表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/37

第十九章 後悔

 空が目を覚ましたのは、廊下で鳴り響く電話の音のせいである。

 眠い頭を一つ振って、部屋を出た。空の家とは違う、広く長い廊下は静で、人の気配がない。

 光の名を自慢の大声で呼んだが、返事はなかった。

 電話が鳴り続けている。

 電話機を見つけて、空はその前で少し迷った。

 他所様の電話に出てよいものか考えたのだ。

 結局、いつまでもなり続ける電話を前に我慢できず、空は受話器に手を伸ばした。

「もしもし」

『その声、空か?』

 唐突に相手が大声を上げた。空は一拍の間をおいて思いついた名を上げる。

「海? え、何で……」

 光とは喧嘩してたのに。そんな疑問が頭をかすめた。

『おまえん家に電話したら、こっちやって言われてな』

「ん? じゃあ俺に用な訳か」

『そうやねん。君島さんから連絡あってな』

 そこで一度、海は言葉を切った。その間がやけに長かったので、空が不審に思った時、海の声が耳に届いた。

『石井睦子が亡くなったんや』

「え? 嘘だろ……」

 空はそのまま絶句した。石井睦子が倒れていた場所へ向かうという海の言葉に、自分も行く、それだけ言って通話を切った。




 亀公園近くの交差点で待ち合わせて、空と海、そして由香は睦子が発見されたという廃ビルへ向かった。

 その廃ビルが視界に入る前に、人のざわめきが空たちの耳を打った。

 それが、野次馬の声だと分かったのは、その廃ビルの前で立つ多くの人影を見つけたからだ。

 その中に割って入るようにして、空たちは人垣の前に出た。

 先ほどまで、人の頭や背中で遮られていた視界が広がる。立ち入り禁止のテープの向こう。

 結構な数の警察関係者と思われる人の中で、見知った人物を見つけて、空は大声を上げた。

「あ、光! 何でここに」

 空のあまりの大声に、一瞬身を引いた海は、はっとしたように空の視線の先を追った。

 そこには、以前学校で起こった事件の時に顔を合わせた中年の刑事の傍らに、光と伊藤静の姿があった。

「何で、伊藤さんと一緒におんねん」

「俺に聞かれても」

 不機嫌な声を上げた海に向かって、空は困ったように頬を人差し指で掻いた。

「ていうか、何で刑事と一緒やねん」

「だから、知らねーっつうの」

 光は家にいるはずだと思っていたのだ。空が床に着くまでは確かに部屋にいた。

 家を出て行ったとするなら、空が寝ていた間だろう。

「あの人、シズカの彼氏でしょう? アンナが電話で言ってた。シズカが、彼氏と一緒にムッコを見つけたって。紫藤くんたち知り合いなの?」

 聞かれて、空と海は顔を見合わせた。

「おーい。光! こっち来いよ」

 空はまたも大きな声を出す。

 喧騒の中でも、よく響いたその声に、光は顔をこちらに向け、微かに眉をひそめた。

 そして、刑事に何か話してから、空たちのもとへやって来る。

「空。起きたのか」

 光は開口一番そう言った。

「悪かったな、寝穢くて」

「誰もそんなこと言ってない。で、要件は」

 相変わらずの無表情で問う。海はそんな光に不機嫌な眼差しを向けた。

「おまえ、ちょっとこっち来いや」

 そう言って、海は光の手首を掴んで引っ張った。光は立ち入り禁止のテープを潜るしかない。

 そのまま二人は人垣の向こうへと消えていく。

「え、ちょ。おいてけぼり? 俺たち」

「どうしよう」

 由香に不安そうな顔で見つめられ、空は反射的に笑顔を作った。

「俺、あいつら追いかけるからさ。君島さんは川崎さん来るのここで待ってて。来るんだよな? あの子」

「う、うん」

 頷く由香にぜったいここを動くなと言い置いて、空は海たちの後を追った。




