった印象を空に与えた。

「おー。柏木と浅川やん。偶然やな」

 海はイエーイと二人それぞれとハイタッチを交わす。

 空にスポーツマンという印象をもたれた柏木が、にこやかな笑みを空に向けてきた。

「お、何、紫藤の彼女?」

 その言葉に、海は慌てたように手を上げたが、空が口を開く方が早かった。

「彼女、だとぉ。誰が女だこるぁ!」

 大音声が辺りに響く。

 かなり驚いた顔をしている浅川の横で、柏木が平然と、空の方へ手を伸ばした。

「あ、本当だ。胸ないや」

 空の胸辺りに手を置いて、柏木が笑顔を作った。それを見ていた海と浅川が、凍りついたように動きを止め、表情を歪める。

 空は握った拳を震わせて、柏木の尻を蹴りつけた。

 痛いっと大声を上げた柏木に、腹でなかったことをありがたく思えと言いたい。

「うぅ。痛ってーな。この蹴りはさすがに女じゃ無理だわ」

 はははと片手で尻をさすりながら、爽やかに笑う柏木だった。まったく懲りていない。空がまたも拳を震わせている。

 空がまた暴力沙汰を起こす前に、海が声を上げた。

「あー、あの。あれや。ホレ、空。こっちの二人は俺の中学ん時のダチでな。浅川と柏木」

 空は、不機嫌な顔で柏木と浅川に視線を送る。浅川は苦笑いで少しずれた眼鏡をなおした。その横に立つ柏木は満面の笑みだ。

「で、こっちは高橋。高校の同級生やねん」

「よろしく」

 柏木が爽やかさを発揮して、手を差し出したが、空はその手を払って海の背後に隠れた。まるで威嚇するかのように、海の後ろから半分顔を出して柏木を睨む。

 柏木は差し出した手を、頭にやった。

「あはは。嫌われちゃったかー」

「あー。あの、せっかくやし。どっかで茶ーでもするか」

 海の提案で、ショッピングモール内にあるコーヒーショップでお茶をすることになった。




 それぞれに買ってきた飲み物を持って、席に着いた後。海と浅川は、柏木に空へ謝罪させた。熱しやすく冷めやすい空の性格が、こういうときには良い方向へ働く。柏木の謝罪を受けて、空の機嫌が少し直ってきたので、しばらく取りとめの無い話題で話に花を咲かせることができた。

