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第二十一章 犯人像

 皿洗いは二人ですればすぐに終わった。二階の光の部屋へ場所を移して、空はテーブルを挟んで光の前に胡坐をかいた。

 光は机の上にルーズリーフ用の用紙を置いて、シャーペンを手に空に目を向けた。

「桜田絵里からメールが来たのが事の始まりだな」

「うん。で、海が相談されたんだよな。えっと、君島さんに死人からメールが来るって」

 光は紙に、横書きで『君島由香』と書いた。

「君島由香の他にメールが来たのが、伊藤静、川崎杏奈、そしてこの間亡くなった、石井睦子」

 光は言いながら、用紙に名前を記入していく。名前を線でつなげると円になるような書き方である。光は、その円の中に、桜田絵里の名前を書いた。名前の下には自殺と記入する。

「この五人は友人関係で、自殺した桜田絵里との仲が拗れていた」

「ん、だな。その辺は、全員がそう言ってた。君島さんが言うには、桜田絵里とは仲直りしかけてたけど、石井さんと川崎さんがその仲直りを邪魔したって話だったな」

 空は、公園で聞いた君島由香の言葉を思い出しながら光に説明した。

「ああ、聞いた。僕が聞いた話で推測すると、桜田絵里と四人の関係がこじれたのは、伊藤静の彼氏が、桜田絵里に気持ちを移したのが原因みたいだな」

「マジで? 別にそんなの桜田絵里は悪くないじゃん。それで無視かよ。女って怖ぇ」

 嫌そうに顔を顰めた空に、光は目をやった。

「あくまで推測だよ。で、亡くなった後、二年も経った後に、メールが来るようになった」

 無理やり話しを戻して、光は桜田絵里と書かれた部分から四人の名前にそれぞれ矢印を引いて、メールと記入する。

「そうそう。君島さんが言うには、一番最初のメールアドレスは桜田絵里のメールアドレスと同じだったって」

「でも、そう証言しているのは君島由香だけだよな」

 紙に視線を落としていた空は、顔を上げて光に目をやった。

「そうだけど。何? 君島さんのこと疑ってんの」

「いや、別に。ただ、嘘である可能性もあるってだけの話だ」

 空は納得できないように、うーんと唸っている。

「まあ、それはひとまずおいといて、次行くぞ」

 放っておけばいつまでも、唸っていそうな空に声をかけて、光は眼鏡を人差し指で押し上げた。

「空は、どうして二年も経ってからメールが送られてきたんだと思う?」

「さあ、それは分かんねー。けど」

「けど?」

 空が言い淀む気配を見せたので、光はもうひと押しする。

「何か考えがあるなら言ってくれ」

 空は拳を口元にあてる。空が何かを考えるときにするお得意のポーズだ。

「あのさぁ。よくよく思い出すとさぁ。桜田絵里の父親。あの人に桜田絵里の日記が渡ったのが今年みたいなんだよね」

「そうなのか?」

 空は頷いた。思い出すように、視線を上に向けて口を開く。

「そう。確か、桜田絵里の母親が先月日記を父親に渡したとかいうようなことを言ってたから。それ思い出してさ」

 光は頷いて、空が続きを話すのを待つようにじっと視線を注ぐ。

「もし、もしだよ。父親が犯人なら、今年になってメールが来たのは、今年日記を手に入れた父親が、その日記を読んだからなんじゃないかと思って」

 尻すぼみになりそうな声を押し出して、空は上目使いで光を見る。

 彼は大きく息をついた。

 また、馬鹿って言われるのかと身構えた空に、光は告げた。

「確かに、それ、良い線いってるんじゃないか?」

「そうだよな。やっぱそんなわけない……って、え? お前今、良い線いってるって言った?」

 半ば腰を浮かせて、驚きに声を上げる。

「ああ。言ったけど。……なんだよ空。その馬鹿面」

 空は呆けた顔で光を見返し、ゆっくりと半分上げていた腰を下ろした。

「いや、また馬鹿にされると思ったからさ。まさかお前が俺を褒めるとは。……ってちょっと待て。お前今、馬鹿面って言った?」

 喋っている途中で馬鹿にされたことに気付いた空が声を上げると、光は手を挙げて空を制した。

「そんなことより。こっち。桜田絵里の父親がメールを送ってくる犯人だと仮定するなら、君島由香の言っていた最初のメールアドレスは、絵里の持っている携帯電話のアドレスと同じだったっていう証言も、嘘ではない可能性が高くなる」