 しばらく歩いて、足をとめる。

 細い路地へと続く角の向こうから、声が聞こえた気がしたのだ。

 そちらに向かうと、案の定、光と海がいた。

 壁に背を持たせかけて立つ光の前に、海が腕を組んで立っている。

「日記のこと、空に聞いておかしいなとは思っとったけど。まさかお前が調べてるなんて思わんかったわ」

 光は無言で眼鏡の奥から、海を見つめている。

「俺が、メールのこと言うた時は他人なんか関係ないとか、やめろとか言うとったくせに、どういうことや!」

 詰め寄る海を前に、光は溜息をつくと顔を背けた。

「別に……」

「別にって何やねん!」

 怒鳴る海と光の間に、空は割って入る。

「まあまあまあ。海、落ち着けって。そんで、光。さっき君島さんが、お前が伊藤さんの彼氏だって言ってたけど本当? 伊藤さんに言われて、事件調べてたのか?」

 取り合えず話題を逸らそうと、気になったことを聞いてみた。だが、聞いた内容は話題を逸らしたことになっていない。

 光は相変わらず表情一つ変えずに、口を開いた。

「関係ないだろ」

 抑揚のない声が耳に届き、空は短気ぶりを発揮して怒鳴ろうと口を開けた。

「か……」

「関係ないって何やねん」

 空が上げた声にかぶせるように海が怒鳴った。空は度肝を抜かれて、口を開けたまま海を見る。

「俺ら、兄弟やろ。そういうこと、何も言わんとこんなことに巻き込まれて、俺がお前に相談した時は、動こうともせんかったくせに。女に言われたら動くんか。最低やな」

 怒声を上げて疲れたのか、肩で息をしている海の前で、光は俯き、口元に手をやった。

 そして、ふっと鼻で笑う。顔をあげて、冷たい視線を海に向けた。

「そう思いたいなら、そう思ってればいいじゃないか」

 光と海の視線が交錯する。

 海を突き放すように見る光の視線。

 その視線を感じた刹那。 

 海は手を上げていた。

 あっという空の声。その前に響いた乾いた音。

 海はゆっくりと、己の右手の平に視線を落とした。

「海、何も殴ることないだろっ」

 その声を聞いて顔を上げる。頬を押さえて、珍しく驚いた表情をしている光と目があった。眼鏡が、ずれている。

「あ、俺」

 しびれるような手のひらの痛み。

 海は後退りした。

「俺は……俺は謝らへんで! お前なんか、もう知らん。大嫌いや」

 大声を上げ、踵を返して走り出す。

「待てよ、海」

 空の声が背にかかるが、海は振り向くことができなかった。




 見知らぬ夜道を、海を捜して走り回るうちに、小さな公園に辿り着いた。そこの遊具場で、海の背を見つけて空は安堵の息をつく。

 彼が、海と呼びかけようとしたとき。

「うがぁ! やってもうた」

 海は妙な声をあげると、頭を抱えてしゃがみこんだ。

「ぬぁ、何って声出すんだよ」

 驚いた空は、自身も妙な声をあげて、海に駆け寄った。

「空?」

「おう。空さまだっつーの。お前、殴った挙句何で逃げてんだよ」

「光は?」

 問いに答えず尋ね返した海に、空は呆れたような眼差しを向ける。

「戻ったよ。まだ帰るなって刑事に言われてんだってさ」

「そうか……」

 空は、海に手を差し出した。暗に立てと言っているのである。海はその手を取って立ち上がった。

 二人して公園を出る。由香を待たせているのだ。もう杏奈も着いている頃だろう。

 空は、海の顔をしばらく見つめたあと、口を開いた。

「やっぱ、お前最近変だ。変だよ変」

「へんへん言うなや」

「変なものは変だよ。光と喧嘩するしさ。かと思えば殴るしさ。普段のお前なら絶対しないだろ。光の言うことなんかにこやかに聞き流せるだろ。いつものお前なら」

 俺は聞き流さないけどな。と、続ける空の横で、海はしばらく無言のまま歩みを進めた。