「そう言えばさー。紫藤知ってる? 中学ん時の同級生の女子が、この間死んだこと」

 話題の切れ間、浅川がそんなことを言い出した。

「アー知ってる。石井だろ。俺も聞いた」

 柏木が頷く。

「ああ、知っとるわ」

 心なし、声のトーンが下がったことに気付いた空は、海にそっと視線を向ける。表情はいつもと変わらない。

「俺聞いたんだけどさ、犯人。石井の元彼らしいぞ」

 浅川が声を潜めてそう言った。空は驚いて、浅川に目を向ける。

「え? マジかよ。そんなのニュースでやってたっけ」

 空の言葉に、浅川は首を横に振って見せた。

「違う。俺の兄貴の友達の従兄の妹が友達の友達に聞いたらしいんだけどさ」

「随分遠回りしてんな」

 海は性分なのか、突っ込みを入れる。浅川はあからさまに顔を顰めた。

「いいんだよ。そこは流せっつーの。で、その兄貴の従兄の友達の妹がさ」

「さっきより減ってね?」

 今度は柏木が突っ込みを入れた。空も確かにさっきと違うような気がすると思う。話の腰を折られた浅川は、黒ぶち眼鏡の軽く押し上げて、少し不機嫌な声を出した。

「だから、いいんだよ。とにかく、その石井の元彼が警察に連れて行かれる所見たんだってさ」

「へえ」

 空は海と顔を見合わせる。

 犯人が石井の元彼であるならば、悪戯メールと石井睦子の死は関係がなかったということになる。

「そういえば、二人ってさ、海と同じ中学だったってことは、桜田さんって子のこと知ってるんだよな」

 思いつきで、空は二人に話を振ってみた。柏木と浅川は顔を見合わせる。

「あー。あの子もなー。可哀相だったよな。可愛かったのに」

「俺は同じクラスになったことないけど、知ってるぜ」

 二人それぞれの答えに頷いて、空は聞いてみることにした。

「その子、自殺したって本当?」

 またも二人は顔を見合わせた。

「あれ、事故じゃなかったんだっけ?」

 柏木が問えば、浅川が首を横にふった。

「いや、結局自殺でかたがついたはずだよ。遺書も何もなかったし、事故か自殺か判断難しかったらしいけど」

 浅川はそこまで言って、アイスコーヒーを啜った。

「桜田の親が虐めがあったんじゃないかって、学校側に問い詰めに来てたーとか、聞いたことある」

 その言葉に、柏木も頷いた。

「ああ、それは俺も聞いた。実際虐め、あったらしいし」

 それは知っている。虐めていた本人たちから話を聞いたのだ。だが、そんなことは口にできないので、空はただ頷いた。

「へー。そうなんだ」

「それにしても、桜田の噂って他校の生徒にまで伝わってんだなぁ」

 どこか関心したように、柏木が言った。

「え、ああ。まあね」

 しどろもどろになる空であった。思わず助けを求めるように海に目を向けた空は、眉を顰めた。その表情を目にし、柏木や浅川も海に視線を送る。

 海は心ここにあらずと言ったていで、窓の外に視線を向けていた。こちらの話など耳に入っていないかのようだ。

「かーいー。お前人の話聞いてる?」

 空が海の肩に手を置いて軽く揺さぶった。

 我に返ったように、海は瞬きを繰り返して空に顔を向ける。

「え? なんか言うた?」

 その言葉に、浅川が苦笑を洩らす。

「まただよ。お前クラス会の時もぼーっとしてたよな」

「なんだ、夏バテか?」

 少し心配そうに声をかける柏木に、海はイヤイヤと片手をあげて左右に振った。

「ちゃうちゃう。ちょっとだけ考え事してただけやから」

「ふーん。何、女のことかよ」

 からかうような口調で浅川が問う。

「何? 恋煩いか! 紫藤。話せよ」

 柏木が浅川の話に乗る。慌てて否定している海の様子がおかしくて、空は笑った。

 だが、頭の隅で、何かが変だと思っていた。




 これから服を見に行くという柏木達と別れた後。空と海は家電製品の置かれたフロアを歩いていた。大きなテレビが並ぶ売り場の横を通っていたとき、海が突然歩くのをやめた。

「なあ、空」

「ん?」

 一メートル程先を歩いていた空が、その声に振り向くと、海はどこか思いつめた表情を見せていた。

「俺、お前が好きや」

「……」

 空は驚いた表情で、しばらく海を凝視した。

 その後、口元に手をやって、一度視線を上に向けた後、海に目を戻す。

「何、恋煩いの相手って俺」

 からかうような口調で、自分を指さす空に、海は憮然とした顔を向ける。

「あほ」

 空は、海との距離を縮めると、彼の目を覗きこんだ。

「ゴメン。俺も好きだよ」

 そう言ってニッと笑ってやる。海はあからさまに安堵の表情を浮かべた。

「って、何この会話」

 どこか照れくさくて、空はそう言って笑った。だが海の表情はすぐに暗くなる。

「どうした?」

 また海の目を覗きこんだが、海の視線は逸れて行く。

「光は……」

「光?」

 呟くように言われた言葉を、確認するように繰り返す。

「光はどうなんやろ」

「どうって、どういう意味?」

 尋ねた空に、海は首を振って見せた。

 そして、不意に空に抱きついてくる。

「ちょっ! これはさすがに周りの視線が痛いって、海!」

 空にしては抑えた声を上げて、周りをうかがいながらも海を引き剥がそうとする。平日の昼間とあって、周りに客が少ないのがせめてもの救いか。二人にあからさまに好奇の視線を向けてくる者もいれば、すぐに視線を逸らしていく者もいる。

 空は、いい加減にしろと海の肩を繰り返し叩いた。その動きを止めたのは、海の一言が耳に入ったからだ。

「なんか、もう疲れた」

 空の肩に額を乗せて呟かれた言葉。

 珍しい海の弱音を聞いて、空は海に視線を向ける。肩に額を乗せられているせいで、空には海の顔が見えない。

 俺、もしかして甘えられてる? そう思って、空は片手を海の背にあてて、ぽんぽんと叩いた。

 しばらく周りからの好奇の視線に耐えた後。そろそろ行こうかと告げようとして、ふとテレビから聞こえてきた声に気を取られる。

 近所の川の名前が、テレビから聞こえてきたのだ。そちらに目を向けると見覚えのある風景が映っていた。何度か足を向けたこともある、栖川すがわという名の川だ。

「海、栖川映ってる」

 空は海を揺さぶって、テレビの方へ顔を向けさせた。知っている場所がテレビに映っているのは、変な感じがする。

『……未明。川の中で女性の遺体が発見されました』

 アナウンサーの声とともに、空と海のよく知る人物の名前が被害者として、テレビ画面に映し出された。


 川崎杏奈。


 画面に映った名はそれだった。


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