 空は首を傾げた。何故、可能性が高くなるのだろうか。絵里の父親が持っていた絵里の携帯電話は使用できなくなっていた。イコール、アドレスも使えなくなっているのではないのか。空はそう、考えたのである。考えをそのまま光に伝えた。

「いや、そうとは言い切れない」

 光は机の上に置かれた紙を裏返すと、長方形を二つ並べて書いた。そして右側の長方形の上に、空から見てちゃんと読めるように『旧』と記す。左側の長方形の上には『新』と書いた。

「こっちが、桜田絵里の持っていた携帯電話だとするだろ」

 シャーペンで空から見て右側に書かれた長方形を示す。

「携帯電話は解約しても、もちろん使えなくなるけど、機種変更することでも、古い方の携帯は使えなくなるんだ」

「んー?」

 要領を得ないと首を傾げる空。

「空、機種変更の意味、分かるよな?」

 そう尋ねた光を、空は睨んだ。

「おっまえ、また馬鹿にしてるだろ! 機種を変えるんだろ? 新しく」

 光は肩をすくめると、先を続けた。

「まあ、そんな感じだな。機種変更って、ケータイを持ってない空には馴染みがないだろうけど。こっちのケータイで使っていたアドレスを、そのままこっちの、新しいケータイでも使えるんだよ」

 そう言いながら、右側の長方形から左側の『新』と書かれた長方形に向かって矢印を書きこむ。

 空は拳を口元にあて、しばらくその紙を見つめた。少し俯き加減になったおかげで、大きな瞳に影ができる。

「んっと、だから?」

 拳を口元にあてたまま、首を傾げたその姿は、妙に可愛いらしく見える。普通の人ならば、その可愛らしい姿に顔を赤らめそうな程だが、光は平然と、否、少し苛立ったように眉を寄せた。

「少しは考えろよ」

「考えても分かんねーから聞いてんだろ」

 口元にあてていた拳をはずして、空は勢いに任せて机を叩いた。

「馬鹿って言うなよ」

 言われる前に牽制しておく。

 光は大きく息を吐いた。

「はぁ。まあ、いいけど。つまり、桜田絵里の父親は、桜田絵里の使っていたケータイの契約を引き続き行っているんじゃないかってことだ」

 そう言ったが、まだ要領を得ない顔をしている空に、もう少し分かりやすく伝えることにした。

「だから、そうだな。桜田絵里の父親は絵里のケータイを機種変更して、使ってるんじゃないかってことが言いたいんだ。つまり、絵里の使っていたケータイの契約を切った訳ではなく、契約は引き継いだまま、新しいケータイに変えたんだ。その時、メールアドレスは変更せずにそのまま二年間ケータイを使い続けていた」

 空は、大きく手を打った。

「あ、そうか。分かった。桜田絵里の父親は、絵里のケータイを機種変更したあと、その電話を自分で使っていたんだ。父親は、自分の携帯電話からメールをしたけど、君島さんから見たら、絵里のケータイからメールが来たように見えたんだ。メール内容も絵里からのように書いてあるし、余計だよな」

 空は感心して光を見る。これで、絵里のアドレスからメールがどうやって来たかという謎は解けた。だが、次の疑問が空の頭を過ぎる。

「あ、でも。桜田絵里の父親はどうやって、四人のアドレス知ったんだろ。最初のは、ケータイに入ってたとして。途中で何度もアドレス変えたのに、メールはどんどん来てたって言ってたし」