「光、殴ってもうなたなぁ、しかも大嫌いって、俺は小学生か。ほんま俺何やってんねやろ」

 大きく溜息ついて、掌を見る海。空はそんな海に目を向けた。

「後悔するなら、やんなきゃいいのに」

「……そうやな。俺、あいつに八つ当たりしてるんかもしれん」

「え?」

「最低なんは俺の方や……」

 意味がつかめず問い返したが、海は言いなおすことはしなかった。




 石井睦子の葬儀は、睦子の遺体が見つかってからちょうど一週間後に行われた。

 睦子の遺体は司法解剖に回されたと聞く。空はお焼香をあげたあと、海や由香たち五人で葬儀会館を後にした。光は別行動を取っている。

 日が沈んだばかりの道は街灯が少なく、暗い。人通りの少ない坂道をゆっくりと駅に向かって下って行く。

「どうして、こんなことになったんだろう」

 由香が涙声で呟いた。

 きっとこの場にいた全員が思っていた言葉だろう。

 杏奈が、流した涙をぬぐって声を上げた。

「ユカは、喜んでんじゃない? アタシらのこと本当は恨んでんでしょ」

 泣きすぎたせいではれぼったくなった目で、由香を睨む。

「川崎、何で、そんなん言うねん」

 海が鋭い声を上げる。杏奈は俯いた。

「だって、そうだもん。アタシらユカがおとなしいから、けっこうやりたい放題やってたし。ざまあみろって思ってんでしょ。本当は」

 足を止め、拳を握りしめて叫ぶように言った杏奈に、全員の視線が向かう。

 由香は二度、大きく首を横に振った。

「違う。そんなことない。悲しいよ。悲しいに決まってるじゃない。中学の時、友達できなかった私に、はじめて声掛けてくれたのムッコとアンナだったじゃない。嬉しかったのよ。本当にうれしかった。あれから、今まで、エリのことがあっても。私のこと見放さないでいてくれたじゃない。ざまあみろなんて、思うわけないじゃない」

 珍しく大きな声をあげた由香を、驚いた顔で杏奈が見詰めた。

「私たち、友達でしょう」

 涙ながらに訴える由香に向かって、杏奈は手を伸ばした。ゆっくりと、由香の体を引き寄せる。

「ゴメン。ゴメンねぇユカ。変なこと言ってゴメンねぇー」

 抱き合ったまま、声をあげて大泣きする二人を黙って見ていた空は、どうしようかと海を見る。海は肩をすくめた。


 どれくらいたっただろうか。空と同じく二人を静観していた静が動いた。

 二人の肩に手をおいて、宥め始める。

 しばらくそんな様子を眺めていた海が、三人にそろそろ行こうと声をかけた。

 また、五人で駅に向かって歩き出す。湿っぽい空気の中、静が声を上げた。

「やっぱり、あのメールを送った人がムッコを殺したのかな」

「そんな」

 由香が怯えたように声を上げた。

「でも、ムッコ誰かにつけられてるって言ってたし、どういう理由かは分からないけど、エリを私たちに殺されたって思ってる犯人がムッコを……」

「やめて、シズカ! そんなこと、あるわけないよ」

 由香が耳をふさいで、首を振る。

 静は、由香に目を向けた。

「なら、ムッコが言うようにエリの呪いだっていうの? それこそあるわけないでしょう」

 静の冷静な口調に、空は、それは確かにそうだよなと思う。

 そんな空の横で、杏奈がこぶしを握った。

「どっちにしろ、ムッコを殺した犯人、アタシは許さないけどね」

 前へと向けられた強い視線。

 杏奈の言葉に、全員が彼女に視線を向ける。

「絶対に、許さない」

 彼女の言葉が、暗い夜道を通って消えた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=787011674&s

ランキングに参加しています。
ポチっとしていただけると幸いです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