 光はそうだなと呟いた後、おもむろに紙をまた裏返して、先ほど名前を書いた面を表に向けた。

 そして、桜田絵里の名の上に父と記し、シャーペンで君島由香他四人の名前を順にさした。

「例えば、この四人の内の誰かが、メールを送った犯人、今は桜田絵里の父親だと仮定して、この父親と繋がっていたとしたら?」

「繋がってたって、共犯てことか?」

 驚きの声を上げた空に、光は頷く。

「そう、共犯なのか、脅されてそうしたのか。理由は分からないけど、この中の誰かが、アドレスを犯人に教えていたとしたら、犯人はメールを送り続けることができる」

「そんな、だって。みんな気味悪がってたし、そんなことするなんて思えねーよ」

 空はテーブルについていた手を、きつく握り締めた。

「ああ、今言ったのは可能性の一つに過ぎない。彼女たち全員のアドレスを知る他の方法もあるかも知れないしな」

 でも、それは気休めだと空は思った。

 言われてみれば、光が言った可能性が一番高いように思えたからだ。この中に裏切り者がいるかもしれない。そんな風には思いたくないが。

「何で、あんなメール送ろうとしたんだろ」

 やるせない気分で、空は呟いた。光は、持っていたシャープペンシルを机の上に置いた。

「桜田絵里はこの四人の中の誰かに殺された。そう思ったからじゃないか」

 唐突に言われた言葉に、空は勢いよく顔を上げる。

「え? なんで?」

「メールに書いてただろ『誰が私を殺したの?』『私を殺したのは誰?』って。日記に、そう思わせるようなことが書いてあったのかも知れないな」

 空は目を大きく見開いた。

「それで、犯人は石井睦子を殺したのか? 絵里を殺した犯人だったから」

 そう言うと、光は首を横に振った。

「話が飛躍しすぎだ。可能性はあるかもしれないが、そもそも、石井睦子を殺した犯人とメールの犯人が同一人物とは限らないだろ」

「そうだけどー」

 空は拗ねたように唇を尖らせた。

「とにかく一度……」

 光がそこまで言った時、テーブルの上に置いてあった携帯電話が音を立てた。マナーモードになっていたせいか、バイブ音だけだ。

 光はそれを耳にあてた。

 どうやらメールではなく電話だったようだ。

 光は言葉少なに通話を終えると、空に向き直った。

「出かけるぞ」

 それだけ言って立ち上がる。空は訳が分からず光とおなじように、立ち上がって後に続いた。




 コーヒーショップの店内に入ると、すぐにこちらに向かって手を上げた人物に気付いた。空は、光と連れだってその人物の座る席まで行く。

「あはっ。高橋君だー。何で二人が一緒に来んの? あ、二人知り合い?」

 明るく声を上げたのは、先ほど光との話の中でも名前の挙がった川崎杏奈だ。その杏奈に、光は頷いた。

「ああ、クラスメイトだ」

 空は光とともに杏奈の前の席に座る。

「へえ、同じガッコなんだ。そう言えばどこのガッコ?」

 聞かれて答えると、杏奈は驚きの声を上げた。

「ええ? 清秀高校ってあったま良いガッコじゃん。わお、すごーい」

 何故か拍手をする杏奈。空は照れて頭を掻いた。

「別にすごくないよ。で、大事な話って?」

 余計な話をしたくはないのか、光が相変わらずのポーカーフェイスで割り込んだ。

 杏奈は、少し怖気づいたように光に目をやってから口を開く。

「うん……。あの、エリんこと」

「エリって桜田絵里?」

 興味をひかれて尋ねた空を見て、笑顔を作ると、杏奈は続けた。

「ん、そう。最初さ、ムッコ、メールのことあんまり気にしてなかったのに。最近急に呪いだとか言いだしたからー、おかしいと思ってさ。問い詰めたんだぁ」

 杏奈はその時のことを思い出しているのか、苦い表情を作る。中身の少なくなったコーヒーのタンブラーを軽く振ってから、コーヒーを口に運ぶ。

 よく、あんな長い爪で物を持てるよな。と、空は、奇麗にネイルが施された杏奈の爪を見て、そんなことを思った。

「ムッコは……」

 言い淀んで顔を俯けた杏奈に、先を促すように光が声をかける。

「石井さんは?」

 杏奈は顔を上げた。一度大きく息を吸って口を開く。

「ムッコは、エリが死んだ時、その場にいたんだって……」

「え?」

「亡くなった桜田絵里を発見したのは、大学生だったはずだけど」

 光の呟くような声に、杏奈が反応した。

「うん、表向きはそうなってる。だって、ムッコ、屋上から落ちたエリを置き去りにして逃げたって……」

 空は軽く息を飲んだ。嫌な気分になって隣に座る光に視線を送る。その視線に気づいたのか、光は一度こちらに目を向けて嘆息すると、杏奈に視線を戻した。

「何で、それを僕たちに?」

「自分だけで仕舞っておくには、重すぎたから、かなー」

 杏奈は口元だけで笑みを作った。空と光は目を見合わせる。

「ムッコが呪いだって言いだしたのは、エリからのメールがどんどん虐めてた頃の内容になってきて、もしかしたら、メールを送って来てる犯人が、自分のしたことを知っているんじゃないかって思って、怖くなったからなんだと思う」

 そこまで言って、彼女は残っていたコーヒーをすべて飲み干した。

「それに、最近。外にいると誰かにあとをつけられてたみたいだし。そう言うのも重なって、ちょっと鬱っぽくなってたんじゃないかな」

「石井さんも悩んでたんだな」

 空は小さく呟いた。石井睦子の印象は、空にとって決していいものではなかった。初対面で、挨拶したときに目も合わせなかったり、君島由香につっかかったり。そんな態度の裏に、睦子もまた、絵里の死に対する罪悪感に苛まれていたのだろうか。その罪悪感から逃れるために、気を張って。あんな態度ばかりとっていたのか。そう考えると、悲しくなってくる。

「桜田さんが屋上から落ちた時、その場にいたのは石井さん一人だった?」

 光の尋ねる声が耳に入って、空は知らず下がっていた視線を上げて杏奈を見る。いつも笑っているような杏奈の顔から、表情が消えた。

「春名君はどう思う?」

 杏奈の言葉に、光は顔を顰めた。

 杏奈は光の表情を気にも留めず、あっと声を上げた。

「そうだ。春名君にお願いがあるんだけど。これ、シズカに渡してくれないかな。次会った時でいいからさ。お願い」

 光を拝むように手を合わせた後、杏奈が差し出したのは、可愛らしいパンダのキャラクターが描かれた封筒だった。

 光が難色を浮かべた。杏奈は唇を尖らせて、持っていた封筒を光の手に押し付けた。

「もう。それくらいしてくれてもいいでしょー。春名君。シズカのカレシなんだしぃ」

 渋々といった体で封筒を受け取った光に、笑顔を向けた後。杏奈はまたもや声をあげた。

「あ。そろそろ時間だ」

 杏奈は左腕につけていたカラフルな腕時計に目をやって、確認するように頷いた。そして、光と空へ笑顔を向ける。

「話し聞いてくれてありがと。ちょっとすっきりした。アタシこれから人と会う約束してんだ」

「あ、じゃあ」

 そう言って、空は椅子から腰を浮かせた。それに合わせて他の二人も立ち上がる。そのまま、コーヒーショップの外へ出た。入口の脇で立ち止まり、挨拶を交わす。

「最後に二人に会えてよかったよ。アタシ、高橋君の顔超好きなんだー。春名君みたいなキレーな顔も好きだしぃ。なんていうの? 両手に花みたいな?」

 杏奈の邪気の無い笑顔に、空もつられて笑顔になる。

「訳わかんねーし。っていうか、最後って。また会おうと思えばいつでも会えるじゃん」

 空の言葉に、杏奈はそうだねと返した。そのまま、手を振って空たちは杏奈と別れた。背を向けた杏奈の姿が小さくなっていく。

「あっ」

 空は小さく声を上げ、胸を押さえた。

「どうした?」

 光に声を掛けられ、空は首を横に振る。

「何でもない」

 ほんの一瞬、嫌な予感が空を襲ったのだ。

 空は、慌てて頭を振って。その予感を追い払った。

 

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